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待っていたもの

 森を抜けて、ニュースルクスまでは一時間くらいで着いた。

 敵が大勢攻めてくることはもちろん不安だし、心配もしてる。けど、それ以上に、学校を見た瞬間嬉しさがこみ上げてきた。俺の家に帰って来れた。それがたまらなく嬉しかった。

 ジャックもチェイミーも大興奮だ。言わば、世界を救った英雄の帰還。

 校庭には、リゼフ、グアルディー、ゲログン、ファイント、デルマートの五人が立っていた。

 俺たち三人はなんでもないように飛び降りて笑った。


「一応、冒険の旅は成功です」


 意外? なことに、一番最初に動いたのはグアルディーだった。大粒の涙をこぼしながら、俺に抱きついてきた。ちょっと苦しいぐらいだ。


「傷だらけで、足も震えている」

「先生も声震えてますよ」

「本当に、無事でよかった……!」


 うっ、そろそろギブかもしれない。二回タップしようと腕を上げると、ゲログンがふっと笑って言った。


「まぁ、我慢してやれ。心配しすぎでまともに寝れてなかったし、授業もいまいち手についてなかったんだ」


 グアルディーは恥ずかしそうに顔を赤らめてゲログンを睨み、すぐに俺たちの顔を見た。


「あなたたちほどの英雄はそうそういるもんじゃありませんよ」


 ゲログンが手を叩く。


「全くだ。ショート。お前さんの父親ですらこんなこと無理だったぞ」


 リゼフが俺の前で膝をついてお辞儀した。


「ご無事でなによりです」

「ありがとう」


 最後に、デルマートと目があった。なにも言わない。ただ、静かに優しくうなずくだけ。けど、これ以上はない。最高の(喋ってないけど)褒め言葉だ。

 俺はグアルディーの体を無理やり引き離して、首にかけた金色の三日月のネックレスを外した。


「これ、ありがとうございました。俺、実を言うと生きてるのが不思議なくらいの奇跡の連続だったんです。そんな幸運。俺にはこれ以外に心当たりがありません」


 グアルディーは涙を拭きながら首を横に振った。


「差し上げます。それはもうあなたのものです」

「けど」

「私があなたに、あげたいから差し上げるのです。あなたに、持っていてほしいのです」

「それじゃあ、遠慮なく。……あぁ、それと先生に伝言です」


 グアルディーは首をコテンと傾けた。


「色々あって、お母さんに会って、少し話したんです」

「レベッカ・アルマスに?」

「まぁ。えと、それで伝えてって、言われました。先生に」

「なんと?」

「これまでも、そしてもちろん今でも、私たちはあなたを本当の妹のように愛してるって。だから、もう自分の責めるのはやめてほしいって。それと俺に、先生を支えてほしいって」


 グアルディーの目からまた涙こぼれる。


「ありがとう。本当に……」

「あと、先生はお母さんのこと、恨んでるかもって」


 グアルディーはふっと笑った。


「そうですね。好きじゃないです」


 ニッコリ笑って、そう言った。俺もつられて笑うと、ジャックに横腹を小突かれた。

 あー、うん。わかってる。


「あの、一応冒険の旅は成功したんですけど。これからが大変なんです」

「これから?」

「やつの──ケラヴロスの手下が大勢、ここを襲いに来ます。迎え撃たないと」


 グアルディーが言った。


「ならばすぐに応援を呼びましょう」


 チェイミーが即座に否定する。


「いや、時間は多分、もうほとんど残ってないし、どのくらい来るかもわからない。応援を頼むよりも、今ここで迎え撃つ準備をした方がいいと思います」

「そうですね……。敵の目的は?」

「ケラヴロスの心臓です」

「心臓?」

「やつは十年前、自分を体と心臓にわけることで死を逃れました。どれだけ体が傷ついても、心臓がある限り蘇る」

「それが、このニュースルクスにあると?」

「はい。お母さんが封印したんです」

「それは一体どこに?」

「わかりません。……ただ、お母さんは炎が鍵になるって」

「炎、ですか……」


 俺とグアルディー以外のみんなも、まるでわからないみたいだ。もちろん、頼りのチェイミーも。

 デルマートがゴホンッと咳払いした。


「それはまたあとでじっくり考えればいい。とにかく、戦闘の準備を整えるのだ。この学校内に心臓があるのなら、侵入させなければいい。わしの学校には誰一人として、指一本も触れさせん!」


