第19話 決闘
不敵に笑う日本人がこの部屋のカーペットになるまであと100センチ。
あと50センチ。
(コイツ、いったい何の『能力』だ? 関係ない。頭部と心臓を同時につぶされて平気な人間がいるわけない)
あと10センチ。
あと5……。
一瞬だった。ゴーレムの振り下ろされる腕が彼に接触する寸前で、輪切りにされる。スライスされるサラミのように分断され、衝撃で弾き飛ばされる。それはただの石礫へと変貌し、銀次の傍らに重い音を響かせながら落下する。
「『切断』能力者かお前……」
「あれ? なんで知っているんだろ? ……Sirぁあ?」
ふくれっ面をしながら後ろを振り返る銀次。Sirはやれやれと肩をすくめ目を閉じ、息を漏らす。
「仕方がないじゃないか……。グレイ中尉は君と並んで最高峰の能力者だ。『切断』能力者の存在を明かすぐらいはしないと信頼が築けない。まあ、尤も。それでも築けていなかったみたいだがね。……あと前見ないと危ないよ」
ゴーレムのもう一方の手が横から銀次を殴りぬく。銀次の体が一瞬くの字に折れ曲がり、暴力的初速で運動場の内壁へと吹き飛ばされる。
「ははは、なんだ口だけかよ! あんな大見得きってこれは恥ずかしい。恥ずかしいぞ!」
額に玉のような汗を浮かべたグレイの表情に「安堵」が見て取れる。
「おい、ドウ。今から命乞いをするなら聞いてやるよ。僕が気に入ったら、手駒にしてやってもいい」
この上なく退屈そうにSirは呟く。
「まるで徒花だな……」
「あ? なんだって?」
「前にMr.銀次に教えてもらった日本の熟語だよ。実をつけずに散っていく哀れな花」
「な、何を言って」
グレイから銀次を打倒した高揚感が引いていく、なぜSirは自らの命綱である『切断』を失ったのに、眠そうな顔ができるのか。
「Sirは無意味だと、言っているんだ。土人形使い」
ぴきり、と罅が入るような、グレイをグレイたらしめる重要な「何か」を脅かす声。グレイの額に冷や汗が滲んで垂れる。
先ほど殺したはずの声が聞こえてくる。あり得るはずがない。攻撃は命中した。それを明確に、視認した。それの証拠に彼奴は吹き飛んだ。
声のした方向に目を向けなければならない。しかしそうしてしまえば答えが出てしまう。
醒めない悪夢に、グレイは迷い込んだ。彼の全身は意思とは関係なく激しく震えている。
しかし、彼の軍務経験で養った生存本能が、無理やりにその目を声の主に向けさせた。
──────いる。
致命傷を負ったはずの日本人だ。無傷だ。つまらなそうにこちらに目を向けている。
「なんで、生きてんだよッ! ふざけんじゃねえ! おかしい! おかしいだろ!」
「おかしいね。『切断』じゃあ説明がつかないわけだよね。だとすると、なんだろうね私は? わかるかい?」
答える間もなく、再び地面に両手をつけ、追加の土人形を錬成する。その数は10を超える。グレイは物量で勝負するつもりだった。今度のゴーレムは破壊力と大きさこそ先ほどの物に劣るが俊敏性が売りの白兵戦に特化した代物だった。
「殴り殺せ! 僕の傀儡! お前が能力で如何にタフでも僕は無限にゴーレムを錬成できる。先にガス欠になるのはお前だろう」
「……質でダメならば、数、か。思い切りがいいね。しかしそんなに闇雲な打ち方じゃあ台無しだ。私の能力の種を明かさなくては、君は死ぬんだよ? 元アメリカNo.2 グレイ=デイチューノ」
銀次は人差し指をゴーレム軍団に向ける。そこからは切断能力の応酬であった。
一閃。二つに分断される。間をおかず、一閃。四つに。一閃。八つに。一閃。十六に。音も立てずに空中で細切れになっていくグレイのゴーレム。最初2メートルはあった大量の土人形は空中で分解され、地面に落ちるころには砂利程度の大きさになっていた。
「強……すぎる……。なんなんだお前は?」
「水瀬銀次。元フリーターの暗殺者だよ。それを聞くってことは、どうも君の引き出しはもうないね」
銀次はこのあたりが幕引きだと判断した。
「私の能力は『液化金属』。全身が液体の金属でできている能力者だ」
