表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/128

第18話 勝利の美酒を

 グラム二万円を超える最高級ステーキ。シャトーブリアン。それにナイフを入れるとまるで肉のほうから避けていくかの如く切り分けられる。鉄板の上でアツアツに熱せられたそれは玉ねぎをベースにしたソースと絡み合い、至上の逸品と化す。それを口に含み、よく咀嚼して飲み込むと肉汁が持つうまみとソースが混ざり合い、菜食主義者でさえ目の色を変えるだろう濃厚な肉のジュースとなる。


 その余韻がまだ口に残っているうちに銀次はグラスに注がれた最高級ワイン「シャトーラフィット」を口につける。心なしか「約束を守ってくれさえすれば」一緒にこれを飲めていたであろう彼女のことを思い、遠い目をする。


「ところで、だ。人を殺して、味方をも見殺しにした。その金で食う飯は旨いか?」


 軍服の上からエプロンをかけ、険しい表情をしたSirが問う。その表情とちぐはぐなエプロン姿に不覚にも笑いをこぼす銀次。


「……皮肉のつもりですか? Sir。それにしてはウィットに富んでいない。アメリカ人ならばもっとセンスのある毒を吐いてくれるかと期待していましたが」

「…………」


 くるくるとグラスを回し下から覗き込むように、ワインの濃淡を確認しながら再び口をつける。


「あぁ、質問に答えていませんでしたね。とても美味しいですよ。私が今までに食べていた肉が味のしみこませたゴム板だと思えるほどに」

「……そうか」

「しかし、偵察隊の皆さんは残念でしたね。冥福を祈りますよ。サンフランシスコの市民もご愁傷さまでした」


「“それらしい”ことを並べたてているが空っぽだ。お前は何も思っていない。死に対してここまで鈍感な人間がいるとは敬服するよ」


 吐き捨てるようにそう言い放ち、軽蔑の目を銀次に向ける。それに対してナイフとフォークを動かす手を止めない銀次。


「……私に殺しの命を出しているあなたが言いますか。……何か意味があるんですかね? 追悼とか哀悼とか。遺された者の自己満足以外の何物でもない。“死んだら終わり”それがいいことなのか悪いことなのか、私には判断できかねますが」


 再び、程よく火が通りミディアムレアの状態の肉を口に運び、舌鼓を打つ。


「敵性能力者は可能な限り拘束しろと言ったはずだがね」

「無理ですよ。あんな化け物の拘束なんて。片方は超遠距離のレーザーを出せて、もう片方は好きな場所を視認できる」

「……後者は可能そうに思えるが?」


 ワインを口に含み芳醇な香りを堪能した後、鼻から長い息を出す。


「自害しましたよ。殊勝なことで」


 ステーキを完食し、グラスも空になった銀次は両の手を合わせて頂いた命に対して感謝をささげる。


「ごちそうさまでした。Sirお料理上手なんですね」

「まさかサンフランシスコの一件でクソ忙しいときに、肉を焼いてくれの一言を聞いた時は耳を疑ったがね」

「だって存在(ファントム)しない階層(フロア)。シェフ呼べないじゃないですか。私が料理をしたら、せっかくの高級肉が炭素に早変わりしてしまいますしね」

「自由というか、自己中心的というか。なんとも食えないな君は」

「ほぼ単独でロシアに勝利したんですからこれくらい可愛いわがままじゃないですか。あの『光線』を生かしておいたら、アメリカ本土に対する砲撃が数千キロ離れたところから飛んでくる可能性もありましたよ?」

「それを言われると、なんとも言えないが……。しかしまだ笑顔はしばらく作れそうにない」

「そうですね。では本題のサンフランシスコ陥落のお話をお聞かせ願います」


 Sirは無言で立ち上がり、スクリーンにとある人物のデータを映し出す。左半分には顔写真。右には名前と能力名、その他もろもろの個人情報が羅列されている。写真を見る限り銀次は「それほど悪人顔ではないな」という感想を抱いた。茶髪でマッシュルームカットの白人。笑顔もさわやかで、女受けのよさそうな印象を受けた。


「グレイ=デイチューノ中尉。君と同じくアメリカの保有している能力者の一人だった。君が矛ならば、彼は盾だな。こいつ単身に町一個が壊滅させられた」

「盾、に町が落された、と。能力はどんなものだったのですか?」

「能力名「錬金術師(アルケミスト)」簡潔に説明すると、両の手を地面につけている間ゴーレムを作り出すことのできる能力だ。自己申告では同時に三体。30メートル級の(つち)人形(にんぎょう)を作り出せるといっていたが、サンフランシスコでは、100メートル級のそれが数千体。街を踏み潰していった。完全に君たち主力能力者がロシアに出払っているときに事を起こしたと推測できる」

