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負けた男

 しばらくの沈黙のあと、ジャックが言った。


「とりあえず、いい知らせと悪い知らせが一つずつ」


 チェイミーが聞く。


「悪い知らせは?」

「俺たち三人の中の誰かが死ぬ」

「いい知らせは?」

「三人中、死ぬのはたったの二人だけ!」


 チェイミーがふっと笑った。

 やっぱり、ジャックは天才かも。一瞬で空気を和ませる。

 俺は言った。


「二人はどのくらい、予言の意味がわかった?」

 

 チェイミーは肩をすくめて言った。


「さぁ。多分二人と変わらない」

「じゃあ、少し整理しよう」


 二人とも頷く。


「まず、神童だけど……神の子って意味で合ってる?」


 また頷いた。チェイミーが言う。


「神の子が治める国、反乱者、そしてこの時期を照らし合わせて考えてみると……天界の中国しかない」


 俺は言った。


「つまり、偽名だけど……ロドリーゴ・ディアス皇帝を、ニコラスたちと一緒に倒せってことだ」


 ジャックが言った。


「けどそのためには、俺たち三人の誰か一人の命を捧げなくちゃいけない?」

「多分な」

「次に魔界に行くのね。そこで、敵は大いなる野望持って蘇ろうとしている。つまり、ルシファーが使っていた武器、フィロドクスィアね」

「じゃあ、知性を手にってのは? 俺、頭はそんなによくないし」

「それは多分、フィロドクスィアと同じで五つの秘宝のうちの一つ。かつてミカエルが使用したロングソード。インテッレクトゥスのこと」

「それがあれば、復活を阻止できるってこと?」

「それは無理なんじゃないか」


 ジャックが言った。


「だってそのあとすぐに、死の理に反した者が蘇るときって言ってた。予言の束縛力は絶対だから、魔王は絶対に蘇るんだ」


 チェイミーが頷いた。


「それに、そのあとの予言もよくわからない。謎に包まれた部屋、とか。選択を迫られるっていうのも。私たちが?」

「強いてわかると言えば、赤目の男 激闘の後 命を落とすってとこだけ。赤目ならチェイミーもだけど、赤目で男なら、俺だけだ。つまり、俺は誰かと戦って、死ぬ。その誰かってのは多分、ケラヴロス」

「つまり」


 ジャックが静かに呟いた。


「この冒険の旅は失敗するってことか」


 空気が重たい。当然だ。なにもかも無駄になるって言われたようなものだ。自信だってなくなる。

 けど、俺だけは、やめるわけにはいかない。


「ありがとう。二人は天界の日本に帰るんだ。これから先の冒険は俺一人……いや、俺とフェニーチャーだけでできる」


 ジャックが驚いた顔で俺を見た。


「正気か? なに言ってんだ?」

「俺がやめるわけにはいかない。たとえ失敗するとわかってても」

「そっちじゃなくて。いやそれもだけど──俺たちは帰れ? お前一人だけで行くつもりか?」

「当然だ。俺が死ぬのは決まってる。けど、中国で二人のどっちが死ぬのかはわからない。だったら、まだなんとかなるはずだ。ここから先は危険も多いし、二人を死なせたくない」

「それは俺たちも同じだってわからないのか? お前も死なせたくない」


 チェイミーも頷いた。


「けど、俺が死ぬのは決定してる」

「だったら、俺たちがついていくのも決定事項だ」

「けど」

「お互いに死んでほしくないなら、意地でも死なないか、三人とも死ぬかのどっちかだ。お前一人を見殺しにするなんて選択肢はない」

「命はそんな簡単にかけていいものじゃない」

「簡単じゃないぜ。俺はどうせ、親や兄弟にも見放されてる。出来損ないの落ちこぼれだ。そんな俺が、今お前を見捨てたら、唯一の長所まで消える。それは俺にとって、全然簡単なことじゃない」

