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選ばれた男

 地下牢に入れられて、もう何時間経った?

 外はとっくに朝のはずだ。

 武器も取り上げられないまま、俺たちは牢屋に閉じ込められた。分厚い石の壁に覆われた部屋で、人一人通れるぐらいの小さな鋼鉄の扉が一つついてるだけだ。

 ここにいるのは俺たち三人だけだけど、多分、すでにニコラスたちも捕まってる。それもそうだ。俺たちが失敗したんだから。


「孝政さんの家でやったみたく、マルリロスで脱出できないのか?」


 チェイミーは首を横に振った。


「それは無理。だって、少なくともマルリロスが外に出るための隙間が必要だし、鍵がどこにあるかもわからない」

「それに」


 ジャックが言った。


「仮に外に出れたとして、あの皇帝のとこまでどうやって行く? 今度は囮はいない。俺たち三人だけじゃ、警備を抜けられないぞ」

「それは……」

「それならあるわ」


 俺もジャックもチェイミーに注目する。


「もちろん、百%ってわけじゃないけど」

「それでもいい。どうするんだ?」

「皇帝の部屋の最上階。大きな窓ガラスが四方にあったでしょう? だから、城の外から空を飛んで襲撃、なら一気に皇帝の場所に行けるかもしれない」


 最後に「どうやって脱出するか、が問題だけど……」と静かに呟いて、俺たちの空気はさらに重くなった。

 今回の突入が上手くいったのは、ジャックとチェイミーのおかげだ。ジャックはいろんな才能を持ってるし、作った道具は最高の出来だ。チェイミーはとにかく頭がいい。なんでも最高の作戦を考えつく。

 じゃあ俺は? エル・シッドに挑んで、無様に負けただけ。神の子で、この冒険の旅のリーダーの俺が、なんの役にも立ってない。そんなの、許されるわけがない。

 ジャックもチェイミーも、脱出はお手上げだ。だったら俺の出番のはずだ。俺だけにしかできないことで、少しくらい役に立つべきだ。

 二人を死なせないって誓ったなら、もっとやれることを探すんだ。

 俺の得意なことってなんだ? 剣? 天術? 鳥を自由自在に操れる? いやもっと、他に……


「あっ!」


 俺が声を上げると、ジャックが怪訝そうな顔で俺を見た。


「なんだ?」

「俺の不思議な力、パート(ツー)だ」

「パート二? なんだそれ」

「ショートワープだ」

「悪い。意味がわからない」

「昔から──ていうか、天界に来てからはなぜかなくなったけど、前はショートワープができたんだ。もちろん、自分で意識してやれたわけじゃなくて、いつのまにか勝手に。それも迷惑な場所に、だけど」