能力をひた隠しにしている銀次が本当の能力を教える。Sirも分かっていた。これは死刑宣告以外の何物でもない。Sirが一番懸念していた点としては、銀次が情報を抜く前にグレイを殺してしまうのではないか。という点であった。そのあと自分が一応は生命の危機に瀕しているというもっと大事な“懸念”に気づき、息を漏らす。
「おおおおォォっッ! 負けられないんだよ! 我が祖国のためにも! アメリカが何だ! 僕の踏み台に過ぎないんだよおッ!」
グレイの心は半ば折られている。それでも恐怖する心を押し殺し、まとわりつく絶望を振り払い、再度攻撃態勢に入る。中型のゴーレム二体を創造。さらに大型のゴーレムをその後ろに創り出した。
「潰し砕けエェェッ!」
大型のゴーレムは両の拳を叩きつけ、中型のゴーレムを破壊する。その衝撃で中型ゴーレムは全方向に飛び散る石の散弾と化した。それは大型ゴーレムの後ろに隠れているグレイを除き運動場内を埋め尽くし、土煙がもうもうと立ち込める。この暴力の雨で生きていられる者などいない。そう自分に言い聞かせ、荒くなる息を抑え、事の成り行きを見守るが、その靄が張れたとき、さらなる絶望がグレイ中尉に襲い掛かる。
前方には銀のカーテン。唯の一つの礫さえその「薄膜装甲」を貫くことはできなかった。銀次が薄膜装甲を解除し、呆れた表情をこちらに向けている。
「昨日、私は『光線』と戦っているんだ。予備動作が見え見えの、しかも弾速がマッハ2から3しかない程度の攻撃に私が反応できないとでも?」
土煙が消え去り、現れたのは無傷の銀次とSir。表情からは焦りの欠片すら感じ取れない。化け物と形容するほかないだろう。グレイも能力者がほかにも存在することは知っていた。こと暗殺合戦ならば殺されたかもしれない。それならば納得できる。しかし、これは「よーい、ドン」で始まった決闘だ。自信はあった。仮にもグレイの中でアメリカ筆頭能力者は自分なのだから。それなのに、千の傀儡を支配できる彼でさえ、その行為がやるだけ無駄だと、試さないまま確信してしまう。軍と相対しても凌駕するグレイは銀髪の怪物を前にして“自身の命を諦めた”。
「……ゴーレム。最大出力。200メートル」
再び地面に両手をつけ、自身が創造できる最大の大きさの土人形を生み出す。ぼこぼこと瓦礫が出現し、運動場内部に膨大な量の岩塊が生成される。この地下の密封空間で200メートル級のゴーレムを生み出す。当然入りきるサイズではない。グレイも、銀次も、そしてSirも膨大な体積の岩に埋め尽くされる。ものの十秒ほどで完全に運動場内には人の形すらも模していない“岩”によって生き埋めの状態になる。
(ああ、これで終わりか。ざまあみろ。最初っからお前たちに勝ちはない。よくて引き分けだったんだ。僕も死ぬが、あいつも動けない。仲良くお陀仏と……)
「圧縮」
銀次がかすかに呟いた声がグレイの耳に入る。それがどういった意味を持つのか。彼が答えにたどり着く前に、「解答」が現状をもって示される。
運動場内を埋め尽くしている瓦礫が凝縮していく。見る見るそれは収縮して、岩が砕かれる音が轟き、グレイは岩の拘束から解放され自由の身となる。目の前にいる銀次の手元には銀色の球体。それはさらに大きさを縮めビー玉ほどになる。それを掌の上で弄んでいる、紅瞳には一切の動揺は見られない。まるで最初から予定通りだったといわんばかりに。
「だからSirが言っていただろう。徒花だと」
その銀の球体を指ではじき、グレイの手首に命中する。そして銀の華が咲く。その花弁は麗しく花開き、グレイの両手首を切り落とす。彼は激痛に顔をゆがませ、蹲る。それを冷めきった目で見ているSir。
「ドウ、も無事……? な、なんで?」
そこに銀次は無遠慮に言葉を挟み込む。
「いやぁ、私も信頼してもらったってことでいいんですかね?」
「心臓が止まるかと思ったよ。君から渡されたこの立方体。……結晶と呼んでいたかな。このクソ重い物体を持ち歩いていた甲斐があったよ」
