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第39話 結婚式

 銀次は久々の休暇を取って、切羅と共に北海道旅行に来ていた。切羅と銀次の故郷である札幌だが、帰省ではなく観光にだ。と言ってもその観光でさえ、主目的の隠蔽だったが。北海道中に埋められている円錐オブジェ。銀次の予備のパーツを「より安全な場所に」移し替えるための帰郷だった。


 その道中旭川郊外で一人の少年に遭遇する。ひき逃げだろうか。地面に横たわり、頭から血を流している。本来なら無視するのが一番安全だろう。防衛省に目をつけられることもなく、警察と関わることもない。


 だが、彼は人間である。「人間」で在るために即座に救護を行なった。皮肉にも人間を殺すための技術は、人命を救うことにも役立った。応急処置を施し、近くにある旭川の基幹病院の一つに駆け込んだ。ただ救急搬送窓口にてその少年を届け名前も言わずに去るつもりだった。


「銀次……? 銀次じゃないか! どうしたんだ?」


 想定していなかった、声がかかる。もう五年は会っていなかった懐かしい声。銀次の劣等感の根幹に存在する人物。白衣を着て銀次と同じくくせっ毛の黒い髪をした医師。水瀬(みなせ)金一(きんいち)。銀次の兄である。


「兄貴か。旭川にいたんだね、今」

「お前、いったいどこ行ってたんだよ? なんか急に居なくなったって警察の人がうちに来たし、大変だったよ」


 迷惑だ、とは言わなかった。切羅に聞かずとも嘘ではないことは銀次には、わかった。


「……」


 金一は何の回答もない銀次から、しかし何かは読み取った様子だった。逡巡するように口を開け閉めして、閉じた。数瞬、そんなことを繰り返して、それでも話したかったのか、あるいは沈黙の不自然さが口を衝いたのか、金一は再び話し始める。


「俺今度結婚するんだよ……。お袋と親父はお前のこと良く思っていないかもしれないけど、来てくれよ」


(そう来たか。悪気は、兄貴のことだ、ないに違いない。そういう意味で真っ当だ、昔から。それがまた眩しくて、疎ましくて、嫌いにはなりきれない)


「……」


「ここであったのも何かの縁だろ? 連絡先変わったんだろ? 教えてくれないか?」


 一度口を衝いて流れ出た言葉のままに、言いたいことは全部言ってしまうつもりのようだった。やや、押し付けがましいと銀次は感じる。


「ここで駄弁っているよりさっきの少年の救護をしたほうがいいんじゃないのか?」


 金一は少し顔を綻ばせた。何も穏やかな話題ではないのに。


「いや、彼は脳外科だろう。俺とは科が違う。積もる話もあるだろうからコーヒーでも……」


「兄貴。僕のことが心配だったか?」

「……そりゃもちろん」

「言い方を変えよう。失踪届も出さなかった弟のことが心配だったか?」

「……あ。いや、それは親父が……」

「…………恩は、あるよ。顔だけ出す」


 振り返り、心配そうな顔をする切羅と共に車へと戻っていく。


□□□ 無形の車 車内


「銀次さん……。お兄様は貴方のことを見下したり、バカにしたりしているわけじゃないですよ」

「……知っているさ。兄貴は僕より何倍も要領が良かった。不器用な僕と違ってね。君子危うきに近寄らず、だったか。本能的にわかるんだろうな。何をすれば得なのか。誰につけば損をしないのか。そんな兄貴が、羨ましかったし、妬ましかった」

「……」

「だからこそ合理的であろうとしたのかもな。僕は」


 乾いた笑い声を漏らす銀次。もしもの時のために二台持ちにしている携帯が役に立った。そこには三日後の土曜日に結婚式があるとのメッセージが来ている。


「タイミングがいいのか悪いのかわかんないな……」


 失笑する銀次。彼に何の言葉をかけてあげれば救われるのだろうか。切羅はあらゆる文言を考えたが、その全てを胸中にしまい込んだ。


■■■ 三日後 札幌グレートホテル


 あの後、金一が親に連絡したのであろう。母から夥しい数の着信履歴がSNSに届くが、その全てを無視した。そして最後に一文。


『式に来るんだったら20万は包みなさいよね。いい年した大人が恥ずかしい』


 それまでの三日間、『保険』の移動に時間を費やしたという側面もあるが。母からのメッセージを見たくなかった。まるで自分が底辺を這いずり回っていたころを思い出すようで。雑念をかき消すように、切羅と北海道中を回ってようやく終わったころには当日、結婚式の会場についていた。


 最低限のマナーを守ったスーツと靴、ネクタイを締める。暗殺課から渡されたものだが、オフィシャルな場面でも通用するものだ。会場に入る前、切羅から曲がったネクタイを直される。彼女は洋服屋で買った女性用スーツに身を包んでいる。


(てかなんで、切羅ついてくるんだ?)


