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旅に出た男

 予知夢。まただ。

 しかも、一ヶ月前と同じ、俺はケラヴロスだった。

 また、目の前でミノタロスの団長──ランツェア・ヴート・ガルクスゲルテが話している。

 けど、全く同じ未来じゃない。少しだけど、内容が変わっている。


「フェニーチャーは?」

「報告では、スフィンクスがしくじったと」

「ふん。使えんやつめ」

「申し訳ございません」

「ならば、フィロドクスィアはどうした?」

「すでに確認できました。あと数日あれば、確実に部隊長のユドニスが持ち帰るはずです」


 体中から喜びが溢れ出した。もうすぐだ。もうすぐで俺様のこのみじめな姿も終わる。フィロドクスィアがあれば、完全とは言えずとも力を取り戻すことができる。そうすれば、あとはフェニーチャーだ。忌々しいジェット・アルマスの息子、ショート・アルマスを殺し、フェニーチャーを手に入れ、俺は完全に復活する。なんということだ。

 俺が一度笑えば、この部屋中が(いかずち)に震える。


 ──夢の場面が変わる。


 またどこかのオフィス。目の前の机には、相変わらず不自然で似合わない砂時計。血で染めたような真っ赤な砂が落ちている。


「ここにある」


 そう、誰かが告げる。頭の中で反響する。


「語るべき時が、ここにある」


 ここは一体どこなんだ? ここに、なにがあるって? 月明かりで照らされた見覚えのある部屋。少し寂しげな、砂時計。


 ──また、夢の場面が変わった。


 今度は全く見たことない街。建物は建ち並び、商業は栄え、人々は賑わう。世界最古で、最大の街。

 けど、これは陽の部分。ここにいる人には、夜でさえ陰が当たることはない。陰は全て、私たちにしか向かない。いや、少し違う。陰が当たる場所に、私たちがいるのだ。陽の部分から漏れた、哀れな私たち。

 私はただの家なし。今日もまた、仲間たちと傷を舐め合う。今日は仲間が何人死ぬだろうか。誰も満足に食べることはできない。

 娯楽もなく、ただ無様な人生を送る日々。死ぬのが怖いわけじゃない。生まれたからには生きなければいけないという義務感だ。それだけのために生きている。悲しみはとうに超えた。恨みに身を焦がす以外の生き方など知らない。そうしなければ、とっくに義務を捨てている。

 私たちから全てを奪ったあの男。

 英雄ともてはやされ、知性を手に戦い、この街、この国──世界最古の最大国家、中国を治めた。

 神の子。

 最も憎い、その力。


 ──夢は終わりを迎える。

 意識が現実に戻っていくのを感じる。真っ暗な闇の中で、また、誰かの声が聞こえる。


「あなたには、多くの困難があります。それこそが神の子の、あなたの試練なのです。あなたは、選択しなくてはいけません。破壊か、救済か」


 目を開けると、ジャックとチェイミーが俺の顔を上から覗き込んでいた。背中はふかふか柔らかい。ベッドの上らしい。寝心地は上々。


「やぁ」


 二人の顔を見ると、嬉しくて自然に声が出た。


「おはよう」


 そう言って体を起こす。

 おっと、まだ痛いな。けど、かなり引いたほう。それに、包帯が体中巻いてある。


「大丈夫か?」


 ジャックが言った。


「すごいうなされてたぞ、お前」

「さぁ? 自分でもわかんない」

「なるほど。重症だな」

「そうかも」


 俺とジャックは顔を見合わせて笑った。それをいましめるように、チェイミーは言う。


「ちょっと、二人とも。ふざけてる場合? ショート、聞きたいことは?」

「じゃあ、とりあえずここどこ?」

「噴水近くの病院。本当は学校の医務室に行くつもりだったけど、今日は大会で混雑するし、なにより遠いから。血を出しすぎてたの、あなた」

「そっか……。そういえば大会はどうなった?」

「さぁ、わかんない」


 チェイミーが肩をすくめた。


「私たちもずっとここにいたから」

「俺、どのくらい寝てた?」

「四、五時間ってとこ」

「そんなに……」

「もう質問は終わり? 疑問はない?」

「それはわかんない──」


 チェイミーが俺を睨む。


「──けど、もう、いいや。……はい、十分です」

「なら、今度は私たちの番」

「オーケー。なんでもどうぞ」


 チェイミーの質問は予想できる。そして、その答えももう決まってる。


「あれは、スフィンクスを倒したときのあの体はなに?」

「本当にわかんない?」

「もちろん、予想はできてるわ。私も、ジャックも。でも、ショートの口から聞きたい」

「わかった。ていうか、遅すぎたんだ。二人にはもっと早く、全部話すべきだった。ちゃんと、一から話すから聞いてくれ」


 俺はなにもかも、全部二人に話した。まだノーマンぐらいしか知らない、俺の義家族のことから、どうやって育って、どんな暮らしをしてたのか。修学旅行に行ったとき、俺がサリーに腹を刺されて、その反動で俺の中のフェニーチャーが目覚めて、生き返る代わりに契約を結んだこと。それから右の瞳が赤くなって、予知夢を見て、ギガンテスやサリー、他にもエムプーサとイフリートとの戦い。

