006 私は強かった。(デカかった)
黒いトロールの叫び声を聞いてギルとネロが狼狽えた。
『トロールキング!?』
『聞いてないぞ!』
「ギャキョキョギャーーーーーギャリ」(俺の仲間が! ぶっ殺す)
フローラは常に前衛の修羅場にいるので、怯えるギルとネロと違って、いつも通りトロールキングに大盾を構えて突っ込んだ。
トロールの動きが先程のトロールとは全然違い速い。
黒いトロールが持っていたハンマー状の武器を使わずに武器を持たない拳でフローラが殴られる。
大楯で完全に拳を防備をしているにもかかわらず、フローラが遠くまで吹っ飛ばされる。
『フローラが役に立たない! 逃げるぞ』
それを見たギルが瞬時に判断した。
『フローラ! 俺たちが逃げ切るまでそいつを引きつけろ! やっとお前から離れられるぜ。今まで面倒見てやったんだ最後ぐらい役に立てよ! そうだそいつを倒せたら奴隷から解放してやるよ。俺ってなんて優しんだろうな。頼んだぞ』
『やっと足手まといがいなくなるな! 今回の案件で上級冒険者になる事になってるんだ。良かったよ。お前がいたら上級も名乗れないからな』
二人の発言の思考に乗って、言葉の他に本当の理由が私に伝わってきた。
奴隷を購入する際に故意に奴隷を殺してはいけないし、非常用の囮として購入したから勿体ないという感じで、今まで手元に置いていただけの様だった。
ネロに逆らえないフローラに対して、無慈悲な命令をしてギルとネロが逃げ出した。
逃げ出すギルとネロを追って行く黒いトロールに、吹き飛ばされたフローラが立ち上がって体当たりをする。
簡単に避けて黒いトロールが蹴りをフローラの腹に入れた。
結界が発動してフローラの魔力が限界まで減った。
ギルとネロを諦めたのか二人を追う事を止めて黒いトロールが、倒れているフローラにハンマーで追い討ちをかけた。
このままでは魔力が尽きたフローラが結界を発動出来ないで肉塊になってしまう。
とっさに盾の擬態を解除して、収納でしまっていた余った自分の体を全て取り出して本来の姿に戻った。
ガーン!!
金属と金属がぶつかる大きなお音がしてハンマーが止まった。
久々に体に目を作ってフローラの視界ではなく自分の視界になった。
『え!?』
小さな黒いトロールが、私の足をハンマーで叩いている。
黒いトロールが3メートルの身長であったならば、私の身長は5メートル近い。
相変わらず外見は、メタルスライムに落書きの様な目と手足が付いた冗談の様な姿だったが大きさが………
そういえば、美味しそうな石や岩を見つけては食っていたし、偽銀貨や偽銅貨を作り出す為に、多めに鉱物や土まで吸収していた。その結果が巨大化に繋がったのだろうと思うがデカすぎる。
「ギャーーーーーブ! ブブ!」(なんだお前は! デカすぎだろ!)
お前に言われたくないと思ったが、実際そんな感想だろうな。
黒いトロールが私を見上げて唖然としている。
魔法があるこの世界だから不思議原理で大きくなっても普通に動けるかと思ったら大間違いで、物理法則が元の世界と一緒の様だ。
体が大きくなると縦✖️横✖️奥行きになって、2倍大きくなると体重が2✖️2✖️2で8倍になるのだ。
しかし、支える足の強度は面で支えるために縦✖️横の2✖️2で4倍である。
8倍の体重にたいして……4倍しか足の強度が上がらない為に巨大化すると足がもたない。
元より5倍以上は大きくなった私は、体重が125倍以上になった。落書きの足の強度は25倍しか上がっていない……
叩かれた衝撃で私の足が折れた!
金属の塊りである私が黒いトロールに襲いかかる。
ビギャ!
