001 まさかの転生
「悔いはあるが、納得した人生だった」
ちょうど今日で40歳になる。
小さい頃は夢があり多くの選択肢があったが、普通に生きた。
そして、縁がなく結婚はできなかったが独身なりに人生を謳歌した。
しかし39歳で癌が発見されて、早期発見であったが運悪く全身に転移した。
1年は病気と戦ったが、多臓器不全で今に至る。
両親は健在だった。
親よりも先に死ぬ事が一番目の後悔。
結婚しなかったのが二番目の後悔。
最近の世の中の進化が著しく、もっと長い間世間を見ていたかったのが三番目の後悔。
まぁキリがない後悔の山だ。
精一杯生きたから納得はしている。
病院のベットで、両親に看取られて死ぬのも納得した。
薬で全身の痛みを取り除いている為に感覚はない。
私の最後の一言が、先程漏らした言葉になった。
目の前が真っ暗になった。
死後の世界などは信じていなかったが、暗くなっても意識があった。
不思議な感覚だった。
暗い中に気配を感じた。
暗いのでそれが何か初めはわからなかったが、少しして思い出した。
昔飼っていた犬だった。
近づかれて飛びついてきた。
顔を舐められている感覚がある。
これは? 死後の世界?
少しして満足したのか犬が去っていく感覚の後に、新たな気配を感じる。
今度は昔飼っていた猫だ。
今の私に足などないはずだが、足に身体を擦り付けてくる感覚があった。
しばらくすると猫の気配も消えた。
そして、ゆっくりと何かの上に寝ている感覚が戻ってきた。
地面に上に寝ている感じだが、何も見えない。
地面を触ろうとしても手足が無い感覚だ。
胴体だけが地面に寝ている感じ?
いや頭も胴体の中に入っているのか?
なんだこの状態は?
とにかく周りが見たい。
目のような物が欲しいと考えていると、突然視界が開けた。
体は動かせないが、薄暗い洞窟のようなところにいるようだ。
ここは何処だ?
周囲を見渡したいが目を動かすことしか出来ない。
俺の体はどうなっている?
暴れると少しだけ視界が前進した。
手足が無い胴体だけの体のようだ。
尺取り虫のように動けば移動が可能のようだ。
ゆっくり周囲を動きながら観察すると、出口がない小さな洞窟で閉じ込められてるようだ。
暗いのに周囲が見える事も不思議だった。
夢を見ているとも考えられるがリアルすぎる。
フィクション小説で言うと、記憶を保持したまま何かの生物に転生したのだろうか?
記憶って脳じゃなくて魂と言う概念があれば魂に記憶があるという事なのか?
そういえば、過去の記録に人間が死んだ際に僅かに体重が減ると言う記述があったな。
ただ、脳と違って魂の記憶は曖昧のようだ。
病気で死んだ事は覚えているが、自分の名前が思い出せない。
印象に強く残った自我に関わる事だけが魂に刻み込まれるのかもしれない。何しろ自分の名前も死ぬまで何をしていたかが思い出せなくなっていた。
さて過去ばかり見てないで、今の未来を見なくてはいけない。
薄暗い洞窟を這いずって移動しながら周囲を調べた。
薄く光る鉱石が洞窟の壁にあるために、洞窟内でも視界がなんとか保てるようだった。
壁に鏡のように反射する鉱石があった。
そこで初めて自分の姿を認識した。
感想は絶句である。
丸い雫のような胴体に、リアルな人間の目がついている。
一つ目スライム!?
昔やったゲームに出てきたスライムって言われているモンスターに目が付いている姿が似ていた。だが、普通のスライムって水溶性みたいな感じだが、私はメタリックな金属的な表面だった。
目が欲しいと思ったから目ができたのか?
試しにもう一個目が欲しいと意識してみると……
目が増えた!
二つ目スライムに昇格した。
今まで感じなかった遠近感が生まれた気がする。
待てよ目が作れるなら足はどうだ?
人間の足が欲しいと意識してみると……
足が出来た事によって体が持ち上がり、視界が上に移動して二本の足が生えた!
待って……
丸い水滴のような体に目が二つあって人間のような足が二本生えている。
ふざけた姿のモンスターが私のようだ。
じゃあ、腕も……
同じように意識したら腕が二本生えてきた。
この調子で人間の姿になれないか?
