告げられた予言
孝政さんはゆっくりと俺たちのところに歩いてきた。
「言いたいことは色々あるだろうな」
「そうでしょうね」
「あぁ。俺も、お前も。だが、今はお互い睨み合ってる時間はない。私の家に連れて行く」
ジャックとチェイミーを見る。
「そこの二人も一緒にな」
俺たちは孝政さんの車に乗って、懐かしい俺の元自宅に向かった。その間の数十分間、誰もなにも言わなかった。
久しぶりの孝政さんの家は、相変わらず豪華で大きい。長い庭を抜けて、イヤで仕方なかったドアをくぐる。そうしてそのまま、真っ直ぐリビングに入った。
孝政さんは、意外と律儀な性格で、俺たち三人にも客人用のカップに紅茶を注いで並べた。
ローテーブルを挟んで三対一でソファに座る。
孝政さんは一口、静かに紅茶を飲んで言った。
「それで、なにしに戻ってきた? 私の家を勝手に出た、バカで愚かな天使よ」
「孝政さんのオフィスが見たい」
「ほう。なぜ?」
「そこにあるはずだ。赤い砂の砂時計が。机の上に、かざってある」
「さて、どうだったかな」
孝政さんは肩をすくめて笑った。
「とにかく、俺たちはそれが欲しいんです。あれは元々天使の物。どうやって手に入れたのか知りませんけど、人間が持つべきじゃない。あれは……重要な予言だ」
「天使の物、か……。なるほど、つまりお前はこう考えたわけだ。予言が必要になり、私の元にあることが判明。今まで育ててやった恩を無下にし、勝手に出て行った私の家まで来て、生意気な態度で少し頼めば私がお前に快く渡してくれると」
「よほどあの砂時計が気に入ってるんですね。お似合いです」
「皮肉のつもりか? 残念だが、あれが好きなんじゃなくてお前が嫌いなんだ。あれが必要と言われたら渡したくない。当然だろう?」
「さぁ。俺、あなたみたいに性格悪くないから」
「そうか。だが、お前は私の息子だ」
「もう違います」
「いや違わない。天使として力をつけ、お前が戻ってきてくれて助かった」
「なにが言いたいんですか」
孝政さんは立ち上がって言った。
「天使は人間にできないことの多くを可能だろう。お前の力があれば、私の会社もこれまで以上に発展する。お前は私の息子だ。息子は父を助けるものだろう」
「ふざけないでください。俺の父親はジェット・アルマス一人です」
「ジェットか。ずいぶんと懐かしい名前だ。それで、あいつが父親? お前を天涯孤独にしたあいつがか? あいつがお前のためになにをした。父親らしいことを一つでもしたか。だが私は違う。少なくとも私はお前を育ててやった」
「お金ならいくらでもあるし、育ててくれたのはほとんど詩織さんだ」
「いや、私だ。お前は私に恩を返さなければならない」
「いいですよ。どれだけでも返します。ただし恨みの方の借りを、ですけど。こっちだって時間がないんだ。くれないなら力ずくで奪う」
そう言った瞬間、俺は孝政さんに胸ぐらを掴まれて、横に投げ飛ばされた。仰向けで倒れた俺を、かなり怒った表情で見下す。
「図に乗るなよ、ガキ。お前は私には一生勝てない」
「おいおい」
ジャックが立ち上がって言った。
「家庭内暴力は賛成できないぜ」
ジャックは二本の剣を構えた。切る気満々だ。けど、孝政さんはそれを見ても表情一つ変えない。それどころか、鼻で笑って余裕そうだ。
「お前は……なんといったかな?」
「ジャック・ディクソン」
「そうか、ディクソン。一つ忠告だ。態度と言葉には気をつけた方がいい。痛い目を見ることになる」
「残念。俺の苦手なことランキング上位は常に礼儀がランクインしてるし、痛い目も見るより見せる方が好きだから」
「そうか。なら仕方ない」
孝政さんは胸ポケットからボールペンを取り出す。
ポールペンは光を纏ってみるみるうちに姿を変えていく。やがて、一本のロングソードになった。
俺たちは驚いて声が出ない。孝政は、それを見てあざける。