 そして、最近見た予知夢のことを全部。くわしく、すみずみまで。

 二人は黙って聞いていた。

 全部話し終わるのは、結構時間がかかった気がする。

 

「どう思う? 俺のこと」


 自分でもバカな質問だって思ったけど、聞かずにはいられなかった。


「どうって、そりゃ……」


 ジャックが静かに言った。


「ひどいやつだと思うぜ」


 ニヤリと笑って、俺の肩を叩く。


「そんな最高におもしろいこと、俺たちに黙って一人で秘密にしてたんだからな。な?」


 ジャックがチェイミーを見る。チェイミーは困ったような顔で俺を見て、小さくうなずいた。


「二人は怖くないのか?」

「まさか。超かっこいいじゃん、オッドアイ」


 とジャック。チェイミーはため息をつく。


「あなたはなにも知らないだけでしょ?」

「けど、俺はジャックに同感かな。だって、俺の瞳って宝石みたいってよく言われるし、ルビーとサファイア。バランスいいだろ?」

「あのね、普通フェニーチャーって言えば……。二人とも、ほんとになにも知らないのね」


 チェイミーは呆れ返ってうなだれた。


「チェイミーはフェニーチャーのこと知ってるのか?」

「知ってるもなにも、一般常識よ。さっきの説明で、自分で言ったじゃない。全悪魔の王って」

「あぁ。フェニーチャーがそう自称してたから」

「自称じゃなくて事実よ。今はもう全滅してるけど、七つある困難のうちの一つ。それがフェニーチャー。十年前の戦争で、唯一天使に味方した困難で有名だし。まぁたしかに、一年生の習う範囲ではないけど」

「なんだ」


 ジャックが言った。


「ならなんの問題もないじゃん」


 俺とジャックは笑って手を叩き合った。その様子を見て、チェイミーはさらにため息をつく。


「まぁそれに、全悪魔の王が事実だとしても、フェニーチャーを怖がる根拠にはならないだろ? ていうか、むしろロマンじゃん! 天界一の天使になる予定の男と、魔界一の悪魔が契約を結んでるなんて」

「それはまぁ、そうだけど」


 そこは共感するのか……。ツッコミを入れたくなった。


「でさ、今はフェニーチャーなにしてんの? 寝てんの?」


 ジャックが目を輝かせながらそう言った。俺がうなずく前に、口が動く。


「起きてるよ」

「おぉ!」


 ジャックは興奮して椅子から勢いよく立ち上がる。


「ほんとに声まで違う! すげーな。俺はジャック・ディクソン。よろしく!」

「はいはい。よろしくよろしく」


 フェニーチャーはめんどくさそうに、超適当に答えた。ジャックはまだ物足りないみたいだ。さらに質問しようと迫る。けど、チェイミーに止められた。


「今は! もっと考えなきゃいけないことがあるでしょ?」

「考えなきゃいけないこと?」

「ケラヴロスのこととか」


 俺はびっくりしてチェイミーを見た。チェイミーはけげんな顔をする。


「なにかついてる?」

「いや……。あいつのこと、ケラヴロスって呼ぶんだなって思った。俺、ステンガンに言われたんだ。その名は言わず、魔王とか、あだ名で言えって。呪いがかかるから」

「たしかにそんな噂もあるけど、私が信じると思う?」

「いや、全然」

「ありがとう。……で、話を戻すけど、問題はケラヴロスの目的ね」

「フェニーチャーを捕まえて利用する。けど、スフィンクスみたく俺との繋がりを切ることはできないってわかったから、俺を捕まえて、殺して奪う、だろ? ブルルスグルフ、いや、もっと前。サリーのときからそうだった。俺だけ生捕だった」

「そうね。けど全部じゃない。多分彼にとっては、手段すら目的なのよ」

「つまりこういうこと?」


 俺がチェイミーに、「どういうこと?」って聞くより早く、ジャックが答えた。


「ニュースルクスを襲うのも、ショートを殺すのも、フェニーチャーを奪うっていう名目はあるけど、ケラヴロス本人にとってはそれも目的の一つ。もっと言えば、余興。遊び程度ってか?」

