第124話 ??主義者 ?? ??戦③
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「あれっ? ここは何処ッスか?」
椎口は白い部屋の中にいた。出入口はどこにもない。光源すらないのに、 明るい。ふと、椎口は、目の前に人影を認識した。こちらに背を向けて立っている人影。それは男とも女ともわからなかった。或いはそもそも人なのかどうかすら。黒い靄がかろうじて人の形を成しているだけだったのだから。
「あれ? もしかして自分、能力者の攻撃を受けているんッスかね。でもどうしてこんなに落ち着いているんッスかね?」
誰に問うでもなく、疑問を口に出した。
しかしその声は忽ち、この空間の真っ白な無機質さに吸い込まれて消えた。
暫くの間、沈黙がその場を支配する。
人型の暗い靄と、椎口。
それを囲む真っ白な密室。
理解不能な事象に巻き込まれ、不安から更に言葉を発そうとしたその瞬間、黒い靄は、話し始めた。
「やあ、“自分”」
椎口は驚愕した。
いきなり話し始めたことに対しても、その声を良く知っている気がする自分に対しても。
「たまに頭が割れるように痛くなることは無いか?」
その人影は後ろを向いたまま椎口に訊ねてくる。唐突な問いに、椎口の処理は追いつかないが、そもそも、この状況が既に理解の外だった。
そして。
確かに椎口に心当たりはあった。
ストレスからくる頭痛だろうと思っていた。通院もして診察を受けたが、原因不明。いやそれ以上に、何故、目の前の彼女はそのことを知っているのだろう。
(彼女……? どうして自分はこの人の事を女性だと)
「あるみたいだね。次の質問だ“自分”。気付いたら時間が飛んでいるような不思議な感覚に襲われたことは無いか?」
それも確かにある。最初は【時不知】の権能かと思って切羅さんに相談したが、原因不明。心療内科にかかっても分からずじまいだった。
(その答えを、この人は持っている? それにしても“ジブン”が二人称なんて 関西の人なんッスかね?)
「これもあるようだ。結構進行しているようだ。さてそろそろ頃合いかね……“自分”。“私”も正体を明かそうじゃないか」
その人影はくるりと振り向き、椎口と向き直る。その黒い靄は次第にその不確定さを散らしていき、徐々に明確な形を取り戻していく。頭から、顔、胸部、腕、腹部、そして足の爪先まで、ゆっくりと、その姿を現した。
栗色の髪の毛に、こげ茶色の瞳。豊かな胸部と、女性としては比較的大きめの身長。
そこに居たのは、空木椎口だった。
自分自身だった。
声に聞き覚えがあるのは当然だ。
それは自分の声なのだから。
「え……? え? どういう…………あなた、あなたは…………貴女は、誰ッスか?」
素っ頓狂な質問だっただろう。しかし訳が分からなかった。初めから今まで、ずっと、意味不明だった。ここはどこで、どうしてここに居て、そして、このひとは、誰なのか。
「“私”は“自分”。“自分”は“私”」
椎口と、椎口の、視線は互いを捉えて離さない。
「分かっているはずだよ」
「……わからないッス。夢でも見ているんッスかね?」
「表層的にはそうとも言える。しかし根本的には違うともいえる」
どうにもこの目の前の自分と同じ見た目の女性は煙に巻くのが上手いようだ。くつくつと笑い、椎口の後ろに回り込み、後ろから彼女は彼女をのぞき込む。
「小さい頃は虫も殺さない、いい子だったのにねぇ」
偽悪的な笑み。
「一体誰のせいで子供さえ潰し殺す人間になったのか」
目は、笑ってさえいない。
「やっぱりあの銀の悪魔の所為かい?」
問い質してくるのは、私? 自分?