「私も、ショートやジャックがいないなんて、もう考えられない。言ったでしょ? 二人といるとすごくワクワクする。それを手放してまで、生きていたいとは思わない」

「そんな、めちゃくちゃだ……」


 ジャックが片眉を上げて笑う。


「今さらだろ?」

「本当に、死ぬんだぞ? 二人とも」


 二人は頷いた。

 ジーンと目が熱くなって、俺は二人に抱きついた。


「ほんと、二人は俺の最高の友達だ」


 二人は同時に言う。


「あたりまえ」


 二人だけは、俺が絶対に死なせない。この瞬間、そう決意した。こんなに偉大な天使はいない。簡単に死んでいいわけがないんだ。

 照れ臭くなって体を離したちょうどそのとき、扉が開いた。


「話は終わったか?」


 孝政さんが俺を見て言う。


「おかしな話だ。冒険の旅は失敗。お前は死ぬのに、それでも行くのか?」

「そうだ。あんたにも邪魔はさせない。俺には俺の──ちょっと待って。まさか、孝政さん。知ってたのか? 予言の内容」


 孝政さんは頷いて言った。


「当然だ。その予言は二つ送られてきたんだからな」

「送られた? 誰に」

「お前の母親。レベッカ・チェイン。いや、レベッカ・アルマスにな。私はそのうちの一つを割って、予言を聞いた。お前がまだずっと小さかった頃の話だ」


 俺は言葉を失った。


「だからこそ、私は常に疑問で、嫌だったんだ」

「なにを」

「お前を育てるのを、だ。そうだろう? お前は十歳で死ぬことが確定している。死ぬとわかっている嫌いなやつらの子供を、育てることに意味があるのか?」

「そのこと、詩織さんは……?」

「当然知っていた。だから私とモメたんだ! 私は無意味だ。時間の無駄だと言ったが聞かなかった。結果、彼女は一人で育てると言い、無理がたたって死んだ」

「そんな……」


 それじゃあ本当に、詩織さんは俺のせいで。どうせ死ぬ俺のために、無駄死にを?

 あんなに優しく、俺に唯一優しくしてくれた人なのに。俺のせいで……


「自惚れるなよ」


 孝政さんが言った。


「お前こどきが、詩織の人生に介入できると思うな」

「は?」

「彼女が死んだのは、私のせいだ。彼女に無理をさせたのは、私だ。なによりの原因は私だ。私が殺したも同然なんだ」


 孝政さんの顔は、どこか悲しげだ。


「お前の質問に答えよう」

「俺の質問?」

「あぁ。私は、詩織を愛していた。世界で最愛の女性だ。そんな彼女を、私が殺したんだ。詩織と私が愛していた子供たちを泣かせてしまった。どのツラ下げて葬式など行ける?」

「そんな……」

「だから私は、お前を育てることにした。詩織が命をかけてやり抜こうとしたことを、私が引き継ぐべきだと思った。愛などない。あるのは憎しみだけだ。それでも私は、できるだけお前に干渉しないように、お前を育てた。お前を天使にしたくなかった。お前に死んでほしくなかった。でなければ、詩織が浮かばれない」