「どうした? まさか、天使側がこの私になにも渡してなかったとでも?」
「どういうことだ?」
「お前だよ。近くにいれば突然悪魔に襲われる、というような緊急事態もあるだろう。そのときのため、悪魔と天使だけを切れる魔法の剣を渡された。これのすごいところは、人間でも天啓をまとえるというというところだ」
銀色の光が、孝政さんを覆う。
「どうしたディクソン。剣を構えたのはただの脅しか。かかってきなさい」
「怪我してもしらないぞ」
ジャックが孝政さんに襲いかかった。
上手い。左右からほんの少しだけタイミングをずらした二連撃。けど、孝政さんは圧倒的だった。簡単に二本の剣を弾き飛ばすと、ジャックを倒して、剣を振り下ろす。そして、頭上ギリギリで止めた。
「人間なんて所詮無力で弱虫。そう思ったか?」
孝政さんが言った。
「私程度なら勝てると。つくづく甘いな。これなら、予言などなくても、私でも未来が見える。敵にやられて無様に死ぬ。三人ともな」
俺は孝政さんをキッと睨む。
「どれだけ睨んでもなにも変わらない。お前は一生私の下で働く!」
「それは無理よ」
チェイミーが言った。
「匂いがある。香水は上から人間の匂いをつけただけで、完全に消すわけじゃない。時間がかかれば自然と消えるし、例えばお風呂なんかで流せば消える」
「お前は三人の中で一番賢そうに見えたんだが、勘違いらしい」
チェイミーが孝政さんを睨む。
「なにが?」
「緊急時用に剣を渡すんだ。例えばこの家にも、匂いを消す術がかけられていてもおかしくないだろう?」
ジャックもチェイミーも、多分俺も、孝政さんには剣じゃ敵わない。天術を使っても同じだ。支配元素の力を使えばなんとかなるかもしれないけど、暴走して力尽きたら最悪だ。この家は壊れて、匂いを嗅ぎつけた悪魔が押し寄せてくる。
だったらフェニーチャーしかない。俺の右手が一瞬燃える。孝政さんはそれを見逃さなかった。
「フェニーチャーを使うのはやめておけ。この家や香水で誤魔化せるのは天使の匂いだけ。悪魔の匂いは消せない。使えば私を倒せるが、悪魔の軍隊には勝てない」
孝政さんは二人の武器を奪って、二人の首を掴んだ。
「さて、この無礼者たちには牢屋にでも入ってもらおうか」
「牢屋? この家に?」
「もちろんあるさ。地下に使ったからな。天使でも壊せない頑丈な檻を。さぁ来い!」
二人は必死に抵抗するけど、はっきり言って無意味だ。孝政さんは二人の抵抗にびくともせずに、二人を引きずってリビングを出た。
俺も後を追う。
だいたい、地下なんて見たことも聞いたこともない。それに、隙を見て二人を助けなくちゃいけない。俺は指輪を剣にして、体の後ろで握った。
疑問の答えはすぐにわかった。地下の牢屋は、どうやら俺が天界に行ってから作ったらしい。二階への階段の横に、見たこともない、下に続く階段があった。
平面なら子供二人運ぶくらい簡単でも、階段だとそうじゃない。二人が暴れたせいもあって、一瞬ふらついた。その瞬間、俺は孝政さんに向かって剣を振り下ろした。もちろん刃じゃなくて腹の部分だけど。それでも、数メートルはふっ飛んで意識を失うはずだ。
そのはずだったのに、孝政さんはまた俺の予想の上をいった。
後ろには目がついてないはずなのに、俺の剣を完璧に避けた。
その後一瞬、なにが起こったかわからなかった。
パァンッてなにかが弾ける音がして、俺の左膝はだらしなく床についた。ももの外側が痛い。孝政さんが銃口を俺に向けてるのを見て、ようやく拳銃で撃たれたってことを理解できた。
「これも天使どもからもらった道具だ。天使と悪魔にしか効かない」
たしかに、床にも傷一つついてない。足を見れば、貫通じゃなくてかすっただけなのもわかる。これくらいの傷なら何度も受けた。今さら大丈夫だ。そのはずなのに、痛みで上手く立ち上がれない。
そんな俺を見て、孝政さんは笑った。
「無理だよ。立てない。痛み増強もふくめて、そういう毒を仕込んである。弾は無制限」
