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赤目の男

 リゼフは俺を、ゴミを捨てるみたいに投げ飛ばした。


「立て。気絶しない程度のダメージにしておきました」

「なんでだ、リゼフ!」


 俺は柱を支えにしながら、なんとか立ち上がる。


「なぜ、とは?」

「なんであんなやつの手下に」

「あぁ、なるほど。君にはわかりませんか。あの方の偉大さが。全く、誰も彼も、デルマートでさえ、足元にも及ばない」

「そんなこと」

「だが事実。私が内通者だとは誰も思わなかった。唯一! 唯一ファイントだけは、私を警戒していた。彼は悪に敏感だ。十年前、悪魔に家族を皆殺しにされて以来、ね」

「は?」

「まぁそれでも、確信は持てていなかったようですがね。だから、誰にも言わず、君にこっそりと幻術をかけるだけに留めておいた」

「幻術? そんなの」

「いいやかけられていた。君は冒険の旅の中で、何度も死にそうな目にあったらしいじゃないですか」

「それがどうした!」

「ならなぜ、そのとき私を呼ばなかったんですか?」


 じわり、と自分の中で違和感が広がった。そうだ。ヘルェルは必要になれば何度も呼んだ。けど、リゼフは? 少なくとも、リゼフがいれば簡単にできたことは山ほどあるはずだ。


「君が私を呼べば、君は間違いなく殺される。彼はそうふんで、君に幻術をかけた。長い時間、私に悟られないよう。慎重にね。君が、私を、呼ばない! そういう幻術を!」

「そんな……けど、俺、今」

「あぁ! 彼の幻術を破るのは容易じゃない。だからほんの一部、限定的なシチュエーションでだけ解けるようにした。それがこえ。君は、あの方の心臓を見ると、彼にかけられた幻術が解ける!」

「そんな、けど、それはファイントがここにいなきゃ、意味がなかったはずだ! ファイントがこの場所を知ってるかどうかなんて、リゼフが知るはずないだろ!」

「えぇ。ですが必要ない。あの心臓を覆う結界は、天使の力でしか解除できない。当然でしょう。堕天使とはいえ、あの方も未だ天使なのだから」

「じゃあ、全部、最初から……!」

「えぇ。君は私の手のひらで踊らされていたにすぎない!」


 リゼフの体をドス黒いオーラが覆う。獣のような雄叫びを上げながら、体がどんどん変化していく。足と手は鳥のように。目は白目まで真っ黒に。背中から生える二本のカラスの翼。