「なるほど。その裏切者の粛清が私の次の任務といったところでしょうかね」

「いいや、グレイ中尉はもう捕らえてある。貴重な残存能力者の二人が犠牲になったがね。君の仕事は彼の後ろ盾が何なのか。動機はいったいなんなのかを尋問することだ」

「うへぇ……。苦手なんだよなあそういうのは。拷問愛好家ではないですし私」

「だから君の協力者の出番というわけだ。君には記憶を辿れる仲間がいるだろう?」


 頭を掻きながら、苦い顔をする銀次。


「うーん。お気づきでしたか。ただ彼女は少々不気味でしてね。何故だか私に無条件で協力してくれる。タダより高い物はないって(ことわざ)もあるでしょう?」

「でも使えるものはなんでも使う。そういう性格をしているだろう。君は」

「あー、わかりました。連絡を取ってみますよ。…………あれ? なんでそのグレイ中尉はロシアの威力偵察のメンバーに選ばれなかったので? 空中からゴーレムを創造。投下。奇襲。制圧が可能でしょう?」


 Sirは苦虫をかみつぶしたような顔で答える。


「最初のプランとしてはそうだった。変更した理由としては大きく三つ」

「一つ。彼は航空機内での錬成が不可能だといっていた。今となって真偽はわからないがね」

「二つ。彼のゴーレムは防御特化。ロシアからのカウンターを恐れて米国に残した。西海岸のサンフランシスコで迎撃させるために」

「三つ。大尉が変身さえできていれば、君の航空機が堕ちても全員帰投できる算段があった」


 大尉の能力は「映像(ムービー)復元(メーカー)」事前に銀次にも知らされていた情報である。24時間以内に見た映画のキャラにその登場時間分変身ができるというものだった。だから大尉はアメコミヒーローになって救うこともできたのだ。不意打ちで蒸発さえされていなければ。


 アメリカとしては彼を筆頭能力者にするつもりでいた。なにせこれから新作映画を作ってしまえばどんな怪物にでもなれる。だからこそ銀次は大尉には死んでもらいたかった。あまりに成長性が高すぎるためだ。


「……全部言い訳だ。私のミスだ。能力者の大規模喪失で少し気が立っていたみたいだ。君に当たってしまって申し訳ない」

「わかりますよその気持ち。あまり気を落とさないでください」


 ポンポンとSirの肩をたたき慰める。大尉の死を喜んでいる仄暗(ほのぐら)い感情を胸中に鍵をかけてしまいながら。


「さてなんかここWi-Fiも通っているみたいなので、さっそく彼女に連絡してみますね」

「頼むよ」


 コール音が鳴る。一回、二回、三回。なかなか応答がない。今の日本は夕方ごろ。銀次の着信を無視するとはとても思えないが。その後切り替わり、留守番電話の自動音声が流れる。


(出ないな。僕からの連絡に応答しない? 前は一コール目で出たんだが……。忙しいのかな?)


「連絡が付きませんね。どうしたものか」

「とりあえず運動場に向かおうか。彼はあそこに武装兵士とともに監禁してある」

「わかりました。向かいましょう」


□□□ 存在(ファントム)しない階層(フロア) 28階層 運動場


 部屋内に入ったSirは目を見開く。まるでそこでは大規模戦闘でもあったかのように壁は崩れ、天井にも穴が開いていた。一週間前に銀次をこの部屋に通した時とはかけ離れている惨状。そこですでに待機しているアサルトライフルで武装した兵士に「どうしたのこれ?」という視線を送るが、兵士は何もわからないといった風に首を横に振る。