落ち着いていれば回避できただろうが、突然現れた私に驚いてしまい回避できずに黒いトロールは私の下敷きになってしまった。
自分より大きな金属の塊りに乗っかられたら、地面と私の体重に圧迫されて黒いトロールは挽肉のような状態であった。
わ、わざとじゃないんだ。
まさか、フローラも巻き込んでいないか探すと、ギリギリ私の身体を躱していた。
危なかった……
フローラは結界で防御した際の急激な魔力消費で、気絶していた。
周囲の見るとギルとネロは既に逃げて見える範囲にはいない。
潰れた黒いトロールとギルとネロが倒したトロールの死体だけが現場に残されていた。
目撃者は、いないな。
体重が重くてまともに動けないので、収納の能力で余剰な身体をしまって大楯に戻った。
大楯に目と手足が生えているとてもシュールな姿になる。
収納の能力があって助かった。ダイエットしないとまずいな。
不思議原理の収納があるくせに、巨大化すると自重で動けなくなるとはな。
フローラを横に寝かせて怪我がないか調べるが、結界のおかげで傷はなかった。
フローラの首筋の奴隷紋が光だした。
崩れるように消えていった。
ん? 本人の意識がないのに消える?
これっておかしい気がする。
確かネロが黒いトロールを倒したら解放すると言っていたが、フローラの思考と関係なく奴隷紋がそれを認識して、トロールが倒された事を知って解除されたという事になる。
奴隷紋って高性能なセンサーがあって自己判断も出来る事になるな?
ネロが使用してる魔法もそうだが、不思議原理にも理由があるはずだな。
自分自身の体の事を棚に上げて、この世界の不思議現象について考えているとフローラが目を覚ました。
今更、手足が生えていても喋る大楯だったしネロから解放されて私を取り上げられる心配もないから隠す必要がないと思って、大楯に目玉がついて手足が付いてる状態のままでフローラに話しかけた。
『大丈夫だったか?』
『キャァ!魔物!』
『私だ! 盾だよ』
私の姿を見て一緒だけ驚いて身構えたが、私の声を聞いて落ち着いて私を見つめる。
『え? 盾さん? その目玉と手足を何処かで見たような? あ! ゴブリンの時の!』
『隠してすまなかった。そう、あの時の魔物だ』
『じゃあ、今までの大楯は、貴方だったの? でもあの時は盾は私が持っていたし、貴方は迫ってきた岩?』
『そうなるが、それよりもフローラは奴隷から解放されたぞ』
『え?』
フローラが首筋を触る。
奴隷紋には微妙に凹凸があったようで、手で触って無くなっているのを確認して周囲を見渡す。
潰れた黒いトロールを見て再び驚く。
『落ち着いて聞いてくれ。私は人間の味方の魔物だと思ってくれ』
『うん。知ってる。貴方が私を守って黒いトロールを倒してくれたの?』
倒したと言うか寄りかかっただけだが潰れてしまって、しかもフローラも潰しそうになったが、結果はそうなるな……
ちょっと焦りながら答えた。
『そ、そうなるかな』
『ありがとう』
魔物の姿の私にフローラが抱きついた。
悪い気分ではない。
『盾さんの名前はなんて言うの』
そういえば名前を決めてなかったな。
元の世界での名前は思い出せない。
『フローラが決めてくれ。今は名前がない』
『わかった』
少し悩む仕草をして、フローラが大きな声で私の名前を言った。
「ガーディアン! 私を守ってくれたから! どう?」
ガーディアンと言えば守護者って意味だったはずだ。
「気に入った! それで良いよ。 今度からガーディアンって呼んでくれ」
あれ? 今、思考を読んだのではなくてフローラの喋った内容がそのままわかったし、私も発音したぞ?
手で自分の体をなぞると口が付いていた。
無意識に口で喋りたいと考えて構築されたようだ。
名前をつけられた瞬間に不思議な知識が頭に流れ込んでくる。これが原因か?
【ネームドになりました。SQLが固定化されて検索性能が上昇します。体を構成するナノマシンに固有インディックスを付与しました。空気中のナノマシンにアクセスが容易になりました】
「え? 私は口で喋ってる?」
「あ! 口がついてる! 喋る事もできたんだ!」
視界が突然暗くなっていく。感覚でわかるが何かショートしたような意識を失う気がする。
今の姿のままでは不味い。
急いで目と口、手足をしまって傷だらけの大楯に戻ったところで私の意識が飛んだ。