010 王宮魔導士
屋敷のドアをノックすると、足音が聞こえて返答があった。
「どなたでしょうか? 本日は来客の予定は無かったはずですが?」
「…………。」
ドアは開かれず、ドア越しに話しかけられた。
対人の会話に慣れていないので、相変わらずフローラが無言である。
仕方がないので私が答える。
「旅の冒険者ですが、この付近で盗賊と思われる集団に襲われました。その一人がこの屋敷に逃げ込んだ形跡があるのですが大丈夫でしょうか?」
「盗賊? ここは侯爵家のお屋敷ですので警備は万全です。その様な者が来た事はございません」
侯爵?
この世界には貴族がいて爵位も元の世界に類似しているのかな? フローラと私がいる国の名前すらそう言えば知らない。フローラの記憶を覗けば良いのだが、今はフローラに大楯として装備されていないのでフローラの思考は読めない。
全身鎧の姿だとその点が不便である。
ちょっと突っ込んで聞いてみるか?
「目の前のドアに血痕が付いていますが、それでも否定なされますか?」
「…………そ、そういえば下男が、森に狩に行った際に怪我をして戻ったと聞きました。その時の跡では?」
確実に追っていた盗賊の血痕である。それを見ようとせずに誤魔化す時点でこの屋敷の住人と盗賊はなんらかの関係があると考えられる。
一旦引いてから様子見るか考えたが、全身鎧になって自由に動ける事とフローラに結界の機能がある大楯を渡している事から強気になっていた。
バキ!
ドアを蹴り飛ばすと、ドアが砕けて屋敷の中へ飛んでいく。
屋敷の入り口のドアを蹴破ると、大広間になっていて2階に伸びる階段と宴会でも出来そうな広さがある空間だった。
そこの中心に逃げた盗賊が、全身を切り刻まれて倒れていた。
「見られてしまいましたね。もう逃げれませんよ。盗賊が押し入って来たので倒しました」
先程まで私と話していた中年の執事の外見の男が、ドアの横に立っていた。
これで、盗賊は死んでいるようなので私が魔物と知る人物はいなくなった。この場から撤収して構わないのだが、逃げれないって?
「何か勘違いしているようだが、貴方が何をしていても構わない。私を襲った盗賊が全て処分されていれば問題ない。お騒がせした。また、旅を続けるので………」
「エアーバースト!」
私の話の途中で、中年の執事が魔法を唱えた。
私とフローラが背後からの突然の爆風に、外にいたが屋敷の中に吹き飛ばされた。
「お前は馬鹿か? せっかく譲歩していたのに、引き下がらずに貴族の屋敷のドアを壊して押し入ってきた奴がお咎めも無しだと思うか?」
先程と別人のように口が悪くなった。
「話し合いは無理って事かな?」
「いつ喋って良いって言った? 勝手に喋ってるんじゃねぇ。旅の冒険者ねぇ。動きを見る限り下級冒険者か? そこにいる女は魔力が高そうだが、動きが素人くさい。鎧着てるお前は鎧からはドス黒い魔力を感じるが中の奴は魔力なしだろ? 鎧の魔力が濃すぎて良く見えないが呪いの鎧かなんかだな。暫くは屋敷に人がいる事がバレると不味いから、押し入って来た盗賊を処分したところだよ。片付いたと思ったら、また人が来るし今日は厄日だな」
魔力を読む能力があるようだ。中年の執事が言う通り私は全身鎧に慣れてないから動きがいまいちだし、フローラも防御は上手いけど動きは下級冒険者と言える。
鎧が本体で中身入ってないから、私は魔力なし冒険者だと思われたようだ。勘違いしてくれたおかげで、中年の執事は私に完全に無警戒だった。
「ドアを治せば穏便にす……」
「プロネンスファイア!」
私とフローラが炎に包まれる。
フローラは大楯の結界が発動して防御している。