「最低だ。なにが息子」
「なんとでも言え負け犬。私の隙一つつけないやつがなにをできる? 仲間二人取り戻せないとは、結局お前はここにいたときとなにも変わらない」
「そんなことない!」
「いいや変わらない。一緒だ。詩織に泣きつくだけの弱虫だ」
座って動けない俺をほって、孝政さんは二人を掴み地下に消えた。下から二人の叫び声が聞こえる。
数分して、孝政さんはやっと戻ってきた。
「二人をどうするんだ?」
「人質にとればお前は大人しくなるだろう。暴れる泣き虫をなだめるのは大変だからな。さぁ立て。毒の効果はもう消えたはずだ」
たしかに、ほとんど消えていた。壁に手をつきながら、なんとか立ち上がった。
「今日はお前の兄弟も帰ってくる。久しぶりに家族四人、楽しい食事にしよう。夕食を作る。手伝え」
夕食の準備を手伝うのは嫌いじゃなかった。というか、むしろ好き。詩織さんと二人で、誰にも邪魔されず、楽しかった。けど、今回は孝政さんと二人。気まずくて仕方ないし、ジャックとチェイミーも心配。おまけに今日は侑斗と健斗まで帰ってくる。いいことなんて一つもない。
そうして一時間もすると、俺の義兄弟が帰ってきた。
玄関を開け、落ち着いた足取りでこっちに向かい、リビングのドアを開ける。
「ただいま帰りました、父さん」
「あぁ、おかえり」
孝政さんが優しく迎え入れる。二人は荷物を中に入れる──と、いつもならそうなるはず。けど、今回は違う。半年以上前に急に出て行って、急に帰ってきた俺がいる。二人はテーブルにご飯を並べる俺を見て固まった。
この家の長男で、俺の五つ歳上の健斗が前に出た。
「驚いたな。いつ帰ってきたんだ、昌人。いや、今はショートだっけ?」
「そうだね」
俺は顔を下げて、できるだけ顔を合わせないように答える。
「寮生活から帰ったら、いきなりお前が家から消えてるんだ。父さんに聞いたら、お前が天使だって?」
「そのとおりだ。だからもう、前みたいに俺にちょっかいかけない方がいいぞ」
「ははっ、俺も侑斗も証拠は見た。だがショート、お前が天使だったらなんだ? なにか関係あるのか。お前は今でも、俺たちのサンドバッグだろ!」
いきなりお腹を殴り飛ばされた。倒れた俺を、二人は笑って、健斗が俺の胸ぐらを掴んだ。
俺は二人を思いっきり睨んでやる。今までは睨んだって無駄だった。二人にさらに笑われて、なすすべもなく殴られる。二人は小さい頃からボクシングを習ってるし、体格差もある。なにをやったって勝てるわけがない。けど、今は違う。天啓を纏えば力も速さも俺が上。天術だってある。見てろ、すぐに吹き飛ばしてやる。
「なんだその目は。俺たちに勝てるとでも──」
「リフュ──」
「やめろ!」
手を構えて、二人に拒絶壁を放つ寸前で、孝政さんの怒号が飛んだ。
「三人とも、食事の前だ。誰がそんな教育をした? まさか、侑斗と健斗まで、私の出来損ないになるつもりじゃないだろうな?」
「もちろんです父さん」
「俺たちはちょっと、生意気な弟を注意してただけです」
「そうか。それならもう十分だろう。今は家族四人、久しぶりの食事を楽しもう」
なにが家族。俺はしぶしぶ席に座った。
こんなに楽しくないご飯は久しぶりだ。考えてみれば、ニュースルクスに来てからは本当に、なにもかもが楽しかった。どんなに孤立したって、ジャックやチェイミーは俺のそばにいてくれた。それだけで十分だ。けど、二人は今牢屋で、隣も前も嫌なやつ。
二人は学校のことや友達のこと、主に自分たちの自慢話をかわるがわる話し続けた。聞いてるだけで吐き気がする。孝政さんは満足そうに笑ったり、何度も頷いた。
俺は一番に食べ終わって、席を立った。
「どこにいく」
「ジャックとチェイミーにご飯を渡しに。二人にもなにかを食べさせるくらいいいだろ」
「なるほど。たしかに、死んでしまっては意味がないしな。いいだろう。私もついて行こう」
