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寝た男

 俺たちのルートはこう。まずはヘルェルに乗って白凰堂へ。人間界で言えば、場所的にはちょうど東京だ。そこから西に、宿を転々としながら、三日かけて中国に向かった。

 早朝。


「中国って言えば、世界最古、最大の都市だよなぁ」


 とジャック。

 俺は周りを見渡した。世界最大って割には、賑わいはルシフェル街とあんまり変わらない。

 住宅街とそばに商店街。

 俺が首を傾げると、疑問を察したのか、チェイミーが笑った。


「ここは城の外側だから」

「外側?」

「人間界にもあると思うけど。万里の長城って」

「あぁ、聞いたことあるよ。たしか世界三大バカな建築物って」


 チェイミーが指した方を見る。たしかに、奥の方に城壁がある。


「人間の手じゃ、あの大きさの都市をぐるっと囲むような城を作るのは不可能でしょうね。でも、ここは天界で私たちは天使よ? 千年前だろうが二千年前だろうが、この程度はわけないの」

「じゃあ、内側に行こう。俺の見た景色は多分、そっちだ」


 近くでタクシーを拾って、城の内側に入った。

 やっぱりここだ。見渡す限りビルビルビル。車は山のように多くて、だけど進むのは早い。人口密度も中々だ。一度、東京のスクランブル交差点に行ったことがあるけど、それと同じくらい。


「二人はここに来たことある?」


 チェイミーは首を横に振る。


「二回だけ」


 とジャック。


「道案内できるほど覚えてないけど。そもそも場所が違うし」

「オーケー。とりあえず宿を探そう。荷物が重い」


 二人は頷いた。

 良い知らせ:ここはスマホが使いやすい。Wi-Fiはそこかしこに飛んでて、ネット環境もいいし、高級ホテルの予約くらい画面を押せばすぐだ。通行人に聞かなくても万事解決。