銀次は言わずもがな、この生き埋めを予見していた。だからSirには自身の身を守れるために“結晶”一個を譲渡していた。これは持ってさえいれば銀次の使う薄膜装甲が自動で展開される代物だ。
それでSirを守りながら運動場内の壁にくまなく貼ってある液化金属を一点に集めることによって、グレイの最後の手段を看破したというわけだ。
「しかし、Mr.銀次。準備がいいな。あらかじめこの運動場全域を液体金属で覆っていたとはね。偶然にしてはできすぎているが」
「偶然じゃありませんよ。存在しない階層28階層以下の壁、天井、床は全て“私”です。Sirの私室を除いてですけどね」
「あの与えられた一週間でそこまで準備したのか、末恐ろしい男だよ」
「ははは」と愛想笑いをしたのち、銀次はグレイに向き直る。彼の表情に怒りはない、哀れみもない、感じ取れるのは“好奇心”だけだった。
「しかし、街一つ落とした能力者だと聞いていたから、些か拍子抜けだ。他になんかないの?」
あるはずがない。さっきの生き埋め作戦がグレイの持ちうる切り札だったわけだ。でもここでありませんと素直に答えてしまえば、間違いなく殺される。その考えに至った時点で彼は違和感にぶち当たる。最初グレイは殺されるつもりでこの二人に相対していたのに今は死ぬのがことさら怖い。
「Sir。こういった手合いはですね、拷問による肉体的屈服よりも、精神的屈服に弱い。無事に生きて帰られるかもしれないという希望をチラつかせたのちに、絶望を突きつける。これが一番効くんですよ。実体験ですけどね」
「参考になるよ。それで情報は聞き出せそうか?」
「たぶん行けると思うんですけどちょっと待っていただきたい」
「?」
「私の練習相手として生かしておいていいですか? 両の手を切り落として冷凍保存。必要な時に縫合して、練習台のゴーレムを作ってもらう。首輪もつけるので逃走も不可能。どうでしょう?」
「君は言い出したら聞かないからな。ちゃんと役目は果たしてくれよ」
「ええ、当然です」
グレイの意見など全く無視してとんとん拍子に話が進んでいく。彼は先が無くなった両の腕をなんとかしながら出血を抑え、震えながらその話を聞いている。
「じゃ、そういうわけで。よろしく頼むよ。グレイ中尉」
その笑みは悪魔さえ裸足で逃げ出すほどの残酷さに染まっていた。
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「よーし、今日の実戦練習だ。両手首持ってきてやったぞ。一応医学部出身だが、畑違いだから縫合は痛いかもしれないけど許してくれな」
「今日はできる限りパワーの高いゴーレムを頼むよ」
当然、グレイに拒否権などない。言われるがままに演習に付き合わされる。
■■■
「今日も今日とて実験だ、今度はスピード特化のゴーレムを頼むよ」
「許して……。殺して……。殺して……」
銀次はへたり込むグレイの目の前にしゃがみ込む。彼の目をしっかり見つめながら、諭すように語り掛ける。
「だって、君。サンフランシスコ潰しちゃったんでしょ? あの坂だらけの街を平坦にするぐらい。民間人に手え出しちゃダメでしょ?」
そのタイミングで銀次のスマートフォンに着信が入る。発信元は黒崎切羅。ようやく確実な情報が手に入るという喜びと、これで用済みになったグレイとの実験も終わりかという落胆が同時に襲ってくる。
「件の協力者かい?」
Sirが後ろから声をかける。
「そうみたいですねえ……」
通話ボタンを押しスマホを耳に当てる。
「すみません銀次さん……。すぐに応答できなくて。私のほうもゴタゴタしていまして……。お詫びと言っちゃあなんですが、私のエロ自撮りを後程……」
「いらないよ! 本当に人をからかうのが好きだね君は……」
「ふふ。もうわかってますから大丈夫ですよ。ではグレイさんに一言もらってくださいます?」
「ああ」
虫けらを見る目でひざを折る目の前の奴隷に視線をやる銀次。
「さて、『懺悔』の時間だ。どんな大義があってこんなことをしたのか話してもらおうか」




