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対峙した男

 俺が目を覚ましたのは、エル・シッドを倒してから三日後のことだった。

 かろうじて目を覚ましただけで、傷は多いし、立つのもやっとって状態だ。

 ジャックとチェイミーは、傷こそひどいけど体力はだいぶ回復したらしい。

 目を覚ましてすぐ、城でクリフのお葬式が行われた。クリフの元家族は、突然の状況を上手く飲みこめてなかったけど、それでもお葬式中はわんわん泣いていた。

 お葬式にはたくさんの国民が来た。皇帝の本性を聞いて、それを倒した英雄に感謝とお祈りをするらしい。

 ニコラスは家族とすっかり縁を結び直したらしい。とくに奥さんとは、見てるこっちが恥ずかしくなるくらいラブラブだ。

 エル・シッドと、その直属の部下は牢屋に入れられた。奴隷を作り、クリフを殺したけど、この国を大きくしたのもあいつだ。まだまだようごするやつは多い。死刑は難しいだろう。って、ニコラスが言っていた。


「嘘だろう!」


 俺たち三人の病室で、ニコラスは大声を上げた。


「お前たちは魔界に行くのか?」

「うん。魔王って知ってる?」

「当然だ。やつの力は地球の反対側まで及んでる。史上最強、最悪の堕天使。思い出しただけでもゾッとする。十年前の戦争で、この国のやつらもやつの手下と戦った」

「その魔王が、今復活しようとしてる。信じられないかもしれないけど本当だ。それを阻止できるのは俺たちだけだ。この……」


 首につけたロザリオを見せる。


「インテッレクトゥスを持った、俺たちだけ」

「正気か? 魔界は悪魔のすみかだ。エル・シッドとは比べ物にならない脅威だぞ」

「とっておきがある」

「それで、俺になにをしてほしい? わざわざ話したんだ。なにかあるんだろ?」


 俺はうなずく。


「ゲートゾーンを開いてほしい」

「魔界へのか?」

「うん。ほんとは日本の方がいいんだろうけど、復活する明確な証拠はないし、そもそも子供三人が魔界に散歩しに行く許可なんてくれない」

「なるほどな。たしかに、この国ならお前たちは大英雄だ。お前らの頼みなら、ゲートゾーンも開いてくれるだろう」

「だったら」

「だが今、お前たちも知ってるだろうが国内は混乱してる。ゲートゾーンを開くのにも時間はかかるしな。最低一週間はかかる」

「十分。ていうか、早すぎるくらいだ。俺たちの傷も体力も、一週間で回復するような軽いもんじゃない」

「もちろん、世界最強の医療技術を提供する。一週間の間に、必ず完治させる」

「ありがとう。なにからなにまで助かる」

「当たり前だ。じゃあ、俺は早速かけあってみるぞ」


 そう言って、ニコラスは駆け足で出て行った。


「俺たちも休もう。体力はできるだけ回復した方がいい。次が本番だ」


 俺はそう言って、ベッドに身を投げた。


◇◇◇


 薄暗い宮殿のような場所で、俺は玉座に腰をかける。目の前にひざまずく手下たち。


「計画はすでに万全です」


 ガルクスギルテが言った。


「やつの報告では、ニュースルクスは未だ自己防衛のみ。それも、我々の暗躍を知っているのは教師陣のほんの一部ということ。楽勝です」


 俺は自分の指を見た。骸骨のような体から、もうずいぶん回復した。しわだらけで乾いてるけど、少なくとも生きた手ではある。

 俺はガルクスゲルテの隣で横たわる三つの死体を見た。ショートとその仲間二人。

 そうだ。全ての計画は順調だった。ショートがここに来ることも予想していた。あとはのこのこやってきたフェニーチャーを使って俺の肉体を完全に復活させるだけ。そのはずだったのに、あろうことかフェニーチャーはショートについた。

 だがまぁ、いいだろう。計画から外れはしたが、予想内ではあった。俺の体はフィロドクスィアがあれば時間をかければいずれ戻る。

 それに、誰も俺の目的を知らない。少なくとも生きているやつらの中では。

 そのとき、ガルクスギルテの横の、ショートがピクリと動いた。殺し損ねていたらしい。

 ショートの右目は青色だった。

 力強く俺を見ているけど、睨んでるわけじゃない。

 ゆっくりと、力なく口を開いた。


「……なだ……っ。に、にぇ……ろ! も……れ」


 俺に言っているのか? 一体なにを?