「それで、その今はできなくなったランダムショートワープでここから三人、脱出できるって?」

「まぁ、もちろん無理だ。けど、考えてみたんだ。天使やそのペットたちは瞬間移動することができる。けど、あれってすごく高度だろ? おまけに火花が散る」

「たしかに。失敗したら全身黒焦げだしな」

「そうなんだ。けど、俺は現に、黒焦げになってない。そもそも、俺がショートワープしたときは火花なんて散らない。つまり、みんなとはもっと違う力だったんだ」

「違う力?」

「思い出せって。俺の支配元素はなんだ?」

「そりゃ、空間だろ? だからって……あっ」

「そうだ! 俺は空間を支配できる。だから、例えば俺の力の領域内で、自分の体をワープさせることも可能だったんだ」

「そうか。ランダムだったのは、お前が支配元素を扱えないから。天界に来てできなくなったのは、天使の力が目覚めて、力がより強く抑圧されたから」

「そういうこと。もちろん、絶対上手くいくわけじゃないけど、これにかけるしかない。どう?」


 二人は笑ってうなずいた。


「もちろんのった」

「よし。じゃあ二人とも俺に捕まってくれ。ここから一番近い城の外に出てみる」


 二人が俺の肩に手を置いた。


「じゃあ、いくぞ」


 俺は意識を力に集中させた。もっと、もっとだ。

 空間が激しく揺れ動く。

 今まで、俺の支配領域はただの円だった。けど今回は、その領域を楕円状にして伸ばす。限界まで伸ばしきったら、あとはワープするだけだ。

 頭の中で何度も念じる。動け。

 けどこれじゃあだめだ。まるで動く気配はない。おまけに体中が裂けるような痛みに襲われる。時間もない。

 なにかもっとコツがあるはずだ。考えてる暇はない。直感だ。将棋、もしくはチェスだ。そのコマのイメージ。先端をつままれて、好きなところに置く。

 頭を引っ張られるような感覚がして、気づいたら青空の下だった。やった。成功したんだ。城の外に出た。

 そしてチェイミーの悲鳴で気がついた。俺たちは今、何十メートルもあるところから、地面に向かって落下中。

 思いっきり口笛を吹いた。横からかっさらうように、ヘルェル、ジェイド、イヴが俺たち三人をそれぞれ体に乗せてすくい上げた。

 ジャックが歓声を上げた。チェイミーは俺を見る。


「さすが! ……でも、大丈夫? 体」

「まぁね。けど、ドラゴンシャドー持ってない?」


 俺はチェイミーからドラゴンシャドーを受け取って、夢中にかぶりついて飲み込んだ。

 体に元気が戻る。相変わらずすごい効き目だ。


「けどまだ問題はあるぜ!」


 ジャックが言った。


「どうやってあの皇帝を倒す?」

「さっきは俺一人だった! けど今回は違う」

「三人と……三羽で戦うのか?」

「いや。三人と──」


 口笛を鳴らす。ワン、ツー、スリー。いろんなサイズの、大量の白凰が現れる。


「──たくさん羽。それから、ケルとマルリロスも一緒にだ」

「なるほど。悪くないじゃん」


 俺はヘルェルを叩いた。


「エル・シッドの場所まで。みんな行くぞ!」


 俺がその指示を出してから約十秒後。俺たちはエル・シッドの部屋の窓ガラスを突き破って、やつに突撃した。

 俺、ジャック、チェイミーの順でいっせいに切りかかる。エル・シッドはとっさに剣を抜いて、完璧に防いだ。

 今度は白凰たちがいっせいに波動を吐く。けど、これにもさすがの対応だ。部屋中に雷撃を放って、波動を相殺するどころか、俺たち全員を攻撃してきた。白凰も負けない。それぞれが最速のスピードで飛び回って、器用に避けながら攻撃を続ける。

 俺たち三人も、連続して何度も切りかかる。

 俺たちの猛攻を剣で防ぎながら、雷撃を飛ばし続ける。しかも、まだまだ余裕いっぱいって感じの顔だ。


「アリオン!」


 アリオンが火花を散らして現れる。俺もすかさず叫んだ。


「シメオン!」


 エル・シッドがアリオンに乗る寸前で、波動がアリオンを吹き飛ばした。そうしてそのまま、吹き飛ばされたアリオンをシメオン率いる十数羽の白凰が襲う。


「やるじゃないかショート・アルマス! さすがはジェットの息子だ!」


 エル・シッドは目を見開いて、心から楽しそうに笑う。その表情がさらに不気味で、迫力がある。

 エル・シッドが雄叫びを上げると、部屋の中でいくつかの水柱が立った。噴き出した水は、渦を巻いて白凰たちに襲いかかる。俺は意識を力に集中させた。無理やり押しつぶすように、水柱を消し去る。空間の揺れで、雷撃もまともに飛ばなくなった。