私は熱いとは思うが鉱物の魔物である。鉱物が簡単に溶けるレベルじゃないと無問題のようだった。
フローラは呼吸が出来ないので長時間この状態は不味い。
盗賊から吸収した剣を大楯に含まれていたオリハルコンを表面にコーティングして創り出した剣を腰から抜いて構えた。
「な、何故動ける? 鉄すら溶ける温度だぞ!」
鉄は溶けるレベルだったようだが、色々な金属が混じると更にもう少し高熱じゃないと溶けないんだよね。私は色々な金属が混じってる合金みたいなものだからな。合金って凄いなって思いながら中年の執事に斬りかかる。
剣の腕などないから容易に避けられてしまったが、攻撃を避ける為に魔法が中断されたのか炎が消えた。
「ただの雑魚では無いと言う事か? まさかメル様を狙う刺客か?」
何か勘違いしているようだ。話が噛み合っていない気がする。
「人違いだぞ。貴方と争うつもりはなかった。盗賊さえ片付けば、ここに用はない。問答無用で殺そうするとは穏便じゃないですね。自分で言うのは恥ずかしいが貴方では私は倒せない」
「言ってくれるな! 一介の冒険者風情が王宮魔導士のレオ様に勝てると?」
話し合いに持って行きたくて私を強いと思わせようとしたが、逆に煽ってしまったようだ。
周囲が光ったと思ったら、目の前の中年の執事がイケメンの30歳ぐらいで杖を持ったローブを纏った青年に変身した。いや変身したのではなく今まで私とフローラが幻影を見せられていたのか?
「デスミュート」
「ん?」
レオが私に何か魔法をかけたようだが、なんの変化もなかった。
「そ、即死魔法が効かない!? お前は魔力なしじゃ無いのか?」
そりゃ対象が空っぽの鎧の中身だからなぁ
それにしてもこの時代の貴族ヤバすぎだろ! なんで殺す選択肢しかないんだ!
「ええと、私の要件は済んだのでここから去る。レオさんは私達のことは忘れる。これで良いのでは?」
「ふざけるな! メル様の事を知られたからには確実に殺す」
ダメだ。会話が成り立たない気がする。自分でメル様って喋ったんだろうが!
「何をしているにですかレオ!!」
諦めてレオを倒そうと思ったら、広間の2階から少女が話しかけてきた。
「メル様! 部屋にお戻りください! 不審者です」
「嘘を吐くのは止めなさい。 不審者が対話を求めて来るとは思いません。 旅の冒険者ですか? 私の従者のレオがご迷惑をおかけしました」
やっと話がわかる人が出てきたようだ。メルと言われた少女は14歳ぐらいの外見で、すぐに貴族だと思うドレスを着た外見をしていた。
「旅の冒険者ですが、盗賊に襲われました。一人逃してしまったので追っていくうちに屋敷にたどり着きました。屋敷の関係者が盗賊と関係してるかと思いドアを破壊して押し入ってしまいましたが勘違いだったようです。ドアを破壊したのは謝罪します」
「なるほど、レオが嘘をついた為に起きた事でしょう? レオの事だから誰も来てないなど言ったのでしょう。勘違いさせたこちらに非があるのは明白です。すみませんでした」
少女がしゃべりながら2階から降りてきて、レオの横に来ると頭を下げて謝罪した。
「冒険者如きに頭を下げる必要などありません。貴族の屋敷だと説明したにも関わらず押し入ってきた、こいつらが悪いのです」
「レオ! 今は早急に王都に無事に行くことが必要です。ここは今日で引き払うので、もはや私がここに居ることが知れたとしても問題ありません」
「わかりました」
不服な表情をするが、メルのいう事には素直に従うようだ。
「旅の冒険者でしたね。明日、レオと私はこの屋敷を出ますがそれまで、この屋敷に泊まってもらえませんか?」
何やら深い事情があるようだった。