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帰ってきた男

 三発。

 俺がチェイミーに殴られた回数だ。

 とりあえず遠くの街に逃げて宿をとり、例の砂時計の夢の話をしたら殴られた。なぜもっと早く言わなかったのか、らしい。

 殴られた腕は痛いけど、わかったことはある。チェイミーの反応からして、ビンゴってことだ。


「砂時計型の予言ね。一番小さな予言」

「予言に小さいも大きいもあるのか?」

「ある。大予言、とか聞いたことあるでしょ。ようは規模の問題。砂時計型で予言できる規模はすごく小さくて、基本的には一人」

「……応用的には?」


 チェイミーが俺を睨んだ。


「ごめん。冗談だって」

「一人と、それに関係する周りの人のことも予言してくれる。それに砂時計は神託と違って一度きりの使い捨てだから、いっぺんにたくさんは聞けないの」


 チェイミーは机を指でコツコツ叩く。


「だから、少しまずい」

「まずい?」

「砂時計の使い方はね、まず蓋を開けて、砂の中に予言してほしい人の血を一滴垂らすの。そしたら砂全体が真っ赤に染まる。そして、予言してほしいことを言う。すると、上に浮いていた砂が全部下に落ちる。あとは、予言が聞きたくなったら砂時計を壊せばいい」

「ちょっと待って。俺の夢で出てきた砂時計は、真っ赤だったし下に落ちてた」

「そう。だから、私たちが予言を指定することはできないの。あなたが見覚えのある場所ってことだから、ショートに対しての予言の可能性は高いけど、いつの時期の予言かはわからない。というか、その確率は圧倒的に低いと思わない? だって、長い人生の中でたった数ヶ月分なんて」

「まぁとりあえず」


 ジャックが言った。


「調べてみないことにわからないだろ」

「ショート。なにか他に思い出せないの?」

「全然」

「そっか」


 ジャックが両手を上げた。


「人間界を全部探し回る? お手上げ」

「いや、思い出したことはないけど、予想はできる。と思う」


 二人が目を輝かせた。


「あれが本当に人間界で、俺が見たことあるってオフィスなら、孝政さんの会社以外ありえない」

「たしか、ショートの義理の父親……みたいな人だっけ?」

「うん。けど、場所覚えてないし。予言を手に入れるとしたら、本人に直接聞くしかない」

「まぁでも、わがまま言ってる場合じゃないだろ?」

「うん。わかってる。明日の朝、出発しよう」

「そうね。一日寝ずに逃げ回ったし、もう遅いから」


 そう言って、チェイミーが部屋の電気を消した。

 二人はそれぞれのベッドに横になって、数秒後には寝息を立てていた。

 俺もとりあえずベッドに寝転んだ。けど、寝れる気がしない。正直、あの義家族に会うのはいやだ。あまりにいい思い出がない。

 俺はいつも祐司(ゆうじ)健斗(けんと)のサンドバッグだったし、孝政さんは俺に興味なんてこれっぽっちもない。唯一優しかった義母の詩織(しおり)さんも死んだ。

 あそこに戻れば、俺はまたただの昌人になる。そんな気がして、すごくいやだった。

 体は意外と正直らしい。俺はいつのまにか寝ていて、気づいたら朝だった。

 チェックアウトをすませて、また三日かけて白凰堂に戻る。

 白凰堂の大量にドアがついた廊下を歩く。


「通行証は?」

「私のがあります」


 警備員に止められたけど、すぐさまチェイミーがカードを出した。


「チェイミー・シェイク様とそのお連れの方ですね。どうぞお通りください」


 俺たちは九番と書かれたドアの前に立った。

 ジャックが言う。


「もうダメかと思ったぜ」

「家族でよく行くの、人間界。天界とも違った魅力があって、結構おもしろいから」


 俺はドアを開けた。俺たち三人の体は、吸い込まれるようにドアの中に入っていった。

 俺とジャックはまだゲートゾーンを通るのに慣れてない。人間界に着いたとき、二人で尻もちをついた。

 そこは、どこかのホテルのロビーだった。床は白いタイルで、天井は「どうやって掃除するんだ?」って言いたくなるくらい高い。二人の受け付け嬢。奥に行けばイス。反対は温泉。そして、トランクを持って家族連れで来る客。