 札幌でも最高クラスのホテル。ミュージカルでしか見たことのないような豪奢なシャンデリアと絨毯に目をくらまされるが、ボルゴア大使館のボスの部屋も同じようなものだったな。と思い出す。


(誰も彼も、金を持ったら趣味嗜好って似通るものなのかね)


 銀次は「変態」で髪の色と瞳の色を黒に戻してある。この場でシルバーの髪と紅い瞳孔は目立ちすぎる。おかげで大量に招待されている親族や友人たちと比べても浮かない容貌となっているが。


 係の人がレシェプションしてくれているところに銀次は祝儀を持って歩いていく。偶然にもそこに通りがかったのは、銀次の両親であった。まさか本当に来るとは思ってもいなかったようで、眼を剥き亡霊を見るかのような目で銀次に視線を送る。


 そこから出た第一声は、数か月行方不明になっていた我が子の健在を喜ぶ声、ではなかった。


「来たんだ、アンタ」

「連絡もよこさず何やってたんだ?」


 父も母も金食い虫が背伸びして自慢の息子の結婚式に来たことに嘲笑を隠すのも困難だったようだ。母からは細い息が漏れ、父は鼻で笑っていた。


『どんな親でも等しく自分の子供を愛している』


 この言葉を最初に言った人間はどれほど世間を知らなかったのか。はたまた自分が愛されているはずだと思いたかった願望の表れだったのか。どちらにしろ下らない、世界が見えていなさすぎる。と銀次は辟易していた。


 母が係の人に席を外すように頼み、困惑しながらも一礼し去っていく。それを見届けたあと、事もあろうか銀次が持ってきた祝儀をその場で確認する。顔を青ざめさせて父に耳打ちし、父は別室に来るよう要求した。両親は切羅が追従するのには全く文句を言わなかった。そんな余裕もなかったと言い換えたほうが適切か。


 連れていかれている道中、親族の連中は無視するか、冷たいまなざしを向けるだけだったが、両親はそれを気にしない。そこで銀次は改めて思い知る。自分はこの家族の一員ではないのだと。


□□□ 控室


「アンタこれ、悪いことして手に入れたお金じゃないでしょうね?」


 母が鬼の形相をして銀次に問いかける。その手には30万が包まれた祝儀袋。銀次は表情を崩さないし、切羅も銀次の後ろで控えている。


「臭いものに蓋をするみたいに別室に押し込んでおいて、開口一番それか。僕が30万も払えないような貧乏人だと? 久しぶりの再会にしちゃあ気分のいいものではないね」

「……だって、アンタ。フリーター……」


「それを承知で、20万包めと言ったわけか。大方僕が大した額も包めないのを、親族の団欒の場で笑い話にでもするつもりだったのだろう」

「ば、バカなこと言うんじゃ……」

「肯定も否定も必要ないよ。“彼女”がいればね」


 銀次に目配せされた切羅は軽く会釈をして、銀次の両親に挨拶を行う。


「お初にお目にかかります。お義母様。私は銀次さんの……彼女? の黒崎(くろさき)(せつ)()と申します」


「……凄い別嬪さんだね。モデルでもしているのかな。うちの銀次が迷惑をかけていないといいんだが」


 母の視線が銀次に移される、その瞳には侮蔑の色が見て取れた。


「そうか、そうかい。“ヒモ”ってわけか。合点がいったよ。あんた面だけは悪くないからね。切羅さんもダメだよ? こんなクズに引っ掛けられちゃ」

「違います」


 通る声で、確かに敵意を以て、彼女は答える。自分が銀次の顔だけに惚れて彼にお金を工面している? 冗談じゃない。切羅への侮蔑だったら百回言われても笑顔を崩さないだろうが、銀次へのそれとなれば話は別だ。切羅は銀次の内面が何より好きだ。彼が過去自分を救ってくれた。そして現在(いま)自分を必要としてくれている。勿論顔もタイプだが、ひっくるめて銀次のすべてを彼女は愛している。