額から汗が流れるのを感じる。
「何言ってるんすか……? 自分何をされているんすか?」
“私”は明確な返答をしない。ただ黙って、頷いている。
「では“私”が、そして“自分”が繰り返した罪を数えましょう」
密室のはずの白い部屋に突風が吹く。思わず椎口は目を瞑り、次に眼下に広がっていたのは青い海と緑豊かな島だった。
「こ、ここは……」
「ハワイオアフ島。初めて君が戦った場所だ。肉塊を集めたような化け物を潰し殺したのは覚えているかい?」
今オアフ島より生えているのは完昊天の創り出した母体。それが当時の銀次の手にも負えなくなり、椎口に航空支援を頼んだ時の映像だ。肉塊はひしゃげ潰れ地面と一体化する。
「君は化け物だと、そう銀次に知らされていたみたいだけど、あれは人間だった。まあ、もう事切れているから、人殺しにはならないね。死体損壊だ。第一の罪は」
再び風が吹く。今度眼をあけるとそこは室内だった。ウコンの怒号が響き渡る。玄関口にはボブが頭を潰され事切れている。その傍らには憎悪を纏った復讐鬼。椎口はウコンに連れられ、部屋の窓を破り、車で逃走した。
「果敢にも銀次が戦って足止めをしたみたいだね。いや、もしかしたら足手まといだと思っていたのかもしれないね。ここで銀次と共闘して、富士宮を打倒出来ていたらボブは、シエラ隊は死ななかったかも知れないね。第二の罪は見殺しだ」
三度、風が吹く。次はブラジルの街、サンパウロの露店通り。人が蜘蛛の子を散らすように逃げていく中、ロシアからの殺し屋が来夢の命に迫った。逃走も考えたが……。
「銀次の能力発覚の際は殺害しろとの命令を律儀に守ったわけだ。お利口さんだね“自分”。そしてどうしたんだっけか? よぉく思い出してごらん」
「自分は……自分はッ!!」
重力場を人に使うのは初めてだった。顔が地面のレンガにめり込み、頭骨が砕け、脳漿が飛び散る。恨み言の一つも言えないまま、彼らは肉絨毯となった。
「第三の罪。殺人だ。思い出したか? 忘れようなんて、そうはさせないぞ。人の命を奪うのには責務が伴う。一生それを背負って生き続けるのだと。一人背負ってまだ飛べるか? 十人背負ってもまだ舞えるか? 百人背負っても翼は折れないか?」
「やめて……。もうやめて……」
「まだまだあるぞ。贖罪ツアーは始まったばかりだ。“自分”」
頭を抱え蹲る椎口に鈍重な音が聞こえる。晴天の空から何枚もの分厚い板が落ちてくる。それは魔法のように密室を作り出し、同時に複数の人間も現れる。椎口には見覚えがあった。Sirの私室をリコルテ=クラスニーが占拠した、ペンタゴン攻城戦。
日本刀を構えるカフェのマスターが椎口をかばい、隙を見せた。得物である日本刀を彼女のために失い、それに合わせて閃光手りゅう弾。防御はしたもののプラーマに焼き殺された。
「そしてまた見殺しだ。ここからだよな。水瀬銀次に不信感を持つようになったのは。彼が能力を喰われるのを危惧してマスターを見殺しにしたのを感じて」
頷きその過去の光景を見ている“私”は“自分”の肩に両手を置き耳元で囁く。
「でだ」
「“自分”もそうなんじゃないか? 【ウィルス=エクス=マキナ】は強力な権能だ。君達『家族』が一丸となってようやく倒せるその力をマスターが手に入れるのを、心の奥底では危惧していたんじゃないのか?」
“私”は目を細める。
「だから、銀次を深く追求しなかった」
「そんな事、そんな事……」
「しかも、そのマスターを殺したリコルテとは今仲良くやっているそうじゃないか。理解に苦しむね。“自分”?」
椎口の反応を待たずして、“私”は手を広げて指を鳴らす。途端に部屋の壁は歪曲をはじめ、境界があやふやなものになっていく。次に視認できたのは北海道旭川市。遠見小春の屋敷だった。東西南北から、筆頭能力者が侵攻して火の手と怒号が上がっている。それをはるか上空より俯瞰している椎口。
「子供も殺したな。エドワードの助手メアリー、ジェーン、獅子ヶ谷の最高傑作、獅子ヶ谷桜も一息に殺したな。まるで見えていないから自分に責任はないとでも言いたげに」
椎口は驚愕と困惑が織り交じった表情をした。
「なんで貴女が……“自分”がそれを知っているんッスか?」
「あれ? これも忘れたのかい。彼女たちの生い立ちや夢を調べたのは“自分”じゃないか」
「……まあ困惑するのも無理はない。次に行くぞ」
強烈な光に、眼がくらむ。それは落ちかけている夕陽。海には大量の戦艦が並び、ノーフォーク海軍基地にはたった一人の英雄が立っている。全砲門からその英雄に飽和攻撃を浴びせかけるが、幼子のパンチよりダメージは受けていない。