「ニュースルクスだ……っ!」


 いや違う。俺にじゃない。


「こいつ、の……ね、ね、ね…………は」


 ショートの目がカッと開いた。

 こいつ、まさか……。言わせてはならない!


「し、しん……っ」

「させるか!」


 俺は四方に雷撃を飛ばした。ショートの声を完全にかき消すほどの轟音。チリも残さないくらいの威力。宮殿が衝撃が揺れた。


「こざかしいまねを!」


 怒りに体が震える。なんの力のない子供が、英雄ともてはやされ、まるで俺を超える存在かのように噂されている。ショート・アルマスなど、フェニーチャーの器であって、俺にとってそれ以外の価値はない。虫けら、ゴミも同じだ。そのゴミが、悪あがきをした。俺にたてつき、その計画を壊そうとした。

 あぁ、なんと耐えられないことか。感覚もだいぶ取り戻してきた。どれだけ息を殺しても、俺にはわかる。いるんだろう? 聞いて、見て、感じてるんだろう。ゴミが、俺様の体にまとわりつくな!

 さっき以上の高火力。爆発するみたいに稲妻が走った。

 俺は焼け焦げる寸前で、ケラヴロスから離れた。


「ショート、ショート!」


 ジャックに体を揺さぶられる。


「またうなされてたぜ。同じ夢か?」

「まぁね」

「この一週間ずっとだ。なにかいい情報が得られたのか?」

「全然。間違いなく未来の俺は、今の俺になにかを伝えようとしてるんだけど、声が小さい弱い、震えてるで話にならない」

「じゃあ結局、魔界に行ったあとの手がかりはなしか」


 ジャックがうなだれていると、病室のドアが開いて、チェイミーが三人分の荷物を持って入ってきた。


「もう時間。そろそろ出る」

「オーケー。準備する」


 俺は身支度を整えて、部屋を出た。

 ゲートは城の地下にあって、扉は黒曜石でできて、額は金色だ。ゲートの周りには十人以上もの警備員が張りついている。

 ニコラスが俺たちの前に立った。


「約束どおり、期限は守った。かなりギリギリだったがな」

「サンキュー。治療もばっちりだ」

「それはよかった」

「けどそれより、ずいぶんと大げさだね」

「当然だ。なにかの拍子にゲートが開いたままになったらもう大変だ。一歩先は悪魔の巣だぞ」

「それもそっか」

「同じ理由で、俺たちもいつまでもこのゲートを保存し続けるのは無理だ。かなりねばったんだがな、一ヶ月が限界だった」

「いや十分だ」

「そうか。……こいつを持っとけ」


 一枚の紙を胸に押し付けられる。


「これなに?」

「俺の連絡先だ。全部終わって、たとえお前が日本に帰っても、いずれまた、どこかで会おう」


 俺は言葉に詰まった。少なくとも、予言と予知夢によれば俺は阻止失敗で殺されるらしい。

 あいまいに笑い返して、ニコラスの手を握った。


「じゃあ、いろいろありがとう」

「なに。礼を言うのは俺の方さ」


 扉が開かれる。緑と黒の大気が渦巻いている。俺は一度大きく深呼吸して、ゲートの中に足を踏み入れた。体がとてつもない力で前に引っ張られたかと思うと、次はそれ以上の力で後ろに押される。宇宙の果てまで浮き上がるようにも、血の底までただ落ちていくようにも感じる。体の肉が全部吹き飛ばされそうな圧に耐えること十数秒。

 俺たちは魔界についた。

 魔界は想像以上に不気味で不穏だ。空は全面赤黒い。そこかしこにいやな気配がただよっている。いるだけで気分が悪くなりそうだ。

 とりあえず、このままいればいずれ天使の匂いを嗅ぎ分けて大量の悪魔が来る。

 俺はポケットから、前にもらった香水を取り出して、三人につけた。


「これでとりあえず、見られない限りは大丈夫なはずだ」

「それで」


 ジャックが言った。


「俺たちは今からどこに行くんだ? 全国回ってたんじゃ何年かかっても見つけられないぜ」

「わかってる。けど、予言にも予知夢にもなんの手がかりもない。一体どうすれば……」

「まぁそれに、問題はそれだけじゃない」

「なんだ?」

「さっきのニコラスへの返事。それに、予言や予知夢でのお前。いや、俺たち」


 無意識のうちに拳を握る。わかってる。このまま予知夢のとおり順当に行けば、三人とも死ぬ。


「予知夢に束縛力はないから、まだ全然変えられる。けど予言は? 赤目の男、激戦の末、命を落とす。だ」

「……ジャックはどう思う?」

「予言には束縛力がある。変えるのは無理かも。けど、死ぬのがお前かどうかはわからない。エル・シッドととの戦いも、結局はクリフだった。それなら」

「そうかも。けど、あんまり考えても仕方ない。誰が死ぬかなんてわからないし。……ただ、一つだけ決めてる。俺はあいつの復活を絶対に阻止してみせる。たとえ、死んだとしても。それでも、ついてくる?」