「ここは?」

「ホテル・フェザーレスト。日本語で羽休めって意味。でもここの場合、意訳すれば天使の休憩場ってとこ」

「なにそれ」

「つまり、ここは白凰堂と一緒ってこと。天界からのほとんどのゲートはここに繋がってるの」

「そりゃすごい。てことは、ここにいるのはみんな天使?」

「従業員と客の半分はね。表向きホテルってことにしてるから、さすがに人間の客も入れないと」

「けどさ」


 ジャックが言った。


「ここからどうやってショートがいた──?」


 俺をチラリと見る。


「坂木町」

「──まで行くんだ? 公共交通機関もタクシーも、人間界の金がないから使えないし」


 ジャックはドアの外を顎でさした。ビルが建ち並んで通行人はたくさん。


「こんな人混みじゃ、ペットも呼べない」

「それなら大丈夫。ついてきて」


 チェイミーは受け付けに歩いた。

 受け付け嬢はニコニコ顔で言った。


「ご予約は?」

「アダムとイヴ」


 ジャックがギョッとした目でチェイミーを見た。


「おいチェイミー、大丈夫か? 今のは、予約はしましたかって聞いたんだぜ。俺たちの場合、正しい答えは──」

「合言葉じゃない? 天使かどうか」


 チェイミーがジャックを睨む。


「日本語が不自由でごめんなさい。代わってくれる?」

「いや、結構。もうなにも言わないからどうぞ」


 受け付け嬢が言う。


「お部屋を?」

「いや。タクシーを」

「わかりました。手配します。が、その前に失礼します」


 受け付け嬢がポケットから香水を取り出して、俺たちに吹きかけた。ジャックは体をにおいながら言う。


「俺臭かった?」

「違うわよ。今のはにおいを消したの」

「やっぱり臭いんじゃん」


 すでに受け付け嬢はどこかに電話をしている。

 ジャックがチェイミーの服を引っ張った。


「ていうか、タクシーって?」

「なにも言わないんじゃ?」

「これくらいいいだろ」

「私たちみたく交通手段がない人用のタクシー」

「なるほど」

「どうせすぐ来るわ。行きましょう」


 チェイミーの言った通り、本当にすぐに来た。外に出てわずか数秒。多分、血の契りを結んでるんだ。

 ただ一つ、疑問もあった。タクシーは空から来た。ていうか、空飛ぶタクシーじゃない。天空馬車だ。けど、規模はそこまで大きくない。馬車を引くペガサスは一般サイズ(普通の馬に翼が生えたくらい)だ。

 黒い制服を着た男の御者は言った。


「俺はチャールズ・ストーン。これは五十三番馬車。他になにか質問は?」

「いや。とくに」

「そうか、じゃあ次は俺から質問。えーっと、おたくら──いや、いいや。そこのオッドアイのハンサム少年」


 チャールズが俺を指差す。


「あんた名前は?」

「ショート・アルマス」

「そうか。よろしくショート。……──え? なんだって? もう一回言ってもらえるかい」

「だから、ショート・アルマス。ていうか、聞き間違えてないと思うけど」

「こりゃ驚いた! ショート・アルマス! 実在したってのは知ってるが、まさか会えるとは。こりゃとんだラッキーデー。妻と子供に自慢できる。そうだろ?」

「うん、そうだね」

「しかし、あんた──いや、あなたはどうして人間界に来られたんですか?」

「別にいいよタメ口で。まぁ、ちょっとした観光」

「なるほど。それなら俺のオススメを」

「大丈夫。行く場所は決まってるから」

「いやしかし」

「坂木町まで。大急ぎでお願い」

「わかりました! お乗りください!」


 俺たちが乗り込むと、チャールズがペガサスに鞭を打ち、気付いたら飛んでいた。こういうことを言ったらヘルェルに怒られそうだけど、ペガサスは驚くほど乗り心地がいい。


「これ、人間に見られて大丈夫なのか?」


 ジャックがそう言うと、チェイミーは頷いた。


「幻術で感覚を歪まされるの。上手く認識できない。天空馬車なんて、鳩と同じよ」


 その後十秒間、空の旅は快適だった。

 俺が窓から下の街を眺めていると、爆発音がして馬車が激しく揺れた。チャールズとペガサスの悲鳴が聞こえる。

 チェイミーの反応はさすがだ。チャールズに咄嗟に言った。


「どこか人のいない場所に行って! そこで私たちを降ろすの!」

「いやしかし、ショート・アルマスとその友だちを見捨てるわけにはいきませんって」

「そんなのいいから!」


 俺は窓から体を出して周りを見た。そして驚いた。後ろにはエムプーサと、八咫烏に乗ったイフリートとあともう一種類──首から上がなくて胸に顔がある怪物──が俺たちを追っていた。