「私もケラヴロスについて書かれたいろんな本を読んだ。やつは意味のない破壊はしても、意思のない破壊はしない男。世界で最も戦闘に長けた名門校を破壊することで、自分の力と完全な復活をアピールしようとしてるのよ」

「あいつが心の中で言ってたんだ。フェニーチャーがいなくても、フィロなんとか、あれ、なんだっけ?」


 フェニーチャーが言う。


『フィロドクスィア』

「そう! フィロドクスィアがあれば復活できるって。フィロドクスィアってなんことだ?」

「おっと、それなら悪いが俺でも知ってるぜ」


 ジャックが自慢げに言った。


「五つの秘宝とか、天の極地とかなんとか言われてるうちの一つ」


 五つの秘宝。どこかで聞いたことがある響きだ。


「フィロドクスィア──日本語で野心、野望って意味持つ(ロングソード)。かつて、ルシファーが使用した剣だ」

「フィロドクスィアも含めて、五つの秘宝には本来意思があり、その時代の最も自分に相応しい天使を選ぶの。あれに触れられるのは、五大天使の正統後継者か、神の子だけ。その条件にに当てはまるのなんて、一人しかいない」

「ケラヴロス、か……。けど、ガルクスゲルテが言ってた。部下が持ち帰るって」

「触れなくても持ち帰ることくらいできるでしょ? 力を使うわけじゃないんだし。……それに」


 チェイミーはそこで、少し言葉を詰まらせた。明らかに言うべきか迷ってますって感じだったけど、やがて覚悟を決めた。


「この際、はっきり言うけど。まだあと一つ大きな問題──というか、これが一番大きな問題なんだけど、とにかくあるの」


 俺とジャックは目を見合わせて、同時に言った。


「何が?」

「百%間違いなく、ニュースルクスには内通者がいるわ」

「ない……え? どこか痛いの?」

「違う! もう……。スパイのこと。つまり、ケラヴロスの部下がスパイとして、ここに潜り込んでるの」

「まさか。そんなの、わかんないだろ?」

「わかるわよ。ブルルスグルフが攻めてきたのだって、普通はありえないわ。ルシフェル島に悪魔が半径五十キロ以内入ったら、瞬時に島の周りに政府から警備隊がワープしてくるから。飛んでこようとワープしようと、警報が鳴って、みんな気づくに決まってるの。誰にも気づかれずに境界を張って、森にいた人を閉じ込めるには、島内に直接ワープするしかないの」

「けどさ、おかしいぜそれ」


 ジャックが言った。


「島内へのワープは、天使だろうと悪魔だろうと不可能、だろ?」

「だからスパイがいる証拠になるんでしょ。どんな天術でも妨害することのできない強力な契約。一つだけあるでしょ、ワープする方法」

「わかった! 血の契りか!」


 のんきなことに、俺の中ではクイズ大会みたいになっていた。今回はジャックより早くわかった。少し嬉しい。


「そう。つまり、スパイと契約を結んだブルルスグルフは、森の中で呼んでもらったの。スフィンクスやネメアの獅子もそう。それに、スフィンクスは死んだのに、しくじった、なんて誰が報告するの? 誰が競技場に爆弾を仕掛けたの? 誰がデルマートが学校にいるかどうかわかるの?」

「オーケー。ちょっと待って。状況を整理しよう。まず、死んだはずのケラヴロスは実は生きていて、近い将来フィロドクスィアを見つけて、力のほとんどが復活することが確定してる」

「復活すれば今度はここを狙う。それもデルマートがいない日を狙って。多くの死者が出て、フェニーチャーは奪われ完全復活」


 とジャック。


「おまけにこっちにはスパイがいる。どんな対策も全部筒抜け。さらに言えば、もしスパイが悪魔と血の契りを結んでいた場合、まさに神出鬼没。いきなり校舎内に出現する可能性、大」