「だから、俺をあの家に閉じ込めようと? 二人を監禁してまで」

「そのとおりだ。だが、それももういいだろう」

「え?」

「詩織も、ここまで来ておそらく止めたりはしない。早く行け」


 俺は、ジャックとチェイミーを見た。


「二人は先に。すぐ行くから」

「オーケー」

「わかった」


 二人は駆け足で部屋の外に出て行った。


「俺のお父さんとお母さんは、孝政さんになにをしたんだ?」

「なにを、か……。強いて言えば、私から全てを奪った、だな」

「全て?」

「ああ。私の友人も、その友情も」

「いじめ?」

「それよりもひどい。やつらはおごったんだ。自分が天使だからと」

「俺は信じませんよ。あんたの言ったことなんて」

「好きにしろ」

「そう。それじゃあ、育ててくれてありがとうございました」


 部屋から出て、孝政の後ろに立つ。振り返りはしない。けど一言だけ。


「詩織さんのこと。愛してるって言ってくれた。それだけ、満足だ」


 俺はエレベーターを降りて、二人の元に向かった。


「とりあえずあのホテルに戻った方がいいんじゃないか?」

「けどどうやって?」

「それなら簡単」


 チェイミーはそう言って、スマホを取り出した。


「番号は070-104-2525」


 コール音が三回なって、元気はつらつの男が出た。


「はい! こちら人間界、天使専用タクシーです!」

「早急に一台。三人です」

「わかりました! では電話をお切りになって口笛を鳴らしてください!」

「わかりました。ありがとうございます」


 電話を切って、言われたとおりに口笛を吹くと、わずか数秒で天空馬車が飛んで、俺たちの目の前に止まる。

 ニコニコ顔の男の顔が、俺たちを見てくもった。


「おや? 香水の匂いがだいぶ消えかけてる。相当長くここにいたようだ。新しく吹きかけなかったんで?」

「まぁ、そんなとこ」

「では私が」


 そう言って香水を取り出したのを見て、俺は突然思いついた。


「それ! それ、俺たちにくれない?」

「この香水をですか?」

「うん。お金ならどれだけでも」

「まさか。いいですよタダで。それに、こんな中古より新品がいいでしょう」


 運転手はポケットから新しい香水を取り出して、俺に渡してくれた。


「ありがとう。ほんと、助かる」

「まぁそれはいいですが、どうしてこれを?」

「それは結構、いろいろあって。聞きたいなら話すけど」

「いや……、まぁいいでしょう! それより乗って。行き先はどこまで?」

「ホテル・フェザーレストに」

「わかりました!」


 フェザーレストから天界の白凰堂へ。白凰堂から中国に。


「ヘルェル。あの路地裏の場所覚えてる?」

「もちろんです」


 路地裏には、すでに百人越えの男たちが武器を掲げて雄叫びを上げていた。集団の先頭で、みんなを取り仕切ってるのは、前に見たリーダーと……ニコラスだ!

 俺たちは二人のそばに飛び降りた。


「ニコラス!」

「アルマス! 遅いじゃないか」


 ニコラスはこないだまでと違って、目がイキイキしている。


「こないだまでとはずっと違う!」

「お前に言われて、よく考えた。いいか? 俺は死ぬつもりはこれっぽっちもない。勝つために行くんだ。それ以外の目的はない!」

「望むところだ」


 俺たちは拳を突き合わせて笑う。

 リーダーが言った。


「ならばまず、作戦会議を始めよう」

「それなら、こっちには最高のブレーンがいる」


 チェイミーは頷いて、一歩前に出る。


「まずはあなたたちの考えている策を教えて」

「それなら俺から語ろう」


 ニコラスが言った。


「襲撃は夜中の二時。つまり、あと一時間後だ」

「なるほど。結構ギリギリね」

「そうだな。だが、夜中こそチャンスだ。警備の数は増えるが、やつ自身は寝る」

「それで、どうやって戦う気?」

「こっちの数は百人とちょっと。手分けして攻めたんじゃすぐに全滅して終わりだ」

「いっせいに攻めるつもり? この数で?」

「いや。侵入経路を一つに絞って、何隊かにわける。まずは十人以下の超少数精鋭で警備の穴を突きながら、確実に攻める。しばらくしたら今度は十人以上の精鋭導入。そうして、段階的に攻め入る数を増やしていく算段だ」

「先に突入した隊が隠れながら警備の数を減らしていけば、その隊に対応すべく敵は動く。そうすれば、警備は深いところに集まって、前はどんどん甘くなる。それを少しずつ、突入する人数を増やしながら続ければ、やがて終盤の方で、この百人がきっちりと集まって、いっせいに皇帝一人を攻めることができるってわけね」

