第23話 密談
「では参りましょうか」
アジア系ボルゴア人の女性が手の平でメインエレベーターのほうを指し示す。もうこの大使館の三階には彼女と武装解除した職員数名が残っているだけになっている。銀次は穴だらけの軍服のほつれをいじりながら生返事する。
「あー。いや。階段でいいよ。的外れなことを言っていたら笑ってくれよ? この施設はまるで要塞だ。最悪私を封殺するためにエレベーターを切断して落っことすみたいな仕組みがあるんじゃないかと勘ぐってしまってね」
「……」
「無言は肯定と捉えるよ。それにしても随分と準備がいいね。流石ボルゴア」
鼻を鳴らし階段のほうに歩いていく銀次。その背後から番犬のように付き従う二基の「飛行型メーザードローン改ver.銀次スペシャル(命名Sir)」
背中に発砲だとか、カポエイラの鈍重な蹴りを食らわせてやろうなどといった反抗はもはやボルゴア職員の頭の片隅にもよぎらなかった。ただ黙ってその招かれざる客人をエスコートするために前に躍り出て誘導を行う。上司に媚びへつらう無能な部下のように。
□□□ ボルゴア大使館 最上階 大使執務室
どこから仕入れてきたのかは全く分からないが豪華絢爛な絨毯が敷かれている大きな部屋。天井の明かりも装飾の入った立派なもので五階以下の要塞じみているつくりとはかけ離れた雰囲気になっている。背の低いテーブルを挟んで対面するようにこれまた高級そうなソファーが二つ。奥のソファーにはSirと同年代ぐらいだろうか、白髪の筋肉質な白人男性が赤いスーツを着て座っている。
間違っても就活でこんなスーツを着て行ったら、その場でお祈りされるだろうと少し銀次はおかしくなった。口角をわずかに釣り上げる。
「座り給えよ」
「遠慮なく」
ソファーに腰掛け、両腕で抱くように背もたれに腕を乗せる。付き従う従者のように銀次の斜め後ろに浮かんでいるのは人間をいつでも沸騰させることのできる悪魔の尖兵。
「さてと、不幸にも上官との通信機も壊れてしまったことだし、ボルゴアのお偉いさん。商談といきましょうよ。生憎私は社会人経験のない身だからビジネスマナーがなっていないかもしれないが大目に見てくれ」
「職員のほとんどを惨殺した後にマナーもクソもあったもんじゃないと思うが? 東洋人にしてはジョークが上手いな」
赤い服を着たボスは嗤い、対して銀次は目を伏せ悲しそうな顔をする。
「そっちだって殺す気満々だったじゃないか? 最初から交渉の機会を設けてくれれば私の大切な“戦友”も命を落とすことは無かったのに……」
「……下手な芝居だ。ジョークはイケても演技はダメか? 心にもない言葉を口に出すんじゃないよ。我々が殺さなければ君が殺していただろう?」
流石組織のトップだと銀次は瞠目する。仮にも犯罪者集団でも人の上に立つものは人を見る目がある。ちゃちな半グレじゃたどり着けない答えにあっさり到達してしまう。これが『穏健派』のボスなのだと。認識を改め、口笛を吹きながら銀次はお茶を濁す。
「……全部が全部を語っちゃあ面白くないよ。建前には建前で。本音をビジネスの場に持ち込むのは無粋ってもんじゃないかな?」
「まあ、どちらでもいいが。我々が君に生かされているという状況に変わりはない。その後ろの機械からは即座に全員をゆで卵にできる力がある。俺たちも使っていたから十分わかる……では、名前を聞こうか東洋人」
「水瀬銀次。日本出身。職業はアメリカ政府所属暗殺者。年齢は26だ。今年の三月に27になる。好きな食べ物はオムライス。ふわふわの卵が好きだな。薄焼き至上主義者は異端だと思っているよ。否定はしないけどね。料理の好みは人それぞれだ。妻子はいない。独り身だ。とはいっても私のことをよく思ってくれる子が一人いるけどね。その子との未来を考えているか、と言われたら首を縦には振れないかな。今のところは、だけどね。非常に有用だ。合理的に、あくまで合理的に考えたら……彼女と子をなすべきなのかもしれないが。ああ、それから血液型はB型だ。日本では血液型占いなんてものがあってだね、他の国だと血液型には輸血用の抗体の区別、体が拒否反応を起こすために知らなければいけないという認識だよね? ところが日本ではこの血液型には人の性格を決定づけるものがある。なんて迷信があって。かくいうB型は自己中心的なんてレッテルを貼られてしまっている。バカげているよな? 元来人間なんて自己中心的なものだろう? そもそもそんなオカルトを武器に他人の人格を糾弾する高尚な血液型は何型なのだろう。と私は言葉を返したいね。人の価値なんて肌の色でも血液型でも性別でも決まらない。聖人君子のように素晴らしい人間もいれば、私のようにねじり曲がって破綻した人間も存在する。それから……」
強引に言葉をねじ込むボス。
「時間稼ぎだな。何を待っている?」
銀次は目を細め「流石だ」と言わんばかりに笑った。