 ジャックはニッと笑った。


「もちろん」


 チェイミーもうなずく。


「私も」


 俺は言った。


「じゃあとりあえず、隠れる場所を探そう」


 魔界は天界や人間界に比べてかなり田舎だけど、全くなにもないわけじゃない。

 俺たちは近くの倉庫に隠れて、作戦会議を始めた。


「やっぱり思うんだけど」


 チェイミーが言った。


「どこにいるかって言ったら、日本の可能性が一番高い」

「まぁたしかに。あいつにとってもホームグラウンドみたいなもんだしな」

「ただ、それ以上がどうしてもしぼれない。フェニーチャーは知らないの?」


 フェニーチャーはすぐに『知らねぇ』と答えた。


「知らないって」

「仲間を募るなら、比較的悪魔の多い場所にいるはずだし。逆に敵に場所を悟られたくないなら、悪魔の少ない場所にいるはず」


 そこまで言って、チェイミーが一瞬目をそらした。確実になにか隠してる。


「なにか思いついたのか?」

「いや……けど、かなり無茶よ?」

「いいよ。チェイミーの作戦はいつも成功するし、俺たちが成功させる」

「少なくとも、ニュースルクスに襲撃をしてこようと計画することがあるくらいだから、それなりに手下はいるはずでしょ?」

「まぁ、ブルルスグルフのゴブリン軍団だけであの数だしね」

「だから、例えば手下を尾行すれば、ケラヴロスの元にたどり着けるでしょ?」

「おいおい」


 ジャックが言った。


「そんなの、結局あいつらが大まかでもどの辺にいるかわからないと成立しないぜ?」


 チェイミーが俺を気まずそうにチラリと見て答える。


「その点も一応考えてるけど……。いや、そう。絶対ダメ。どの辺かわからないと。だから、ジャックの言うとおり」

「いや、多分チェイミーはこう考えてるんだろ?」


 俺は言った。


「日本にさえつけば、俺が香水の効力を消して、囮になる。手下も俺を捕まえたら、どんだけ暴行しても必ず、最終的にはケラヴロスの場所に連れて行くはずだ」

「はぁ!?」


 ジャックが大声を上げた。


「そんなのダメに決まってるって。大体、そんなことしたらそれこそ予知夢や予言のとおりになるかもしれない。それに、香水の効果を消したら、やつの手下以外も大量に悪魔がよってくるんだぜ?」

「わかってる」

「仮に最初に手下が現れたとしても、どんなことされるかわかったもんじゃない」

「けど、それが一番確実だ。白凰ならやつらがどんなに速くても追いつけるし、仮に瞬間移動しても、契約を結んでる以上追跡は可能だ」

「相手の狙いはお前だぞ? ていうか、お前しかいない。そのお前が、囮になるのか?」

「それしか方法はない。ここから飛んで日本に向かうのだって、悪魔に見つからないようにするなら相当時間がかかる。香水の匂いを消して、手下が俺を捕まえて、ケラヴロスの元まで連れるのにどれだけ時間がかかるかわからない。時間はないんだ。ケラヴロスはこうしてる間にも復活してる!」

「冷静になれって。そうやって三人で乗りこんだ結果、予知夢では三人とも死んでるんだぞ」

「それは……」

「行くならせめて、それを絶対なんとかできるくらいの策がなきゃダメだ。お前は死んでも阻止するって言ってたけどな、俺からすればお前を死ぬのを死んでも阻止するってくらいの感じだ」


 ジャックの鋭い目が俺を射抜く。

 たしかに、チェイミーや俺が考えた作戦はかなり無茶だ。たとえばジャックやチェイミーが囮になるなんて言い出したら、俺もジャックと同じで止めたに違いない。

 けど、ほかに方法がないのも事実だ。

 なにかあるはずだ。絶対になにか。

 そもそも、あの宮殿で倒れていたのは俺、ジャック、チェイミーの三人。一週間ずっと一緒だった。なら、仮に三人じゃなかったら回避できる? いや、ずっと俺一人で戦うのは、いくらフェニーチャーがいても無茶だ。三人集まるのは必須。

 ていうか、どんな策を思いついたって、それで予知夢を回避できるかどうかは誰にもわからない。

 俺たち三人は、ケラヴロスの目の前でやられて終わり? いや、少なくとも俺は生きてた。けど、目の色が青色だったし、フェニーチャーはいない?