「そのとおりだ。なにか他にあるか?」

「一つだけ」

「ほう。なんだ?」

「さっきは侵入経路を一つに絞るって言ってたけど、その作戦なら、さらに少ない人数で隊を組んで、別のところから侵入するべき」

「つまり他百人を囮に使うと?」

「その方が確実に皇帝に接触できる。ただ、分散しすぎるとかえってよくないから、せいぜい増やすのは一隊だけ、だけどね」

「たしかに悪くない案だ。どうせ攻めれば囮百人に注目が集まる。だが、百人を囮に使うってことはつまり、基本的に皇帝にたどり着けるのはその隊だけってことだ」

「そのとおりよ」

「なら難しい。そのさらなる少人数のやつらは他百人よりずっと難易度が高く、なにより警備のやつらが他のやつに報告する前に確実に倒すだけの実力がなければならない。そんなやつら、この集団の中でも限られてくる。そいつらをその隊に使っちまったら、今度は囮の百人が危ない」

「その点は大丈夫。あなたたちから引き抜くつもりはないから」

「なに?」

「皇帝に接触するための別機動隊の人数は三人。つまり、私とショートとジャック」

「おいおい冗談だろ!」


 リーダーが両手を上げて言った。


「お前たちはまだ子供だ。別に身を心配してるわけじゃない。だが、お前らが失敗したら終わりなんだぞ。悪いが、そこまで信用するわけにはいかない。そんな策で失敗るぐらいなら、最初からいない方がいい」


 ジャックが鼻で笑う。


「なにがおかしい?」

「あんたこそ、なに考えてんだ? まるで、ここの百人の方が俺たち三人より強いみたいな言い方だ」

「事実だろう」

「まさか。それこそ冗談だろ?」

「なに?」

「俺たちはSJC悪戯同盟。どんな困難な悪戯だって確実にやり遂げる。さっきも言ったけど、こっちにはあんたらの何万倍も優秀なブレーンがいる」


 ジャックはチェイミーの肩を叩く。そして次に、自分の胸に親指を当てる。


「そして俺は、こういう敵の隙をかいくぐる天才。あんたらよりずっと経験値は上だ」


 俺の背中を押す。


「そんでショートは、この中で一番すごい。剣の腕も術も、あんたらの何十倍も上だ。しかも、支配元素まである」


 みんながざわざわと騒ぎ出す。


「その歳で支配元素? まさか。あれは簡単に修得できるものじゃない。天才の中のさらに選ばれた天才が、いくつもの修練を重ねてやっと完成する!」

「修得? そんなのショートは生まれたときからだぜ」


 より具体的に言えば、使えるようになったのは最近だけど。しかも、使うっていうより暴走させる感じ。


「まさか。ありえない」

「ありえるね。だってショートは、神の子だから。俺たちが今から倒そうとしてるディアス皇帝と同じ、金色の天啓をまとう天使だ」

「神の子? お前が?」


 俺は得意げに頷いて、右手に天啓をまとった。暗い路地裏が、金色の光で照らされる。


「まさか、本当だ……」

「チェイミーが考えた作戦だ。俺たちはそれに従うし、実行するならこの三人しかいない。俺を、俺たちを信じてくれ」


 リーダーはニコラスと顔を見合わせて、頷いた。


「……わかった」


 それから一時間と少し。

 俺たちはニコラスたちとは真逆の門。ゲート八の前にいた。木や柱、それから夜の暗さで、俺たち三人くらい、簡単に隠れる。門番は三人。

 俺たちの無線に声が入った。


「これより第三部隊十八名。侵入を開始」


 俺たちの侵入は、囮が囮としての役割を果たしてから。つまり、城内で騒ぎになるまで。具体的には、真逆の門番である二人に、情報が伝えられるまでだ。

 ピピッとなって、門番に無線が届く。

 こっちには、ジャックが大急ぎで作った電波ジャックと集音器がある。無線だろうがコソコソ話だろうが、会話は筒抜けだ。


『こちら城内。侵入者が現れた。痕跡はα(あるふぁ)七一(なないち)。すでに警備が十人以上やられている。コソコソ隠れながらで、いまいち場所を把握できない。怪しげな者たちを見つけたら即、報告と確保を。人数は未詳。決して侮って対応するな。狙いはおそらく皇帝だ』