 とチェイミー。


「わお、上出来じゃん」


 と俺。


「とりあえず、デルマートに相談した方がいいんじゃない?」


 チェイミーが探るような目で俺を見た。というか、この場合は俺じゃなくえフェニーチャーだ。それは多分、フェニーチャーが一度デルマートに言うのを反対したから。

 フェニーチャーが答える。


「いい理由づけはあるのか?」

「え?」

「チェイミー・シェイク。歳のくせに賢い女だ。俺とお前が考える、この最高の状況の打開案はおそらく同じだろ?」


 チェイミーの目がぎょっとした。フェニーチャーの赤目は、チェイミーを射抜き続けている。


「だから、お前にはあるんだろうな。デルマートに話す以上、その打開案を実行に移すための説得力を持った理由づけが」


 チェイミーは力強く頷く。


「一応、ね」

「オーケー。聞かせろ。あいつんとこに行くのはそれからだ」


 フェニーチャーもまじえた、初めての四人だけの作戦会議が始まった。


◇◇◇


 俺たち三人は、競技場に向かって真っ直ぐ歩いている。まだ数十メートルは離れてるのに、未だ生徒たちの歓声が聞こえる。

 少し安心した。結局、爆弾が作動することはなかったらしい。少なくとも現時点では。

 競技場の観覧席に入ると、近くの生徒はほとんど俺たちを見た。そして、周りとなにか呟く。


「ドタバタして忘れてたけど、今のところ俺たちは」

 

 ジャックが周りの生徒たちの様子を見て言った。


「勝負から逃げた負け犬ってことになってるんだよな」


 思わず笑う。


「周りからの評価は最悪だな」

「今さらでしょ」


 とチェイミー。


「ショート!」


 正面から、ノーマン、レーナ、メアが俺たちに向かって走ってきた。


「どうかした?」

「どうかした、じゃない!」


 再会早々、レーナが吠えた。完全に怒ってる。


「どこに行ってたの? 三人とも。いきなりいなくなって、すごく心配した。私たちみんな、先生も、すごく探し回ったのよ?」

「そうそう」


 メアも続いた。


「それとも、負けるのが怖くて逃げた腰抜け君たちなの?」

「姉貴には関係ないだろ」


 ジャックが本気でキレた。


「黙ってろよ。大体、なにが心配だよ。いい気味、の間違いだろ」

「そういうことをいつまでも言ってるからあなたは」

「ちょっと待って、ストップ」


 レーナが両手を広げて、メアを止めた。メアはレーナを睨んだけど、本人は気にしないみたい。

 レーナは俺を体を見て言った。


「その全身に巻かれた包帯。どうしたの?」

「いや、別に……。いろいろあったんだ」

「わかった。私たちには話せない、三人の秘密だって言うんでしょ?」


 レーナの目が少し潤む。


「またそうやって。三人だけで抜け出して、秘密を作って帰ってくる。結局、私とノーマンは仲間外れってわけ?」

「そんなことないって。今回は本当に……ごめん。話せないんだ」

「そうね。あなたは秘密をたくさん持ってるものね」


 レーナは俺の胸ぐらを掴んで、耳元に口を近づける。


「フェニーチャーのこと、話してないでしょうね」

「あっ……いや、ごめん」


 レーナには絶対に話すなって念を押されていたことを忘れてた。レーナは俺を睨む。


「けど、別にあれは……。ていうか、仕方なかったんだ。そう、仕方ない状況。わかるだろ?」

「わかるわけないでしょ! どんな状況かなんて、三人だけの秘密で、私にはこれっぽっちも教えてくれないんだから!」


 ついには泣き出した。


「友だちができて嬉しかったのに、あなたは違うみたい。結局、私とノーマンの二人だけだったってことでしょ!」

「だからそんなことないって言ってるだろ!」

「だったら教えてよ! 仲間外れなんて……」


 俺は言葉に詰まってしまった。レーナは、涙を流しながらため息をついた。


「……もういいわよ。仲直りできたと思ってた。けど違った。だって、三人は悪ガキで、勝った方。私たちはバカ真面目で、ポールについて、結局なにもできないで負けた方」

「待って、違うんだレーナ。聞いてくれ」


 俺が腕を掴むと、それを振り解いた。


「私たち、人間界にいたときとなにも変わらない。結局、タイプが違ったの。家族の代わり、なんて真っ赤な嘘。信じてた方がバカだった」


 家族の代わり。俺がイフリートとエムプーサに襲われて、レーナの記憶を少しだけ見たときに、言った言葉だ。

 俺はバカだ。イヤなことと楽しいことと忙しいことが立て続けで、今の今まで忘れていた。レーナは覚えていてくれたのに。

 レーナと今まで話したこと。レーナの性格には不釣り合いの、思わず見惚れるてしまうような笑顔。その全てがフラッシュバックする。最悪だ。こんなことなら、ポールと勝負なんてするんじゃなかった。俺もノーマンやレーナと同じように、つまらない嫉妬なんかしないで仲良くするべきだった。