 いや、そもそも…………

 

「ある。絶対じゃないけど、それでも一番確実な作戦が」

「なんだよ」

「わざと捕まるんだ。予知夢が変えられないなら、それ以外を変えればいい」

「まさか。やられたフリをするってことか?」

「そう。少なくともケラヴロスは俺を殺したつもりってだけで、なにか証拠があるわけじゃなかった。二人も目をつぶってじっとしとくだけでいい」


 ジャックはアゴに手を当てて考える。


「いや、そっか……。なぁチェイミー」


 ジャックは自分のバッグをあさりながら言った。


「カラコン持ってる? ショートと同じ青色の」

「それはさすがに」

「じゃあ普通のコンタクトは?」

「それなら一応。細かい本を読むときたまにつけるの」

「オーケー。俺も工具箱は持ってきてるし、一週間あればカラコンぐらい作れる」

「そうね。カラコンならたしかに、幻術よりも確実。問題は、その死んだふりが通用するかどうか」

「それなら俺がやろう」


 当然俺から主導権を奪って、フェニーチャーが言った。


「お前らの生命力をギリギリまで奪って、仮死状態にしてやる」

「いいじゃん。それで、そのあとは?」

「予知夢であった敵の本当の狙いとやらを聞いてから、そのあとは俺が適当に暴れて敵を拡散する」


 フェニーチャーの意識が消えて、主導権が俺に変わる。

 俺たちは倉庫から出て、口笛を吹いた。四羽の白凰が飛んでくる。


「こんなところに呼んでごめん」

「いえいえ。我々はあなたの僕。どこへでも!」

「それじゃあ、日本まで飛んでくる。悪魔に見つからないようにしないといけないから、時間はどれだけかかってもいい」

「了解。もちろんです!」


 それから、八日間かけた空の旅が始まった。

 地上の上にも海の上にも悪魔は大量にいる。香水のおかげで簡単に居場所はバレたりしないけど、見られたら終わりだ。何回か気づかれて、戦うはめになった。おまけに、魔界だと香水の効果が切れるのが早すぎる。繰り返し使った結果、もうほとんどなくなってしまった。