 その鬼気に若干両親は怯むがすぐに平静を取り戻し、銀次への詰問に話を戻した。


「その彼女の言い分が確かなら、どうやってこんな大金を手に入れた? お前は一族の顔に泥を塗った。底辺フリーターにまで身を落としてな。金一とどうしてここまで差がついたんだろうね。今はいったい何の仕事をしているんだ?」


 高々30万円を大金という父の言葉に笑いがこぼれそうになるのを必死でこらえながら、銀次は笑顔で返す。


「言えないな。守秘義務がある。あぁ、そうだ。ここまで僕を育ててくれたことに一応の感謝を。今まで僕にかかった費用、概算でいいから言ってくれ。倍で返すよ。五千万? 一億か?」


 元フリーターからは考えられないような途方もない金額を銀次から提示される。驚き固まり、銀次の黒瞳を見るが、嘘を言っているようには感じられない。父はあきれ果てたように目を瞑り嘆息する。


「いらないよ、そんな危ないお金。人様に言えないような職に就いている人間なんかと繋がりを持ちたくない。今日限りで絶縁だ。これも持って帰ってくれ」


 父は祝儀袋を銀次の足元に投げ捨てる。それをしゃがみ込み銀次は拾う。少しばかり哀愁の目をしていたのを切羅は見逃さなかった。


「絶縁……ね。今まで“縁”があったかどうかは知らないけど、構わないよ。息災で」


 そこで成り行きを見守っていた母が口を開く。


「くれぐれも人様に迷惑をかけないようにね。もう遅いかもしれないけど」

「……それは僕の為? それともアンタたちの為?」


 一拍、母は唾液を飲み込み、言葉を紡ぎ出す。


「……アンタのために決まっているじゃないか」

「……そうかい。行こうか、切羅」


 踵を返して部屋を出て、そのままグレートホテルを後にする銀次と切羅。


「……銀次さん。親御さんのことだけど……」


「いいよ。言わなくても、わかる……」

「銀次さん……」


 銀次は暗い顔を無理やりかき消し、気丈に振る舞った。


「飯でも食いに行くか! 丁度30万あるし、久々の北海道だしな!」


 誰が見ても作り笑いだとわかる貼り付けた笑顔。それに切羅はただ一言頷いた。


「はい……」


□□□ 札幌 高級居酒屋


 橙色の薄暗い間接照明が店内を照らしている。客はまばらで、銀次が以前働いていた安居酒屋の喧騒は全くない。大人の隠れ家的料亭といった店構えだ。席に着くなり、身なりの整ったウェイターが水とおしぼりを運んできてくれる。お通しで出てきたのは単品で頼むだけで、三千円はするだろう大きな船盛り。そこにはマグロ、鯛、ブリ、赤貝、ウニ、甘海老、カニと盛り沢山だ。


「船盛りめっちゃでかいな。二人で食い切れるかな?」

「私はお刺身好きだから、大丈夫ですよ」


 銀次と切羅はメニューを見ながら美味しそうなものを端から端まで探していく。


「アナゴの天ぷら! これ美味そうじゃない?」

「良いですねえ、酒は(だっ)(さい)にしましょうよ」

「お! いい趣味してるねえ」


 楽しい晩餐のひと時、表には出さないが、切羅には銀次の闇がわかってしまうだろう。それも分かったうえで彼は気丈に振る舞っていた。ただ、今はこの美味しい酒と料理に舌鼓を打とうと、努力した。


(そうか、もう元には戻れないんだよな。なんて甘い考えをしていたのだろう。お金で解決できない問題なんて山ほどある。それが大金を手に入れるようになってから嫌というほど感じていた。また一つ、僕は失った。だがこの世界は失えば失うほど強くなれる。だが強くあればあるほどに、人間から遠ざかっていく。人間では、いられなくなる)


 そんな雑念をかき消すかのように、豪勢にも高級な酒で脳を麻痺させることにした。すべては銀次の大望のために。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 銀次は人間してる感じがしていいですね
[一言] 凄くシリアスなお話だろうに、途中で出てきた『変態』の意味を一瞬履き違えてそれどころじゃなくなった
[一言] 親殺し期待してます!!
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