「まさか。悪魔と契約してたのか……?」

「そのとおりだ」


 リゼフと、もう一つ低い声が重なって聞こえる。


「だが勘違いするな。君のように対等な扱いではない。私の中の悪魔はすでに死んでいる。その力を、私が好きに引き出せる。完全優位な契約だ!」


 いつものリゼフとは、もう明らかに違う。強さが何倍にも膨れ上がっている。


「そして、わからないか? この翼に見覚えがあるでしょう!」


 黒い羽根が一枚、ヒラリと俺の足下に落ちた。

 見覚えなんて、ないわけないだろ。忘れるはずない。あれから全部始まったんだから。

 修学旅行のホテルで、俺の腹を刺して殺そうとした犯人は、リゼフだ。


「フェニーチャーを目覚めさせるためにやったのか?」

「そのとおりだ」

「全部リゼフが?」

「そうだ」

「ブルルスグルフたちを呼んだのも。全部!」

「だからそうだと」

「許さない!」

「はぁ?」

「お前のせいで、どれだけの人が傷ついたと思ってる!」

「それを気にしていたら内通者などやっていない!」


 敵だ。もう、リゼフは敵なんだ。怒りで頭が真っ白になる。拳は強く握りすぎたかも。


「フェニーチャー!」


 火柱が俺を飲み込む。


「リゼフを……、こいつを倒す!」


 炎が晴れる。

 右手ては肩まで、左足は膝まで、フェニーチャーの体だ。背中からは左右二本ずつの四本、翼が生えている。

 炎をまといながら、フェニーチャーはリゼフを睨んだ。


「怖いですね。フェニーチャーさん」


 リゼフはうすら笑いを浮かべた。


「交渉しませんか?」

「しねぇ」


 フェニーチャーが即答すると、リゼフはおかしそうに笑った。


「まぁそう言わず。君には、ショート・アルマスの体から出て、ケラヴロス様を蘇らせてほしいのです」

「だから何度言えば」

「別に寝返れと言ってるわけではないんです。ただ蘇らせてくれればそれでいい。もちろん、リターンもありますよ。あなたの体を完全に回復させてあげますよ。その後で私たちに敵対しようが好きにしていい」

「んで、蘇ったあいつはショートを消すって?」

「仕方ないことだ。ですが、それがどうしました? その男に、ケラヴロス様ほどのカリスマ性は感じられない。あのお方は寛大で偉大なお方だ。……先ほど、ショートがなぜケラヴロス様につくのかと聞きましたね」


 リゼフが話を始めた。


「私の家は代々堕天使でね。……属性というのは遺伝の影響を大きく受けますが、まれに例外がある。それが私です。ご存知のとおりに、私はミカエル寮だ。堕天使にはなれない。かといって、私のような生まれのものが普通の学校に通えるはずもない。私は家族からすらも見放され、常に疎外されてきた」


 リゼフは悲しく笑った。


「そこに現れたのがケラヴロス様です。私を認め、こうして悪魔をくださった。これなら堕天使でなくとも悪魔の力を使える。悪魔との契約など、本来なら全世界の敵。タブー中のタブーだ。反対する悪魔も多い。ですがあの方は、それすらも一蹴した!」


 宮殿で見たガルクスギルテと同じ、本気であいつを崇拝してる目だ。


「あんなに偉大な方はいない! 私は一生仕えると誓った。そのためにジェットとレベッカに近づき、信頼を得て、ショートの僕となった。あのバカどもにはなにも」

「わかってたぞ」


 フェニーチャーは力強く言った。


「あいつらはわかってたぞ。全部な。わかった上で」

「まさか。全て思い出したのか?」

「あぁ、ばっちりだ。そしてリゼフ、お前の交渉を飲む気はない」


 真っ赤な翼が威嚇するように広がって、全身から真っ赤な波動が飛び出す。

 リゼフがジリリと後ろに下がった。その瞬間、フェニーチャーが飛び上がった。フェニーチャーの赤い羽根が飛ぶ。リゼフも羽根を飛ばした。互いに相殺する。

 リゼフが右腕に黒いオーラを集中させた。フェニーチャーも右手の炎圧を上げる。

 炎とオーラがぶつかった。部屋が揺れて、ガレキが降るほどの衝撃。威力は互角。二人とも笑っている。

 今まで見たこともない接戦だ。フェニーチャーは火球、リゼフは青く黒い雷撃をそれぞれ放ちながら、部屋の中を飛び回って戦う。

 数分間戦って、二人は後ろに飛び退いた。

 息も絶え絶え、フェニーチャーは膝をついた。


「なぜだフェニーチャー! その方が私はわからない。ショート・アルマスなど、所詮はただのガキだ。君が付き従うほどのなにがある!」

「別に付き従ってるわけじゃねぇよ。それにな、たとえお前が堕天使の家系でも、こいつは……」

「黙れ! そんな子供にわかってたまるか。私の苦しみが! ……さっきの攻防でわかったでしょう。君は私には勝てない」


 事実だ。ほとんど互角だけど、わずかにリゼフが押してる。ていうか、互角に見えるだけでまるで隙が見えない。フェニーチャーの体力もほとんど限界なのに、リゼフの体力は底が見えない。


「それはどうかな」


 炎圧がさらに上がった。体力も無限に増えてくる。力が湧き出る。それなのに、フェニーチャーの生命力だけが、どんどん消えていくみたいだ。


「まさか。正気ですか……? なぜそこまで!」

「約束したからだよ」

「約束? 一体どんな……」

「約束ねぇ……──」


 フェニーチャーの記憶が頭に流れ込んでくる。


……

…………

………………


 戦争の真っ只中。正面には雷、右では津波、左は砂嵐。この世の終わりみたいな状況下で、フェニーチャーらしき男の横には俺のお父さんが立っていた。

 フェニーチャーは金髪赤目の、普通の人と変わりない。擬態みたいななにかか?