 悪い知らせ:人口密度高いのと道が複雑すぎて、予約したホテルへの行き方がわからない。通行人に聞かないと八方塞がりだ。

 三人の考えた行き方がバラバラなところから始まって、喧嘩に発展するとこまで。俺たちは話し合いを一通り楽しんで、その辺の人に道をたずねることにした。

 そうして、進んでは聞いて進んでは聞いて、ホテルに向かった結果、三人とも不正解だったってことがわかった。


「冒険の旅最初に試練としては」


 ジャックはベッドに飛び込んで言った。


「まずまずの出来だな」


 部屋を予約してからチェックインするまで、結局三時間かかってしまった。

 三人とももうヘトヘトだ。


「とりあえず、朝ごはんでも食べながら作戦会議といこう」


 俺たちは一階にあるバイキングに向かった。

 俺はチェリーパイとココア。チェイミーはパンケーキとミルク。ジャックはスパゲッティにハンバーグ。朝ごはんってことを忘れてるのかもしれない。


「問題は」


 ジャックはハンバーグを頬張りながら言う。


「この中国でなにをするかってことだ」

「予知夢はたしかに中国だったし、ここになにかあるのは間違いないんだ」

「たしか」


 チェイミーが言った。


「すごく貧乏、だったんでしょ?」


 俺は頷く。


「貧乏っていうか、ただのホームレス。最初に見たのは、高層ビルが立ち並ぶ街で、何度か曲がって路地裏に出たら、スラム街だった」

「貧困格差ね。極端な大都市にはありがち」


 とチェイミー。


「けどさ、それがなにか関係あるのか? 今回の旅に」


 とジャック。


「わからない。けど、俺たちは多分、神の子を探すべきなんだ」

「やった」


 ジャックは俺を指した。


「みっけたぜ。次は?」

「そうじゃないんだって。俺がうつったホームレスが心の中で言ってたんだ。神の子のせいだって。なにがあったのか知らないけど、中国にもきっと、神の子はいるんだ」


 俺はチェイミーを見る。


「だろ?」


 けど、チェイミーは予想に反して首を横に振った。


「そんなの知らない。神の子なんて、生まれればそれだけで世界的ビッグニュースになるから。けど私、中国で神の子が生まれたなんて話、聞いたことも読んだこともない」

「じゃあ考えられる可能性は」


 ジャックが言った。


「ショートが憑依したホームレスが呼んだ天使が、自分は神の子だといつわってるってこと」

「なんのために?」

「さぁ。それはわかんないけど、理由はいくつでも考えられるぜ。有名になりとか、英雄として尊敬されたいとか」

「まぁなんにしても」


 チェイミーが言った。


「そのホームレス一人にだけ神の子だって嘘をついても得はないし、多分他の人にも言い回ってるじゃないかな」

「だったら」


 俺は言った。


「聞き込みしかないね」

「なら……」


 チェイミーは、最後の一切れを飲み込んだ。


「夕食の時間──そうね、二十時にしましょう。その時間にホテルの部屋に集合。それまでは効率を考えて別行動。どう?」

「オーケー。賛成だ」


 それから一週間、すれ違う人全員に、「神の子っている?」と聞いて回った。

 夕食の時間はその日一日の収穫を報告して、翌日の朝食の時間にはその日回る場所を決める。


「ダメだぁ〜……」


 ベッドの上で、ついにジャックが音を上げた。

 この一週間、俺たちの報告は全部同じだ。『良い情報なし』。


「探しても探しても見つからない」

「そうね」


 チェイミーも流石に疲れている。


「一応路地裏も回ってみたけど、ホームレスの巣なんてどこにもない」


 二人が俺を見た。


「けど、どこかにあるはずなんだ。必ず。信じてくれ」

「わかってる。相棒は嘘をつかない。けど、勘違いの可能性だってある。そうだろ?」

「それは……、わからない」


 俺は少し風にでも当たろうと、窓際に立って窓を開けた。その瞬間、下から人の話し声がざわざわと聞こえた。

 下を見下ろすと、もう夜中だっていうのに、昼よりもずっとたくさんの人が外に出て騒いでいた。


「二人とも、見ろよ。あんなにたくさん──ていうか、多すぎてぎゅうぎゅう詰めだ。みんな外に集まってる」


 ジャックが俺の隣に立って下を見た。


「ほんとだ。なんで?」

「あと十分」


 チェイミーが答えた。


「それで、年が明けるからよ。中国じゃとくに、初詣の文化が栄えてたり、皇帝自らの挨拶があるから、みんな外に出るって文化があるの。私たちぐらいじゃない? のんきに部屋の中で過ごしてるのは」

「年明けかぁ。そういえば時期的にはそうだったな」


 ジャックは指を折りながらそう言った。


「みんなは冬季休暇中。俺たちのことどう思ってるかな?」

「ろくでなし、じゃない?」


 チェイミーがニヤリと笑った。それにつられて、俺もジャックも吹き出した。

 やっぱり。二人でよかった。二人といると、どんな状況も楽しみでワクワクする。

 ジャックが大きなあくびをした。


「やばい。本格的に眠くなってきた」

「私も……」


 チェイミーは座ったまま頭を上下に揺らし始めた。

 二人を見てると、俺も眠くなってきた気がする。


「ちょっと、おかしい……」


 チェイミーが力なく呟いた。ほとんどられつが回ってない。


「なにか、やばい気がする。に、にげ……」


 チェイミーが椅子から前に倒れ落ちた。


「チェイミー!」


 そばに駆けよって体を揺らしても、まるで反応がない。ジャックを見る。うつらうつらしていて、半分しか目が開いてない。

 いくらなんでもおかしい。ジャックはともかく、しっかり者のチェイミーがこんな寝方するわけない。

 けど、やばい……。俺も眠すぎる。視界がぼやけるし、頭が勝手に揺れる。思考がまとまらない。やばいのはわかってるのに、立つことすらできない。

 なにかいやな感じがして、部屋の入り口を目を凝らして見た。薄くてわかりにくいけど、白い煙みたいなものが、ドアの下の隙間から部屋の中に流れ込んできている。その瞬間、ほんの一瞬だけ脳が覚醒した。