 イフリートが火の玉を投げつけて、また爆発して揺れた。

 俺は叫んだ。


「チェイミーの言ったとおりに。早く!」

「いやいや。見ててくださいショート。腕にはそこそこ自信があってね。誰か知らんがこの俺が──」

「いいから早く! してくれたらみんなに言っとくよ。チャールズ・ストーン、勇敢な天使だって。ブログに書くのもいいかも。それから、ニュースルクスの掲示板にも」

「なんと! ほんとか?」

「まぁ、努力はするかも。可能性はあると思う」

「わかったぜ! ……しかし、どこも下にはビルだらけで人気のない場所なんて」

「だったら海だ! 海の上!」


 馬車は方向を変えて大急ぎで飛ぶ。けどダメだ。悪魔の群れはどんどん迫ってくる。

 俺は下を見た。通行人はかろうじて俺たちに気付いてない。けど、それも時間の問題かも。もし今空を見上げたら人間にはどう見える? 一羽の鳩を大量の怪物が必死に追ってる? なんにせよバカらしい。


「人間に見られないくらい高く上がって!」

「はいよ!」


 チャールズがペガサスに鞭を打つ。ペガサスは鳴いて、雲ほどの高さまで上昇する。

 俺が口笛を吹くと、正面から白凰の群れがやってくる。チャールズは「わお!」とか「白凰だ! 初めて見た!」とか言って驚いている。

 白凰たちは波動を吐いて悪魔の群れを足止めしている。いや、この場合は翼止めかも。

 俺たちはドアから体を出して、悪魔たちの猛攻を必死に防ぐ。


「もう海ですよ! 今は冬だし、結構進んだんで人はいませんぜ!」

「よし、じゃあ行こう」

「おい!」


 ジャックが叫んだ。


「それって、海に飛び込むってことじゃないよな?」

「もちろん」

「ふぅ、よかったぜ」


 足止めも限界だ。いろんな攻撃が馬車を襲った。


「合図はなし。今すぐ飛び込め!」

「なるほど。おもしろい冗談じゃん」


 俺たちが飛んだ一秒後、馬車は気圧と雷で粉々になった。

 雲から海まで落ちたことはあるか? ないなら覚えておくべきこと:体感時間がめちゃめちゃ長い。俺なんか、ハンバーグを食べたくなるところから始まって、肉をこねるとこまで想像できた。

 水面に体が叩きつけられる寸前、ヘルェルが俺たちをすくい上げた。


「ナイスだ!」

「まだです!」

「え?」


 急上昇する俺たち三人とヘルェルをまるごと、大量の雷撃が襲った。防いでも防ぎきれない。俺たち三人は体が焦げて、衝撃で海に真っ逆さま。

 問題は、高度がそこそこ高かったこと。全身が打撲したみたいに痛い。

 意識を失う寸前、フェニーチャーのおかげで戻った。意識の奥底で、俺を叩き起こしたんだ。

 今の状況は結構やばい。空気を出しすぎたし、水を飲みすぎた。泳ぐのは苦手じゃないけど、今はどうにかできそうにもない。溺れて、沈んで、今度こそゆっくり意識を失うのを待つだけだ。それはジャックとチェイミーも同じらしく、俺から少し離れたところでもがいている。

 だんだん腹が立ってきた。普通子供相手にこんな大人数で襲うか?

 俺は体の水をできるだけ吐いて目をつぶり、意識を力に集中させた。耳をすますとか、目を凝らすとか、そんな感じ。俺の領域内の空間の流れで、ジャックとチェイミーがどこにいて、なにをしているのか、どう動いてるのかが手に取るようにわかる。海は激しく揺れだす。俺は、飛び上がれと念じた。

