第36話 剣豪
「警告。警告。B区画の人員は即座に退避してください。B3からB8までの全隔壁を封鎖します。職員は指定のルートを通り退避してください。繰り返します……」
非常音声が流れる。文言はバラバラだが三か所同時に。そんな中一人だけ、いや、三体だけ場違いどころか時代を違えているようなフルプレートメイルの騎士が金属音を鳴らしながら進んでいく。それぞれの手には身長をゆうに超える長さのロングソードが握られている。
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東京都新宿区防衛省本庁舎には同時に国の最高機密箇所が襲撃されたという、指示を求める通信が殺到した。とても一人で対応できる量ではない。
能力者を加えようにも機動力で優れる「雷神」と「風神」を前回の渋谷戦で野良の能力者に殺されてしまい、手持ちの札が監禁場所を護衛しているたった一人しかいない状況だ。
「敵の数は? 小隊規模か? 中隊規模か?」
返ってくる答えは三か所から全く同じく。
「単独です! 全身を銀の甲冑で武装した騎士が一体、上空から降ってきました!!」
(……ッ! 能力者、か! しかも三人の)
だがそれでも特務トップは慌てず、最優先の「切羅監禁場所」への自衛隊投入を優先した。
「空挺部隊を派兵する! 細菌研究所と高速増殖炉の職員は持ち場を捨てて全員避難しろ!」
「そ、それが……」
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「重要な場所、というのがミソなわけだ。どの場所も切り捨てられない。細菌の流出も、メルトダウンも看過できない。無言の兵隊が着実に危険領域に侵入しているならば、動かなくてはいけない。国の安全をとるか、切羅をみすみす渡すかだ」
銀次の兵隊はそれぞれ細菌研究所、バイオセーフティレベル4(最高度安全実験施設)の重要区画の隔壁を手に持ったロングソードで切り倒しながら進軍し、高速増殖炉では核施設中央管制室に迫っている。
そのどちらも防衛省が無視することはできなかった。銀次にその気はないとはいえどちらも国家安全に大きく影響する。たとえそうする“ふり”だとわかっていても戦力を割かなくてはいけない。
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「畜生っ! そうかよ、そうか! 戦力の分散のために、日本国の安全を脅かす。ド外道がッ! 作戦立案者は悪魔か鬼の転生者か?」
「……空挺はそちらに回す。あの『読心』は『剣豪』に任せよう」
(どこで……間違った? 50億ドルの資産をかすめ取って、なおかつ切羅を欲したことか? 今から銀次に金を渡せば、こちら側につくか? いや、まだ負けていない。『剣豪』は『雷神』や『風神』ほどの汎用性はないがサシなら強い。相手がどんな能力者かわかってはいないのが不安だが……)
「今動かせる『特務』自衛隊員は全員叩き起こせ! すぐさま現場に向かってテロリストを射殺しろ!」
■■■ 栃木県 自衛隊演習所
「やっぱりここが本丸か。日本で違和感なく自動小銃をもった人員を用意できるのはここだと思っていた」
甲冑を身にまとった銀次は十数メートル目の前で閉まりゆく隔壁に焦りはしなかった。ただ悠然と歩みを進めていく。閉まりきり厚さ十数センチの鋼が行く手を阻むが、剣を一振り。
いや、正確には4回斬った。あまりの素早い剣捌きで、ただ一回剣を振るったようにしか見えなかったが。証左として隔壁はバラバラになり床へと零れ落ちる。その向こうには顔を絶望で染めた自衛隊。『特務』直轄の人員だろう。彼らが銀次に銃口を向けている。
「そこで止まれ! 射撃許可は下りている!」
「なら、なんで撃たないんだい?」
全身が金属の板で覆われているフルプレートメイル。現代人の感覚でも防御に関しては無敵だというイメージがあるだろう。現実は大きく異なる。それが現役であった中世の時代でもあたり方によって弓矢でも貫き通すほどの防御力しかなかった。