 お父さん、俺と同じ黒髪で青い目をしているけど、それ以外じゃあんまりに似てないかも。適度に焼けて、潮風が似合いそうな優しい顔の男だ。


「フェニーチャー、頼みがある」


 お父さんは風に髪をなびかせながら言った。


「なんだ?」

「もし、俺が死んだら、俺の息子の中に入ってくれないか?」

「はぁ? なんで俺が」

「なに。お前にその必要ができたら、でいい」

「その必要って。まさか俺が死にかけるとでも?」

「仮に、の話だ。死ぬほどのダメージなら記憶が飛ぶだろう? その記憶が戻るまでの間まででいい。その間、ショートの身を守ってほしい」

「んじゃあ記憶が戻ったら、そいつを殺していいのか?」


 冗談まじりに、笑ってそう言ったフェニーチャーに、お父さんはニヤリと笑ってうなずいた。


「好きにしていい。ただそのかわり、もしショートのことを気に入ったなら、命をかけて守ってくれ」

「気に入る? お前のことでさえ、ただのライバル以上には見てねーぞ。ガキが俺のお気に入りなるとは思えねーがな」

「大丈夫だ。きっと気に入るよ」

「はぁ?」

「あいつは、俺以上にいい男だ」

「お前……」


 フェニーチャーは呆れた顔でお父さんを見る。


「まだ知らねーだろ」

「はははっ、それもそーだな」

「なにがおかしーんだよ」


 ため息をつくフェニーチャーと口を開けて大笑いするお父さん。

 嘘ばっかり。ライバル以上の認識はない、なんて言ってたくせに、お父さんのことを信頼してて、ずっと楽しそうだ。

 だからこそ、フェニーチャーの、お父さんを失った怒りが直に伝わってくる。


………………

…………

……


 フェニーチャーはニヤリと笑って答えた。


「──忘れたよ。んなもん」


 フェニーチャーの炎で、部屋中が燃え上がる。


「終わりにするぞ。リゼフ」

「いいでしょう。望むところだ」


 お互いに手を向けた。ありったけの力の集中させて、その全てを放つ。

 炎と雷撃のぶつかり合い。勝負は約五秒間続いて、決着がついた。

 勝ったのはフェニーチャー。炎がリゼフも心臓も飲み込んだ。

 心臓は灰になり、リゼフは全身が焦げて倒れた。

 そして、フェニーチャーの命にも限界が来た。

 初めて会ったときと同じ、意識の中の真っ白い空間で、フェニーチャーは倒れていた。全身が光り、水蒸気みたいに、粒子が浮いて少しずつ溶けていく。


「フェニーチャー!」


 俺は急いで駆けよって、そばに膝をついた。


「…………前々から言おうと思ってたんだが、お前。ピンチになったらフェニーチャーフェニーチャーうるさいんだよ」

「……なんの話だよ」


 声が震える。


「今度からは、俺はもういないんだ。頼っても無駄だぞ」

「いないって……なに言ってんだよ!」

「死ぬんだよ、俺は」


 ずしり、と。俺の中になにかが乗った。とても支えきれない。大きくて、重いなにかだ。

 フェニーチャーは力なく笑った。


「俺は本来不死身でな。力尽きてもも数ヶ月もすれば蘇る。だがな、言わば命、もしくは魂の核が傷つけば俺も死ぬ。リゼフに勝つためには、その核を燃やすしかなかった」

「そんな……」


 ポタポタと、涙がフェニーチャーの体に落ちる。