 場所は東京。話し合いの結果、とりあえず都市の方がいそうってことでここになった。

 人間界ほどじゃないけど、ビルに囲まれた街で意外と発展していた。

 とうとう作戦開始だ。二人は近くの物陰に隠れて、俺は香水の効果が切れるのを待つ。

 数分間じっとしていると、すぐに何体もの悪魔がよってきた。


「あらあら」


 エムプーサが一歩前に出て言った。


「天使がこんなところでなにをしてるのかしら?」

「さぁね。あんた名前は?」

「ローズよ」

「そっか。じゃあローズ。お前たちはケラヴロスの手下か?」

「まさか。バカ言わないで! たしかにあの男は魅力的だったわ。十年前まではね。けど今は最悪よ。堕天使だけじゃなく、最悪の手段を使い始めたからね」

「最悪の手段?」

「あら。これ以上は話さないわよ。どうせあなたは私の手によって死ぬんだから」


 ローズの合図で、何十体という悪魔がいっせいに襲いかかる。

 ある意味、インテッレクトゥスの使い勝手を確かめる絶好の機会だ。俺は剣を構えた。

 天界に初めて来たときの俺とは違う。もう何倍も強くなった。剣の性能も合わさって、一振りで悪魔を何体も吹き飛ばす。

 それでも、ずっとぶっ通しで戦えばさすがに疲れてくる。

 息も上がって、体が重い。敵の攻撃が頬をかすめる。

 フェニーチャーが声を上げた。


『連中だ。来たぞ!』


 俺を囲っていた悪魔たちにいくつもの雷撃が直撃して、灰になって消える。

 ローズが叫んだ。


「誰のしわざだ! こいつは私らの獲物だ!」

「黙れ!」


 雷撃がなおも激しく降り注ぐ。


「そいつの名はショート・アルマス!」


 悪魔たちがざわつきだす。「あのジェット・アルマスの息子だと!」なんて言って、興奮している。


「そいつはケラヴロス様の獲物。手を出すと言うのならもろとも潰してやる」


 その声に合わせるようにケラヴロスの手下たちが雄叫びを上げた。

 俺を囲っていた悪魔たちが、舌打ちをしながらしぶしぶって感じで道をあける。

 そのおかげで、今まで声を出していた悪魔の姿がようやく見えた。

 背筋に寒気が走って、目をつぶりたくなった。人型ですらない。めちゃめちゃ気味の悪い姿だ。

 毒蛇の頭。ライオンの上半身。ワシの下半身。サソリの尻尾。


「お前は? 俺のことはみんな知ってるのに、俺はそっちのことなにも知らないなんて不公平だろ」


 その悪魔はおかしそうに笑った。


「なるほど。態度がでかいな」

「当然だ。こっちはブルルスグルフも倒した。もうお前らに、あいつより強いやつはいないはずだ」

「たしかに。だが、将軍一人倒すのと、俺たち悪魔の大群を倒すの、どっちが大変かな」

「さあ? 試してみる?」

「いいだろう。そして名乗ろう。俺は悪魔ムシュフシュのフォンテス。ガルクスギルテ様が右腕。……殺せ!」


 フォンテスの部下たちがいっせいに飛びかかる。

 さっきまでの悪魔よりも凶暴で、野蛮だ。イフリート、エムプーサ、ブレムミョアエ、ライストリュゴーン族、ラミア。

 降り注ぐ雷撃をかわしながら、とにかく剣を必死に振る。

 このまま戦い続ければ、俺はいずれ捕まる。それなら今のうちにできるだけ多くの敵を倒していた方がいいに決まってる。

 フォンテスの怒号が響き渡った。


「どけ!」


 悪魔たちは下がって、反対にフォンテスが一歩前に出る。


「一対一だ」

「別にいいけど。あんたは大丈夫? そんな手じゃ剣も持てないだろ」

「なめるなよ!」


 フォンテスが尻尾の先から雷撃を放つ。

 信じられない。防いだ剣が一々弾かれそうになる。単純な威力だけならブルルスグルフよりも上だ。


「体術含めた総合的な戦闘能力では、将軍様の方が圧倒的に上だ。だが、雷撃。この一点のみにおいては、俺の方が強い!」


 攻撃はさらに激しくなる。まずい。この剣も、近づかなきゃ意味がない。けど、これ以上近づくと一方的にやられる。できればこいつとは相打ちで終わらせたい。

 俺は手を向けた。


「リフュムーロ!」


 フォンテスは突然の反撃に反応できない。後ろにすっ飛んだ。

 チャンスだ。

 俺は無防備に倒れたままフォンテスに突っ込む。


『待て!』


 フェニーチャーが叫んだときにはもう遅かった。ていうか、もう少し早く言ってほしかった。

 フォンテスまであと少しというところで、足が止まる。体が震えて熱い。喉は焼けるように痛い。目が痒い。まぶたが重い。呼吸すらまともにできない。

 膝をついた俺を、立ち上がったフォンテスが見下す。


「俺の吐く息は猛毒だ。せいぜい吸わないように気をつけろ。と言っても、少し遅かったか?」


 フォンテスの憎たらしく笑った顔を見ながら、俺は意識を失った。


◇◇◇


 目が覚めたのはいつだろう。そもそも、空は日中薄暗くて、いつ昼でいつ夜なのかわからない。何日経ったのかわからないけど、食欲はわかない。少なくとも、今この状況でなにか食べたいって思うほど俺はマヌケじゃない。

 手を後ろで縛られて、目の前のイスにはガルクスギルテがいる。ここは多分、宮殿の中。こいつ専用の部屋だ。


「ようやく目が覚めたか」


 夢でもう何度も聞いた声。例えるなら、そう。ブルドーザーだ。重くて、低くて、荒々しい。ブルルスグルフは金属音のように鋭く、刺すみたいな声だったのに対して、こっちは鈍器で殴るような声だ。