「了解」


 もう一人の門番が言う。


「なんだって?」

「侵入者が出たらしい」

「へぇ、悪戯か?」

「いや。それにしてはやりすぎだ。どうやらα七一まで侵入してきてるらしい。警備も数人やられた」

「おいおい本当か? 結構深いじゃないか。俺たちも応援に行くか?」

「いや。人数はまだわかってない。その素性も。こっちに別のやつらが現れる可能性もある。気を緩めるな」


 ジャックが口笛を吹いた。


「察しがいいな。さすがだ」


 俺は二人を見た。準備はバッチリ。


「それじゃあ、手はず通りに」


 ジャックとチェイミーが小さく口笛を吹くと、ケルとマルリロスが現れる。

 まずはケルが、門番の前に飛び出して吠える。

 二人は一瞬身構えて、すぐに犬だと気づき緊張を解く。ケルはさらに大きく、うるさく吠える。二人がケルに夢中になってる間に、俺は剣を構えて、より近くに移動する。

 無線でジャックたちに伝える。


「こっちは配置についた」

「オーケー。じゃあ、ケル。演技力の見せ所だ」


 ケルは、今度は吠えるのをやめて、門番たちの足にすりより、舐めたりクゥーンと鳴いたりする。これも効果はバッチリ。二人は目の前の犬を可愛がり始めた。その隙に、マルリロスが一人の背後に回る。白くて透明だから、この夜の暗さじゃ、相当目を凝らさなきゃ見えない。

 マルリロスの足が門番の手に伸びる。そしてそのまま、手を刺した。


「痛っ!」


 マルリロスはバレる前にすぐに退散する。


「おい、大丈夫か!」

「なにかに刺された。……体が、重い。体に、力が……はいら……ない……」


 そう言って、ばたりと倒れる。マルリロスにはあらかじめ、超強力な神経毒が仕込んである。

 もう一人の門番がトランシーバーを取り出した。その瞬間、ジャックが声を上げる。


「行け! ケル!」


 ケルはカッと目を見開いて、トランシーバーを門番から奪い、あっという間に噛み砕いた。


「なにをする!」


 門番は激昂して、ケル以外に関心を持たない。その隙にジャックとチェイミーが姿を現して、同時に叫んだ。


「ルィネアフルミネ!」


 青色の雷撃が門番を襲った。けど強い。服は何箇所も焦げてるのに、門番はちょっと倒れただけ。すぐに立ち上がる。


「貴様ら、侵入者だな!」

「大正解。止めてみろよ」


 ジャックとチェイミーは続けて攻撃するけど、門番は前に壁を出して防ぐ。手に噛みついたケルを強引に薙ぎ払って、毒でやられたもう一人のトランシーバーを取り出す。

 俺は気付かれないように静かに飛び出した。チャンスは、トランシーバーを顔の前に持ってくるその瞬間。

 ………………今だ!


「リフュムーロ!」


 トランシーバーが拒絶壁に弾かれて、遠くにふっ飛ぶ。門番はギョッとした顔で俺を見た。

 走った。門番が武器を取り出すより速く。前にバリアを張るより速く。

 術を放とうと伸ばした腕と、体を斜めに一回ずつ切りつけた。血を噴き出して倒れる。立ち上がろうとするけど、すぐに追撃で、ジャックとチェイミーの雷撃が体中を駆け巡った。全身こげこげで気絶する。