 次の瞬間、爆発したみたいに三つの水柱が勢いよく立って、それに押された俺たちは宙に放り出された。

 俺は二人の元に急いで泳いだ。二人は咳き込みながら水を吐いている。

 ジャックが言った。


「いやいや、助かった。けど、もう少し心地よくできないのか?」

「残念ながら」

「そうか、ほんと残念。まぁでも、死んでないからいいや」

「死んでないだと?」


 今日の天気は、曇りのち悪魔の集中攻撃。

 空が見えないくらいに、大量の悪魔の群れが俺たちを囲っている。


「溺れなかったから助かったと?」


 その中の一人。イフリートが言う。


「随分とのんきなガキだな」


 俺はもう一度支配元素の力を使って倒そうかと思ったけど、さっきのでもうそんな体力残ってない。


「イフリートとエムプーサと」


 俺は言った。


「首なしで顔が胸にあるあの悪魔なに?」


 チェイミーが答える。


「首なし族、ブレムミュアエよ」

「強い?」

「体が大きからパワーがあるし、とっても」

「じゃあ、逃げよう」


 ジャックが言った。


「なにか逃げる手が?」

「なにも」

「ダメじゃん!」

「だったら」


 フェニーチャーが言った。


「全員倒すしかねーな」

「わお、いきなり出てくるじゃん」


 ジャックが言った。


「あれ全部撃ち落とすの?」

「無理だな。全部終わる前に体力がきれる」

「ダメじゃん!」

「ジャック、チェイミー。お前ら二人の頭を使って、あいつらを俺の近くに集中させろ。そうすりゃいっぺんに燃やせる」

「オーケー。挑発しろってことだろ? それなら俺得意」


 ジャックはニヤッと笑って、悪魔たちに言った。


「どうした? そんなに大量にいるくせに、怖くて手が出せないのか? さっさとこっちに来てみろよ!」

「バカが! 誰がそんなものに引っかかるか!」


 リーダーらしきイフリートが叫ぶ。


「ここからでも貴様らくらい、十分殺せる」

「そうかな? だってほら、俺やチェイミーはともかく、ショートはもうずっと生き延びてきたんだぜ? あんたらの刺客から」

「あれはやつらが弱かっただけだ!」

「そうかな。俺からしたらみんな弱く見えるけど」

「おもしろいことを言うな、ガキ。それなら貴様を殺して証明してやる」

「待てよ。そんなに大勢いたんじゃ、弱くても勝って当然だろ? だからほら、こっちに来いよ」

「なに?」

「びびってないでさ。強いんだろ? それとも、さっきのはやっぱり嘘で、怖がりの悪魔ちゃんたちは俺たち子供三人に近づくこともできないかな?」


 周りでいっせいにブーイングが起こった。みんな「天使のガキに誰がビビるか!」と激怒してる。

 ジャックはどんどん続ける。


「だったら来いよ! なんでそんな遠くにいるんだ? ……そっか、返り討ちにあうのが怖いんだ!」


 悪魔たちが吠えた。今にも飛び出しそうだ。

 けど、それをリーダーが上空に放った雷鳴が打ち消した。


「中々やるな、小僧」


 悪魔たちの動きが止まる。

 リーダーは不敵に笑った。


「騙されるな。安い挑発だ。そうだろ?」


 他の悪魔も我に返っていく。

 もうダメだ。万事休す。少なくとも俺はそう思った。けど、ジャックは違うらしい。さらに声を張り上げた。


「騙す? バカ言わないでくれよ。あんたリーダーだろ?」

「そのとおり。よくわかったな」

「まぁね。だってほら、あんた一番強そうだし、なんていうか……すごい頼りになる感がするんだ。俺が今まで会ってきたどの悪魔よりも強くて、まさにすごいって感じ」

「ありがとう。で?」

「強くて、みんなのリーダー。そんだけすごいってことはケラヴロス様もあんなを相当評価してるんだろ?」

「そのとおりだが」

「てことは、俺たちを倒したら、その手柄は全部あんたものってことだ」

「当然だ。それがどうした!」

「ほら見ろみんな! 今のを聞いたか?」


 ジャックは周りを見渡して、最後にリーダーを睨みながら指さした。


「あんたらがどんなに頑張っても、手柄は全部こいつのだぜ!」

「なにを言う! これは俺の部隊なんだから、当たり前だ!」

「ほら、また。こいつ、俺たちに一人じゃ勝てないから、みんなをいいように利用しようとしてるんだ!」

「違う! 俺が貴様らに勝てないだと? バカを言え!」

「みんなを利用するだけして、手柄は独り占め。どうせ、上手いこと言いくるめられたんだろ? 騙してるは全部こいつだぞ!」


 悪魔たちはざわざわと騒ぎ出した。リーダーは叫ぶ。


「待て、騙されるな! こいつの言うことに耳を貸すな!」

「ぶっちゃけさ、俺たちももう、諦めてるんだ。だってほら、多勢に無勢。この戦力差だぜ? けど、どうせなら一番強いやつにやられて死にたいんだ。弱っちぃやつには負けたくないだろ? 手下の手柄を横取りするようなやつ、なんかにはさ」