俺は二人分のご飯を、孝政さんは牢屋の鍵を持って地下に向かう。孝政さんはもちろん剣も銃も持ってるから、鍵を奪って逃走は無理だ。
地下はいかにも牢獄ってのを想像してたけど、意外と明るかった。真っ白な床、壁、天井。そして、鉄格子の中でのんきに寝てる二人。俺は二人の姿を見た瞬間、嬉しさがあふれて駆け寄った。
「ジャック、チェイミー!」
二人の体がピクッと動く。ジャックはあくびをして、目をこすりながら言った。
「よぉ、おはようショート」
「おはよう。相変わらずのアホづらで安心したよ」
「おいおい、それが牢屋に入れられてる親友にかける言葉か? できれば出してほしいんだけど」
「そうしたいけど、今は無理だ。けど、いつか必ずなんとかするから」
「オーケー。それは頼もしい」
「私の目の前でよく堂々と話せるものだな」
振り返ると、孝政さんは呆れるような目で俺を見下ろしていた。俺も睨み返す。
「そのくらいの自信ってこと」
「なるほど。二人が近くにいるとこれか。さっきまでとはえらい違いだな」
「なにが言いたい?」
「よほど大事な友達らしい。それも、お互いに絶大な信頼を寄せた」
「だったら悪い?」
「いいや。安心したよ」
「は?」
首を傾げる俺を無視して、孝政さんは牢屋の鍵を開けた。そうして、床に置いた二人のご飯を乗せたトレーを中に入れる。
逃げ出すチャンスだけど、片手には拳銃が握られてるし、さっきのを見た限り孝政さんの反応速度は俺たちよりもずっと速い。今はまだ無理だろう。
「一応温めておいた。冷めないうちに食べなさい」
「へぇ、意外と優しいんだな」
ジャックが挑発する。
「もっと非道かと」
「誤解だな。貴様らを監禁してる時点で優しくなどない」
「たしかに」
「食事は食べれるときに、できる限り美味しいものを。常識でありマナーだ。私の持論だが、監禁してるとはいえ、客に無礼は働けないだろう」
「律儀だね」
「食べ終わったらトレーは柵の下を潜らせて置いとけばいい」
そう言って、柵の鍵を再び閉めた。
「行くぞ」
二人ともう少し話していたいけど、今は従うしかない。俺は地下を出る前に、もう一度中を見渡した。柵の中は、結構広くて、牢屋というより家だ。トイレやお風呂、洗面台、ベッドもあるし、そんなに不自由はなさそう。少し安心した。
俺は地下から出てすぐ、自分の部屋にこもった。あの二人とは顔も合わせたくない。
俺の部屋は、出て行ったときと全く同じ状態で、少しだけほこりが溜まっていた。
ベッドにダイブする。寝心地は上々。心休まるなんてことはなかったけど、体の疲れはよく取れた。これは俺だけのものだったし、結構愛着がある。
……って、やめよう。この家に懐かしさを感じるなんてどうかしてる。ジャックとチェイミーを閉じ込められて、さらにはあいつらにも会って、予想以上に疲れてるんだ。
とりあえず、二人を牢屋から出すなら深夜のみんなが寝てる時間しかない。それまでは部屋の中で──
「おい、昌人」
部屋をノックするのと同時に、侑斗と健斗の声が聞こえた。
「来い」
無視してやろうかと思ったけど、ちょうどいい。あの二人にはさっきの貸しがある。
「わかった」
そう返事して、俺は部屋を出た。
孝政さんは多分書斎。庭に出て、多少騒いでもバレたりしない。
「さっきは父さんに邪魔されたからな」
「それは俺の方だ」
俺は二人に向き合って、堂々と睨みつける。二人はそんな俺を見て、不満そうに歯ぎしりした。
「ずいぶん生意気な口をきくようになったな」
「当たり前だ。こないだまでとは違うんだ」
二人が俺に襲いかかる。たしかに速い。人間にしては、だけど。今の俺に勝てるわけがない。俺は天啓を纏って、二人の拳を避けた。素早く後ろに回って、手を向ける。大丈夫だ。俺もそこまでバカじゃない。ちょっと痛い目を見せるだけで、かすり傷になる程度の攻撃。