「私に交戦の意思はない。退け」
「撃つぞッ!!」
その声は銀次を威圧しているというよりは引き金にかかっている自分の指に発破をかけているようだと彼は感じた。
「……最後通牒。退け」
返答の代わりに浴びせかけられたのは、鉄板でも易々貫く死の弾丸。螺旋回転するライフル弾は銀の鎧に阻まれ、火花を散らしながらその防御を突破することはできない。
「押し返せッ! 増援が来るまでここを死守……」
弾幕の緞帳は確かに鈍重な鎧を捉えていたはずだ。だが重装甲だからこそ、鈍いという先入観は致命的だ。戦場において「思い込み」は死へとつながる片道切符となる。
爆音が鳴る。今までいたはずの鎧がいない。ひとまず射撃を止め、あたりを見渡す隊員たち。次の爆音は上から聞こえた。白く清潔なこの通路は地下へと続く階段への唯一の道である。絶対に通してはならないから人員を増やして応戦しているのに、銀次にとっては彼ら隊員が順路を示してくれる非常灯のようなものだった。
一人の自衛官の首が飛んでいく。返り血が白銀の鎧を汚し、生き残りの自衛官が射撃を行おうとトリガーを引くがそれより早く「爆縮移動」で距離を縮められる。
懐に入り込まれた隊員はまるで銀次が透明になったような錯覚を覚えただろう。しかしこの近距離でリーチの長いロングソードは圧倒的に不利。
故に銀次が放ったのは「掌底」。手甲から放たれるそれは隊員の内臓をぐちゃぐちゃにかき回し、かき乱し、はるか後方のT字路まで吹き飛ばした。
銀次の手甲から蒸気が上がっている。それほどの速度で打ち込んだ手の平はいくらか気化しているが回収に数秒。何の問題もない。
呆けているわけには当然行かない。残りの隊員も加勢に加わるが、銀次のロングソードが踊るように煌めき全員が角切りにされていた。
剣を振り払い、付着した血液を払拭する。ここまで5秒に満たない早業である。
「ほかの2体の鎧は自動行動にしてもいいか。明らかにこの施設だけ防衛人数が多すぎる。まあ細菌テロと核施設テロは脅しではないよう振る舞わなくてはね」
T字路まで歩いていくと、またも隔壁でとじられている階段を発見。再び分解すると地下へと進むものだとわかる。
「正解かな……? この道が」
薄暗い蛍光灯が灯っている。時たま明滅し、地獄への入り口を想起させるが、鬼と化した銀次がそれを恐れる道理はないだろう。金属音とともに歩みを進めていく。
さらに1枚鉄扉を突破すると驚くほど白い部屋に出る。壁、天井、寝具、テーブルに至るまで白で統一された殺風景な部屋。部屋の中央ほどに強化アクリルガラスが張られており、その向こうに彼が会いたかった人物がベッドに座っている。一度顔を輝かせたかと思うと、すぐに真面目な顔に戻りこちらを指さして何かを叫んでいる。
以心伝心とは違うかもしれない。だが即座に回避できたのは、彼女の指示あってこそだ。
「武士道にも、騎士道にも反するが、命の取り合いなんでね。流石に奇襲させてもらいましたよっと」
部屋の床には斬撃痕。おもむろに振り返ると、そこには黒い長髪を後ろで結った、顎ひげを整えている、細身な男がいた。年齢は30代後半程度だろうか。右手には一本の日本刀。半身にして銀次に切っ先を向けている。
「いやぁ、おじさんびっくりだよ。自動小銃でもバズーカでもなく、中世の騎士さんがお目見えとは。かっこいいねえ」
飄々とした中年に対して銀次の表情は兜に隠れてうかがえない。しかし、直感したはずだ。この近代戦闘の中剣で戦う侍など、『能力者』以外有り得ないと。
「私と戦うつもりか……?」
「君がそのまま帰ってくれれば、おじさんも体を動かさなくて済むんだけどね」
「……冗談は戦闘スタイルだけにしてくれよ。この戦いで何人死んだと思っている?」
「死んだ。じゃなくて君が殺した、が正しくないかい? 銀次君」
(知られているか……)
「なんのために私と戦うんだ? 場合によっては仲間に……」