 レーナの目は、心から俺を拒絶してる。

 無駄ってわかってるのに、言葉が出る。


「ちょっと待ってくれ。わかった、全部話すから」

「いいわよ。私たち、喧嘩しないで話す方が少ないでしょ。だからもう、絶好よ!」


 レーナはそう言って、俺の前から走り去った。メアはレーナの名前を呼んで追いかける。俺もそうしたかったけど、ノーマンの顔が目に入って、やめた。

 ノーマンは俺を仇みたいに睨んでいる。


「レーナは本当に、ショートを心配してた。もちろん僕も。メアだって、ジャックのことを。それを、関係ないって? 三人だけの秘密?」

「違うんだ、ノーマン」

「少なくとも、僕の知ってるショートはそんなんじゃなかった。今のショートは、最低だ。レーナが許すまで、僕もしばらく絶好だ」


 当たり前だ。俺みたいな調子に乗ったバカには、当然の報いだ。結局、ノーマンも俺の前から消えた。

 俺は膝から崩れ落ちた。泣き出すのだけは、せめてもの意地で堪えた。二人を差し置いて、俺にそんなことする権利なんてない。

 ジャックが俺の肩を叩いた。


「別に、デルマートに話すのは明日でも、明後日でもいいんだ。今からでも二人を追えよ」

「いや、いいんだ」


 俺は首を横に振って、立ち上がる。


「どうせまだなにも話せないだろ。そんな状況で近づいたって、余計に傷つけるだけだ」

「けど、お前……」

「いいんだ、本当に。これは俺の問題だから、俺が解決しなきゃいけない。全部終わった、そのときに。俺の使命は、別。だろ?」


 俺たちは、先生の元に走った。

 デルマートは真ん中に座って、楽しそうに戦いを見ている。


「校長先生!」


 俺はデルマートの肩に手を置いた。


「話があります。今すぐ、校長室にいいですか?」


 デルマートは俺たちの様子を見て、重要なことだって察したらしい。隣に座っているジャンカルロになにか耳打ちしてから、俺たちに言った。


「好きな飲み物はあるかな? 長話は喉が渇くからね」


 俺にとっては二度目。ジャックとチェイミーにとっては初めての校長室。

 俺たちに出されたのはココアだった。


「こう見えて甘いものが好きでね」


 デルマートは笑いながらそう言った。

 部屋の中にいるメンバーは、生徒が俺、ジャック、チェイミーの三人。先生はデルマート、リゼフ、ゲログン、グアルディー、……ついでにファイント。レーナを抜かした、俺がフェニーチャーと契約を結んでいることを知っているメンバーだ。


「まずは、あなたたち三人が大会を突然、なにも言わず、迷惑にも放棄した理由から聞きましょう」


 グアルディーが俺たちを睨みながらそう言った。

 俺は頷く。


「もちろんそのつもりです。全部、よく聞いてください。そして俺たちの相談を受けてください」


 俺たちは、スフィンクスから挑戦状を受けたことから始まって、戦い、ジャックとチェイミーにフェニーチャーのことをバレた経緯、夢のこと。そして俺たちの考察まで話した。


「あまり考えたくはないですね」


 呟くように、グアルディーは言った。


「この学校にスパイがいるなんて」

「しかし事実だ」


 ファイントが言った。


「そもそも、誰もが英雄的心情を持っているなんて考えが傲りなんだ」

「スパイの詮索は、今はよそう」


 デルマートが言った。


「ここでどれだけ話し合おうと、答えはでない。問題は、ケラヴロスの復活をどう防ぐか」


 ゲログンが言う。


「ならやっぱり、デルマート先生が出るのが一番早いんじゃないんですか?」

「それはダメだ!」


 俺はできるだけ力強く言った。


「誰なのかはともかく、ここにはスパイがいる。デルマートが離れた瞬間、襲いに来るに決まってる」

「ならば」


 今度はグアルディーが言う。


「政府に調査隊を要請してもらうのがいいのでは? 防衛省もやつが復活しようとしていると知れば」

「それも無理ですよ」


 チェイミーが答えた。


「問題は三つ。まず、復活するって証言が子供一人からって点。神の子で大英雄の息子といえど、政府がどこまで信じるか。次に復活阻止のやり方。フィロドクスィアを使うんだから、敵から奪えば早いんでしょうけど、あいにく神の子以外は触れない。そして最後に場所。おそらく魔界にいると思いますけど、魔界も天界と違う側面ってだけで、元々同じ世界。広すぎる。そんな場所を、天使が乗り込んですみずみまで探すなんて不可能。少数精鋭なら隠れながら行けるけど時間がかかる。大人数だと時間はかからないけど目立つ」