「今だ!」


 白凰たちはいっせいに波動を吐き、俺たちは天術を放つ。

 俺たちの攻撃を全て切り裂き、壁で防ぎながら、エル・シッドは高らかと笑う。


「支配元素か! 長くは持つまい」

「黙れ!」


 剣を右に持ち、フェニーチャーの無数の火球を左手で放つ。

 さすが少し効いたのか、爆発してすっ飛んだ。燃えながら後ろに転がる。俺も力が限界だった。暴走を抑える。

 エル・シッドは水を出して自分の体の炎を消し、ゆっくり立ち上がった。その顔は未だ余裕。


「大した威力だ。お前の支配元素は炎か? だがわからない。あの空間の激しい揺れはなんだ? お前の支配元素はなんなんだ?」

「お前に教えるつもりも、必要もない!」

「それもそうだな。なら、俺が教えてやろう」


 エル・シッドが両腕をスッと上げると、その後ろから太いつるが二本生えてきた。まるで生きてるみたいに、くねくね動いて、どんどん太くなっていく。


「俺の支配元素は草木。自然だ」


 腕を払うと、どこからともなくつるが生えて、ヘルェルを含めた全ての白凰を縛り上げた。

 俺も支配元素で対抗しようとしたけど、さらに強い力で押し返されてなにもできない。

 そんな俺をエル・シッドはささら笑う。


「無駄だ。同じ支配元素なら強い方が勝つ。暴走させるばかりでまともに扱えないような力じゃ俺には勝てない!」

「だったら!」


 俺の右手が燃え上がる。勝手に手を上に向けて、火球を放つ。火球は上空で爆発し、花火のように細かく散る。その全てが白凰に直撃し、つるを燃やした。

 ナイスだ。白凰には鬼道系の攻撃はほとんど効かない。炎が当たってもへっちゃらだ。


「なるほど。これまた白凰を燃やさない絶妙な火力だ」


 そのとき、ドンッという衝撃音が響いて、傷だらけのアリオンがエル・シッドの横を通り過ぎ、壁に叩きつけられた。

 倒れたまま動かない。


「アリオンがやられたか。まぁ、白凰相手じゃ無理もない。そしてそれを操る、前代未聞の天使」


 エル・シッドは突然、剣をただの指輪に戻した。


「なんのつもりだ」

「敬意を表すのさ。ショート・アルマス。お前は強いからな」


 エル・シッドが胸のボタンを開ける。今まで気づかなかったけど、中にネックレスをつけていたらしい。ゆっくり外して、それを俺たちに見せた。


「俺の愛剣。そして宝だ」


 俺は言葉を失った。

 その、十字架の、剣に変化するロザリオは、俺が母さんから一瞬だけもらったものだったからだ。初めて天界に来て、イフリートとエムプーサを倒すために使った剣と全く同じだ。金色で、十字の真ん中に青い宝石。


「日本語で知性を意味する剣。そうだ! この剣の名はインテッレクトゥス。かつてミカエルが使用した、天界の五つの秘宝の一つ。世界最強の剣だ!」


 ロザリオが金色に光って、みるみるうちに形を変える。白金色で刃渡り約一メートル二十のロングソード。グリップは荒々しく燃える炎の紋章。ガードは金色の翼。真ん中に透き通るような青い宝石。

 そうか。ミカエルのイメージカラーは青だし、支配元素は炎だ。それにあんなに使いやすい剣滅多にない。今まで気づかなかったのが不思議なくらいだ。

 俺は気流でエル・シッドを押しつぶそうと、空気をぶつけた。

 エル・シッドは剣を軽く一振りして、簡単にそれを打ち消した。


「使用者の影響を最も受けやすい剣だ。ザコでもこれを握れば強くなるが、俺みたいな剣の達人がこれを握れば、支配元素だって軽い一振りで相殺できる」


 冗談じゃない。あの剣の凄さは、俺が身を持って知っている。それを、ただでさえ強すぎるこいつが使うなんて。正直、勝ち目がない。


「つるは燃やせたな。じゃあ、これならどうだ?」


 嫌な予感が、体中を突き刺した。


「みんな逃げろ!」


 つるなんて比じゃない。大樹だ。

 大樹が床から生えて──いや、むしろ天空を突き刺す感じ──俺たちを襲った。

 その瞬間、すぐさまフェニーチャーの炎が部屋を覆った。一瞬だけ大樹を足止めできる。


「残るのは俺たちと、それからジェイドとイヴだけでいい。他の白凰は逃げろ!」

 