報復とばかりに、彼の右腕が光り、戦艦を轟沈させていく。そして“自分”は彼に航空機やミサイルが迫らないよう、対空防御を任されていたのだ。
「挙句の果てに戦争だ。平和を掲げて兵士を何人殺しただろう。ノーフォークはたったの一日で陥落。ニューヨークの無垢の民まで、核熱で吹き飛ばした」
「自分は……私は……」
「彼のその作戦に反対したか? 多数を生かす為に、少数を殺すという彼の理想に?」
「……」
椎口は何も言わなくなっていた。
「さて、最後だ」
目の前が一気にホワイトアウトする。それは強烈な光ではなく、雪の所為。猛吹雪のおかげで、視界が遮られていたのだろう。南極軍事基地「暁」。幹部棟の二階廊下には強化ガラスに背を預けて煙草を吸っている銀次の姿が見える。表情は窺い知れないが、何かを話しているようだ。
「泣いている人間をなくす。それは、涙の根源を全て断ち切ることじゃない。そんなことは、不可能なんだよ。分かっているだろう、自分?」
それは。
だけど。
だから。
「だから」
椎口は椎口に語る。
「“自分”に命令して押しつぶしたんだ。世界を。彼は悲しみを癒すのではなく、悲しみが産まれなくなるまで、世界を壊すことを選んだんだよ」
「でも、自分は……」
「そう、私は」
その重みに、耐えられなかったんだ。
椎口はもうだいぶ落ち着いていた。目は充血して腫れている。それでも、涙を流すことは、やめにした。
もう、逃げきれないことは、分かってしまった。椎口はいつかの銀次の言葉を思い出した。
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「これ迄感じぬよう考えぬよう逃げ延びてきたことに、きっかけは兎も角、追い憑かれたというだけの事なんだ」
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(そっか)
(そうだね)
(その通りだったよ、銀次さん)
「戻ろうか」
彼女たちは元居た白い部屋に戻る。
■■■ 白い部屋
「そうなんッスね。貴女は“自分”で」
「君は“私”なんだ」
「私の役割はね。君の心にある「罪悪感」を一手に背負うこと」
「そうだ……。そうッス。人を殺すたび、見殺しにするたび頭の中に膿が、溜まっていくんスよ。ヘドロが頭の中に注がれるように、不快な感覚が、あったんス」
「うん。でも時間が飛んだ時にそれが綺麗さっぱり無くなっていた。そうだろう?」
「全部“私”が受け止めてくれていたんッスね。ありがとうございます。今日の今日まで自分も気づかなかったッス」
「で? どうする? 君は私で、私は君だ。それが分かった時点で、もう分かってるだろう?」
「……はい」
もう、限界であるということを。
水瀬銀次も、黒崎切羅も、天王洲来夢も、ノルン=ユウ=ステイシーも。
みんなみんな、本当の家族のようだった。
愛していた。
皆を。皆と過ごす時間を。
(あーあ。世界平和なんかじゃなく。人殺しなんかじゃなく。もっと普通に、出会えてたらな)
(そしたら……)
自分は、みんなを乗せたって、空を飛べたろうに。
けれどもう、自分は飛べない。
みんなを愛することと同じくらい、殺した人たちの夢や未来が、私には重すぎる。
「君は水瀬銀次を撃破して、「暁」を堕とせる力を持っている。不意打ちで、広域にマイクロブラックホールを展開すれば、ミサイルも白銀部隊も全滅だ。銀次さえ巻き込めば、残りの能力者で【イカロス】に敵う人間はいな……」
「もう、いいッス」
椎口は椎口の言葉を遮った。彼女は私だから。よく分かっている事だった。それでも口に出したのは、もう決して、逃げないように。それも分かっていた。
「ずっと背負わせていて申し訳ないッス。でも、自分は弱くて。情けなくて。そういう自分だから、貴女は、私は生まれたんすよね」
悲しそうな、声だった。
「ただ、背負うだけの貴女は、今日でもう、終わりにするッス。だから自分は、「それ」を“私”に任せることにするッス」
椎口はゆっくりと息継ぎをする。
「“自分”の意識を“私”に完全譲渡するッス。彼から受けた痛苦を一身に背負っていた貴女に、その権利があるから。そして今度は自分が、痛みを背負う番ッス」
「いいのかい?」
「ただ最後に、お話がしたいです。だから不意打ちはしないでほしいッス」
「わかった。君の意見は尊重しよう。共に「暁」を堕とす」
■■■ 南極軍事基地「暁」 雪原
銀次は氷に押し付けられている。彼が液体金属でなければとうの昔に意識を手放し、命を落としているだろう。しかし銀次は、そうして命を落としていたなら、と願わずにはいられなかった。
なんだ、これは。
なんなんだ、この地獄は。
何を間違った?