「八方塞がり、か……」


 リゼフが呟いた。

 それを待っていたかのように、チェイミーは言う。


「いや、一つあります。いい打開策が」


 デルマートが聞く。


「なにかな?」

「ショートが行くんです。復活阻止の、冒険の旅に」

「危険です、あまりにも」


 すぐさまグアルディーが返す。チェイミーはもろともしない。


「ショートはもう二度、予知夢でケラヴロスと繋がった。居場所だって、他の誰かよりずっとわかる。ショートなら神の子だから、フィロドクスィアにも触れる。一番確実です」

「確実? まだ十歳の子が、魔界に乗り込むことが確実ですか?」

「けど、過去にも冒険の旅に出る天使は多くいました!」

「危険度が違う。それに、今は廃れた。予言はもうどこにもないんですよ」

「その代わりが予知夢でしょう!」

「ちょっと待って!」


 熱くなる二人を止める。


「予言ってなに?」

「チェイミーの言うとおり、冒険の旅に出て、人間や天使を救ったり、失われた宝を探す天使は決して珍しくなかった。子供の天使が一人前になるための試練みたいなものです。レーナがあなたとノーマンの元に潜り込んだのも、分類的にはそれです」


 グアルディーは続ける。


「しかしそれは、十年前からほとんどなくなった。あなたのような人間界にいる天使を天界に連れてくる、という初歩的で簡単なものでさえ、ステンガン先生のように保護者が同伴なのです。それは全て、予言が消えたから」

「予言?」

「えぇ。本来は、冒険の旅に出る前に、自分に対する予言を聞いて、旅に出ます。予言は導き。予言には示されたことが絶対に実現するという束縛力がありますが、それでも未来がわかるというのは、大きな助けになる。被害を最小限に止めることができる。予言の多くはあいまいで、何通りにも解釈ができますから」

「けど、じゃあなんで予言が?」

「わかりませんか? 消えたのは十年前ですよ」

「まさか……」

「そうです。戦争です。やつに協力した敵の悪魔には、それはそれは強大な力を持っているものがいるのです。中には、フェニーチャーと同格の力を持つ悪魔も」

「フェニーチャーと? そんな……、まさか」

「もちろん。今は全て消えました。と言っても完全に死ぬわけではないので、数百年後には復活するかもしれませんが。……と、それはともかく。その悪魔の中にいたのです。予言を破壊する力を持った者がね。予言を破壊すれば、戦争でも天使が有利に立つことをなくせるから。そして、十年前の戦争で、予言の力を持ったものは全て破壊された。だから今は、天使が冒険の旅に出ることはないのです」

「けど、だからこそです」


 チェイミーが言った。


「ショートには予知夢がある。予知夢はあいまいじゃないですし、おまけに、予知夢には束縛力はないから、どんな未来でも回避できる」

「しかし見えるのは未来のほんの一部。予言は試練の全てを見渡します。予知夢を見て、未来を回避したとして、その先にはもっと悪い結果が待ってるかもしれません」

「悪い結果? ケラヴロスが完全に復活して、今度こそ世界を掌握する。これ以上があるんですか? 私がわかって、先生がわからないはずがないです! この旅は、ショートが一番の適役なんです。復活を阻止できるとしたら、それはデルマート先生でもなく、ショートなんです!」

「ダメです。少なくとも、そんな失敗がわかりきってる旅に、行かせるわけにはいきません」

「先生!」


 そう叫んで、俺は真っ直ぐグアルディーを見た。


「あいつは、ケラヴロスは、俺の叔父です。俺にも少しだけ、あいつの血が流れている」

「そんなものは関係ありません!」


 グアルディーが吠える。俺は必死に反論した。


「大ありです! 俺のお父さんは、やつを倒しました。フェニーチャーと協力して。けど、やつは死ななかった。お父さんは死んだ。お父さんの試練は、息子である俺に受け継がれた。そのためにお父さんは、俺にフェニーチャーを残した」


 グアルディーは話にならないって感じで両手を上げた。


「それはあなたの勝手な解釈でしょう。少なくともジェットは、息子にそんな危険なことをさせる男ではありませんでした」

「危険なことをさせたいんじゃない。俺の、生まれたときから決まってる運命なんです。俺の試練なんです。リゼフが言ってました。俺にはこれから、多くの苦難が待ち受けてるって。神の子はそういう運命の下にあるって。その困難を乗り越えて英雄になるか、困難に逆らい堕天使となるかは、本人の自由。そして俺は乗り越える方を選びました」


