表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/128

第21話 大使館襲撃戦

□□□ 存在(ファントム)しない階層(フロア) 29階層 カフェテリア


 小奇麗な丸型テーブルが並べられている木目を基調とする瀟洒(しょうしゃ)なカフェ。バーカウンターには一人の初老の男性が立っており、綺麗に整えられた灰色の口ひげを生やし、いかにもなジェントルチックな風貌を醸し出している。彼の両手の薬指には銀の指輪。片一方は亡き妻との失われることのない愛を繋ぎ止める証。もう一方は、何のゆかりもない東洋人の情報を口から出ないよう繋ぎ止める枷である。


 指輪に関して話を進めたのは、意外にもSirのほうからだった。かくも彼一人と戦闘特化の銀次だけでは広大な面積を誇るペンタゴン地下3階層分を実質Sir一人で管理しきるのは土台無理な話であった。だから最低限の人員をSirのコネの中から飛びぬけて口の堅い傑物を入れさせてもらうわけにはいかないか?という申し出だった。


 交渉に難航することは覚悟の上だったが、これまた意外にも銀次からは指輪さえつけているのならば大丈夫だ、との返答がきた。さらに追加して言うならば、別に脅す必要はない。口外を固く禁じて、何も言わずに指輪をつけるのならばそれでよし。『自分は今心臓を握られているんだ』という自覚を持たないまま働いてもらったほうが円滑に進むだろうとの言葉ももらっていた。


 当然口外しそうになれば、容赦なく首を刎ねるから、信用における人物を選出するんだよ。と念は押されたが。


「マスター。キリマンジャロを」

「かしこまりました。銀次様」


 白と黒を基調としたギャルソンコートを着ているオーソドックスな紳士。彼は手慣れた様子でミルを回してコーヒー豆を挽き、サイフォンを取り扱い、コーヒーを抽出していく。それを物珍し気に見ていた銀次だがすぐに飽きて、壁一面の大きな“窓”のほうに目をやる。そこには南国のダイビングスポットを彷彿とさせる多種多様な熱帯魚が泳いでいた。人の背丈より大きいサメや、カラフルな魚群。青々とした水の質感まで、海中レストランには行ったことは無いがきっとこんな感じなのだろう。とそのLEDが描く偽の情景を楽しんでいた。


「お待たせいたしました」


 カウンターの上に湯気が上がり、かぐわしい香りが漂う一杯が提供される。それに口をつけ、舌を火傷しないように息で冷ましながらコーヒーを楽しむ。


「流石マスター。いい腕してるね」

「いえいえ、これぐらいしかとりえのない老木の趣味ですから。美味しいといっていただけるならば、それ以上何も望みはしませんよ」

「これくらい『しか』ね。そんな謙遜をしないでくれよ。マスターに惨敗した戦闘要員の僕が悲しくなるじゃないか」

「はっはは。偶然でしょうに。ドウくんのほうが吾輩よりも強いですよ」

「本当? それはちょっと意外。確かに銃の腕はあったが」

「嘘です」

「嘘かい」


 Sirは現在、ボルゴア大使館の制圧計画に奮闘している。いかに大義ができたとはいえ。「あいつは悪いやつだ!」「じゃあ殺そう!」とはすぐにはならないのが政治のつらいところである。その間、銀次にしばしの休暇が与えられた次第であり、ここ最近はこのカフェテリアに入り浸っているというわけだ。この窓も日によって景色が変わり、今日のように海中の場合もあれば、小鳥囀る森林の時もあるし、雪覆う山々のときもあり、閉塞感を紛らわせてくれた。


 別に軟禁されているわけではないのでいつでも外には出られるが出不精な彼の性格ゆえ、外に行かずとも世界を体験できるこのカフェに通うのは日課になりつつある。ただ一つ外に行かなければ不可能なこともあるので二日に一回は地上でとある活動に人知れずいそしんでいるわけだが。


「しっかしねえ……このカフェテリアべらぼうに金かかっているよね。税金で作ってるんでしょ? 日本だったらめちゃクソネットで叩かれるぞ」

「アメリカならばその“叩き”は、現実のものに波及するかもしれませんねえ」

「流石、自由の国」


 二人して大いに笑いあっているところに、額から汗を垂れ流しているSirが息を切らせながら入ってくる。


「どうしましたSir? 朝のランニングですか?」

「お……『ハァ……』前を。探し『ハァ……』回ってたん『ハァ……』だよ……」

「お、ドウくん。とりあえず水でも入れようか」


「ていうかSir、携帯に連絡してくれたらよかったのに」

「電源……切れてる……ハァ……」


 ふと自分のスマホを確認すると、バッテリーが0の表示。あちゃーと頭に手を当てながらSirに謝罪する銀次。それを聞きながらマスターに入れてもらったミネラルウォーターを一息に飲み干すSir。