拒絶壁を放とうとした瞬間、銃声が轟いて、弾丸が俺の目の前をものすごいスピードで通り過ぎた。
孝政さんがドアの前から、俺たち三人を怖い顔で睨んでいた。
二人はギョッとした顔で孝政さんを見た。
「と、父さん……?」
「二人は仲に入って、大人しくしていろ。それから、こいつにちょっかいをかけるな。怪我するのはお前たちの方になるぞ」
「は、はい」
二人はぎこちなく返事をして、家の中に大人しく入っていく。孝政さんは二人を見送ると、俺の方につかつかと歩いてきた。
「銃声。大丈夫なんですか?」
「天使がなんとかしてくれるだろう」
「それで? 俺だけ残してなんか用?」
「なにか用だと? 私の愛すべき家族にお前は今、なにをしようとした?」
「別に。ただ少し痛めつけようと思っただけ。何年分もの恨みがあるし」
孝政さんが怒って、俺を突き飛ばした。
「痛めつける? お前が? ふざけるなよ」
「ふざけるって……それはあんたの方だろ」
俺は勢いよく立ち上がって、孝政さんの胸ぐらに掴みかかった。
「あなたの言う家族なんて、血の繋がったあの二人だけだろ」
「なんだ。自分が入ってないことがショックか? わかってたことだろう」
「俺のことはどうでもいい。俺もあんたを家族と思ったことなんてないし」
「じゃあなにが言いたい?」
「詩織さん。どうしてお葬式にも来なかった? 顔一つ出さないで、いつもみたいに仕事をしてた」
俺はほとんど叫んでいた。
「詩織さんのこと、ほんの少しも愛してなかったくせに。そんなあなたが、今さら家族なんて」
「それがどうした?」
「は?」
「詩織を愛していないこと。お前が嫌いなこと。息子たちが好きなこと。なにか関係あるか?」
体から力が抜けて、手が孝政のスーツから離れる。
関係ない? 本当に、詩織さんのことなんてどうでもよかったのか?
「あの人は、すごくいい人だった。俺にも優しくしてくれた」
「知ってるよ」
「この家じゃ、俺の唯一の居場所だった」
「そうか。よかったな」
「俺には少しも理解できないけど、あの人はお前のことを褒めてた。尊敬してた。好きだって、言ってた」
「それで?」
「それもお前には関係ないって言えるのか? どうでもいいのか? なにか理由があって、葬式に来れなかったとか」
「だったらどうする。なにが言いたいんだお前は」
頭が真っ白になって、気づいたら孝政さんを殴っていた。
「最低だ。嘘でもいいから、理由があったって。好きだったって言えよ。どうでもよくなんかないって、少しは否定しろよ」
「それをしてどうなる」
「詩織さんが浮かばれない! そんなこともわからないなんて。クズが」
「そうかもな」
「詩織さんは、俺の世話で忙しかった。特に、あんたは仕事ばっかりで手伝いなんてなにもしなかったから。だから疲れてた。車で居眠り事故を起こしたのだって、そのせいだ。だから、詩織さんを殺したのは俺だ。だから、二人が俺を恨んで嫌いなのはわかる。けどお前は……」
「そうだな。詩織が死んだことで、お前を恨む気はない」
「どうでもいいからだろ? 死んでも生きても」
返事は、ない。代わりに、孝政さんは一度、鼻で笑った。
「なにがおかしい?」
「いや、その程度かと思ったんだ」
「その程度?」
「自分が好きだった女性が、私一人に好かれてなくて。たったそれだけのことがそんなにショックだったのか?」
「悪いか?」
「その程度のメンタルで、前とは違うなんてよく言えたな。冒険の旅なんて、これ以上に辛いことは山ほどあるぞ。それ全てに一々絶望してたらキリがないぞ」
「だったらなんだよ。あんたみたいに、どうでもいいって、忘れろって?」
「お前がどうするかは私が知るわけないだろう。……だがすぐに心を乱して、簡単に体の力を抜いたり、安易に攻撃を仕掛けるのは賢くない。それだけはわかる」
孝政さんはくるりと向き直って、玄関の方へ歩き出した。
「もう子供は寝る時間だ」