 白凰たちは一目散に飛び出した。炎が切れて、大樹が再び伸びる。


「ヘルェル避けろ!」


 全速力。捕まらないようにとにかくあちこちを逃げ回る。大樹の壁は、俺の支配元素とフェニーチャーの炎で突き破る。


「はははっ!」


 エル・シッドは高笑い。剣を構える。


「どこまで逃げれる!」


 あっぶない。

 剣を一振りするだけで、自分の大樹すら、なにもかも真っ二つだ。俺の顔があた一センチ大きければ切れていた。


『おい代われ!』


 フェニーチャーが怒鳴る。


『こいつはブルルスグルフなんかとは比べ物にならない!』

「それくらいわかってるって!」

『現時点で、俺が本気を出して勝てるかどうかわからない相手だ。お前じゃ無理だ。代われ!』

「まだだ。フェニーチャーは最後の手段。まだ策は残ってる」


 俺は無線のスイッチを入れた。


「ジャック、チェイミー。元気?」

「元気元気。スリル満点のジェットコースター中だぜ」

「そう、よかった。二人に頼みがある」

「奇遇だな。俺も頼みたい。助けてくれ」

「俺が隙を作るから、ケルとマルリロスで神経毒を刺さないか?」

「効くのか? この超人に」

「わからない。けど、全く効かないわけじゃないだろ。少しでも動きを鈍くするんだ」

「オーケー」

「やらせてみるわ」


 今度はヘルェルとフェニーチャーだ。


「ヘルェルは攻撃をとにかくかわして。フェニーチャーはそれでも当たりそうな攻撃を相殺してくれ」


 正真正銘これが最後の力。

 空気が歪む。両手を上げて、上空で乱方向に何重にも渦を任せる。巨大で強力な空気砲。

 渦はどんどん速くなって、勢力を増していく。

 この部屋だけじゃない。その周辺十数メートルまで、焦点が合わないほどに激しく揺れる。

 体中が裂けて、血が噴き出す。

 喉が千切れるくらいの雄叫びを上げて、その渦をエル・シッドにぶつけた。

 やつは大樹の壁を何重にも重ね、さらに剣を振って応戦する。


「ヘルェル! フェニーチャー!」


 ヘルェルは波動を、フェニーチャーは炎を放出する。

 そして最後に、俺は右手に持った剣を投げつけた。

 大樹の間を上手くすり抜けて、エル・シッドの腕に刺さる。剣が刺さった勢いで腕を振り、そのまま剣を手から離した。


「今だ!」


 俺の合図で、マルリロスがエル・シッドの足を刺した。


「痛っ。なんだ貴様!」


 マルリロスを捕まえようと伸ばした腕に、今度はケルが噛み付く。意地でも離さないように、まるで骨を砕くみたい強く噛む。

 痛みに悶えたその隙に、マルリロスが足に巻きつき、さらに三回刺した。

 エル・シッドは悲鳴を上げて雷撃を飛ばす。ケルもマルリロスも吹き飛ばされる。

 けどそのおかげで、一瞬防御の力が弱まった。

 俺は空気砲を押し込んで、エル・シッドにぶつけた。

 エル・シッドは渦の中に飲み込まれる。

 そうして、ぎゅうぎゅうに凝縮された渦は、弾け、大爆発。この部屋も大樹も、全てを吹き飛ばし、俺たちはただ下に落ちていった。


 目が覚めたら、俺はガレキの上でうつ伏せに倒れていた。喉は枯れて、ほとんど声が出せないし、体中傷だらけ。おまけに動けるだけの体力はもう残ってない。

 すぐに周りを確認すると、ジャックとチェイミーを見つけた。傷が多いし、気絶してるけど、とりあえず死んではなさそうだ。次に、ヘルェルたちを見つけた。気絶してるだけだ。よかった。