「そりゃあ国の為だろう。おじさんは我が祖国の益となるため剣を振るう」
「交渉の余地すらなしか……。ま、当然か」
銀次は兜の下で苦笑を漏らす。是非もないことだ。仲間が増えるに越したことは無いが、彼は貴重な経験値。それも剣で戦う能力者。
「剣才しか持たなかったおじさんを、この国は、日本は。必要だと言ってくれた。潰れかけの道場で門下生も片手の指で足りるほどのおじさんをね」
「自分語りとはずいぶんと余裕のあることだ。和解をする気はないのかな?」
「そりゃあ、無いんじゃないかな? 君通信で聞いたけど、この国に生まれておきながらも日本を脅かす敵だと、上司に聞いたがね」
「強きを助け、弱きを弾く。別にほかの国でも珍しくはないがそんな中見ている君たちの笑顔は、まるで毒だ。心を病ませ、死に至る病。虫唾が走る」
「……? その理屈だと君みたいな強者は得をしているんじゃないのか? それとも義憤に駆られて革命家にでもなったのかな?」
「そんな大層な人格者ではないし、もともと私は弱者だったよ。金、金、金。嫌というほどその呪いに苦しめられた。お前金は欲しくないのか? 対峙しているだけでわかる。お前は強い。我々に寝返れば大量の金が転がり込んでくるぞ? 副賞に生命の安全も今ならついてくる」
先ほどから全く体勢を崩さない中年男性。右半身を前に出しているのはおそらく、対銃撃戦を想定してのことなのだろう。敵と向かい合う面積を最小限にするための。
「欲しいさ、欲しくない人間などいないだろう。でもねおじさんは手を差し伸べてもらったのさ。君と同じく金はなかった。下らないネット掲示板で能力を得てもうだつの上がらない生活をしていたおじさんを」
「……そうか。君は『救われた側』か、ならば私と相いれることは永遠にない」
「おじさんのほうが疑問だね、国にそこまでの憎悪を向けている君が。良い国だよ。日本は。食べ物もおいしいし、四季も美しい。何より平和だ」
「その平和が、お前から剣の必要性を奪ったんじゃないのか」
「いやはは、時代遅れだよ。剣で戦うなんて前時代的だ。普通じゃ剣じゃ銃には勝てない。尤も君もおじさんも普通じゃないみたいだけどね。さて名乗ろうか」
「防衛省特務『剣豪』宮本正宗」
「……CIA暗殺課『銀鬼』水瀬銀次」
両者の目が据わる。日本刀を上段の構えで持つは『剣豪』。西洋剣を下段で構えるのは『銀鬼』。互いに後の先を警戒し撃ち込まないが、ここは敵地。他にも能力者が到着したら不利になるのは銀次のほう。痺れを切らし飛出でる。
下からその剣を振り上げ『剣豪』の胴体を裂かんと肉薄する。
対して一瞬遅れて、上段から日本刀を打ち下ろす。
刃は交錯するかと思われたが、銀次が左に転がり避ける。『剣豪』はあろうことか打ち下ろしの最中から剣を「突き」に派生させたのだ。
「凄いな……。おじさんのこの初見殺しで殺せなかったのは初めてだよ」
部屋の壁面には穴が開いている。明らかに射程を無視した「飛ぶ斬撃」だ。
「【果雪】この刀の名前だよ。果ての果て、どこまでも飛んでいき月さえ切れる。おじさんの能力だ。あまりに大ぶりで発動させると地球が危ないので、基本突きにしか使わないけどね」
「……」
「あまりの能力に言葉も出ないかね? 尤もおじさんと対峙した敵はみんな言葉を失っていた……」
「困る……」
「なんだって?」
「困る困る困る困る困るなぁ! その能力被ってんだよ! 私のと! 私の嘘がばれてしまう」
困惑の表情をしながらも一切の瞬きもせず、型を崩さない『剣豪』と駄々っ子のように頭を抱えて喚き散らす銀次。ひとしきり叫び終わったところで、ぴたりと動きを止める。
「……お前。退く気はないんだよな?」
「当然。ここで朽ちるならば護国故の栄誉」
甲冑越しにも銀次の安堵が伝わってくるようだった。
「はあー。良かった。お前を『私のフェイク能力と被っているから始末する』じゃあ、あまりに外道過ぎる。殺す理由を取って付ける手間を省いてくれて」
「“ありがとう”」
表情は見えない、がその顔は確かに笑っていた。