 グアルディーがデルマートを見る。


「神の子と言うなら、デルマート先生だってそうでしょう」

「それは違う。デルマート先生はもう、乗り越え終わった。次は俺の番なんです。これは、俺が越えるべき試練なんです!」

「ですが!」

「それに俺には、フェニーチャーがいます。魔界のことならフェニーチャーはどんな天使よりも詳しいし、なにより強い。その辺の天使より、ずっと安全です。それから……」


 俺は横にいるジャックとチェイミーを見た。


「──超心強い仲間もいます」

「まさか。さらに二人を?」


 グアルディーは目を見開いた。


「バカバカしい。ありえない!」

「そんなことありません。ジャックの悪知恵も、チェイミーの頭脳も、どっちも俺にとってこれ以上ない強力な武器になります!」

「その二人を連れるくらいなら、私が一緒に行きます!」

「それはダメです。いつ攻めてくるかもわからないのに、貴重な戦力を持っていくわけにはいきません。それに、これは俺の試練。俺と、同年代の人が行くべきなんです。保護者は不要。なんとなく、そんな気がするんです」

「気がするって、そんな不確かな」

「グアルディー!」


 デルマートが突然声を上げた。


「もういい」

「もういいって、なにがです?」


 グアルディーがデルマートを睨む。


「わしも、ショートとおおむね同意見。というより、納得せざるを得ない。もうここに誰もが、そして君も、わかっているはずだ。これはショートの試練だと」

「ですが、やはり、そんな……」

「君の気持ちはわかる。やるせない、その気持ちは。重ねているんだろう? 自分と、そしてジェットと。だがね、やはり信じるしかないんだよ。大人が子供にしてやれることなんて、それだけだ」


 グアルディーはまだなにか言いたそうだったけど、黙って俯いた。

 デルマートが俺を見る。


「今回消耗した分、フェニーチャーが体力を戻すのは?」


 フェニーチャーが答える。


「あとおよそ一ヶ月。かなり無理したからな。正直今も眠い」

「わかった。ちょうど冬休みに入る時期だな。ショート・アルマス、ジャック・ディクソン、チェイミー・シェイク」


 俺たち三人は同時に返事をした。


「これより一ヶ月後、フェニーチャーが体力を戻したとき、三人には冒険の旅に出てもらう。魔王ケラヴロスの復活を阻止するんだ」

「もちろん」


 デルマートが先生たちを見る。


「一ヶ月間、君たちは三人にできるだけ多くの、そして協力な術を教えなさい。剣の鍛錬も欠かさないようにね。そのためなら、まぁ多少は、授業をサボることにも目をつぶる」

「やったぜ!」


 ジャックはガッツポーズで喜んだ。


「ところで、まずは簡単な行き先くらいは決まってるのか?」

「あぁ、それは、考えてる場所はあります」


 みんながいっせいに俺を見た。


「場所は魔界じゃなくて、天界です。天界の──中国です。関係のない予知夢は見ない、でしょう?」


 それからの一ヶ月は、今までのどんな訓練よりきつかった。ご飯、風呂、睡眠の時間以外はずっと訓練。ジャックですら、これなら授業に出た方がまし、と言っていた。一番ひどいのはチェイミー。本を読む暇なんてほとんどないから、禁断症状が出た。

 俺はもちろん、TWA選抜大会を優勝したんだから、ポールと同じく、寮対抗CBへの出場権があるけど、お断りした。ポールはしつこく練習に誘ってきたけど、全部無視しておいた。

 あれから、レーナやノーマンとは一言も話さなくなった。ほんとに、全く知らない他人って感じ。俺に興味なんてこれっぽっちも無さそうだった。そのせいか、俺は他の誰とも話したくなかった。ずっとジャックとチェイミーの二人プラス先生と一緒で、他の生徒なんて眼中になかった。