 正面見れば、砂埃のせいでうっすらとだけど、ふらふらしながらも立っている人影が見えた。

 やっぱり。そう簡単に倒れてくれるわけがない。けど、あれだけの攻撃を直接受けて、しかも神経毒を四回も刺されてる。普通ならとっくに致死量だ。無事なわけがない。


「フェニーチャー。力を貸してくれ」


 フェニーチャーの体力を借りて、俺も立ち上がる。

 砂埃がはれて、ようやく見えたエル・シッドの体は血まみれで、服もところどころビリビリに破れている。そしてなにより、顔色が悪い。足もずっとふらふらしている。


「これならイーブンだな」

「イーブン?」


 エル・シッドが言った。


「一体どこがだ?」

「どこもかしこも」

「お前の体力はすでにきれた。もう支配元素は使えない。そしてこちらには武器もある」


 さっき戻した指輪が、再び剣になる。


「もう一本あったことを忘れていたのか?」


 もう、こいつに勝つにはフェニーチャーにやってもらうしかない。

 けどダメだ。もし俺がフェニーチャーと契約してることがバレたら、大変なことになる。それに、もし今フェニーチャーの体力がきれたら、魔界で戦えない。

 エル・シッドの足下につるが伸びた。


「さぁ、俺と同じ神の子ショート・アルマス。決着をつけようか」


 そう言って飛び出した瞬間、ドタドタという何十人もの足音と雄叫びが聞こえた。


「突入だぁー!」


 ニコラスの声だ。リーダーのも聞こえる。

 「うぉぉぉ!」と声を上げながら、百人以上の兵が、エル・シッドの後ろから突撃してきた。

 エル・シッドはすぐに、雷撃を放ってそれらを蹴散らしていく。器用に避けたり剣で弾いたりするやつもいるけど、エル・シッドの方が何枚も上手だ。立って雄叫びを上げ、突撃する人数はどんどん減っていく。

 最後まで残ったのは、ニコラスとリーダーの二人だ。二人は同時に切りつける。エル・シッドは剣で弾いて距離を取る。けどそのときに、足がふらついてバランスを崩し、片膝をついた。

 どうやら毒の効果が相当きてるらしい。

 ニコラスが俺を見て笑う。


「よくここまで追い込んだな」

「まぁ、これくらいはしなくちゃ。みんなはどうやって脱出を?」

「裏切りだ。どうやら手下の中にも、こいつの暴虐ぶりにカチンと来ているやつは結構たくさんいるらしい。なんとか丸め込んで、やっと解放してもらえた。それよりアルマス。まだ戦えるか?」