「……バカが。なに泣いてんだよ」

「けど!」

「心配すんな。悪魔は完全には消えない。ゆっくり再生するんだ」

「それって、どのくらい」

「数百年後だな」

「会えないなら意味ないだろ!」

「そうだな」


 フェニーチャーは寂しげに言った。


「たしかにお前に会えないのは少し、退屈だ」

「悪魔だったけど、お前は……。俺は!」

「あぁ、わかってる」


 拭いても拭いても、涙があふれて止まらない。たった一年。だけど、誰よりもずっと近くにいた。悲しくないわけないだろ。


「お前の友は選択を迫られる。破壊か、救済か。……俺はやつを破壊することを選んだ。その結果、あやふやだった未来が定まったんだ」

「未来が、定まる?」

「赤目の男。お前の本来の目は青色だ。俺が救済を選べば死ぬのはお前。俺が破壊を選べば死ぬのは俺だ。これでお前は、両目青色の男に戻る」

「そんな……」

「ショート。やつのことだ。まだ復活の手段を隠してる決まってる」

「そんなの!」

「いいか。時間は稼いだ。強くなれ。そして倒せ。それがお前の使命だ」

「フェニーチャーも一緒に戦ってくれよ!」

「無理だよ。もう」


 フェニーチャーの目から、一筋の涙がこぼれた。


「じゃあな。バカで出来損ないで、泣き虫で、弱虫で、ガキくさい……相棒」


 フェニーチャーの体がどんどん消えていく。


「待て。待てって! フェニーチャー!」


 そして、フェニーチャーの体が完全に消えるのと同時に、意識が現実に引き戻された。


「あ……あぁ……!」


 うめき声を上げながら、リゼフは立ち上がろうともがく。

 くそ。そうだ。戦いはまだ終わってない。涙も、鼻水も拭け。みっともない。

 俺は立ち上がって、魔界で奪った剣を構えた。


「リゼフ。その体じゃもう、俺には勝てない」

「ははは……。その、ようだ」


 リゼフはゆっくりと俺を見つめた。


「今思えば、君との主従関係も案外悪くなかったかもしれない。ですがやはり、私の王はケラヴロス様のみだ」

「いいよ。否定しない。俺もやっぱり楽しかったから。たとえフリだったとしても、今さらリゼフを恨めない。天使の道に導いてくれたのも、今では感謝してるし」

「全く、完敗ですね……。あるいは、フェニーチャーさんの言うとおり、君なら……」


 リゼフはふっと笑って言った。


「今まで騙してたおわびとして、ヒントをあげましょう」

「ヒント?」

「内通者は私一人じゃない。あなたが敵に回したものは、もっと広く大きい」

「リゼフ以外にもって……。おい、誰だよ!」

「彼の実の息子です。ケラヴロス様を直接見た君ならわかるはずだ。雷の子、と名乗っている男です」


 雷の子?

 いや待て。目鼻立ちハッキリしたハンサムな顔に、ブロンド髪、緑の瞳。どこかで……

 そして名前が、雷の子?

 …………──まさか!


「そんな……あいつが?」

「選択を迫られるのがフェニーチャーさんだけだとは思わない方がいい。すでに君の友だちのどちらか一人は、仲間になるよう誘われているはずだ」

「そんなことさせない!」


 俺は後ろを向いて、炎の中に飛び込んだ。

 悪魔との戦闘に参加してるのはレーナだけ。

 ……レーナが危ない!