子供じゃない。そう静かに呟いて、俺も自分の部屋に戻った。
ベッドにダイブして、しばらくして頬を誰かに叩かれた。
「おい、ショート起きろ」
俺をショートと呼ぶのは、ここには二人だけ。けど、そんなわけない。
俺はみけんにしわをよせながら、ゆっくりと目を開けた。ぼんやりした視界が段々クリアになっていく。それと同時にジャックのいつものニヤニヤした顔もはっきりする。
「どうした難しい顔して。悪い夢でも見たか?」
「ジャック! チェイミー!」
俺はベッドから飛び上がって二人を見た。頬をつねっても痛い。つまり夢じゃない。二人は俺を見て笑ってる。
「けど、なんで。どうやって出たんだ? ていうか、俺バカだった!」
俺は両手を広げた。
「二人が自力で脱出する可能性なんて、全く考えてなかった」
「だろうな」
「違うって。なんていうか、ちょっと落ち込んでたっていうか。けど、二人は天才だ。あの牢屋を脱出するくらいなんでもないに決まってた!」
「まぁな、当たり前」
「けどほんとに、一体どうやったんだ?」
チェイミーが指パッチンして言った。
「マルリロス」
火花が散って、チェイミーの横に天空クラゲが現れた。
「マルリロスなら牢屋の柵も通れるし、鍵や武器を盗み出すのも簡単。もちろん、ショートの部屋を知ることもね」
チェイミーはそう言ってウィンクをする。
「さすが」
「驚くのはまだ早いぜ。これなーんだ?」
ジャックがポケットから画面のついた機械を取り出した。
「はいはい。俺にはなにもわかりません」
「オーケーオーケー。これはな、発信機の位置を表示してくれる超便利な機械」
「発信機?」
「そう。市販のをちょっと改造して、追跡距離を伸ばした俺自家製のね。朝早くにマルリロスに頼んでお前の義理の父親の車につけといた」
「それって……」
「そう。会社の場所がこれでわかる」
「さっすが! ほんと、なんて言ったらいいか。……そういえば、侑斗と健斗は?」
「あぁ。ここに来る途中、急に騒ぎ出したからちょっと眠ってもらった」
俺はジャックの肩を殴った。
「ナイス」
「まぁな」
「じゃあ、荷物を用意して早速行こう」
「もちろん」
ジャックとチェイミーは肩にからったリュックを揺らした。準備は万端ってことらしい。
俺も隣に投げ捨てたリュックを取って、三人で家を飛び出した。
◇◇◇
IT会社の社長。さすがにビルのレベルも違う。駐車場はめちゃくちゃ広いし、ビルの中にも外にも警備員が張り付いている。
ジャックが聞く。
「で、どうする?」
チェイミーも俺を見た。俺は力強く頷いて答えた。
「とりあえず行くしかない」
中に入るのは簡単だった。ちょっとお辞儀しながら通れば、見過ごしてくれる。
中はスーツ姿の男と女でいっぱいだ。
「で、オフィスはどこだ?」
ジャックが言った。
「受け付けに聞いてみるか?」
「そんなことしたら神山孝政に来たことがバレる」
チェイミーが即座に答えて俺を見た。
「多分最上階だ。なんとなく思い出した」
「最上階ね。けどどうやって行くんだ?」
たしかに。エレベーターまでの道には警備員が二人。今度は簡単には抜けられなさそうだ。
「孝政さんの息子だって言えば通れるかも」
「無理だったら?」
「幻覚だ。あれだけ練習したんだ。たった二人、数秒くらいなら」
二人は頷いて、俺の後をついてくる。
まずは普通に通ってみる。もちろん止められた。
「君たち、どこの子? ここから先は通っちゃダメだよ」
「すみません。俺、孝政さんの息子で。ちょっと忘れ物を届けに」
「社長の? ごめん、名前を教えてくれないか? すぐに確認するから」
警備員の一人が携帯を取り出した。まずい。作戦失敗だ。俺は咄嗟に手を向けた。
「幻考雑園」
二人はふぬけた表情になって言う。
「すみません。お通りください」
慎重に周りを確認して、間を抜ける。
「何秒持つかわからない。とにかく急いだ方が──」