 悪魔たちは「そうだそうだ!」と口々に言い始めた。


「いいだろう!」


 リーダーが言った。


「なら、俺が今から貴様らを一人で殺してやる!」

「みんな騙されるな! そんなこと言って、絶対助けを求めるぜ。ここは確実に倒すため、やっぱりみんなで攻めましょう、とか言ってな!」

「そんなわけあるか!」

「もういい。リーダーは弱くて話にならない。そうだろ?」


 悪魔たちは次々に賛同する。


「だったら、この中で一番強いやつって誰なんだ? できればそいつにやられたい。それとも、みんな自信ない?」


 悪魔たちは怒って叫ぶ。


「自信がないわけないだろう!」

「最強は私だ!」

「いや俺だ! なんでも燃やせるぞ!」

「私なんて、なんでも切り裂けるのよ!」

「俺が本気を出したら、家一個だって投げれるぞ!」

「バカ言わないで。私の方が速いわ!」

「俺は力がある!」


 力自慢大会の声は次第に大きくなって、今や誰もリーダーの声を聞こうとしない。

 リーダーは再び雷鳴を轟かせた。


「黙れお前ら! やつの手に乗るな!」

「黙るのはお前だ!」


 悪魔たちが言った。


「俺たちを騙しやがって!」


 ジャックが乗った。


「そうだそうだ! この弱虫!」


 完全にジャックのペースだ。もはやリーダーすら怒りで冷静じゃない。


「なぁなぁ、みんな。自慢はその辺にしてくれ。死ぬなら早く死にたいし、口ではなんとでも言えるだろ?」

「なんだと!」

「だからほら、行動で示してくれよ。俺たちを一番早く倒したやつが最強。そして手柄をもらえる。これがよくないか?」

「よし! だったら俺が!」

「なんだと、俺だ!」

「私よ!」

「ならこうしようぜ」


 ジャックが言った。


「全員同時に攻撃。これなら早くて強いやつが俺たちを倒せるだろ?」


 悪魔たちは頷いて、それぞれ攻撃の準備を始めた。雷撃や炎の玉などなど。

 ジャックは首を横に振る。


「おいおい冗談だろ? みんなでそんな遠くから攻撃したら、爆発して誰が倒したかわからないじゃん!」

「ならどうすればいい!」

「簡単だよ。近づけばいいんだ。俺たちの首を持ってたやつが優勝。ボーナス百二十点ぞうていだ。どう? 悪くないだろ?」

「なるほど。よしわかった!」


 全員が賛同する。


「じゃあ、俺が合図をかけるから、それでスタートだ。オーケー?」

「早くしろ!」

「わかったわかった。それじゃあ、よーい……ドン!」


 悪魔たちがいっせいに俺たちに襲いかかる。誰もが牙を剥き出しにして笑ってる。押しては押されて、優勝を狙う。

 ジャックが俺を見た。


「これでいい?」


 フェニーチャーはニヤリと笑う。


「十分だ。俺が合図したら、二人は十秒間海に潜れ」


 二人は頷く。

 悪魔たちの大突撃。一番速いのはエムプーサだ。俺たちまであと一メートルってとこまで来た瞬間、フェニーチャーが叫んだ。


「今だ!」


 二人が海に潜る。と同時に、炎を纏った右腕を上に払う。すると、巨大な火柱が立って、一点に集まって悪魔たちをまんべんなく飲み込んだ。次々と悲鳴を上げて燃やされていく。