「……私との連絡が取れなくなって、1時間たったらこの大使館は空爆される。本来その手段は使いたくないと言っていたが『切り札』を失えばアメリカはなりふり構わなくなる」
「つまりはテストだった、というわけだね。俺が君のたくらみに気づかないような間抜けならば商談の価値すらないと」
ボスは腕時計を確認し、空爆までの残り時間が50分を切っていることに気づく。
「うん。言う通り、私の演技は冴えないらしい。そしておめでとう合格だ。本題を話す価値はありそうだ。あと 47 分も自分語りで場をつなぐ自信はあまりなかったので助かるよ」
無言で顎をしゃくり本題の商談を催促するボス。
「ボルゴアが兵器、薬物、人の密売まで大使館でそれを行なっていると聞いた」
「そうだな。それをしなければ存続しえなかった。社会の底の底。汚泥を啜って生き残ってきたドブネズミが我々だ」
「それにしては内装や武装が豪華なような……ま、いいや」
手をひらひらと振り、話題の本線がずれないよう努める銀次。
「それで、私に課せられた任務は最善でボルゴア大使館の制圧と重要人物の拘束。次善で大使館内全員の殺害というわけだ」
「おいおい、いいのかい? そんなことをペラペラと喋ってしまって」
「良い。今話したのは私の表の目的でね、先ほどあんたが気付いたように裏の目的がある。そのためにはむしろ聞いてもらう必要があった」
片目をつぶり紅い瞳が心を見透かすようにボスを見つめる。
「『グレイ=デイチューノ』という名に聞き覚えは?」
「ぐれい……。ああ、本国が言っていたあいつか。普通ではない人間。そして君もそれと同系統という認識でいいか?」
「その通り、知る人間には『能力者』と呼ばれている。君たちが彼を使ってサンフランシスコを踏み潰した」
机をたたき、反論の言葉を述べようとするボス。銀次は人差し指を口の前に立て「お静かに」というメッセージを送る。
「君たちがサンフランシスコ陥落にかかわっていないことは裏が取れている。本国の『過激派』がやったことだ。対して君たち『穏健派』がそれに反対していたことも知っている。『穏健』という言葉を使うには余りに物騒な組織だけどね」
「なら、なんでさっき、……というか昨日のも含めてその報復なのか?」
「そうだね、謝らなくてはいけない。そのサンフランシスコ陥落の罪を君たち『穏健派』に擦り付けてしまった」
自分の頭をこつんと叩き、舌を出す銀次。
「いったい何がしたいんだお前は? 全く話が見えないぞ」
おちゃらけた表情から真剣な顔つきに戻り、銀次はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「この国は好きか? ボルゴア全権大使殿」
その気迫にボスはごくりとつばを飲み込む。
「もし、私が本当のことをアメリカに伝えたならばどうなる? 一発展途上国がアメリカに牙を剥いたんだ。戦争だ。大戦争だ。しかも敵国は夢の兵器が出てくるまさしく金鉱脈。下手をしたならばロシアも中国も出張ってくる。そうなれば大戦だ。第三次のね」
「そのために我々『穏健派』大使館の独断だったとすることで……」
「うん。恐らく経済制裁は免れないだろうけど、国の形を維持することはできるだろう」
「捨て石に……なれと……」
弱弱しく震えるボス。なんてったってこれは死刑冤罪よりもずっと酷い。戦禍を免れるために身代わりになれと言うているのだ、街一つ落とした代償の。
「早合点は困るよボス。私の裏の目的はボルゴア共和国と繋がること。過激派穏健派ひっくるめてね。表の目的だけ達成すれば、アメリカにカリホルニウムを独占されてしまう。それは勿体ない」
「……アメリカを裏切り、ボルゴアと手を組むということか?」
「とーんでもなーい。自惚れが甚だしいよ。君たちと手を組むためだけに米国に弓を引くのは些か損得勘定ができていなすぎる」
「??」
ボスは頭の上に疑問符を浮かべ、珍獣を見るような眼で銀次に視線を送る。
「私はね、蝙蝠になりたいんですよ。アメリカからもボルゴアからも美味しいところだけを吸えるだけ吸って、富肥えたいわけだ」
ボスの黒い瞳に明確な殺意が灯る。
「……日本みたいな先進国出身の人間にはわからないだろう。我が国がどれだけ強国に喰われ続けてきたか。どれほどの亡骸の上に我々が立っているのか」
遠い目をしながらゆっくりと銀次は息を吐く。
「わかるんだよな。……ああ今なら切羅の言っていたことが理解できるよ」
■■■ ススキノ居酒屋
「うーん。それがこの能力最大の欠点なんですよね。私は嘘を看破できますが、逆は不可。一方通行の愛って悲しいですよね」
■■■
(一方的にわかってしまうということのなんと悲しいことか。僕も又聞きしただけだから本質はわかっていないのかもしれない。わかったつもりになっているだけかもしれない。だが切羅は直に“解答”が頭に入ってきてしまう。なんて哀しい能力なんだろう)