どこで、なぜ?
どうすれば、椎口は、僕の家族は、僕を殺すことをやめてくれるんだ?
こんな、こんな。
こんな苦しみがあるものか。
多くの戦いを経て、多くの殺人を経て、この手に残ったものは、ほんの僅かばかり。それでも、だからこそ、何よりも慈しみ、愛おしんできた。
家族だ。
そうだ、家族なんだ。
僕を、僕として愛してくれた、本物の家族なんだ。
どうすれば、どうすれば。
またあの柔らかな笑みを僕に向けてくれるのか。
まだまだ、話したいことは山ほどあるんだ。
椎口、君に話したいことが、まだ沢山ある。
────僕の弱さを。あの過去を。切羅にしか語らなかった、僕の根源の話を。君にも、知って欲しいんだ。家族なんだから。
だから。
だからやめてくれ、こんなことは。
僕は、君に殺されたくはない。
僕は、君を殺したくは、ない。
僕は、僕の使命と、僕の家族とを、天秤に掛けたくなんか、ないんだ。
自分の命が惜しい訳じゃない。
それが必要だというのなら、そんなもの、捨ててみせる。
だけど、今。
今ここで、命を失うわけにはいかない。
それは奪った数多の命への冒涜だ。
僕は、僕の使命と、僕の家族とを、天秤に掛けたくなんか、ないんだ……。
(どこまでも、この世界は残酷だ)
人を殺し、後輩を殺し、仲間を見捨て、家族を見殺しにし、自分の心が死んでいくことさえ見過ごして、それでも、こんな僕を、愛してくれる本当の家族と、悲しみのない世界を作り上げるためならと、僕は、僕は────
「銀次さん。私が地に落した人間が、私を呼んでいる気がするんッスよ。地獄から伸び出てくる手のように」
椎口の爪の間には、先程掻き毟った削れた皮膚が入り込んでいる。肌が切れて、頭から血が流れ、額を伝う。血液は、極寒のこの地で冷え固まり、凝固し、ひび割れて粉々になって風に吹き消された。
「だから共に逝きましょう。なに。怖かったら抱きしめてあげるッス。私、胸の大きさくらいしか誇れるものなんてないですし。地獄でいっぱい甘えてください」
ああ、椎口。
「僕の……望みは……」
それでも、僕は。
「??」
それでも、それでも、僕は────
「私の願いはそんなに軽くないッ!!」
────それでも、平和を、創ってみせる。
銀次も椎口と同じく血を吐く思いでそう叫んだ。口の端からは血液が、眼尻からも血涙が流れ出ている。
そして誰にも聞こえない。切羅だけに聞き取れる声量で、静かに呟いた。
□□□ パンデモニウム 数分前
「あった。銀次さんからの緊急時に開けろと言われた封筒だ」
そこには【イカロス】【パンデモニウム】【ユグドラシル】の三つの文字が書かれた封筒が鍵のついた彼女の金庫に入っていた。
【イカロス】と書かれた封筒を開けて内容を読み、切羅は声を震わせる。
「ノルンちゃん。来夢ちゃんに伝えてください。この場は私が収めると」
「わ、わかりました」
「あともう一つ。椎口ちゃんと一瞬だけ通話を繋げます。お別れの言葉を考えていてくださいと伝えてください」
「? は、はい」
□□□
(米軍戦で大量にあったデイジーカッターもミサイルもカリホルニウム原爆も全て仕掛けてある。渡された指輪と結晶は放棄。この上空から蓋型に押しつぶす重力場ならば銀次さんも他の人間も攻撃は届かないっ!)