「どういうことだ? Mr.銀次?」

「え? 私は“好きに使え”と言われたはずですが?」

「好きに使えとは言ったが……。これ日本語と英語の齟齬(そご)があるわけじゃないよなあ? 私の常識間違ってないよなあ……」


 銀次のせいで仕事がまた一つ増えたことに目眩さえ覚えたSirだったが持ち前の精神力で飛びそうになる意識を無理やり現実に引き戻した。


「?」


 それに対して何も悪びれることのない銀次が不思議そうな顔をする。


主力(エイブ)戦車(ラムス)の主砲でも貫通できないこの超硬化タングステン合金。いったいいくらすると思って……」

「ドウ大佐ッ!」


 そこに割って入ったのは本件の主役であるグレイ中尉。両の腕を後ろ手に手錠が掛けられており、万に一つでも床に両手をつけられないよう武装兵士が手首を押さえてある。


「なぜ僕を殺さなかったんだ。拷問なら意味がないぞ。爪を何枚剥がされようが情報を吐くつもりはない!」

「と、まあ。こんな感じなんだよ。Mr.銀次。まったくもって平行線なんだ」

「大体状況はつかめましたよ。では兵士諸君にはご退場願ってもよろしいですか?」

「ああ、後は我々で対応する。下がっていいぞ」


 二名の兵士は直立不動の敬礼を行なったのち、運動場を後にする。銀次は横目でその兵士たちの指に自分の「指輪」がはめられていることを確認し、満足そうに頷く。状況を飲み込めていないのは茶髪でキノコヘアのグレイ中尉ただ一人。


「やり方は任せるよ。協力者と連絡が取れないのならば、拷問でもなんでもいい」

「では、決闘にいたしましょう」


 またこいつはとんでもないことを言い始めたぞと、またしても軽々しく“なんでも”という言葉を使った自分に若干の後悔を覚えつつ。真意を銀次に訊ねるよりも先にグレイ中尉の手枷は分断され地に落ちていた。


「何のつもりだ。日本人」


 グレイは鋭い目でにらみつけるが、全く臆することのない銀次。余裕の笑みを崩さない。


「経験、というものに。君はどれだけの価値を見出しているかな。私はね、金で買える経験ならばもちろん買うし、買えない経験ならば多少のリスクを負うことにしている」


 銀次は首を左右に傾け音を鳴らす。その後、腕を十字に重ねストレッチを行う。


「勘違いしないでほしいんだが私は戦闘狂ではない。自分がより成長できるために邁進する努力家だ」


 銀次は「説明」を続ける。相手が如何に非人道的な大虐殺を行なった相手であろうと、銀次にとってはどうでもいいことである。だが、これから行う「検証」に際して何の説明もなしにはうまくいかない、と銀次は判断した。


「街一個落とした能力者と手合わせできる機会などそうはないだろう。だから決闘だ。君が僕を殺せたら、逃走なりなんなりするといい。だから使えよ、能力を。『錬金術師(アルケミスト)』」


 拘束の解除。能力使用の許可。いずれもグレイにとっては望外の好機である。しかしながら彼の目は、数瞬前の鋭さを失いつつあった。


 相対する日本人には一切の気負いはない。しかしグレイは「侮られている」と憤ることができないでいた。


(薄く細められたあの紅い瞳は嗤っている)


(僕を嘲笑っているのとは違う。この状況を心底都合がいいと感じている)


「後悔するぞ」


 言葉を聞いた銀次は目を丸く見開いた後、優雅に腰を折りながら手の平でグレイを指し示す。


 ご自由にどうぞ、と。


(え? なんか私もこれピンチじゃない? まあ、負けないか。銀次ならば)


 Sirは少し銀次の後方に下がり、腕組をして立っている。彼もまた冷静だった。


 グレイだけはただ一人、冷静でいられない。全身が粟立つような不安を断ち切らんばかりに両の手を地面に叩きつけた。


 瞬間、タングステン合金で囲まれたこの()()()()()()。地についた両の手を起点に、存在しないはずの岩が生み出され始める。みるみるうちに膨張と増殖を繰り返しながらその質量を大きくする。


 (がん)(かい)は、銀次の背丈ほどまで達してなお増え続け、見上げるほどの巨大な岩山となる。続けて岩塊は圧縮を始めた。本来あるべき体積を非現実的な程の圧力によって無理やり押し縮められ、不自然に甲高い摩擦音に似た轟音を響かせながら朧げに形を為していく。それは体長5メートルほどの「人型」であった。


(発動から二秒弱。これがゴーレム創造か)


 銀次はつぶさに観察していた。瞬発力、想定される破壊力、応用性。サンフランシスコを壊滅させたその能力を余さず目に焼き付ける。


 同時に場違いだが「動画の逆再生のようだ」と銀次は少しおかしくなり、笑った。


 本来岩山ほどの質量を持つその土人形は、鈍重な動きで銀次めがけて拳を振り落とす。防御行動も回避行動もすることは無く、ただ銀次は目を細め嗤うのみであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 映像復元。無敵みたいな設定のヒーロー作れば無茶苦茶強いですね。欠点は時間制限が有る事位か?まぁ、再現が何処まで出来るかによりますが。
[気になる点] グラム二万円を超える最高級ステーキ 500g食べたら1千万円、一体どんな味がするんだ……
[一言] これは面白い。 更新が楽しみな小説が増えた。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