「ランツェア・ヴート・ガルクスギルテ」

「ほう。俺の名前を。しかもフルネーム。フェニーチャーか?」

「まぁね」

「ふふふっ。だが残念だ」

「残念? なにが? 顔?」


 ガルクスギルテが俺を突然蹴り上げて、俺は後ろの壁に叩きつけられた。


「貴様ごときが私の名を口にしたことが、だ」

「……だったらあだ名で呼ぼうか? ケラヴロスが大好きなガルちゃんって」


 ガルクスギルテは棍棒を拾って振った。直撃したイスの破片がふっ飛ぶ。


「貴様があの方の名を口にするか! そして、ガルちゃんだと? よほど死にたいらしい」

「死にたいのはそっちだろ。俺はブルルスグルフも倒した。お前じゃ勝てない」

「なるほど。たしかに将軍は強かった。だが、縄に縛られた状態でなにができる?」

「そうだな。例えば引きちぎるなんてどう?」

「残念だな。その縄は貴様ごときでは破れんし、どんな炎でも燃えない。無駄だ」

「あいにく無駄って言葉は嫌いだし信じてないんだ。ちょっとしたトラウマで。絶対勝つし、復活は完璧に阻止する」

「良い心持ちだ。だが貴様らじゃどうあがいても勝てない。信じがたいだろうが、悲しい現実だ」

「痛い妄想だろ。お前たちの」


 ガルクスギルテはふっと一蹴する。


「ならばいいだろう。一つ現実を見せてやる。お前がフォンテスに捕まえられて、今何日経ったと思う?」

「さぁね」

「三日だ! そして、その三日の間にうるさいネズミが二匹、ここに潜り込んできた」


 俺の横の扉が開く。ガルクスギルテの一回りくらい小さなミノタウロス二人が連れてきたのは、ジャックとチェイミーだった。二人とも俺と同じで手を後ろで縛られて、プラスに口も縄で塞がれてる。しかも、顔中傷とあざだらけだ。

 本気で抵抗した。誰もが一目見てそう思うはずだ。つまり、計画どおり。


「貴様が目を覚ましたら、あの方の元に連れて行くことになっている」


 ガルクスギルテは俺の胸ぐらを掴んで、いやな笑顔を浮かべた。


「お友達と一緒にな」


 部屋を出て、長い廊下を渡り、階段を登って連れて行かれた先は、夢で見た部屋と同じ。

 扉を開けると、一番先の玉座までレッドカーペットが続いていて、それにケラヴロスは腰かけている。レッドカーペットの両脇に手下の悪魔たちが片膝ついてお辞儀をしている(きはい? とか言うらしい)。

 けど、そんなことはどうでもいい。

 初めて見た。本物のケラヴロスだ。鼻目立ちははっきりしてて、髪は短い。緑色に光る突き刺すような目。こいつの周りには、常に文字通り火花が散っている。

 悔しいけど、俺の顔と似てないこともない。

 ていうか、どこかで見たことがあるような気がする。初めてなのに、初めてじゃない感じ。今まで何度か予知夢で乗り移ってたから?


「はじめまして」


 ケラヴロスが俺を見てニヤリと笑った。


「と言っても、初めて会った気はしないな」


 背筋が凍る。雷鳴が轟くような声だ。


「そうだな。お前は俺のお父さんにボコボコにされたんだもんな。その顔を忘れるわけない」

「挑発が上手いな小僧!」

「挑発? 本当のことだろ。そうやって、お父さんへの憎しみを俺で晴らそうとしてる。弱虫のやることだ!」


 ケラヴロスが高らかと笑った。一言発するたびに、体の周りの雷が爆発する。


「ふざけるな!」


 ケラヴロスの怒号と共に、部屋が揺れる。


「私がお前で恨みを? 興味があると思うか。親のコネで英雄ともてはやされているだけの子供に! お前の生死など、私の栄光になんの影響もない」

「だったら認識を改めた方がいい。お前はその子供に復活を阻止される。お前に栄光なんてない。これまでも、これからも。死ぬのはお前だ! お父さんのやり残したことは、俺がつぐ!」