 初めて見た、デルマートの本気の目だ。そこにいるだけで、ものすごい安心感。


「三年生以上の生徒たちも戦わせる。そのための日々の訓練だ」

「えっ、三年生以上って」

「もちろん。君たち一年生は避難しなさい」

「そんな。俺は戦力になります!」

「たしかにの。だが、君はもう十分戦った。疲れをごまかすのにも限界がある。三人とも、ゆっくり休みなさい」

「けど」

「私も賛成です」


 グアルディーが俺の肩に手を置いた。


「これ以上、あなたたちを危険な目に合わせられない。保健室に行きなさい」

「俺たち、休まなくて大丈夫です!」

「いいから。これは寮監命令です。……それに、三人に会いたがっている者が大勢いますよ」


 全く納得なんてしてないけど、先生たちはまるで引く様子がない。とりあえず今だけは大人しくしたがっとくべき、と判断した俺たちは、校舎の中に入った。それに、保健室で傷を癒すってのはグッドアイデアだ。

 今日は休日だから、みんなは街か寮の中。校舎には誰もいない。


「それにしても、三ヶ月くらい、案外あっという間だったな」


 ジャックが頭の後ろで腕を組みながらそう言った。

 たしかに、終わってみれば一瞬だ。

 チェイミーもうなずいて言った。


「こうして学校の中を歩くと、なんか不思議。今までの緊張が全部とけて、急に疲れてくる」


 そうだ。だんだん実感が湧いてくる。俺たちは冒険の旅を成功させたんだ。三ヶ月前の、ただ悪さして笑ってただけの、SJC悪戯同盟に戻ったんだ。

 まだこれから敵が攻めてくるっていうのに、俺たちはこの旅で楽しかったことを、大声で笑いながら話しはじめた。あんなに愉快で、ワクワクすること他にない。


「ジャック!」


 俺たちの笑い声をかき消すように、後ろからジャックを呼ぶ叫び声がして、振り返るとメアとレーナが立っていた。二人の体は切り傷がいくつかあって、おまけに息が荒れている。多分、二人で剣の練習をしていて、保健室に行こうとしたところ、先生の誰かに俺たちが帰ったことを聞いて、走って来たんだ。

 メアは目を見開いている。

 ジャックが顔をしかめた。気持ちはわかる。俺たちがなにをしてきたか知るはずがないから、多分ただのサボりって思われてる。二人のことだ。また俺たちのことを不良とか劣等生とか、非難するに決まってる。

 なんていうか、水を刺された気分だ。

 ジャックが後ろを親指で指した。走って逃げようぜ、の合図だ。俺もチェイミーもうなずいて答える。

 いっせいに走り出そうとしたそのとき、異変に気がついた。メアはものすごい形相でジャックを睨んでるけど、あれは怒ってるってより、悲しんでるって顔だ。

 なんとなく、足が動かなかった。メアは大股で近づいて、俺たちの目の前に立った。

 メアの顔は、涙でぐちょぐちょだった。

 一息ついて、ガバッとジャックに抱きついた。ちょうど、グアルディーが俺にやったみたいに。

 ジャックはなにが起きたのかわからず、あたふたしている。メアは、泣きながら震える声で言った。


「どこで! なにを! してたの!」

「はぁ?」

「三ヶ月以上、連絡も一切よこさないで! 電話だってもう何回も」

「いや。俺、ショートとチェイミー以外は着否してるし」

「あのね! あんな置き手紙だけ残して、なにしてたの!」

「いや、姉貴には関係ないだろ」

「あるわよ! 家族だもん! 私たちが、どれだけ心配したと思ってるの?」

「けどさ、いつも言ってるじゃん。落ちこぼれの不良だって」

「バカ! どんなクズでも、あんたは私の弟。だから、お願いだから……もう、こんなことしないで。私、わたし……生きた心地がしなかった……」


 メアは子供みたいに声を上げて泣き出した。ジャックは顔を赤くして頬をかく。


「いや、まぁ、悪かったって。誰にも言えない、秘密だったんだよ」

「あなたたちだけの?」


 レーナが冷たくそう言い放った。俺たち──ていうより、俺だけを、強く睨んでる。


「また、あなたたち三人だけの秘密?」

「なんだよ。なにが言いたいんだ?」

「また! 私は置いてけぼり?」

「はぁ? なんでそうなるんだよ」

「武闘会からずっとそう。私たち、すれ違って、一言も話さなかった。それなのに、三人だけで内緒でなにかしてる。私が気がついてないって思った?」

「いや……」

「気がついてた。ずっとね。だから待ってたの。いつか声をかけてくれるんじゃないかって。けど、結局三人はここからなにも言わず出て行った!」

「レーナ、違うんだって」

「なにが? いや、もう……。ううん、いいわ」


 レーナがジャックとチェイミーも順番に指さした。


「正直に言うわ。私、二人のこと嫌い。ショートは私の、私たちの友だちだったのに。二人と知り合ってからおかしくなった。私と一緒にいる時間が減った。ずっとずっと、二人に嫉妬してた。あなたたちとなんて、仲良くなってほしくなかった!」