 炎の中で、リーダーが叫ぶ。


「バカめ! 炎が俺に聞くか」

「俺の炎を、お前ごときが受け切れるとでも?」


 さらに火力が上がる。やがてリーダーも、叫び声を上げて燃え上がった。

 ジャスト十秒。二人が水面に出てくるのと同時に、全ての悪魔を燃やし終わった。

 ジャックが笑って言った。


「すげーや、ほんとに全部燃え尽きてる」

「当たり前だ。が、少し疲れた。代わるぞ」


 意識が俺に戻る。


「とりあえず、浜辺に行こう」


 俺が呼ぶと、すぐにヘルェルが来て浜辺まで運んでくれた。幸いにも人は誰もいないから、大きくて真っ白な鷹がいても誰も気にならない。

 ジャックは濡れた体をさすりながら言った。


「さ、さみぃ……」


 無理もない。今は冬。ジャックもチェイミーも寒さでガチガチ震えている。俺は、フェニーチャーの影響でそこまで寒くはない。多分、特別に体を温めてくれてるんだ。

 少し考えてみた。大広間ではデルマートが出した水を操った。今も、海の水を噴き出させた。俺の支配元素は水じゃない。けど、俺の支配領域にあるなら関係ない…………かも、しれない。

 俺は二人の体に手を当てて、意識を集中させた。まだ暴走は完全には抑えられない。俺以外の空間が激しく揺れる。

 ジャックが言った。


「おいおい、一体なんのつもりだ?」


 さっきの感覚を思い出すんだ。俺は目を閉じた。

 揺れる空間の中で、二人の姿がはっきり認識できる。音とか、匂いとかじゃない。ただそこに存在してる、気配みたいなものだ。生き物も、それ以外も関係ない。二人の周りを覆う空気も、そして海水も感じる。俺は海水に念じた。飛び出せ。

 成功だ。二人の体や服を濡らしていた海水が、勢いよく弾け飛んだ。俺は力を止めて、その場に座り込んだ。かなり疲れた。

 ジャックは自分の体中を触って言う。


「本当に全部乾いてる……」

「お礼。さっきは助かった」


 ジャックは腕を振る。


「気にすんなって。ジャック様は大天才なんだから」


 思わず笑ってしまった。無駄に謙遜しない、ジャックのこういうところが好きだ。

 チェイミーが静かに呟いた。


「けど、やっぱりおかしい」


 ジャックが首を傾げた。


「なにが? 俺が?」

「悪魔が」

「そうか? たしかにあのブレ……ブレン? いや違うな。ブレムミョエ? ブルンミョエル…………、まぁ、首なし族はキモかったけど、悪魔なんてたいがい変な見た目してるだろ」

「そうじゃなくて、私たちをどうやって追ってきたのかってこと」

「見てなかったのか? 飛んできたんだよ」

「だから、なんで私たちの場所がわかったのか!」

「あ、そういうこと」


 ジャックは手をポンと叩いて、チェイミーは頭を抱えた。


「一度しか言わないからよく聞いて」


 チェイミーが言った。


「私たち天使は、においをつけてるの。天使のにおいを」

「それって臭いの?」


 チェイミーはジャックを睨む。


「いや、ごめん。ほんと、こんな性格でごめんなさい」

「天使だけじゃない。人間も、悪魔も。においをつけてるの。けど、それを嗅ぎ分けられるのは悪魔だけ。天界にわざわざ乗り込んでくる悪魔はそうそういないけど、人間界なら話は別。わかる?」


 俺は頷く。


「敵が少ないから?」

「そう。ありがとう。さすがはショート。ジャックとは大違い」

「おいおい」


 ジャックが言った。


「それはさすがに褒めすぎだって。俺を」

「だから、天使が人間界に来ることは実はすごく危険なの。けど、観光客は多い。それは、事前ににおいを消してもらえるから。さっきのホテルで香水をかけられたでしょ? あれよ」

「なるほど。それで」

「そう。強力な天使ほどにおいは濃くなるけど、いくらショートでもまだ子供だし、あの香水ならどんなに濃くても完璧に消えるはず。だからありえないでしょ? あの大量の悪魔が私たちを追えるなんて。それがなんで」

「まぁ、気にしても仕方ないだろ」


 ジャックが言った。


「とりあえず、追っ手が来る前にここから逃げ出す。それが先決じゃない?」

「そうだな。行こう」


 そうして、俺たちが海岸から離れようと歩きだそうとしたとき、いつからいたのか、男が話しかけてきた。


「こんな冬に、海になんの用事だい?」


 真っ赤なタキシードに真っ赤な三角ナイトキャップで杖を持っている、中世風紳士とピエロが混ざったみたいな格好をしてるおじさんだ。

 髭は綺麗に整えられていて、白髪混じりの黒髪で、シワは多いけど顔はハンサム。

 一番変なのは、なぜか肩に蛇を乗せてるってことだけど、多分気にしたら負けだ。それにしても、蛇はそこそこでかいし、怖くないのか?