 俺たちは何重にも術をかけて二人を縛って、城の中に侵入した。

 城の中は、予想通り警備が大勢いた。けど、さっき突入した第四部隊までの四部隊が静かに、それでいて確実に、少しずつ大暴れしてくれているおかげで、ソワソワしている。警備も、応援に駆けつけて抜けたりして、さっきの門番みたく複数人で行動するやつらは少ない。一人相手なら、マルリロスの神経毒と連絡される前にトランシーバーを弾き飛ばすだけで楽勝だ。


『これより第五部隊。侵入開始』


 隊は全部で七隊。第七部隊が突入して、騒ぎを起こすその隙に、俺たちは皇帝の元に辿り着かなくちゃいけない。そして今、俺たちは四分の一くらいの場所まで侵入してる。

 ジャックが言った。


「皇帝に近づくほど、警備の数は二倍にも三倍にも増える。囮の誰かが捕まる可能性もある。このペースじゃ、ちょっとまずいかもな。この先は、一人で行動ってやつも少なくなってくるし」

「そうね。たしかに」


 チェイミーが言った。


「もし、その警備員全員が、あの門番と同じくらいの強さ──いや、それ以上って考えたら、時間があまりにも足りない」

「それなら、幻術を使うのはどう?」


 ジャックが肩をすくめる。


「まさか。人間相手にだって、ほんの数秒しか持たなかったんだぞ」

「けどあれは、俺一人だった。三人でやれば、三秒くらい稼げるかも。三秒あれば、マルリロスも複数人に刺すことができる」

「だったらこうね。私たちはできるだけ戦闘を避けながら、隠密に、かつ素早く動いて、邪魔になる警備員は幻術とマルリロスの神経毒で瞬殺」

「ダメ押しに雷撃もつけたら? その方がいい。あと、トランシーバーとか報告できるやつは全部壊す」

「そうね。それがいい」


 作戦は成功だ。誰にも見つからないようにコソコソ動いたり、ジャックの悪戯道具で誘導したりして、戦闘を避けつつ、必要な相手には不意打ちの幻術からマルリロスの神経毒。ジャックとチェイミーが雷撃を放ち、俺が切る。あとは無線を壊して縛り上げて、隅に隠す。それを最短効率で行う。