「動けはする。けど武器が」

「ならこいつを使え。俺の予備だ」


 ニコラスが剣を投げ渡す。青銅のロングソードだ。刃渡りは約八十センチ。


「ありがとう」

「それはこっちのセリフだ。三人で倒すぞ」


 俺たちは飛びかかった。三方向から、休む間もなく切りつける。

 エル・シッドはさすがだ。あんなにふらふらしてたのに、いざ戦闘になればそれを感じさせないほどの抜群の動きのキレ。一人で俺たち三人を圧倒している。

 けど、もう無敵じゃない。こっちの攻撃もかすり傷程度だけど何度か入るようになった。

 少しずつ、少しずつ、エル・シッドを追い込んでいく。そしてついに、足がもつれて膝をついた。

 これを見逃すわけにはいかない。精一杯の力を込めて剣を伸ばす。

 その瞬間、エル・シッドの血走った目が、カッと開いた。

 剣を一振りして、俺の剣を砕き、体を木の幹で縛る。

 リーダーの攻撃は軽く弾いた後、お腹を蹴り飛ばした。

 その隙をついたニコラスを、ムチのようにしなる大木で吹き飛ばす。

 体を燃やして拘束を解いた俺を、今度は殴り飛ばした。


「惜しかったな」


 幹がねじれて、ドリルようにどんどん鋭利になっていく。エル・シッドが上げた腕を下ろすと、それに連動するように、座った状態の俺に真っ直ぐ伸びた。

 剣はないし、体の力も抜けて避け切れない。


 …………俺の顔に直撃する寸前、リーダーが俺の前に飛び出した。


 幹はリーダーの体を貫通し、俺の顔の目の前で止まる。

 幹が少しずつ縮んで、完全にお腹から抜けたとき、リーダーは膝から崩れ落ちた。

 真ん中にでっかい風穴が空き、血を吐きながら、弱々しく言う。


「ショート・アルマス。皇帝を……倒してくれ」


 そうして目をつぶり倒れて、完全に動かなくなった。

 予言が俺の頭をよぎる。

 〝捧げる命はただ一つ〟

 そうだ。これは俺たち三人の誰かじゃない。リーダーのことだったんだ。

 俺は、油断してた。二人が生きてたから、このまま誰も死なないって考えてた。なんてバカなんだ。あらかじめ知ってたはずなのに、忘れていた。リーダーは俺のせいで死んだも同じだ。

 おまけに今の俺はもう武器もない。ニコラスはさっきの攻撃で多分気絶した。リーダーの最後の望みすら叶えられないのか?

 そのとき、エル・シッドの奥で、なにかが光っているのが視界に映った。よく目を凝らしてみると、地面に突き刺さったインテッレクトゥスが光を反射している。

 予言は、宝を奪うって言ってた。インテッレクトゥスは五つの秘宝でエル・シッドの愛剣。そして、予言によればそれでケラヴロスの復活を阻止できる。

 やっと、ピースが繋がった。

 俺はこいつに勝って、剣を奪わなきゃいけない。

 けど、どうやったら勝てる? いや、勝って奪うんじゃなくて、奪って戦うのはどうだ? インテッレクトゥスを使えば、こいつにも勝てる。

 けど奪い方がわからない。剣までの距離は俺よりもエルシッドの方がずっと短いし、そもそもあそこまで走れるかどうか。仮に走れたとしても、そんなの絶対阻止される。それこそ、武器の持ってない俺は負け確定だ。

 俺があの剣を奪おうとしてるのがバレたら、なにがなんでも止めるに決まってる。愛剣だし、きっと普段から肌身離さず持ってるはずだ。近くにあることに気がついたら、拾いに行くだろうし。難易度は高め。

 いや待てよ。肌身離さず持ってるなら、なんであのとき俺はインテッレクトゥスを使えたんだ? というかそもそも、奪ってなんかない。夢の中でお母さん(たぶん)が首にかけてくれ、目が覚めたら本当にかかってたってだけだ。