 レーナは涙を拭いながら言う。


「いってらっしゃいも、おかえりも言えない。どこ行ってたのって心配することも、心配したって怒ることも。なにもできないなら、もう……」

 

 そう言って、レーナはくるりと後ろを向いた。

 そのまま振り返りもせずに、俺から歩いて離れていく。手を伸ばしても、背中には届かない。

 あぁ、俺はいつも遅い。今だって、離れていくレーナを見て、動くことすらできずに後悔するだけだ。


『だからあなたもきちんと伝えるべきよ』

『大切な友だちに。自分の気持ちを、正直に』


 そんなの、わかってる。

 手は届かなくても、声なら届く。


「レーナ!」


 レーナの体がピクリとはねて、足が止まった。

 ただ正直に、自分の気持ちを伝える。

 別に、レーナたちから離れたかったわけじゃない。ただ俺も、一緒だったんだ。ポールに居場所を取られたみたいで、ただ嫉妬してただけなんだ。妬ましくて、そこにいられなかっただけなんだ。


「俺は、レーナのこと好きだから! まぁ基本合わないし、嫌なやつだなって思うことは多いけど……けど、好きだ!」


 レーナは振り返ると、ふんわりと優しく笑って言った。


「髪、伸びたんじゃない?」

「似合ってる?」

「とっても」


 二人して吹き出した。心のひっかかりが消えたみたいだ。


「ショート!」


 レーナの奥から、ポールを先頭にして、たくさんの生徒たちがぞろぞろと集まってきた。

 レーナはポールを見ると、顔を真っ赤にして俺の後ろに隠れる。


「どこに行ってたんだい? 今の今まで。すごく心配したんだ!」


 ポールは泣きそうな顔で俺たちを見る。

 俺とジャックは顔を見合わせて、顔をしかめた。急に罪悪感が襲ってきたからだ。こんなに性格のいいポールを、変な逆恨みで落とし入れようとしたなんて。

 ポールの横に立つノーマンと目があった。


「レーナと仲直りしたんだ」

「まぁ、多分。なぁ、ノーマン」

「僕たち、ずっと友だちでしょ?」


 俺はノーマンに飛びつきたくて仕方がなくなった。レーナはもちろん大切だけど、やっぱりノーマンは年季が違う。

 みんなが期待の目を向けて、俺たちに質問を浴びせてくる。きっとまたSJC悪戯同盟が面白いことをしでかしたんだって感じだ。

 いつもなら自慢げにペラペラ話すけど、今回は絶対秘密だ。どうにかしてこの騒ぎをしずめようと苦戦していると、放送のチャイムが流れた。


「とある情報網により、これより多くの悪魔たちがここに攻めてくることがわかりました」


 グアルディーの声だ。


「私たちは天使です。迎え撃とうではありませんか。誰一人として殺させない。三年生以上のかたは、今すぐ戦闘の準備を整えなさい。どこからどれだけいつ来るのか、まるでわかっていません。自分たちの愛すべき学校を守れるのは、自分たちしかいないのです!」


 放送が止むと、みんなはまた騒ぎ出した。やばいやばいなんて言いながら、俺たちを見る。


「とある情報網って、ショートたち?」


 俺はうなずいて答える。


「敵が大勢くる。敵は、十年前に死んだと思われてたあの魔王だ」

「魔王が生きていたのか?」

「いや、詳しいことは話せないけど、まぁそんなとこ。それで、やつはニュースルクスを狙ってる。やつ自身じゃなくて、やつの手下が大勢。だから三年生以上の生徒は戦うんだ。みんなで、俺たちにとってのもう一つの家を守ろう!」


