第32話 博愛主義者 富士宮 大輔戦②
暴力的な速度で壁に叩きつけられる銀次。コンクリートの外壁に大きくめり込み、粉塵が辺りに舞う。そのせいで富士宮の姿を一瞬見失う。ゆらりと彼は体を起こし、肺にたまった血液を吐き捨てる。
脳震盪を起こして戦闘不能になるのを避けるため、銀次は脳を液状化している。液体状態でも思考ができるのはすでに実証済み。先ほどの頭部狙撃から即座にカウンターを行えたのはこれのおかげだ。しかし、存外に富士宮の一撃は重く、五感を残している銀次には少々“効いた”。
(クソ……。あの蹴りの威力は艦載砲と同程度かそれ以上。硬化ではなく液化すればダメージはないが、それは最後の手段)
煙が晴れる直前、影が見える。それを銀次が敵だと認識するまでコンマ5秒。間に合わない。
銀次の腹部に蹴り上げが入る。口から空気の抜ける音がしてビルの四階程度の高さまで打ち上げられる。
富士宮はすでに跳躍していた。あろうことか上方に吹き飛んでいく銀次に追いつき、空中で銀次を打ち下ろす。
銀次を構成していた肋骨が何本も折れ、そのまま地面に叩きつけられる。それでも銀次は腕を立て起き上がろうとする。
(重い……ッ! 倒しきれない? こいつの能力は身体強化か?)
(体重を作戦用に一トンまで増やしているんだぞ? その僕をゴム毬みてぇに……)
お互いが最初に思ったのはどちらも相手の能力が『身体強化』の能力であることだった。
白昼堂々の能力者同士の決戦。もうすでに爆音を何回も鳴らしている。当然民間人が集まってくる。悲鳴を上げる者。興味津々で動画をとる者。一瞥したのち逃げ出す者。三者三様だが、これは暗殺課としては看過できないことであった。
「……君が心を入れ替えて出頭するというならば、これ以上の追撃はしないと約束しよう」
銀次は目と口の端から血を滴らせながら立ち上がり、不愉快な感情を隠すことなく、声を荒らげる。
「違うんだよ、焦点が。事はそんな段階にない。お前が人を集めるせいで、私が殺さなくちゃいけない人間が増えることがわかっているのか? 実質お前のキル数だぞ?」
「警察にッ!」
「……私にこれだけの攻撃をやっていて、警察? 出頭? ……だからバカは嫌いなんだ。もうこれは闘争だ」
銀次はネクタイピン型マイクで全隊員に通達する。
「プランCだ。各員行動を」
銀次はそれを伝え終ったあと上体を大きく前に倒す。歩法「影縫い」。目にも止まらない速度で富士宮に接近する。そのまま武器を作る。切れ味は大木さえ切り倒す接近戦主力武器。日本刀。
「武装展開、【銀刀】」
そのまま懐に入り込み、下から切り上げる袈裟切り。その攻撃は富士宮に届く、と思われた。
「……遅ぇんだよ」
富士宮の踏み潰しが体勢を低くした銀次の背中部分に直撃する。そのまま足で押さえつけ、銀次を拘束する。圧倒的身体能力。『身体強化』がこれほどの物なのかと銀次は感嘆する。
(背中を踏んでの拘束? こいつは戦闘慣れしている。ならば何故普通ならば致命傷に見える頭を踏み潰さなかった?)
(つまりはだ、殺人に関してはド素人。人を殺せない、ただの格闘技経験者)
(最初の一撃は殺すつもりで放ったんだろう。事実「液化金属」がなければ死んでいた。だが二回目も三回目も、この踏み潰しも手心を加えている)
「お前、私が脅威にならないから遊んでいるわけではないな」
銀次は地に伏しながら、富士宮を挑発する。
「……お前、私に死んでほしいと思ってはいるが、殺したくはない。そう思っているんだろ」
富士宮は眉をつり上げ、不快感を露わにするが依然銀次を拘束する足はどかさない。
「武装展開、【爆弾】」
銀次の背中を圧縮爆弾に変え、押さえつけている富士宮の足を吹き飛ばす。苦悶の表情を浮かべ、富士宮は数歩後ろに下がる。失われた右足は断面がぼこぼこと泡立ち、物の数秒で元の足が再生する。
「驚いたな、再生能力まであるのか」
銀次は踏まれた箇所の土汚れを叩き落としながら立ち上がり、光のない紅瞳で視線を富士宮に向ける。
「……これは創作物についての持論なんだが、私は『不殺』を掲げるキャラクターがどうにも好きになれなくてね。ボコボコにした挙句、警察や自警団に突き出すというのが私の見てきた不殺主人公のお決まりだ」
富士宮は両拳を目線の高さにまで掲げ、臨戦態勢に再度入る。
「それの何がおかしい? 法治国家である日本では私刑は許されていない。当然の対応だ」
銀次は目を輝かせ自分が望んでいる答えを出した富士宮を称賛し手を叩く。
「そう。そうだよ。日本だからだ。たいていの悪役は日本の法律で死刑になるほどの罪を犯している。私なんか3桁は殺しているし、どう転んでも縛り首だ」
銀次は両手で自分の首を絞め、舌を出して下卑た笑顔を富士宮に向ける。
「だからさ、そういう奴は『殺人の転嫁』しかできない弱い人間だな。と思ってしまうわけだよ。結局個人により殺されるか、法に則り殺されるかの差異」
「故に私は、悪人は消したい。でも自分の手は汚したくない。そんな半端者を見ると、私が責任をもって殺してあげなくてはいけない。と感じてしまうのだよ。あくまで大人の義務だ」