「おい! お前たちいつのまに!」
早すぎる。警備員はすぐに正気に戻って俺たちを追い始めた。
「走れ!」
俺たち三人は同時にそう叫んで、エレベーターに直行する。
エレベーターは幸い、一つ上で止まったばかりらしい。ボタンを押すとすぐに降りてきた。
「おい、何階だ?」
「最上階! 二十三階!」
二十三階のボタンを押して、ジャックは閉まれボタンを連打する。警備員まであと五メートルもない。
「急げ!」
「やってる!」
閉まりかけた扉に警備員の手が挟まった。
「悪戯はよそでやってくれないか?」
「ルィネアフルミネ!」
金色の稲妻が走って、二人は後ろにふっ飛んだ。
「おいショート」
「これしかなかった」
「わかってるよ」
チンッと鳴って扉が閉まり、エレベーターが上昇する。
『ニジュウ・サン・カイ・デス』
扉が開くと、左右に伸びた廊下が待っていた。
「どっちだ?」
「右だ。……多分だけど」
昔の記憶と勘を頼りに、中を進む。
「あぁ、今から行こう」
孝政さんの声がして、足音がこっちに近づいてくるのがわかった。
俺たちは急いで近くの部屋に隠れる。足音が完全に通り過ぎたのを確認してから、部屋を出て、孝政さんが来た方向に進む。案の定、その部屋の前にだけ警備員が二人立っていた。
俺たちは顔を見合わせて頷いた。
「ルィネアフルミネ」
金と青の稲妻が二人を襲った。
孝政さんは慎重だ。扉にはロックがかかっている。
「任せろ」
そう言ってジャックがニヤリと笑った。
ポケットから取り出したのは二本の針金状のもの。つまり、ピッキングだ。
鍵穴に針金を差し込んで数十秒。カチッと音がして、ロックが解除された。
ジャックは得意げに大声を出した。
「さっすがは大天才のジャック様!」
「わかってるって」
扉を開けて、ついに中に入る。
「ここは……」
ビンゴだ。夢で見た部屋と全く同じ。そして思い出した。俺は何度かここに来たことがある。理由は忘れたままだけど。
デスクの上に、ポツンと置かれた砂時計。砂は血で染められて真っ赤だ。
「あった。あれだ。そうだろ?」
チェイミーは頷く。
「ええ。もう全部なくなったはずなのに、なぜか人間界にある。あれが、最後の予言」
「けど、誰のなにに対しての予言かわからないんだろ?」
ジャックがそう聞くと、チェイミーは砂時計を手に取って言った。
「予言の対象を教えてください」
すると、下に落ちていたはずの、いくつかの砂粒が上に上がって、文字をかたどる。
ショート・アルマス 十歳 冒険の旅
チェイミーがニヤリと笑う。
「あたりね」
俺は頷いて、砂時計を受け取る。
「これ、どうやって予言を聞くんだ?」
「簡単。割ればいいの。床に叩きつけたりしたら一発よ」
俺は砂時計を一通り眺め回して、今度はジャックとチェイミーの顔を見た。二人とも緊張している。
「準備はいい?」
二人は同時に答える。
「もちろん」
そして最後に、深呼吸をして俺も答える。
「オーケーだ」
砂時計を床に軽く投げる。
その瞬間、砂時計は粉々に砕けたと思ったら、すぐに跡形もなく消えた。
そして、オフィス中に声が響き渡った。
ショート・アルマス
不思議な声だ。男のようにも、女のようにも聞こえる。そして老人のようにも、赤ちゃんとようにも聞こえる。まるで、世界中の人が同時に喋ってるみたいだ。けど不思議なことに、混雑してなくてむしろ聞きやすい。
ゴクリ、と唾を飲む。
予言は一気に続けた。
お前は神童が治める国へ赴き
反乱者と共に戦い 宝を奪う
捧げる命はただ一つ
敵は魔界にて
大いなる野望を持って蘇らんとする
お前は知性を手に戦う以外に他はない
死の理に反した者が蘇るとき
ついに謎に包まれた部屋の鍵が開く
入れるのはただ一人
それを破れば
待っているのは辛き真実と争いだけ
赤目の男 激闘の末 命を落とす
また お前の友は選択を迫られる
破壊か救済
どちらか一つ