『これより、第七部隊。突入開始』


 ニコラスたちの存在はかなり知れ渡った。俺たち側の警備はどんどん薄くなる。皇帝の場所まで直線距離で五十メートルもない。一本の廊下を進んで、扉を開けたらもう寝室だ。

 ただしもちろん、扉の前には屈強そうな警備員が二人ついている。

 俺たちは曲がり角のところで、二人の様子を伺う。

 ジャックが悔しそうに言う。


「この距離じゃ幻術も雷撃も届かないぜ」

「けど他に隠れれる場所がない」

「マルリロスに無理はさせられないわ。一度刺して退散しかない」

「だったらそれでいこう。一人相手なら、俺たち三人でいっせいにかかればなんとかなるはずだ」

「わかった。マルリロス、お願い」


 マルリロスは静かに飛んでいって、一人を刺した。突然の激痛に悲鳴を上げて倒れる。残りの一人は激昂して叫ぶ。


「誰だ!」


 俺たちは顔を見合わせて、アイコンタクトを取る。いこう。


 武器を構え、角から出て、いっせいに突撃する。

 警備員の目が光った。嫌な予感がする。俺は叫んだ。


「待て、避けろ!」


 橙色の閃光が、俺たち三人にそれぞれ襲いかかる。俺たちはすんでのところで横に転がって避けた。


「リフュムーロ!」

「ルィネアフルミネ!」

「エクスプロバロン!」


 俺たちはすぐさま応戦する。


「ディフェクト!」


 警備員は壁を張って、当たり前のように攻撃を防ぎ、俺たちに手を向ける。

 完全に見誤った。俺たち三人でも、近接戦ならまだしも、天術の撃ち合いとなればまるで歯が立たない。


「ルィネア──」

「フェニーチャー!」


 俺はとっさにそう叫んだ。

 すると、左手が誰よりも素早く動いて、警備員が術を放つよりも速く、火球を放った。

 直撃した警備員は、爆発しながら後ろにすっ飛んだ。


「ありがとう。助かった」

『ふんっ、楽勝だ』


 扉の前に立って、ニコラスとリーダーに告げる。


「こちらショート・アルマス。今から、皇帝の部屋に突入する」


 勢いよく扉を開ける。中は真っ暗で、誰もいない。ただ一つ、奥に螺旋階段があった。

 俺たちは階段を駆け登る。どの階も真っ暗なのに、最上階だけは明かりがついていた。

 扉を蹴り開けた。中は、四方を窓ガラスで囲まれた、何もない質素な部屋で、たった一人。男が俺たちとは反対側で、いすに座っていた。歳は多分、三十代ぐらいで、髭ひとつ生えてない、西洋風のハンサムな男だ。髪は黒色で瞳は灰色。

 男は、笑いながら拍手をしている。


「いやいや、まさかこんなガキ三人が俺の部屋に侵入してくるとは」


 背中を突き刺されるような、ゾクリとする、嫌な笑顔だ。迫力だけなら、ブルルスグルフよりも上。デルマートとほとんど変わりない。体が震えるし、今すぐここから飛び出して逃げたくなった。


「あんたが、ディアス皇帝?」

「そのとおりだ。お前たちは?」

「ショート・アルマス。それからジャック・ディクソンとチェイミー・シェイク」

「ほう! ショート・アルマスか! あのジェット・アルマスの息子の!」

「俺を知ってるのか?」

「当然だ。有名人だからな。そして俺と同じく、神の子だ。だが、話に聞いたとおり、本当にオッドアイなんだな。青と赤。どっちも好きな色だ」

「あぁそう。あんまり嬉しくないね」


 ディアスはふっと笑う。


「お前がなぜここにいて、なぜ協力しているのかは知らないが、侵入者どもの目的はわかっている。俺を倒したいんだろう? その理由は、奴隷解放! そして俺を皇帝から脱却させること!」

「そのとおり。そこまでわかってるなら、大人しくそうしてくれる?」

「まさか。断る!」


 ディアスは愉快そうに笑って、俺の手元を見た。


「その武器は剣だな」

「あぁ。一番得意だ」

「そうか! 気が合う! 俺も剣が一番得意だ」


 ディアスは指輪を剣に変える。俺と同じロングソード。


「安心しろ。これは二番手だ」

「二番手?」

「お前みたいな子供に、俺の愛剣は使わない」

「後悔するなよ」

「もちろんだ。……ただ、一つ条件がある」

「なんだ?」

「俺は剣の試合が大好きなんだ。とはいえ、奴隷は弱すぎるし手下は気を使ってまともに戦えない。お前たちみたいな憎しみに燃えるやつと本気の殺し合いはそうできない」

「だからなんだ」

「俺とショート。二人で戦おう。もちろん、悪い条件にはしない。そうだな……、お前が俺に一太刀でも与えられたら、無条件で降伏しよう。皇帝の地位から落ち、奴隷を完全に解放する。どうだ?」