「お前が私を? ならば来てみろ。ショート・アルマス!」


 俺の腕の縄が解けた。


「俺の縄を解いたことを後悔しろ。ジェイソン!」


 ケラヴロスが笑いながら両手を広げた。今までの雷撃とは比べ物にならない、深紫色の雷が部屋中を襲った。火花を散らせながら、全方位から俺を攻撃する。

 俺はすぐに剣を抜いて、雷を弾く。信じられない威力だ。一発一発が俺を殺すのに十分すぎる。全力で振ってるのに、むしろ俺の方が押されてる。


「どうした! 私に攻撃しないのか?」

「リフュムーロ!」

「弱い!」


 ありえない。俺のこうしんの一撃を触れる前に叩き落とした。

 こんな猛攻の中で、やっと撃てた一発だったのに。雷はどんどん激しくなる。もう次は撃てないぞ。


「このまま私に殺されるか? まさか。フェニーチャーは使わないのか?」

「必要ない!」


 俺は意識を力に集中させた。

 初めてだけど上手くいった。やつの雷の主導権を奪い、体の周りにまとって盾にした。雷が互いに打ち消しあう。

 そのまま俺はケラヴロスに突っ込んだ。


「ガルクスギルテ!」


 ケラヴロスの声でガルクスギルテが俺の前に立ち塞がった。

 俺の剣を棍棒で受け止める。足を踏ん張ってなきゃ飛ばされてたくらいの衝撃波。

 ケラヴロスが笑う。


「中々いい。だが、私には届かなかったなぁ!」

「弱虫め! 自分で戦え!」

「黙れ!」


 そう叫んだのは、ケラヴロスじゃなくてガルクスギルテだった。


「貴様ごときが、ケラヴロス様を語るな!」


 棍棒で腹を殴り飛ばされる。剣で防いだのに威力を消せなかった。

 ガルクスギルテはかんかんに怒っている。完全に俺を殺してやるって目だ。


「早くフェニーチャーを出せ」


 ケラヴロスが言った。


「でなくては、ガルクスギルテがお前を殺してしまうだろう」

「誰が!」


 俺は叫ぶ。


「お前の狙いはフェニーチャーだろ。ブルルスグルフを学校に送り込んだときからずっと、それが本当の目的だった。そうやって、復活しようしてる」

「本当の目的か……」

「なんだ?」

「本当の目的というなら、私はすでに達成している。お前が今ここにいること。それだけだ!」

「どういうことだ! 答えろ!」

「デルマートさえニュースルクスに残しておけば、私が攻め込まないと、そう思ったか? 私が、あのデルマートに恐れていると」

「デルマートはお父さんよりも強かった。最強の天使のはずだ」

「老ぼれに興味はない。私は心臓を取り返せればそれでいい」

「心臓?」


 ケラヴロスは、ガルクスギルテを呼んで言った。


「このガキと少し話をする。下がれ」

「承知しました」


 ガルクスギルテが元の場所に戻る。


「お前の父親にやられたとき、私は自分の体の心臓をぶんりした。心臓が生きている限り、どれだけ体が傷つこうが私は死なない」

「そんなの……許されるわけがない!」

「バカな天使でも皆そう言う! 死に反する行為だと。許されざる、禁断の天術だと! お前もそうか!」

「あたりまえだ」

「なぜだ? 誰だって自分の命が惜しい。限りある命ではなく、永遠に続く命で、この世界を思うままに生きたいと願う。当然のことだ! だがそれを、愚かな天使どもは許さなかった。お前の母親がそうだ!」

「俺の、お母さん?」

「そうだ。俺の体はボロボロになった。醜い姿になった。だが心臓は生きている。いつでも復活できるはずだった! それをバカな妹が止めた。レベッカは自分の力では心臓を破壊できないことを悟ると、それを封印した。そのせいで十年間、心臓は機能を停止し続けている。私の体は元には戻らず、心臓を手に入れることもできなかった。やつは封印した心臓をとある場所に隠した」

「まさか、それがニュースルクス?」

「そうだ! やつはニュースルクスの、ジェット・アルマスと共に発見した部屋に隠した。わかるか? お前こそが一番の邪魔だった。お前とフェニーチャーがな」

「なにが……」

「予知夢。支配元素。最強の悪魔。お前はなに一つ扱えないが、持っているものだけは立派だ」

「なにを言ってる!」

「お前は自分の秘密を知らない」

「俺の秘密?」

「そうだ。だがそれを話すつもりはない。ただではな」

「ただでは?」

「俺がなんのために自分の目的をペラペラ話したと思う。一度しか聞かないぞショート・アルマス。今までの非礼は全て許してやろう。私の仲間になれ。なに、手下じゃない。対等な、仲間だ。私とともにこの世界を好きにできる。永遠の命を手に入れることができる!」

「そんなの飲むわけないだろ」

「本当にそうか? 今までつらい経験はなかったか? 聞いたぞ。人間界では義家族に散々な目に合わされたらしいな。天界では、勝手に期待された挙句失望され、バカにされてきた。だが永遠の命を手に入れ、この世界を好きに生きれたら? つらいことなどなにもない。豊かに暮らせる。好きな者と、好きなだけ。お友達と一緒に。栄光を手に、自由に。悪い話じゃないはずだ! 私と来い」


 そう言われて考えてみた。

 俺の大好きな人たちだけで、自由に豊かに暮らせる。それも一生。すごい力を手に入れて、なにもかも思いのまま。悪くない。ていうか……最高だ!