◇◇◇


 悪魔軍との戦いは圧勝とは言えなくても、少なくとも優勢ではあった。私と同じエリアで戦うのは、ポールとメア、ジャック、チェイミー。それからその他たくさんの生徒たち。

 ジャックやチェイミーはショートと特訓してただけある。それに、この三ヶ月でなにがあったのか知らないけど、どんなに大きい悪魔に対しても、全く引かない。

 メアは、悔しいけど……私より上かも。ポールやショートと同じロングソードで、次々に切っていく。

 そして、やっぱりポールは圧倒的だ。本当にすごい。いつ見ても尊敬する。ていうか、ポールがいるから私たちも思いっきり戦えてる。誰よりもカッコいい。やっぱり私は、ポールが好きだ。

 私はジャックと不本意だけど背中を合わせた。


「あなた、結構やるわね」

「はいはい。上から目線ありがとうございます」

「……やっぱり私、あなたのこと嫌いかも」

「同感」


 そうだ。善戦してたんだ。負けるはずなんてなかった。

 それなのに、全てはあっというまに起こった。生徒の誰かが突然、「今だ!」と声を上げると、次々と生徒たちが雷撃で仲間を攻撃し始めた。

 なんでこんなことになっているのか、まるでわからない。みんな倒されて、突然仲間を攻撃し始めた生徒たちはなぜか悪魔軍の中に入ってこっちを見る。

 気づけば防衛側は、私とポール、メア、ジャックにチェイミーの五人になっていた。


「みんななにやってるの!」


 悪魔側に行ったレイチェルが一歩前に出た。


「ごめんなさい。けど、私たちこっちにつく」

「まさか。寝返るつもり? そいつらは悪魔! あなたたちは堕天使にはなれないし。帰ってきて!」

「違うんだ」


 と、ポールが私の言葉を否定した。最初は信じられなかった。ポールは、まるで王様にみたい悪魔たちに扱われている。みんなが頭を下げる中、ポールは堂々の悪魔軍に加わった。


「みんな僕が誘った。たとえ堕天使にならなくても、悪魔の力を使うことができる」

「なに、言ってるの」

「わからないかい? レーナも、僕たちの仲間になろう」


 思わず叫びそうになった私を、隣のメアが押さえた。


「なに、言ってるの?」

「僕の名前は?」

「ポール・アンダーボルトでしょ。それがなにか?」

「……違うんだ。僕の本当の名前はポール・チェイン。ケラヴロス──ジェイソン・チェインの実の息子だ」


 私だけじゃない。メアも、ジャック、チェイミーも目を見開いて驚いている。


「けど誤解しないでほしい。別に騙したかったわけじゃないんだ。本名を名乗れば色々とやりづらい。そうだろう?」

「そうだね。別に気にしてないよ」

「ありがとうメア」


 ポールがニッコリ笑った。私の好きな優しい笑顔だ。

 メアは私を一瞬チラリと見て静かに言った。


「ポールのことよ。なにか考えがあるに決まってる」


 そうだ。そのとおりだ。ポールほど勇敢な天使なんていない。


「僕はこの日をずっと待っていた。学校に入学してから、少しずつ、少しずつ。こうして仲間を増やしてきた」


 後ろに立つ生徒たちを指す。


「もちろん。これだけじゃない。今ごろはここの反対側でも、同じように僕の仲間がいっせいに悪魔側についたはずだ。天使は負ける。頭のいい二人ならわかるだろ?」

「そうかもね。それでどうするの?」

「いいかい、よく聞くんだ。僕たちはルシファーの属性じゃない。もちろん神の子でもない。堕天使にはなれない。けど、それでも一つだけあるんだ。……悪魔と契約する。そうすれば、悪魔の力を使える。父さんの部下として戦える!」