「ジャック!」


 俺はとにかく叫んだ。


「窓を、窓を開けろ。すぐに!」

「な、なんだよショート……」


 ジャックは眠そうに目をさすっている。


「ジャック! 窓を開けろ! 急げ!」

「窓? なんで……」


 ダメだ。話にならない。こうなったら方法は一つしかない。

 ごめんジャック。お詫びは後でする。

 俺は心の中で謝った。


「エクスプロバロン!」


 金色のピンポン球くらいの玉が、ジャックの頬に当たって破裂した。


「痛っ! なに!」


 ジャックはこの瞬間だけ目を覚ました。


「ジャック、窓を全開にして!」

「はぁ? なんでそんな」

「催眠ガスだ! 急いでここを出なきゃ、なにをされるかわからない!」


 ジャックはドアの方を見て頷いた。

 俺は近くにあったチェイミーのバッグからドラゴンシャドーを二つ取り出した。


「ジャック、これを食べろ!」


 一つはジャックに放り投げる。


「多少はガスの効果を遅らせれるはずだ」

「ありがとさん」


 俺はチェイミーを窓際まで運んで、口笛を鳴らした。


「ヘルェル!」


 空を切ってヘルェルが飛んできた。窓のそばに身をよせる。


「ジャックはチェイミーを背中に乗せて。俺は荷物を取ってくるから」


 そのとき、廊下から足音が聞こえた。しかもだんだん近づいて、俺たちの部屋の前で止まった。

 俺は三人分のバッグを掴んで咄嗟に叫んだ。


「ジャック、ヘルェル! 飛べ!」


 ガスがシューッと音を立てて、勢いよく噴射された。俺はもちろん、外にいた二人とヘルェルも白いガスに飲み込まれる。体の力がみるみる抜けていく。まぶたは鋼鉄よりもずっと重い。