 そういえばリゼフが言ってた。秘宝は、自ら持ち主を選ぶ……。

 もし、俺の考えてることが正しいとすれば、エル・シッドにも必ず勝てる。

 俺はおおげさにため息をついた。


「降参だ。勝てない」


 けげんな顔をするエル・シッドを無視して、俺は両手を広げたまま近づいていく。絶対に目をそらさない。俺だけに集中させるんだ。


「俺の負け。やっぱり強いよ。さすが」

「なんのマネだ?」

「だから、降参する」

「今さら助かるとでも?」

「いいや。けど、俺にはヘルェルの他にも白凰はたくさんいる。本気で逃げたら追いつけないのはお前だろ」

「なにが言いたい」

「俺の命は勝手にしてい。けど、ジャックとチェイミーだけは助けてくれ。そのまま、逃すんだ。他はどうでもいい」

「お友達は助けてほしいと。だが、そのためにあのホームレスどもを見捨てるとは意外と薄情だな」

「ごちゃごちゃ言ってる場合じゃないし。全員助けてなんて、そんなののんでくれないだろ?」


 俺はついに、エル・シッドの目の前に立つ。

 右手に手を当てて、ゆっくりと目をつぶる。こどうが右手に伝わる。めちゃめちゃ緊張してるんだ。

 心の中で唱える。

 俺は絶対にエル・シッドを倒す。リーダー以外の誰も死なせない。だから、お母さん。インテッレクトゥス。力を貸してくれ。

 右手の中に、ふんわりとした温かさが広がった。

 次に目を開けたとき、エル・シッドの後ろにはもう、剣はなくなっていた。


「エル・シッド・デストレ・ザ・カンペアドール。……負けるのはお前だ!」


 俺の右手にあったロザリオが、一瞬で剣に変わる。

 エル・シッドは一瞬ギョッとしたけど、すぐに恐ろしい形相になって、俺よりもずっと速く剣を振った。

 俺の首が飛ぶ寸前、右目から出た赤い波動が剣を弾き飛ばした。よろけた体を、俺は剣の腹で胸を思いっきり叩く。

 後ろのガレキが全部すっ飛ぶくらいの衝撃波。骨が折れる音。血を噴いて、ガレキとともにすっ飛んだ。

 ゆっくりと空中を舞って、派手な音で床に落ちる。

 これだけの威力。全身打撲プラスろっこつを何本が骨折だろう。毒も回ってるし体力も限界。

 もうさすがに、動けないはずだ。つまり、俺の勝ちだ。


「な、なぜだ……」


 エル・シッドは震えながら、首だけを俺に向ける


「なぜ、いつのまに。お前が、インテッレクトゥスを!」

「つまり、この剣はお前じゃなくて俺を持ち主に選んだってことだ。力を私利私欲のために悪用するようなやつに、知性なんてかけらもないだろ?」


 俺が答えるのが早いか、すでに気を失っていた。

 バタンッと、扉が開く。


「皇帝!」


 次々と警備員が部屋に入ってくる。今動けるのは俺だけ。どうやら休みはないらしい。

 警備員たちは倒れている皇帝と、その愛剣を杖代わりにする俺を交互に見て、拳を握りしめた。

 やるしかない。俺が剣を構えようとしたそのとき、警備員たちはいっせいに歓声を上げた。


「これでやつの支配から救われる! 俺たちはもう自由なんだ」


 一体、なにがどうなってるんだ? ハイタッチして喜んで、俺に攻撃するそぶりもない。


「言っただろう」


 ニコラスは血だらけふらふらの体で、俺の元に歩いてくる。


「城の中にもこいつをよくないと思ってるやつは大勢いるんだ」

「ニコラス! 体は?」

「心配いらん。だがそれより……よく勝ってくれたな」

「けどリーダーが」

「それは、仕方ないことだ。あいつも覚悟はしていた」

「違うんだ。リーダーは俺のせいで」

「皇帝相手にたった一人の犠牲ですんだ。むしろラッキーだ」

「でも!」


 それはいくらなんでも薄情すぎる! そう言おうとニコラスの顔を見て驚いた。大粒の涙をこぼして、空を見上げていた。


「俺が奴隷になった理由、覚えてるか?」

「たしか、友達を助けようとしたんだろ?」

「そうだ。その友達の名はクリフ・ビーズリー。お前たちがリーダーと呼ぶ男の本名だ」

「そんな……」

「俺もクリフも、愛する家族のため、精いっぱい戦った。その結果がこれだ。後悔はしていない。なぁ、ショート・アルマス」

「なに?」

「青空とはきれいだな。路地裏から見える汚い景色とは違う。地獄のような時間が、やっと終わったんだ」


 俺は笑ってこたえた。


「そうだね」


 空を見上げる。

 クリフ・ビーズリーが晴らした青空がどこまでも広がっている。


「ほんと、きれいだ」




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