「急ぎの用事ですか? 上層部との話し合いにも折り合いがついたので?」

「今から二時間後。正午丁度に攻撃隊がボルゴア大使館に突入する」


「二時間後! バージニアからボストンまで間に合うわけないじゃないですか! いくらなんでも急が過ぎますよ!」

「いや、Mr.銀次。第一次攻撃隊だ。もうアメリカには保有能力者がほとんどいない。ここで君まで失うと、アメリカは間違いなく失墜する。だから様子見で傭兵を5人突撃させる。全員カメラ付きの通信機を持たせてある。もしそれでだめならば君の出番だ」


 そこまで聞いて銀次は納得する。Sirはロシア領威力偵察とサンフランシスコ陥落の件で大目玉を食らったのだろうと。能力者管理担当故の重責に押しつぶされそうになりながら。だから最初に無能力者をけしかけ、天敵がいないことを確かめ、本命の銀次のカードを切るのは最悪の場合にしたいというわけだ。


「金で雇った傭兵は信用できるので?」

()()()()()()。彼らが成功すれば、大金を渡し表舞台から消えてもらう。失敗すればテロリストの犯行だということにして、これまた闇に葬るつもりだからな」


 そこで銀次とマスターはSirが苦い顔をしているのに気づく。傭兵も別段悪いことをしていたわけではない。その「命」を「情報」と交換するにはある程度良心の呵責に苛まれているのだろう、と。


「……ドウくん。昔なじみの(よしみ)だ。あまり吾輩が口を出すことでもないと思うが、根を詰めすぎるなよ。アフガン戦地の時も、今の君も。いろいろと背負いすぎだ。人間としてならば満点なんだが、こと軍人としては赤点だよ。その点、銀次様は人間離れした割り切り方をしていますがね」

「僕だって、元々こういう性格じゃ……なかった、のかな?」

「誰に聞いているんだい……」


 Sirがため息をこぼすが少しは気が晴れた顔もちとなっているのに気づき、マスターも安心したように息を漏らし「ブルーマウンテンで良かったかな?」と訊ね、Sirは首を縦に振り、二人は文字通りのコーヒーブレイクを満喫した。


「マスター。コーヒー美味しかったよ。また今度手合わせ願うよ。体術と剣術を」

「はて? 銀次様は何を仰っているのでしょう。アメリカの筆頭能力者が、コーヒー狂いの老体をいじめるなどひどい話ではありませんかな?」

「ボケるにはまだ早いよ、マスター。それじゃ」


 軽口を交わしながら銀次とSirはカフェテリアを後にする。


□□□ 存在(ファントム)しない階層(フロア) 地下29階 ブリーフィングルーム


 プロジェクターにはリアルタイムでボストンの街並みが映し出されている。曇天の下、遠雷が不吉な予感を伝えてくるよう轟き、聞こえてくる風の音もどこか物哀しい。そんな中眼前にあるのは6階建てほどの大きさのボルゴア大使館ビル。隊長格の傭兵から映し出されるのはごつごつのM4突撃(カー)(ビン)。これを見てふと疑問に思ったことを口に出す。


「まるで戦争だな。カービンで武装した傭兵5名。大体一個分隊。ボルゴアの大使館ってそんな軍隊みたいな武装を?」

()()()()。本来だったら空爆で更地にしたいとこだが、無国籍テロリストという建前でやる以上、これが限界だ」


 時計の針が11時59分を指す。Sirは無線機を取り出しそれを口に当てる。


 時計の長針が真上を指し示した音とともに一言。


「突撃」


 空をつかんで歩くような軽い足取りで、5人の傭兵はエントランスの自動ドアをぶち破り、侵入する。受付嬢が驚いた顔をするが、すぐに真顔に戻り、バックヤードの扉に入っていく。先走った一人の傭兵が発砲するが扉に阻まれ、女性には届かない。「むやみに発砲するな」と隊長が叱責しようとしたところで、その男性は踊り狂う。全身に大量の鉛玉があたり、手も足も自身の意思とは無関係にばたつかせる。


 それを呑気に鑑賞しているわけにはいかない。残りの四人は横に転がり階段から降りてきた職員に向かって死の雨を振りまく。同様にボルゴア職員は踊り狂い、狂い死ぬ。つかの間の安寧を享受する暇も与えられず、ロビーのエレベーターが「ポーン」と音を鳴らし到着する。