 なんとか力を振り絞って、ヘルェルに飛び乗った。ヘルェルは一度大きく羽ばたくと、一瞬でガスから抜けた。


「持ってこれたのは三人分の貴重品入れバッグだけ。着替えとか入れた大きい荷物は奥にあって無理だった。ごめん」

「いや、ショートおかげさ。もしかしたら俺たち、殺されてたかもしれない」

「けど、あいつらは誰なんだ? ケラヴロスの部下? まさかバレたのか?」

「わからねぇ。け、ど……」


 ジャックも、突然電池が切れたみたいに眠って倒れ込んだ。

 そして俺も、そろそろ限界だ。


「申し訳ない。我が主人よ」


 ヘルェルが言った。飛び方が少し不安定だ。


「少し、眠く……」

「悪いけど、俺ももう限界だ。だから、できるだけ、遠くに……頼む……」


 そして俺も、そこで気を失った。


 またこの夢だ。もう何度も見た。予知夢じゃない。一体なんなんだここは。

 見覚えのあるオフィス。机の上にのった赤い砂の砂時計。そして聞こえる女の声。


「ここにある」


 ここってどこ? 知ってるはずなのに、思い出せない。


 パチパチッと、そばで炎が弾ける音がした。

 俺はゆっくりと目を開けた。今は夜らしい。空が暗い。俺は仰向けに寝ていたってことがわかった。少し顔を左に向かせると、焚き火と木を炎に放る男が見える。

 やっと見つけた。ズタズタな服、伸びきったヒゲ、よれよれの体。ホームレスだ。

 俺は体を起こした。服はそのまま。剣は指輪としてはめている。バッグは……? ──おっさんの横だ。

 俺にはまだ気づいてない。俺は剣を握って言った。


「おい」


 刃を首元につける。


「ここはどこだ。俺の仲間は? バッグも、返してもらう。ていうか、聞きたいことはいろいろあるんだ。全部大人しく答えてもらうぞ。死にたくないなら、の話だけど」

「おいおい、恩人にひどい言い方だな」


 ホームレスのおっさんの声は、ガラガラで不気味だ。しかも、俺に全く怖がってない。


「恩人? 誰が?」

「俺が、だよ」

「まさか」

「白い鳥と倒れていたのをここまで運んでやったのは俺。ここは中国の内側。お前の仲間はまだ寝てる」


 おっさんが正面を指した。そっちを振り向く。こことは別に、もう一か所焚き火が上がっていた。

 ボロボロの布団をかけられた二人は、炎を挟んで並んで寝ている。


「バッグの中は触ってない。いつでも持っていけばいい。とりあえず聞かれたことは答えたぞ。剣を下ろしてくれないか?」

「あっ、ごめん」


 すぐに指輪に戻した。


「ていうか、寝ぼけて気づかなかったんだ」

「ふん。そうだろうな」

「いや、ほんとに、ごめん。あと──ありがとう」

「まぁいい」


 俺は周りを見渡した。ヘルェルがどこにもいない。


「白くて大きな鳥は?」

「あいつなら一足早く起きてどこかに飛んだよ。主人よりずっと礼儀正しかったぞ」

「まぁね。ありがとう」

「ふん。それで、質問は山ほどあるんじゃなかったのか」

「そうだけど……。とりあえず二人が起きてからでもいいかな?」

「別に俺はなんでもいいが、二人はお前よりも吸いすぎた。しばらく起きないぞ」

「吸いすぎた? やっぱりあれは睡眠ガスだったのか。しばらくって、どのくらいかわかる?」

「そうだな……、あと三日ってとこだな」

「三日?」


 俺は思わず叫んでしまった。おっさんは耳を塞ぐ。


「そんなわけ……」

「そんなわけないって? そいつはどうかな。少なくとも、俺がお前をここに運んで、すでに一週間がすぎたがな」

「一週間? ちょっと待って、今何日?」

「一月の十日だ」

「まさか」


 俺は急いでバッグに駆けよって、中をあさった。スマホを起動して日付を見ると、おっさんと全く同じ答えが出た。


「あれは催眠ガスじゃなかったのか?」

「少し違うが似たようなもんだ」

「どういうこと?」

「あれはたしかに睡眠効果があるが、より正確に言えば吸ったものの体を仮死状態にする。二週間くらいなら食い物も水もいらない」

「なんでそんなめんどうなこと。毒ガスでもまけば」

「死んだら奴隷にできんだろう」

「奴隷? 一体どういう──」

「待て。これ以上は二人を起こしてからだ」

「けどさっき起きないって」

「起こせないとは言ってない」


 おっさんは二人に近づくと、思いっきり頬を引っ叩いた。ジャックもチェイミーも悲鳴を上げて飛び起きる。


「おいおっさん!」

「強い刺激を与えるしか方法はない」


 二人は寝ぼけた顔で俺を見た。少し安心。頬以外に怪我はないし、二人の様子も変わらない。チェイミーはクールで、ジャックはアホ面だ。


 二人に事情を話すと、頬をなでながらしぶしぶ納得してくれた。俺だけビンタなしで起きたことを言ったら、当然怒ったけど。

 チェイミーが言った


「じゃあまず」

「まず?」

「いや、そうね。たしかに。……えっと、次は、あのガスをまいたのは誰で、なんの目的かを教えて」

「あいつらは皇帝の手先。目的はお前らの金品を奪い、ついでに高額な借金を課して、皇帝の奴隷にするため」

「皇帝って、あの皇帝?」

「どの皇帝か知らんが、まぁその通りだ」

「それって、皇帝の指示でってこと?」

「まぁな」

「バカバカしい」


 チェイミーは話にならないって感じで言った。


「中国も今は議会制。皇帝だろうとそんなこと犯罪だし、そこまでの権力なんて持ってるわけない」

「あんたら観光客からしたらそうかもな。七年前だ。あの男が皇帝になったのは。やつは強く、部下も大勢いた。誰もやつには逆らえない」

「そんなの、国民全員でかかれば」

「無理だよ、そんなもの。皇帝の地位を継いだ時点で資産や武器も埋めようのない差がある。それに、果たして何人がやつを倒したいと思うか」

「どういうこと?」

「お前らも見ただろう。街の賑わいを。どこに行っても高層ビル。やつは経済的政治の才能がある。カリスマってやつだ。国民の多くは、もうこの裕福な生活から抜け出したいとは思ってはいまい」