 俺が右手を突き上げると、それに合わせてみんな雄叫びを上げた。気合い十分。早速戦闘の準備に取りかかった。

 その様子を見ながら、レーナが言った。


「どうして三年生以上? 私も戦いたい」

「同感。だからまぁ、好きにしてみれば?」


 レーナはニヤリと笑って、俺の肩を叩いた。


「三人はとりあえず、保健室で傷を診てもらわないと」

「そのつもり」

「そう。じゃあ、また後で!」


 そう言って、レーナは校舎の外に駆けだした。

 俺はジャックとチェイミーを見る。体が震えてきた。視界もかすむ。


「俺たちも急いだ方がいいかも」

「同感。ちょっとやばいかも」


 俺たちが保健室に入ると、パスダー先生がせわせわと大急ぎでベッドや道具を整理していた。


「パスダー先生!」

「おや、若き英雄たちが帰ってきましたか」


 嫌味のない。優しい口調だ。


「準備はしておきました。さぁ、来なさい」


 言われるままにベッドに座り込むと、中に白いクリームの入ったボウルを渡された。


「日焼け止め?」

「違います。ユニコーンの乳を混ぜた傷薬です。直したいところに塗りなさい」


 俺たちはとりあえず傷が深いところから薬を塗っていく。

 これは、結構すごい。心地いい温かさと、癒される冷たさがある。傷が高速で治っていくのがわかる。


「あの先生。俺たちも戦いに──」

「ダメです」

「──え? いや、ドラゴンシャドーをくれれば」


 パスダーはため息をついて、棚から手鏡を取り出した。


「これで自分の顔を見てみなさい。痩せて真っ青だ」


 パスダーの言うとおりだ。気がつかなかったけど、前に見た自分の顔とはもうだいぶ違う。十歳くらい老けたみたいだ。ていうか、よく見ればジャックもチェイミーもやつれてるじゃん。


「ドラゴンシャドーは生命力を与えますが、それは言わばエナジードリンクの延長。万能じゃありません。食べすぎれば中毒にもなりますし」

「だったらどうすればいいんですか?」

「ユニコーンの角を削ったものを混ぜた飲み薬を渡します。ですからそれを飲んで、ゆっくり休みなさい」

「……わかりました」


 後で隙をみてこっそり抜け出すしかない。

 そしてそれは、案外早く来た。保健室は避難所でもあるらしい。一二年生たちが大勢入ってきた。


「来ましたか。さぁ! 時間はありませんよ。私の指示通りに準備を手伝いなさい!」


 パスダーは生徒たちの中に入っていった。

 それを見たチェイミーはヒソヒソ声で言った。


「二人とも聞いて。それと、あんまり大きな声で驚いたりしないでね?」

「もちろん。それで?」

「心臓の封印場所がわかった」

「えっ! ──いや、ごめん」


 思わず大声を漏らした俺を、チェイミーがきつく睨んだ。俺はすぐに謝って、続きをうながす。


「それで、どこにあるんだ?」

「ちょっと待ってくれ」


 ジャックが手を上げた。


「先生たちの言うとおり、別に後でもよくないか? 心臓を破壊してる間に敵が来たらどうするんだ? 相当強力な結界らしいじゃん。俺たちはともかく、ショートはいないと」

「だからこそ。そもそも私たちがどうして冒険の旅を秘密にしてるか覚えてる?」

「そりゃ内通者がいるからだろ?」

「そう。つまり、敵が攻めてる間に内通者が心臓を取り出して封印を解くかも」

「だったら、信用できる先生に教えよう」

「それも無理。もし内通者とはちあわせになったら? 殺されるかもしれない。絶対に負けないって保証できるのはデルマートくらいだけど、先生がいないと今度は学校が危ない」