意識するが、元の自分の顔や姿が詳しく思い出せない。
死んでしまって魂だけになった影響なのか?
頑張ってみたが人間のような姿には変形する事は出来なかった。
結局、雫のような胴体に二つの目があって、そこから人間の手足が生えている不恰好な姿になった。
だが、これによって洞窟内の探索が容易になった。
しばらく彷徨って出口がないか探した。
一時間程で、風が外に流れる小さな穴と大きな岩石の割れ目から風が出てくる場所を見つけた。
音と触覚は身体全体で感じているようだ。
その為か人間だった二つの耳だけの時と違って音の流れで風の流れが良くわかった。
ひび割れに関しては隙間程度でそこから外に出るには不可能だろう。岩石をどかせれば、道があるかもしれないが大きさが自分の数倍あるので無理だと思う。
小さな穴は腕が通るほどの大きさで、覗き込むと1m先に何か広いところがあそうにみえる。
落ちている鉱石は鉄? ニッケル? マグネシウム?
何故か手に取るとその鉱石に含まれる成分がわかった。
特殊能力なのだろうか?
鉱石を持っていると食欲が湧いてきた。
食べれるのか?
そう思ったら手の中に鉱石が溶け込んでいった。
不思議な感覚だが、手から美味しいと言う感覚が伝わってくる。
しばらくして、便意がやってきた。
排出をイメージすれば、酸化した鉄が足の隙間から出てきた。
うお! なんか恥ずかしい。
私は金属を食べて酸化する時のエネルギーで動いているのか?
その他にもニッケルを含んだ鉱石や硫黄を含んだ鉱石などを食べると酸化した鉱物を排出した。
鉱物を食べたい食欲はあるが、その他の睡眠や性欲などは皆無だった。
とにかくここから出たい。
手で鉱石を食べる行為として、体に取り込めるのが分かっている。
1m先に空間がありそうな小さな穴に手を入れて、穴周囲の鉱石を食べて私が移動できる程に穴を広げる事にした。
そして、少しずつ穴の周囲を食べて排泄した。
かなりの時間が経過した。
私の身体は小さな不思議細胞の塊で筋肉と脳と神経と消化器官など全ての役割が可能で、ある程度の変形ができることがわかった。
ただ詳細にイメージ出来ないと変形は難しい。
何しろ落ちついてから観察すると、目もそうだが手足が子供の落書きのような外見である。
あと私は生前やったゲームに登場するゼリー状・粘液状の怪物で単細胞生物なのか多細胞生物なのかすらも不明なスライムのようだが、実際になってみると多細胞生物だと実感した。
その中でも液体金属のようなメタリックなスライムのようだ。
自分の体に関して考えながら作業していき、かなり時間がかかったがやっと穴の先の大きな空洞にたどり着いた。
その空間は通路のように洞窟が伸びていた。
少し歩いていくと仲間を発見する。
私の外見の色はメタリックだが、発見した仲間は水色のブヨブヨしたスライムだった。
話かけても無反応だし私を敵として見ていないのかブヨブヨ動いて前進したり止まったりしている。
スライムが通過すると洞窟の表面が綺麗になっているので、壁にある苔やカビのような物を食べているんだろうか?
私のように手足が生えたスライムはいないようだ。
そして洞窟をさらに探検する。
「ギャ」
「キュキュ」
なんか怪しい鳴き声が聞こえてくる。
洞窟の影から声の主を覗くと二人の緑色の小人のような生き物を見つけた。
これってゲームや小説の世界に登場するゴブリンって言う小鬼じゃないかな?
この世界では彼らが支配者なのかもしれない。
この世界でのファーストコンタクトである。
洞窟の岩陰から出て手を振ってみた。
二人のゴブリンが一瞬だけ驚いた顔をしたと思ったら、私に指を刺して騒ぎ出した。
「ギャギャギャ!!」
腹を押さえて転がった。
これは、爆笑しているのか?
しばらく見ていると、笑いがおさまったのか身振り手振りでついて来いと表す動きをしてきた。
敵対はしないようだ。
大人しくついて行く事にした。