 チェイミーが俺を見た。多分、俺と同じことを考えてる。俺は頷いて、おっさんに聞いた。


「もしかして、その皇帝って神の子だったり?」


 おっさんは明らかに驚いた。


「観光客のお前らがなんでそれを知ってる?」

「いや、まぁ、いろいろあって。それより、なんで他の人は誰も知らないんですか?」

「隠してるからさ。あの皇帝が」

「隠してる? けど、ホームレスの人はみんな知ってるんじゃ」

「ほー、驚いたな。ならこれも教えといてやろう。なぜこの国にはホームレスが多いと思う?」

「それは……なんで?」


 俺がチェイミーを見ると、代わりに答えてくれた。


「元奴隷……いや、奴隷生活から隙を見て逃げ出したって脱獄犯ってとこ?」

「そのとおりだ。耐えられなくなって逃げてきた。そして逃げたやつらはこの秘密の路地裏ですごす。これから一生、豊かに暮らすことはできん!」


 おっさんは地面を叩いた。


「バカなやつらは戦うとほざいた。俺はお断りだ! こうして奴隷から抜け出せたことでさえ奇跡。皇帝は未だ誰かを殺したことはないが、それは皆が従順だから。裏を返せば、反逆したら殺すということだ!」

「おっさん……」

「やつらは戦いのために皇帝の情報を集めた。わかったのは神の子だったという絶望的な知らせ。皇帝の本名一つすら出てこない」

「本名?」

「皇帝ロドリーゴ・ディアス。そう呼ばれてるがな、本名じゃないのは国民全員が承知だ」

「そのディアス皇帝」


 チェイミーが言った。


「なぜ私たちを狙ったかわかる? 重要なの」

「部屋の中にいたんだろう? 年が明けるとき」

「そうだけど」

「あいつのただの余興さ。なにか行事ごとがある度に、自分の中で勝手にルールを作る。今回は年明けの時間に外に出ていなかったやつを奴隷にする、だ。わかったらお前らも早く逃げろ。こんな国から」


 おっさんが俺たちにバッグを放り投げた。

 俺は言う。


「だったらおっさんもどう? 俺の鳥は速いから、捕まえられるわけがない」

「無理だな。俺にも家族がいる。この国に。まだ奴隷にはなってないが、未来はわからん。少なくとも、見捨てて自分だけ逃げ出そうと思わん」

「だったらその家族も一緒に」

「それもない。家族とはすでに縁を切った。でなければ、あいつらまで奴隷にされてしまうところだった。それに、俺が奴隷に選ばれたのはもう五年前。今どこにいるかも知らん」

「わかった。オーケー、わかった。だったらこういうのはどう? 俺が皇帝を倒す」

「お前みたいなガキが倒せたら苦労はしてない。いっときの感情で命を捨てるのは正しい選択とは言えんな」

「それは少し違う。俺はただの子供じゃない。俺もディアスと同じ、神の子だ」

「まさか。本当か?」


 おっさんは俺の顔を見つめた。


「うん、本当。どう? 倒せそうだろ」

「いや。いや……たしかに驚いた。そうだな、びっくりだ。だが、やはり無理だ。お前がガキであることには変わりない」

「けど剣なら自信がある」

「それなら諦めるんだ。やつも剣が一番得意だ。おまけに、やつは世界最強の剣を持っている」

「最強? そんなの」

「おいショート」


 ジャックが俺の肩を掴んだ。


「それが今回の旅になにか関係あるか?」

「わかんない。けど」

「たしかにお前は予知夢を見たし、事実神の子はいた。けどどう考えたって関係ないだろ。おっさんは可哀想だけど、倒すってなら別に全部終わってからでもいいだろ。俺たちには時間がないんだぜ」