 ジャックが答えた。


「別に。あんたこそなにを?」

「私かい? そうだね……協力、かな」

「協力?」

「あぁ。彼には恩があるんだ。比較的傷の浅かった私たちは、簡単に蘇ることができた。まぁもちろん、完全ではないし、ここは毒なんだけどね」

「なにを言ってる?」


 いやな予感がする。しかも、俺の経験上いやな予感に限って当たる。

 俺は二人ごと少しずつ後ろに下がりながら言った。


「私たちって?」

「この蛇のことだよ」


 蛇が男の肩から降りた。


「さて、そこのお嬢さん」


 男はチェイミーを指した。


「知りたがっていたから教えよう」

「なにを?」

「さっきまで話していたことさ。もちろん、答えは簡単。私たちはにおいを嗅ぎ分けて来たのではなく、あらかじめホテルの前で見張ってたんだ。そして君」


 今度はジャックを指す。


「あの誘導、すばらしいよ。あのリーダーのイフリート。彼はガレハスクというんだけど、いつもすごく冷静でキレもの。よく心理をついた。そして、ショート・アルマス」


 今度は俺。


「海に溺れてから二人を救助したり、海岸に上がってからも水を弾き飛ばしたり。その年齢で君は、ものすごい天使だな。最後にフェニーチャー」


 指は俺を指したままだけど、目はフェニーチャーを見ている。


「あの炎。相変わらずだ。けどね、わかるよ。私も完全な復活とは程遠いからね。あれだけの火力を出せば、体力切れだろう? それじゃあ私たちを倒せないね」


 男の隣にいた蛇の体がどんどん大きくなって、形も変わっていく。

 そして、蛇の体を持った歯並びのいい二本角の人間になった。手には剣を握っている。


「さて、申し遅れた」


 男が杖を掲げる。杖はみるみるうちに剣に変わる。


「私はメフィストフェレス。そして」


 蛇男が甲高い声で言う。


「俺がボティスだ」

「私たち二人とも、かつてはルシファーもとい、サタン様の部下だった」


 俺たちはすぐに剣を構えた。


「まぁまぁ、やめてくれ」


 メフィストフェレスが両手を上げて、降参のポーズをとる。


「なんのつもりだ?」

「そのままだよ。私たちは君たちと戦うつもりはない。そっちは三人だし、フェニーチャーもいる。いくらなんでも勝てない」

「だったらなんの用だ!」

「これまた簡単。足止めさ。君たちの旅を遅らせること。そうすれば、ケラヴロスが復活する時間を稼げる」

「あっそ。それなら一瞬で片づければいいだけだ」

「おいおい、話を聞いてなかったのか? 私は戦わないと言ったんだ。例えば、彼」


 メフィストフェレスがボティスを指した。ボティスが言う。


「俺の能力は時間の支配。と言っても、世界全てを狂わすほどの力は持っていない。せいぜい自分の周りの時間の流れをいじるくらい。が、もう十分だろう」

「さぁ!」


 メフィストフェレスが言った。


「今、何月何日だと思う?」


 二人の足下から、火柱が立った。二人は咄嗟に飛び退く。


「はははっ! さすがはフェニーチャー。けど、言ったはずだ。戦わないと。私たちはこれで失礼するよ。もう十分時間は稼げた」


 二人は煙幕の中に消えた。


「大変!」


 後ろでチェイミーが叫び声を上げた。スマホを俺とジャックに見せながら言う。


「今日の日付。人間界に来てから、もう三週間も経ってる!」

「最悪だ」


 ジャックが言った。


「いいこと、一つもなし」

「いや」


 俺は言った。


「そうでもないかも」

「は?」


 二人が俺を見る。


「少なくとも、探してたものは見つかった」


 俺は海岸の先の、道路を指さした。一台だけ車が止まっていて、その隣にいつもどおり、スーツを着た孝政さんが立っていた。俺を見下ろして睨んでいる。

 久しぶりだ。もう半年以上も会ってないのに、こうして一目見ただけで、こっちでの生活を色々思い出す。けど、今の俺はもう前とは違う。今は人間・神山昌人じゃなくて、天使のショート・アルマスだ。

 俺は睨み返した。

 もう、負けることはない。




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