「信じろと?」

「それしか言えない」


 俺は少し考えて、うなずいた。


「……わかった。それでいい」

「よし! さすがは神の子。勇気がある」


 ディアスは剣を構えた。俺は二人に下がってもらって、同じように構える。


「最後に一つ。ペットはいるか?」

「とっておきがね」

「ならお互い、もちろん一匹ずつだが、参加オーケーだ」


 ディアスが口笛を吹いた。金色のタテガミを持った白馬が目の前に現れる。ディアスはそれに飛び乗った。


「愛馬のアリオンだ。行け!」


 アリオンはめちゃくちゃ速かった。俺はとっさに横に飛んで避けながら、ディアスの剣を弾いた。


「ほう。今の攻撃を避けるか。やはり、ただの子供ではないな」


 このままじゃやられる。俺も口笛を吹く。


「来い! ヘルェル!」


 俺は飛び上がると、ちょうど下にヘルェルが現れ、目にも止まらぬスピードでアリオンの突撃を交わす。


「ほう! お前のペットは白凰か! ……驚いたな。白凰を操る天使など、歴史上存在しなかったはずなんだがな」

「お前とは違うんだ」

「ははは、なるほど」


 アリオンは一瞬なら空中も駆けることができるらしい。いきなり飛び上がると、俺たちが避けた方向に曲がった。ヘルェルが波動を放って、ギリギリで弾く。

 ディアスの猛攻が続く。速さなら俺たちの方がずっと上なのに、ディアスの抜群のコントロールで、俺たちは防戦一方だ。しかも、ディアスは律儀に天術を一切使ってない。


「ますます驚く! 俺とアリオンを相手にここまでねばる相手は早々いない! 特に子供となれば初めてだ。そしておそらく、最後でもある」


 アリオンからディアスを引き離さないとラチが明かない。俺は意識に力を集中させた。空間が揺れる。ディアスが「うおっ、なんだ?」と声を上げた。アリオンの足も一瞬止まる。

 俺は空気の流れを総動員して、アリオンの上からディアスを吹き飛ばした。


「ヘルェルはアリオンを頼む!」


 すぐにディアスに駆け寄ろうとするアリオンにヘルェルが襲いかかる。

 俺はディアスに突撃した。一撃目、二撃目を完璧に防がれる。

 ディアスの剣さばきはさすがだった。攻めていたのは俺のはずなのに、あっという間に形勢を逆転された。剣の腕はポールよりももちろん上。いや、もしかしたらゲログンよりも上かもしれない。そのくらい、圧倒的に達人だ。

 一瞬でも力を緩められない。呼吸する暇さえ与えてくれない。瞬きしたら、その瞬間に体中が切り刻まれる。

 それでも、よかった。

 ディアスは俺を倒すことに夢中だし、俺も攻撃を防ぐので精一杯だ。

 結局出場できなかったけど、ニュースルクスの武闘会のために、みんなで練習して作り上げた必殺技が、今放てる。

 剣を右手に持つ。

 ディアスが剣を俺に突き刺した。俺はそれを返して、突き返すと見せかけて、直前で右手を離した。ディアスの、突くために伸ばした腕を右の脇で抑え、離した剣を即座に左で握って、体を何重にも切りつける。相手と自分の呼吸、つまり戦いのリズムをずらして、剣を抑えることで防御不能に。完璧に仕上げた技だ。あらかじめ知っていない限り、ほぼ確実に成功する初見殺しの必殺技。

 …………そのはずなのに。

 ディアスは俺が剣を離して、脇で腕を抑えた瞬間、俺を蹴り飛ばして、怯んだ一瞬に、剣の腹で胸を叩いた。

 波紋のような衝撃波が広がる。俺は血を吐きながら後ろにふっ飛んだ。

 仰向けに倒れて、咳をする俺に、ディアスはゆっくり近づいて、見下ろした。

 ニヤニヤ笑って、いっそう気持ち悪い。


「『デストレ・ザ・カンペアドールの教え』。それに書いてあった剣術だろう。今の」

「まさか、知ってたのか……?」

「当然だ。()()()()()()はあれだけだからな」

「は?」

「わからないか? ロドリーゴ・ディアスは偽名。それは知ってるか?」

「あぁ」

「じゃあ、俺の本名はなにか。……エル・シッド・デストレ・ザ・カンペアドール。つまり、デストレ・ザ・カンペアドールとは俺のこと。そして今お前が使ったその剣術は、俺が考えた技だ!」

「そんな……」

「言ったはずだ。剣は得意だと。本くらい出すさ」


 ディアス……いや、エル・シッドは俺の剣を弾き、切先を胸につけた。


「久しぶりに楽しかった。だが、お前たちの負けだな」


 こんなにあっけなく、失敗。

 剣が振り下ろされて、血が飛び散った。




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