「戦うって、なんのために?」

「この世界は間違ってると思わないかい? こんなの、正しくない。だから──」

「おい」


 ジャックが、ドスの効いた低い声で、ポールの話をさえぎった。


「どうでもいいけど、ポール。お前はつまり内通者で、ずっと俺たちの敵だったんだな」

「……そのとおりだ。言っとくが、君は仲間にはいらないよ。父さんに反逆した、愚かな天使」

「仲間になるつもりはない!」


 ジャックが飛び出した。

 ポールを庇うように前に出た悪魔二人を、抜群の剣さばきで瞬殺して、そのままポールに攻撃する。

 けど、剣の実力ならポールが何倍も上だ。二本の剣をあっという間に弾き飛ばして、青い雷撃を胸元で放った。激しい火花が散って、ジャックはふっ飛んだ。

 ポールは後ろ向いて、その辺の悪魔に指示を出す。


「あいつは一番に殺せ。僕の敵……と呼ぶにもおこがましい。ただのカスだ」

「貴様!」


 メアが、全身を震わせながらポールを睨んだ。見たこともない形相だ。別に怖くて震えてるわけじゃない。これは、怒りだ。

 刺すような鋭い天啓を全身にまとって、メアは剣を握る。


「よくもジャックを……。冗談じゃすまさない」

「なにを言ってるんだメア。いつも言ってたじゃないか! 落ちこぼれの恥ずかしい弟だって!」

「そうだよ。弟なんだ。世界でただ一人の、私の弟! それを貴様が、カス呼ばわりするな!」


 メアがポールに襲いかかった。

 初めて見たメアの本気。本当にポールを殺す気だ。信じられない。一歩も引かず、あのポールとまともにやり合っている。


「目を覚ますんだメア! 家族なんて繋がり、意味はない! 不要なものは切り捨てべきなんだ」

「だったら不要なのはお前だ」

「くっ……! 仕方ない!」


 ポールが雷撃を放つ。剣で防いで、一瞬隙ができたメアの剣を弾き飛ばして、剣の腹で殴る。メアは悲鳴を上げて私の前に転がった。


「……二人は、僕が一番信頼してる天使だ」

「嬉しくもない!」


 メアは必死に反論するけど、さっきの攻撃で骨を折られたに違いない。立ち上がることすらできない。

 ポールは悲しげな顔で私を見た。


「メアはまた、じっくり説得すればいい。それよりレーナ。レーナならわかるだろう?」

「な、なにを……?」

「レーナ! ポールに耳を貸さないで!」

「ここに来て、どれだけの恥ずかしめを受けた? ずっとバカにされ続けてきただろう。友だちだと思っていたショートからも、いわれのない逆恨みで仲間外れされて笑われた!」

「それは……」

「僕たちと一緒に来るんだ。そうすれば、そんなつまらないこととはもうおさらばできる」

「レーナ、ダメ!」


 メアが必死に叫ぶ。ポールはすがるような目で私を見る。


「僕と一緒に来て。そうすれば一生、僕たちは一緒にいられる。ずっと楽しいままだ。辛いことなんてなにもない。レーナが呼びたいなら、他の友だちだって呼んでいい。ノーマン! 彼はいい。ノーマンも呼ぼう」


 たしかに。最高かも。ポールやノーマン。私の大好きな天使たちと、ずっと一緒にいられる。辛いことも、悲しいことも、なにもない。

 けど……


『俺は、レーナのこと好きだから!』


 ジャックが殺されそうになるんだ。答えなんてわかってる。


「その友だちの中に、ショートは?」


 ポールは残念そうに首を振った。


「惜しかった。すごく惜しかった。けど、ショートは結局、その辺の天使と変わりない。残念だけど、一緒にはいれない」


 だったらもう。答えなんて決まってる。

 私は剣を握って構えた。ポールを鋭く睨む。


「あなたは間違ってる! なにがあったのかも、父親が魔王だった気持ちも私にはわからない。けど、ここは私の家で、ショートは大切な友だち。それに、たとえどんな理由があったって、世界を破壊していいことにはならない! それがわからないなら、バカはあなた!」

「……僕より、あのショートを選ぶのか? あいつは、レーナに散々ひどいことを!」

「それでも、大好きだから。あなたみたいな裏切り者とは違う! ……ポール。お願い、考え直して」

「考え直すのはレーナ。君の方だ」


 ポールが剣を構えて、飛び出した。

 と、そのとき。


「リフュムーロ!」


 上空から拒絶壁がポールに向かって放たれる。ポールはとっさに飛び退いた。

 そして、私の前にショートが飛び降りた。

 剣を構えて、真っ直ぐポールを見る。


「ポール・チェイン。レーナには指一本も触れさせない!」


 チラリと見えたショートの右目は青かった。




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