「なんだって?」
「……いや、こっちの話だ。私も満たされない飢えというものは経験済みだ。渇き、望み、渇望した。それが能力という形で手に入ったのは僥倖というほかないけどね」
それに対してボスは何も言わなかった。憤怒なのか、呆れなのか憐憫なのか。それを探ることは何の生産性もないと銀次は判断し、話題を変えた。
「そうそう、手土産があってね」
腹に手を入れると銀色の腹部が揺らめき、その中から書類とカードの束が出てきた。
「なんだこれは?」
「6人分の戸籍と身分証明書だ。私の話に乗ってくれるならば命を保証する代わりに顔と名前を捨てて別人になってもらう。私が得た富は存分に送ろう。援助しよう。そのかわり、のちにリターンをもらうよ。いまここで話を詰める時間はないから細かいところは後日連絡しよう」
最初に空爆までの時間を教えたのは、時間切れの焦燥で判断能力を鈍らせるためでもあった。
「どうやって、これを?」
「足がつかない犯罪者を殺して奪った。それ以外に方法が? 整形してくれる無免許の医者も用意したよ。君たちの重要人物。指揮官と技術者かな? それらは見てくれを変える。終われば医者にも口止めするから大丈夫だ。安心してくれ」
「……殺し、強奪、密売。なんでもやってきた俺らだが、言わせてもらうよ。お前、“悪魔”だな。そしてビジネスマンとしては超一流だ。これが交渉ではなく脅迫だという一点を除けばな」
皮肉を受け、銀次はからからと笑いを返す。
「ははは。もっとスマートなやり方もあったんだろうが、私の凡百な頭脳じゃ思いつかなくてね。で、乗るか?」
「そうするしかないだろう。アメリカに絞り取られるよりは百倍マシだ。何より断れば命がない。ただ、6人じゃ少なすぎる。もっと増やすことはできないのか?」
銀次は目を閉じ、首を横に振る。
「残念だが、無理だ。私のこの計画もアメリカにバレればおじゃんなんだ。機密漏えいのリスクをこれ以上増やせない」
渋い表情をしながらもボスは断腸の思いで決断する。それを横目に自身の腕時計を確認する銀次。
「……わかった。飲むよ」
「じゃあ間引く職員を10分以内に決めてくれ。ところでここ、煙草を吸っても?」
「構わないよ。ただ絨毯に灰を落とすのは勘弁してくれよ」
「……気になるかな?」
「……一級品だ。当然、高価だ」
「建物ごと爆破する予定だが、それでもか?」
「!!」
驚きのあまり声が出なくなるボス。この条件をのんだならば空爆をされないものだと認識していたが。
「6人が決まれば、私はそれらを能力で保護し、カリホルニウム原爆を起爆する。アメリカには追い詰められたボルゴアが自爆を選んだ、というテイで報告するからね」
「……好きにしてくれ。あー……ただ。閑散としているがここは一応市街地だ。ここでの原爆は市民数万を巻き込むが、それでもかまわないのか?」
「……」
銀次としても知らない顔が何万死のうがどうでもいいことであった。だがボストン市民を守れなかったという汚点は自らの出世に影響すると判断した。
「うーん、そうかあ。確かに合理的ではないね、それは。発破用の爆弾はあるか? 手持ちのC4(プラスチック爆弾)だけではビルの倒壊はさせられない」
「……君の見立て通り、このビルはエレベーターの切断の仕掛けもあるし、自爆用のTNT爆薬もビルに仕掛けてある。本国『過激派』の意向でね。情報はアメリカに残すなと」
「渡りに船だな。それでいこう。では貴重な六人を選んでくれ」
□□□
「おお! 残ったか。武芸者よ。流石にこの才女を失わせるには勿体ないと思っていたんだよね」
銀次が先ほど下顎を砕かれた女性の肩をポンポンと叩き笑う。対してその女性は引きつった笑みを浮かべている。
「俺という指揮官が一人。用心棒の彼女が一人。後の四人は全員技術者だ」
「最終決定だね? では全員この指輪をはめてくれ。明言しておくがこれは盗撮、盗聴、戦闘が可能な道具だ。裏切りが発生した時点で全員殺害するので、絶対に外さないように」
信じてもらえずに下手を打たれることを恐れた銀次は、その場で簡単に「指輪」の能力を実演する。
「私と連絡を取る際は指輪を使ってくれ、くれぐれも露見するなよ? 故意の有無にかかわらず、口封じをしなくちゃいけないからな」
「後は結晶を一つ贈呈しよう。これがあればたいていの攻撃からは身を守れる。重いけれども持っておくんだよ」
「では一分後に起爆、倒壊させる。一か所に集まって“結晶”で防御可能なエリアにとどまっておくんだよ。倒壊した後の救出は私主導で行うからね」
6人は覚悟を決めた顔をしている。それを見て銀次は満足げに頷き。ボスからもらった起爆スイッチを押す。
「では今後ともよろしく願うよ。ぜひ本国に帰って私の功績を過激派によろしく伝えてくれ」
カチリとボタンを押すのと同時に、一階、二階の支柱が轟音とともに爆破され、土煙とともに大使館は崩れ去る。