────曰くギリシャ神話に登場するイカロスは蝋で固めた翼を用い、天を自由に翔けたとされる。しかし、人の身で太陽に近づきすぎた彼は……。
「……対【イカロス】用プロトコルだ。撃墜しろ」
悲しい。……哀しい瞳をしながら銀次はそうゆっくりと告げた。
「ごめんッ! ごめんね! 椎口さん! 貴女は私の“お姉ちゃん”みたいだった。ううん。“本当のお姉ちゃん”だった!!」
椎口の耳に聞こえるはずのない妹の声が聞こえる。椎口が硬直して背中を見るとそこから出てきていたのはスピーカーと小型の気化爆弾を携えた切羅だった。
「……扉を書いた布は破棄したっ! 何故この上空に切羅さんが来れるッ!」
扉は“全ての人員の服”にも描かれている。部屋着から作業着、戦闘服まで。“一着残らず”。本来味方の救援に行くための仕掛けは。皮肉にも銀次の描く残酷な非常事態シナリオ。誰かが裏切った際の保険としての役割を十二分に発揮していた。
椎口の至近距離で気化爆弾の起爆プロセスが開始する。信管が作動し一次爆薬が起爆。液体燃料が加圧沸騰。限界に達した燃料が放出され、蒸発したそれに着火。“太陽”が炸裂する。
「待っ……」
────父のダイダロスの忠告を聞かずに太陽に近づきすぎたイカロスはその翼を失い、墜落し死亡する。
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イカロス用プロトコル、か。
銀次さん、貴方はどこまで。
いえ、去る自分には、関係ないことッスね。
それにしても。
イカロス、か。
神は、一体どこまで分かっていたんでしょう。
ああ。
自分を構成する総てが。
少しずつ、少しずつ。
灰となって、消えてゆく。
からだが、軽く、なってゆく。
こころが、なにも、なくなってゆく。
わたしは、また、そらをとべるだろうか。
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爆炎が、その中心にいた椎口を、文字通り跡形もなく、焼き尽くしていくのを、銀次は静かに見ていた。
僕が望む、平和の、彼女は礎になったんだ。
そうだ。
その為に、ここで殺されてやる訳には、いかなかった。
ここで、僕が死ねば。
殺した命は、何になる?
ただ、意味もなく、奪われただけだ。
奪われた命に、意味を与えなくては。
それが殺戮者の義務であり、使命なのだから。
だから。
だから。
……だから、なんだ?
だから、椎口の死には意味がある。
……意味があるから、なんだ?
意味があるから、平和を創ることができる。
……平和って、なんだ?
争いがないことだ。
……僕を認め、好いて、寄り添ってくれる仲間を、殺してまで成し遂げたい平和って、なんだ?
やめろ。
……平和な世界を創り出せば、椎口は戻ってくるのか?
そんなはずはない。分かってる。死んだんだよ、殺したんだよ、戻るわけが無い。
……お前が望むものって、なんだ?
やめろ!!! やめろ!!!!
平和だよ、そうだよ!!!
そういう、誰もが望み、夢見るのに形がなくて、誰も手に入れられなかったものに、僕は、形を与えるんだ!!!
平和を実現するんだよ!!!
もう、すぐそこにある!!!
その為に、その為に、僕は。
僕は、二度と手に入らないものを、棄てたんだよ。
銀次は、膝から崩れ落ち、それでも爆炎から目を離さずに、笑った。
笑った。
肩を震わせて。
声を上げて。
これが正解なのだと、世界に叫び訴える様に。
瞳から溢れては止まぬ涙が、頬を伝う頃には凍てついて、それでも後から後から流れる涙が、次々に氷となって吹き消されてゆく。
それでも、銀次は、笑い続けた。
極夜に浮かぶ星々は、それを黙って見ているだけだった。