「そのとおりだな。さっさと逃げろ、さもないと」

「ここにいたのか!」


 奥の方から、ホームレスの集団がこっちに向かって歩いてきた。おっさんは睨みながら言った。


「なにかようか?」

「もちろん勧誘だ。俺たちと一緒に戦ってくれ。戦力は一人でも多くいた方がいい」

「無理だ断る。早く去れ」

「お前だって家族に会いたいだろう?」

「あいにく俺の家族はまだ死んでない」

「でもいつ死ぬかわからない。俺たちが倒すしかないんだ」

「いい加減に目を覚ませ!」


 おっさんは勢いよく立ち上がった。


「やつには勝てん。こんなボロボロの服を着たやつらが何人いようと一緒だ!」

「勝てるさ! 武器もまた拾った。ここにいる全員でかかれば必ず」

「そうかも」


 俺は言った。


「決戦はいつ? 俺も参加する」

「なんだガキ。新入りか?」

「いいや。ただの観光客。けどきっと役に立つって。剣には自信あるから」

「そうか。ありがとう。決戦は一ヶ月後だ。お前も会議に訓練にこい。俺たちのアジトはあっちだ」

「オーケー」

「待て」


 ホームレスの集団についていこうと歩くと、おっさんが俺の手を掴んだ。


「お前はいかせん。早くこの国から出ろ」


 ホームレスのリーダーがおっさんを睨む。


「なんだニコラス。この子供がどうしようがお前には関係ないだろ」

「関係ないだと? この子を助けやったのは俺だ。助けてやったのにくだらんことで命を落とされるのは気に入らん」

「命を落とすつもりはない」

「バカな! こんな小さいガキに、勝てるから戦えと? やつ相手に! 狂ってるぞ」

「狂っているのはお前だ。また来るからな!」


 ホームレスたちはそう言い残して帰っていった。おっさんはまた地面に座り直した。


「お前らもやることがあるんだろう。さっさと行け」

「おっさんはどうして戦わないんだ?」

「俺も剣には自信があった。学校では一番だったからな。やつが皇帝について、俺の友だちが奴隷になった。友だちを解放するため俺は一対一の勝負を挑んだ。結果は惨敗。一太刀も浴びせることなく奴隷にさせられた。誰もやつの強さをわかっていないんだ」

「それはどうかな。わかってないってことないと思うけど」


 おっさんは激昂した。


「お前になにがわかる!」

「わからない。頭良くないし。勝てない敵に挑むっていうなら、間違ってるのはあっちかもね」

「だったら!」

「けど、別に夢を見てるわけじゃない。ただ変えたいだけなんだ。こんなところでこそこそ逃げ回って暮らすのが嫌で、あがいてるんだ」

「そんなもの、ぜいたくだ」

「ぜいたく? この生活が? 嘘だろ。路地裏を出れば、あんなに裕福な生活を送ってる人がいるのに」

「それは……」

「さっきのホームレスたちの目を見た。あれは現実から逃げた目じゃない。すごく燃えてた。負けるかもしれないけど、勝つことだけを信じて、前に進もうとしてた。間違ってても変えたいって目だ。あの目は、生きてた。眩しく輝いてた。けど、おっさんの目は死んでる。もう枯れてしまってる」

「なんだと」

「諦めてるならまだましだ。けどおっさんは、諦めてすらいない。諦めきれないまま、死んでしまった。燃え尽きて灰になってる。少なくとも、そのままじゃ絶対ダメだ」


 おっさんは俯いた。


「おっさん、名前は?」

「ニコラス・バブコックだ」

「そっか。じゃあニコラス、俺たちを信じて。俺はショート・アルマス。二人はジャック・ディクソンとチェイミー・シェイクだ」

「アルマス? あのアルマスか?」

「そう。そのアルマス。一ヶ月後、必ずここに来る。誰も死なせない。俺が皇帝を倒す」


 俺は口笛を吹いた。すぐにヘルェルたちが飛んでくる。


「じゃあ、いろいろありがとう。また今度」


 そう言って、俺たちは空に飛んだ。俺は二人に言う。


「二人も勝手に約束して、ダメだったかな?」

「もちろん。すごいダメ」


 ジャックが笑った。


「けどリーダーはお前。ここまで来たら、どこまででもやるしかないよな」


 チェイミーも頷く。


「けど、次はどこに行くつもり? 魔界? それともまたなにか予知夢を見た?」

「いや、予知夢は見てない」

「そう……。やっぱり、予言がないと厳しいわね。具体的じゃないけど、少なくともなにをすべきかある程度わかるから」


 予言。ずっと引っかかっていたものが取れそうな気がした。俺の中で一つの可能性が生まれる。


「予知夢じゃないけど、もう何度か同じ夢を見たんだ。ついさっきも」

「それが?」

「わけわかんないし、同じ夢を見ることって別に特別珍しくないだろ? 予知夢でもない。だから、なにも関係ないと思ってた。だから、二人にもまだ話してないことがあるんだ」

「なにかわかったの?」

「うん。もしかしたら、まだ残ってるのかもしれない」

「なにが?」

「予言だよ。最後の一つかも」


 ようやく、あの夢のことがわかってきた。

 あの血で染めたような真っ赤な砂の砂時計。俺は最後の予言で、しかも俺が見覚えのある場所──人間界のどこかにある。




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