「たしかに。最高だ」

「ならばフェニーチャーをよこせ。そして俺の仲間に──」

「その願いは俺が勝手に叶えるとするよ。限りある命の中で。お前を倒して平和になった世界でな!」

「交渉決裂だな」


 ケラヴロスが雷を飛ばす。


「フェニーチャー!」


 右手が燃えて、意識がフェニーチャーに代わった。

 強力な雷の攻撃も、今度はさっきみたく簡単に苦戦したりなんかしない。火球を飛ばして雷を弾く。

 フェニーチャーはジャックとチェイミーも見る。二人とも俺を見てうなずいている。


『わかってるなフェニーチャー。作戦実行だ』

「当然」


 炎が巻き上がって、俺たちだけを三人を囲った。


「お前らの生命力を一時的に吸い取る。仮死状態みたいなもんだ」


 フェニーチャーが二人に触れると、青色の天啓がみるみるうちに、俺たちに流れ込んでくる。反対に二人は、力がなくなって倒れた。

 ちょうどそのとき、雷が炎の盾を破った。

 ケラヴロスはさっきまでのいやな笑顔じゃない。俺を、いやフェニーチャーを睨んでいる。睨みながら、心の底から嬉しそうに笑っている。見てるだけで逃げ出したくなるような、怖くて狂った顔だ。


「フェニーチャー。天使に協力してどうする? お前は悪魔の王だろう」

「お前が嫌いだ。答えはそれで十分」


 互いに雄叫びを上げて攻撃──ケラヴロスは雷の柱、フェニーチャーは炎の柱──を放った。

 その隙に俺はポケットからコンタクトを取り出した。

 二人の攻撃は拮抗してるように見えるけど、わずかにフェニーチャーが押されていく。少しずつ、雷の柱が俺たちに近づいてくる。


「爆発の瞬間だ。一発限り。忘れんなよ!」


 俺は心中で答える。


『もちろん!』


 雷が炎を完全に突き破って俺たちを襲う。

 体に直撃するその寸前を狙った。持てる力を全て使って、フェニーチャーは攻撃を弾く。衝撃で大爆発。爆煙に囲まれて、誰も俺を見えない。俺は急いでコンタクトを目につけて倒れた。

 爆煙が晴れる。

 ガルクスギルテが俺の横に膝をついて、瞳の色を見た。


「どうやら、フェニーチャーは死んだようです。もちろんショート・アルマスも、他二人も、正気は見られません」


 ケラヴロスはふんっと笑った。


「反乱するとはな。だがいい。所詮は復活を早めるための手段でしかない」

「計画はすでに万全です」


 ガルクスギルテが言った。


「やつの報告では、ニュースルクスは未だ自己防衛のみ。それも、我々の暗躍を知っているのは教師陣のほんの一部ということ。楽勝です」


 夢で見た光景と全く同じ。そしてここからが、全く違う道だ。


「ならば行くか。ニュースルクスを落とし、私は完全に復活する。心臓の場所の目星もついている」


 よし。みんな俺たちが死んだと思いこんでる。

 まだだ。落ち着け。今戦っても、ケラヴロスに剣は届かない。ガルクスギルテとケラヴロスを同時に相手はできない。やるなら一人ずつだ。

 ガルクスギルテが立ち上がった。まだだ。

 俺のそばを離れる。まだだ。


「この三人はどうしますか?」

「捨てておけ」


 手下が三人、俺たちのそばに来た。まだだ。

 俺の腕を掴む。もう少し。

 ケラヴロスとガルクスギルテはもう別の話を始めてる。多分、ニュースルクスを攻め込む作戦だ。

 二人の警戒が、完全に、止んで……──今だ!

 剣を構える。右手が燃える。

 まずは俺を掴んでいるやつを切る。次はジャックを掴んでるやつ。

 ケラヴロスがすぐに雷を飛ばした。フェニーチャーが炎の柱を放って弾く。

 最後の一人が、チェイミーを離して俺に襲いかかってきた。軽くかわして切る。

 俺はジャックとチェイミーの体を掴む。意識を力に集中させる。部屋が揺れる。どこでもいい。できるだけ離れてて、宮殿内の、簡単には見つからないところに。

 ワープする直前、ガルクスギルテの怒り狂った雄叫びが耳に響いた。




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