「たしかに」

「その点。フェニーチャーはどうせ人前では使えない。だったらショートが行った方が早い」

「オーケー」


 俺はチェイミーに聞く。


「で、どこにあるんだ?」

「そもそも、この学校にあるジェット・アルマスが発見した秘密の部屋なら、私たちはもう全部回ったはず。──……ただ一つを除いて」


 ジャックが指をパチンと鳴らした。


「神に与えられし部屋! 『掟に反逆すべし。力は力の中でしか生きられぬ。戯れにて待つ。その光が目覚めし時』。だろ? まさかそこが?」

「そう。そのとおり」

「けど、だったらゲログンがとっくに気づいてるはずじゃん」

「いや。多分、ゲログンすら知らない場所。ショートのお母さんとお父さんだけの秘密の部屋。だからきっと、神に与えられし部屋って名付けたの。ロマンチックでしょ?」

「けど前はわからなかったのに」

「あのときはヒントがなかったから」

「ヒント? ……鍵は炎ってやつ? けどそれが部屋のことかどうかなんて」

「予言のことをよく思い出して」


 予言。えっとたしか……

 死の理に反した者が蘇るとき

 ついに謎に包まれた部屋の鍵が開く

 ……あっ。


「ね? ぴったりでしょ」

「けどだったら最初から全部教えてくれればいいのに。なんでわざわざヒントなんて回りくどいことを?」

「ショートが内通者に話さないため。仮に炎のことだけなら、気づく人は限りなく少ない」

「たしかに。それで、場所って?」

「掟はルール。掟に反逆するってことはつまり、ルールの逆。力は力の中でしか生きられない、とその光が目覚ましときっていうのは、物と行動を表してるの」

「物、か……。まさか、それが炎?」

「正解。力は炎。光は炎の光。つまり、炎を灯せってこと。炎の中でね。けどもちろん、どこでもいいわけじゃない。戯れにて待つ。これは詳しい場所を表してる。炎と戯って言えば?」


 俺とジャックは同時に手を叩いた。


「ミカエル寮の炎の戯!」

「大正解。あの炎は触れたら爆発するってルールがあるけど、ジャックの話じゃしばらくしたら爆発しなくなったんでしょ? つまり掟に反逆してるっことになる」

「びゃあつまり、あの中に入ってしばらく待ち、爆発しなくなったタイミングで炎を灯せば、心臓を封印した部屋に入れるって?」

「そのとおり。間違いじゃないはず。そして急がないと。ヒントの炎ってのを聞かれてしまった。もしかしたら、もうすでに内通者がいるかもしれない。思い出して、予言を」

「予言……?」

「そう。入れるのはただ一人。それを破れば待っているのは……って続くでしょ。つまり、内通者がすでにいる可能性が高いってこと」


 俺はパスダーを見た。他のみんなに構ってて、俺たちのことなんて見もしない。今がチャンスだ。

 俺たちは保健室から飛び出した。


「俺とチェイミーは戦闘準備。ショートは寮に行け!」

「わかってる!」


 校舎を出て、二人と別れようとしたちょうどそのとき、それは起こった。わずかな振動と地響き。

 学校の周りを、真っ黒でドロドロの液体みたいなオーラが覆う。

 そして、その中から次々と悪魔の大群が現れる。イフリート、エムプーサ、セイレーン、ギガンテス、ブレムミョアエ、ライストリュゴーン族、ミノタウロス、ゴブリン、八咫烏。他にも見たこともないやつらがたくさん。