あらかた話し終えると、またも銀次は呟く。
「……武装展開、【触腕】」
その言葉を皮切りに銀次の背中から10を超える銀色の冒涜的触手が展開される。それぞれが別個に動くそれはまるで生きているかのように蠢き、蠕動し、目の前の博愛主義者を打ち倒すべく彼に向かって振り下ろされる。
先端に鉤爪のある触腕もあれば、牙のあるものもあるし、鉄鞭のように破砕に特化したものもある。
(便利なものだ。武装展開と枕詞をつければ、僕の能力が武器錬成だと勝手に勘違いしてもらえる)
何本もの触腕が地面を抉り、蛇のように大地を食らい、コンクリに爪痕を残す。しかしそのどれか一つでも富士宮に命中することはなくギリギリのところで回避している。
触腕が打ち下ろされる、体を半歩ひねり、当たらない。数瞬前まで富士宮がいたところは大きく陥没する。
鉤爪の斬撃、首を刎ねる一瞬手前で上体を後ろに逸らし回避、ボクシングでいうところのスウェー。
先端が口のようになっている触腕の口内に備えられているマシンガンの嵐。富士宮は両腕で頭を抱え防御態勢をとる。弾丸が命中するが、圧倒的耐久力でそれを絶え凌ぐ。
先ほどの爆発で一度は距離を取ったものの、じりじりとまた距離を詰められていく。そこで銀次は触腕の一本を富士宮の大事な女めがけて伸ばす。
富士宮に迷いはなかった。身を翻し、己の妻を守るため銀次に背を向ける。そのまま彼女に伸びていた触腕をただの手刀で切り落とす。銀次は薄笑いを浮かべて、さらに三本、触腕が富士宮を絡めとる。圧搾し、四肢を引き裂き、十数メートル上方から地面に叩きつける。先ほどの意趣返しといった具合に。
血煙があがり、確かに命を奪えたという手ごたえがあった。だが油断はしない。体内からメーザードローンを二基召喚し、確実に再起不能になるまで沸騰させつくす。
その赤い霧の中から腕が見える。それはドローンを握りつぶし、もう一つのドローンは踏み潰される。これだけの猛攻を浴びせかけて尚、「富士宮大輔」健在。
「タフすぎるだろ……君。なんで死なないの」
「そっくりそのまま返させてもらうよ」
「……アシュリー。アレックス」
超音速のスピードで飛来する狙撃銃弾。そのほぼ同時に着弾するはずだった二発を富士宮は片手で受け止める。床にこぼれ落とし、快音が鳴る。
□□□
「No.Kidding!(冗談だろ!) 隊長も怪物だったことは知っているが、能力者ってみんな化け物ばっかりなのか? 狙撃銃を素手で受け止めるほどの?」
「アシュリー。ここで一旦僕たちスナイパーは移動しよう。居場所がばれているみたいだ。隊長が落ちたら終わる。その言葉に何の誇張表現もなかったみたいだねー。まるで怪獣大決戦だ」
「全隊員聞こえるか、ジャックだ。隊長があのムキムキマッチョマンの注意を逸らして、俺とボブを逃げさせてくれた。指揮は一旦俺がとる。ただ途中で隊長からの指示があった場合そちらを優先しろ」
「予定通りプランCだ。スナイパー組二人を除き、他四人は行動に移るぞ。肉薄した状態であの「フジヤマ」? いや、「フジノミヤ」を相手にするのは端的に言って自殺だ。スナイパーは頭部への銃弾を防いだところを見るに行動を制限するという意味合いでは有効そうだ。遊撃を頼む」
「了解。作戦続行」
□□□
富士宮が大地を蹴る、重い音が響き、一瞬で20mほどの距離を詰め、銀次に対して組み付きを行う。スーツの襟をつかみ一本背負い。床に叩きつけた後、両の足で銀次を絡め取り三角絞めの体勢に移行。格闘技の組技は全く経験のない銀次はあっさりと“決まって”しまう。
「落ちろ」
銀次を片側の腕と相手自身の肩で頸動脈を圧迫する。脳に血流が行かなくなれば、人間は5から10秒ほどで意識を失う。ここがリングの上ならばレフェリーが試合終了の準備をするだろう。
(絞め技? この僕に? ……面倒くさいな)
刹那、富士宮の両腕が肩から吹き飛ばされる。丸太のように太いそれが宙を舞う。
締めが無くなったことで、銀次はダウン状態から思い切り蹴りを放つ。かかと部分を爆発させた蹴りは、富士宮のそれとも遜色ない威力になっている。
再び二名の距離が開く。はた目から見て重傷なのは銀次。富士宮のほうは「身体強化」の副産物だろうか。もうすでに腕が生え始めている。両者とも服はボロボロでシャツが血液で紅く染まっている。
あいも変わらず温度のない紅瞳だが銀次の目は敬意を孕んでいた。最初に自己紹介した時の大仰なお辞儀ではない。本心からの敬意である。
純粋な身体能力でシエラ隊をここまで苦戦させた富士宮に対して「敵」であると認識を改めねばならないと、銀次は感じ始めていた。
「まずは、非礼を詫びないといけないな。君を侮っていたことに関して。……ここからは本気で行かせてもらう」
銀次が両方の爪で遠くに立つ富士宮をひっかくような動作をする。ようやく生えた新しい腕が、再びスライスされる。見えない攻撃に驚きながら反対方向へと跳ぶが、何もない空間で富士宮はまたも裂傷を負う。
(斬撃が、残留している……?)