 生き残った4人はそこに銃口を向けるが響いてきたのは別の方向からの金属音。階段から何かが落ちてくる。隊長は声をあげて叫ぶ。


「グレネーッっッッド!!」


 即座に全員床に伏せるが、間に合わなかったものが一人。爆片に直撃し死亡。


「俺は階段のほうの増援を殺す。お前らはエレベーターに撃ち続けろ!」

「了解」


 階段からさらに重武装した職員が三人現れるが、隊長はそのうち二人を射殺。が、最後の一人に胸部カメラごと心臓を穿たれる。


 隊長が敗れたため、カメラは生き残りの二人に切り替わる。一人は階段のほうに向きあい応戦している。もう1人はエレベーターの扉が開いた瞬間から、連射を続けているが、それに乗っていたのは人ではなかった。


「なんだこりゃ?」


 エレベーターから出てきたのは小学生が自由研究で作るような工作機械であった。白い円柱状の本体にキャタピラが左右に付属された、小型のラジコンのようなもの。構わず撃ち続ける隊員にたいして、通信機越しにSirが声をあげる。


「メーザードローン? 距離をとれッ!」


 だが連続する発砲音と焦燥から傭兵にその声は届かず、そのオモチャに対して撃ち続ける。だが意にも介さずそのドローンは隊員との距離を詰めていく。


 何の変化もなかった。


 何の攻撃もされなかった。


 何もされていないと思いたかった。


 近づかれた隊員は白目をむき、口の端から血が混じった泡を吹き出し絶命する。ほぼ同時に階段のほうにも増援が到着し、最後の一人も旅立った。通信機はご丁寧に五つ全て潰されプロジェクターに映し出されるのは「No Signal(応答なし)」の表示。


 テーブルに両拳を叩きつけ、あらん限りの汚い言葉(スラング)を連呼するSir。落ち着いている銀次は自分の煙草を一本Sirに渡し、何も言わなかった。むしろここで思ってもいない労いや遺憾の言葉を口に出すほうが、Sirの精神衛生上悪いと考えたためだ。


「……落ち着きましたか?」

「ああ……最近は禁煙していたんだがね」


 白い息を吐き出し、一吸いしたのち、灰皿でもみ消す。


「ところで、メーザードローンってなんですか?」

「メーザー光線。指向性エネルギー兵器だよ。簡単に言うと電子レンジに使われているマイクロ波を発射して人体を蒸し焼きにする兵器だな。アメリカのベイリ軍事会社が手掛けている兵器だ。ボルゴアに横流ししていたとはな」

「うん。欲しいですね。その兵器」

「……友軍が殺されて君が興味を引くのは兵器、か。いや、もう言うまい。君という人格を正しく理解しようとすると、私の倫理が崩壊してしまう」

「Sirも敗北したら、テロリストの汚名を彼らにかぶせようとしていたんでしょう? 自分だけ聖人ぶるのは少しばかり虫が良すぎるのでは?」

「ああ、そうかもしれない。国益のために彼らは死んだ。殺された。いや、私が殺した。そう、折り合いをつけるしかない」


 Sirはしょんぼりとしながらオールバックの金髪をぐしゃぐしゃとかき乱し、自分が銀次と話していくたびに“人間性”が失われていくのを実感していた。


「あのドローン。飛行型の物はないのですか?」

「記憶が正しければ、存在する。だが地上型程の堅牢さはない。故にあまり表立って利用されてはいないが」

「それを私の薄膜(はくまく)装甲(そうこう)で補ったらどうなると思います?」


 息をのんでその言葉に耳を傾けるSir。


「悪夢の兵器だな。君の前世は殺しの神か何かかな? 心外だがね、君は心底有用だよ、殺しを生業(なりわい)とするものとしては」

「お褒めの言葉と受け取っておきましょう。それを調達することは可能ですか?」

「ベイリ軍事会社にはボルゴアに加担した罪があるから、弱みを握ったも同然。用意しよう。いや、意地でもさせてみせる」


「さて本題ですが、この先遣部隊はボルゴア大使館に能力者がいるかどうかの確認が主な任務でしたが……」

「カメラにも音声にもそのような記録はないな、隠し持っている可能性までは否定できないが」

「多分いないでしょうね。増援が出てきて、なおかつその増援にも死者が出ている。私が指揮官ならば間違いなくこの第二波には戦闘系の能力者を投入します。それをせず戦闘員の喪失を選んだのならば、おそらく存在しない」


 足を組みながら銀次は煙草に火をつけ、煙を吐き出しながら大仰に両手を開く。


「では私という『切り札』を含めた第二次攻撃隊の編成を行いましょうか」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] そういえば、液体操作というと湯気は液体として操作できるんでしょうか。
[気になる点] 主人公兵器コピーして動かせるのなら制御系のコンピューターだけコピーと入れ替えして自在に操作出来る無人兵器群とか出来そうですね。
[気になる点] 主人公の液体金属は不思議金属だったりするのかな? あと、エネルギーとか使って元の液体金属自体は増やしたりできるのかな? [一言] 更新ありがとうございます! おもしろい
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