 この大量の軍団が学校の周りを全部覆ってる。前線では上級生たちが剣や弓を構えて、雄叫びを上げている。

 悪魔軍団の中で、一番偉そうにしていたマンティコアが叫んだ。


「一人残らず殺せ! 行けぇー!」


 うぉぉぉ! と雄叫びを上げて悪魔たちは走り出した。こちらも負けじと叫ぶ。


「絶対に守りぬけ! 一人として死なせるな!」


 やる気は互角。みんなもいっせいに突撃した。

 二つの軍がぶつかった。聞こえて来るのは、剣を打ち合う音、悲鳴、気合いの入った雄叫び。

 光線が飛び交う。誰かが笑った。

 ついに戦争が始まった。


「すぐに終わらせてくる」


 そう言って、寮に走り出した俺を、ジャックが止めた。


「ショート!」


 いつになく真剣な目だ。


「こんなときに言うのは違うかもしれないけど」

「なんだ?」

「予言のこと。赤目の男、激闘の末、命を落とす。俺もチェイミーも死ななかった」

「わからない」

「絶対に死ぬなよ。信じてるからな!」

「オーケー。約束する」


 それだけ言って、俺は寮に走った。

 三ヶ月ぶりのミカエル寮は、やっぱりちっとも変わってなかった。俺の大好きな場所のままだ。

 燃え盛る炎の戯の前に立った。深呼吸して、中に飛び込む。

 全身が爆発する。痛くも熱くもないけど、衝撃だけは響く。そしてそれも、十数秒すれば完全に止まって。


「頼む。フェニーチャー」

『はいはい』


 フェニーチャーが全身を燃やした。炎が光る。

 その瞬間、体がバラバラなった。


◇◇◇


 破裂した体が少しずつ再生して、完全に元通りになって、炎の中から出ると、俺は全く違う場所にいた。

 ドームのような丸いローマ建築で、床のタイルは青と赤。開閉式の窓と望遠鏡、ソファに冷蔵庫。他にもいろいろ、たくさんの道具がある。

 そして部屋の真ん中に、ポツンと立った台。その上に、新聞紙に包まれたソフトボールくらいの、なにかがあった。あれが多分、ケラヴロスの心臓だ。


「ショート・アルマス」


 いさめるような、俺を呼ぶ声が響いた。

 柱の横から、ファイントが姿を現した。

 安心したように言う。


「お前か。どうやらチェイミー・シェイクは気づいていたようだな」

「……なんで先生がここを」


 違う。重要なのはそんなことじゃない。


「俺がジェットとレベッカに教えた場所だからだ」


 重要なのは、ファイントがここにいたこと。つまり、内通者はこいつ──

 心臓に向かって歩き出したファイントに、俺は手を向けた。


「待て。止まれ」


 ファイントは俺をギロリと睨んで、ため息をついた。


「時間がない。お前のくだらん妄想に付き合う気はない」


 止まらず進むファイント。いいだろう。そっちがその気なら。先手必勝だ。


「リフュムーロ!」

反発せよ(レボルツィオーネ)!」


 拒絶壁が跳ね返って、俺がぶっ飛ばされた。その隙に、ファイントが心臓を掴む。


「やめろ! 指一本でも動かしてみろ。そしたら」

「お前が俺に勝てるのか?」

「俺が無理でもフェニーチャーがいふ」

「ずいぶんお疲れのようだが?」


 ギリッと歯をかんだ。たしかに、ケラヴロスやガルクスギルテとの戦いでフェニーチャーはもうほとんど体力が残っていない。


「仮に俺を倒せたとしても、そのあと心臓を破壊することはできるのか?」


 悔しいけどファイントの言うとおりだ。

 ……けど、だからってなにもしないのは違うだろ。考えるんだ。なにか、俺にできることがあるはずだ。

 ファイントがため息をつく。


「わかったら俺の話を聞け。仕方がないから教えてやろう。いいか? 俺は──……おい。その目、まさか」


 目を見開いて、なにか驚いているファイント。

 けど、そんなの今の俺にはどうでもよかった。だって、ちょうど名案が浮かんでたところだ。


「リゼ──」

「よせ! 呼ぶなショート!」

「──フ!」


 バンッと火花が散って、俺の横にリゼフが瞬間移動した。

 ファイントがすばやく攻撃をしかける。けど、


「リフュムーロ!」


 それを俺が弾き飛ばした。さっきの借りはこれで返せた。

 リゼフが静かに呟く。


「なるほど……」


 さすがの状況判断スピードだ。ザッと俺の前にかばうように立って、ファイントを睨んだ。


「よし。やつが心臓を持ってる。あいつが内通者だったんだ。一緒にやるぞ」

「もちろん」


 くるりと振り返って、俺を見た。ファイントが俺の名前を叫ぶ。


「用済みだ。ショート・アルマス」


 なにが起こったのか、一瞬まるでわからなかった。今まで見たこともない、リゼフの刺すような冷たい顔で見られると、リゼフの放った雷撃が胸に当たり、俺は吹き飛ばされた。

 なんだ。なんで俺が今、攻撃を受けたんだ?

 ファイントがいち早く攻撃を放つ。


「リフュムーロ!」


 けど、リゼフはそれを腕を振るだけで弾いた。

 獣のような声を上げて、黒い波動を放つ。


「ディフェクト! ……っ、バカな!」


 ファイントが張ったバリアも簡単に突き破って、ファイントを後ろの壁にクレームができるくらいまで吹き飛ばした。

 ガレキと共に落ちるファイントにダメ押しで青い雷撃を何度も放つ。


「やめろ! リゼフやめろ! 命令だ!」

「そんなもの、聞くわけないでしょう!」


 今度は俺も波動で吹き飛ばされる。

 血だらけで倒れたファイントを見て、リゼフはふっと笑った。


「これで、少なくとも今日中に目が覚めることはない。というより、運が良くなければ死んでいるな」


 ゆっくりと、俺の方に歩く。とりあえず逃げなくちゃいけないことだけはわかる。なのに、体が全く動かない。

 リゼフは俺の首を掴んで持ち上げる。

 めちゃめちゃ苦しい。息ができない。


「なん、で……?」

「なぜ? バカですね。まだわかりませんか?」


 くそ。本当はもう、わかってる。けど、そんなことって。

 入れるのはただ一人

 それを破れば

 待っているのは辛き真実と争いだけ


「リゼフ……。お前が……っ!」

「そうだ。私が、君たちがずっと探していた、内通者だ」


 そう言ったリゼフの顔は、心底楽しそうな笑顔で、おまけに狂っていた。




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