「銀爪」自身の爪の間から圧力切断、通称「切断」を発射する。銀次の新攻撃方法。特性上激痛が伴うが、代わりに光による露見をほぼゼロにできる。
そして、最も画期的な点。それは飛ばした液体金属を「鉄線」にすることが可能なのだ。彼の攻撃の軌跡には切断線を張ることが出来る。つまり銀次が「銀爪」を放つたびに敵の動きはどんどん制限されていく。
掻く、掻く、掻き続ける。ここからは消耗戦。ありとあらゆる場所に爪痕を残し、その軌道には同じく切断のデストラップが残る。
さらに追加の狙撃による援護。物量で圧殺するためのこの戦法である。
完全に女と富士宮を引き離した。そう、この圧倒的再生力を持つ富士宮を倒すためには、「切断」でも役者不足だ。彼の立っている位置と守っている女を遠ざけることが真の目的であった。
「お前ッ、のッ、能力はッ、切断かッ!」
右に左にと跳躍し、富士宮の息が切れ始める。構わず銀次は攻撃を叩き込みながら、自身の能力を公言する。
「そう『切断』が私の持ちうる能力の中で切り札だ。この権能を使わざるを得ない状態に追い込んだのは称賛に値する。……ところでだ、一つ問いかけを。人間が最も効率よく成長するにはどんな環境に身を置けばいいだろう?」
富士宮はそれどころではない、雑談をしている余裕など彼にはありはしない。この大量の残留する切断と飛ぶ斬撃。これをどうにかしないと彼の妻の命は保証されていないのだから。
「太陽照り付ける青空の下? 雨風激しい暴風の中?」
「……違うんだよ。“泥中”だ。呼吸もできなく、身動きもとれない。助けを求める声も届かない。そんな、環境だ」
「尤も、大半の人間は溺れ狂うだけなんだけど。……ぬくぬくと温室で育った君に負けるなど万に一つもあり得ない」
富士宮の胸に覚えるのは一つの違和感、切断能力を何故最初から使わなかったのか、追い詰められてから初めて彼はこの能力を披露した。どうにも腑に落ちない。
そんな彼の考えを打ち消すかのように銀次は次の行動をとる。ひときわ大きく腕を振りかぶる。それは10階建ての商業ビルを斜めに両断した。ズリズリと音を立ててずり落ちてくる。
「守れよ、ビル内の人間を。博愛主義者。これが君の最大の弱点だ」
決断を迫られる。最愛の人の命か、見ず知らずの多数の命。大事な1を守るために100を犠牲にするか、またはその逆か。結論は思ったよりも早かった。横倒しになりそうなビルに向かって走り、圧倒的膂力でその倒壊を食い止める。
銀次は煙草に火をつけ富士宮の妻に向かって歩いていく。恐怖で体が強張り逃走することもできない哀れな女。
「これは持論だが、正義を声高に叫ぶ人間にロクなのはいないと思っていた」
「でも考えを改めるよ。命と大切な女性をも捨てて博愛に殉じるか。まともなのもいるじゃないか」
「頼む、彼女は殺さないでくれ……ッ。頼む……」
「では最後の交渉だ、暗殺課に入るつもりは?」
「……」
「駄目、だ。それだけは……」
苦悶の表情を浮かべ脂汗を額が伝い、断腸の思いで断る。
「うん、そうか。それが君の『選択』なんだね。尊重しよう」
にこやかに柔和な笑みを浮かべながら女に近づいていく。極限状態のストレスからか彼女は左耳を触る。この癖を持っている人間を銀次は知っている。思い出したくもない過去の残滓。それがよみがえってくる。
「お前、『サイトー』か?」