 それを察したのか、ソニアとですら壁ができて、自然と出会う前の、なにも知らない者同士みたいになった。

 悲しいし、寂しいし、辛いし、憎い。

 それでも、俺の試練、俺の運命、俺の戦いだ。逃げたらみんなが死ぬ。ノーマンも、レーナも、ソニアも。


 ──そして、一ヶ月。

 今日は十二月の十九日。夜中。いや、日付はもう変わってるし、二十日かな。

 今日の朝から終業式前日まで、CBが開催される。みんなは早朝一番の試合のために、早くから寝てるし、こんな時間に起きてる生徒は一人もいない。

 俺たち三人を除いて。

 寮のロビーのテーブルには、俺たち三人からの書き置きがある。『我らSJC悪戯同盟。自由へと旅立つ』。

 昇降口前に集合。俺が一番乗りだ。荷物を置いて柴生に座った。十二月の夜中にもなると、厚着してても流石に寒い。

 俺はポケットから一枚の紙を取り出した。

 ジャックと初めて会った日、もらったメモ用紙。お父さんがこの学校のいろんな秘密を書き記した紙だ。

 俺とお父さんの唯一の、形として残った繋がり。命懸けの冒険の旅に出る前には必須アイテムだ。


「よっ!」


 どうやらジャックが来たらしい。俺の肩を叩いたかと思うと、メモを奪った。


「懐かしいなぁ、これ」

「うん。感謝してるよ、ありがとう」

「いやいや。ていうか、結局まだわかってないんだよな、俺。この『神に与えられし部屋』っての」


 部屋への入り方は全部暗号。

 『掟に反逆すべし。力は力の中でしか生きられぬ。戯れにて待つ。その光が目覚めし時』。って、意味がわからない。


「あぁ、それか。チェイミーならわかるんじゃないか?」

「そう思うだろ? だから前に書いたんだよ。一週間くらい考えてくれたみたいだけど、結局返ってきた答えは『さっぱりわからない』だってさ。あのときのチェイミーの顔、傑作だぜ?」


 ジャックは思い出し笑いで腹を抱えた。


「すげー悔しそうでさ、苦虫を噛むってのはああいう顔を言うだろうなぁ」

「誰の顔が虫って?」


 チェイミーもついたみたいだ。昇降口の階段の上でむっとした顔でジャックを見下ろしていた。


「いやいや、そんなこと言ってないって」

「知ってる。聞いてたから」


 チェイミーはニッコリ笑った。

 二人とも、今から危険があるなんて、全く知りませんって感じ。むしろ楽しみで仕方ないんだ。そして多分、俺も。

 挨拶はここに来る前すませておいた。他の先生にバレるわけにはいかないから。見送りはなし。


「じゃあ、そろそろ行こうか」

「待ちなさい」


 俺が二人に声をかけた直後、グアルディーがこっちに走ってきた。


「なんで、見送りはなしじゃ」

「バカですね。私はあなたたちの寮監ですよ」


 グアルディーは俺の正面に立った。


「懐かしいです。ここに来たとき、最初は自他共に認める落ちこぼれのあなたが、今では冒険の旅に」


 グアルディーの目は、どこまでも俺を心配している。


「先生」

「あなたは、知りすぎてしまった。ほんの少しだけ、話をしましょう」

「話?」

「えぇ。……昔、バカな子供が一人いました。十年前のことです。そのバカな子供はとある情報を掴みました。世界を救える情報です。子供は大人にその情報を話しました。しかし子供は完全に大人を信じてはいませんでした」


 グアルディーの肩が震えている。


「子供は優秀だったのです。それ故に傲りがありました。馬鹿な子供はその情報から計画を立て、一人の男を救う計画です。それを実行に移しました。そして──」


 今度は声も震える。


「失敗しました。ものの見事に失敗し、敵に捕らえられ、人質となりました。結局は大人達の足手まといにしかならなかったのです。その結果、大切だった、憧れの、とても大事な人を──死なせてしまいました。全く哀れで、愚かしいことです」

「まさか……」

「私のことです。アルマス、あなたは優秀です。心の中の傲りなど、自分では到底気づきようのないものです。決してけなしているわけではありません。しかし、知るということはそれ相応の危険がともないます。学校のことも、あなたのことも、私たちは最善を尽くします。ですから、どうか無茶だけは……」

「先生。これ、覚えてますか?」


 俺はつけていたネックレスを外して見せた。金色の、三日月型のネックレスだ。


「それは……」

「レーナを助けに白凰堂に行くとき、先生が俺に貸してくれたやつです」


 俺は笑った。


「すごくよく効く、お守りです。ずっと、返す機会を探してたんです」

「いえ、それは」

「もちろん。まだ返すつもりはありません」


 俺はネックレスを付け直した。


「俺にはまだ運が必要だし。でしょ? だから、帰ってきたときに、必ず」


 グアルディーが俺の肩に手を置いた。


「頑張りなさい」


 俺は頷いて、手で輪っかを作って口笛を吹いた。

 今日は満月。黒い夜空に、月の光が反射して光る真っ白な四羽の鳥が飛んできた。

 事前に用意していたスリーサイズの白凰四羽だ。一羽は荷台をつけて、もう三羽はそれぞれを乗せる白凰。

 俺はもちろんヘルェル。ジャックにはジェイド、チェイミーにはイヴ。荷物用はシメオン。

 荷物をシメオンに乗せて、ヘルェルに乗る。二人もそれぞれ乗ったみたいだ。


「飛べ!」


 俺の合図で、四羽とも空高く上がる。

 グアルディーはもうゴマみたいだ。

 俺は声を張り上げて叫んだ。


「いってきまーす!」


 必ず戻ると、そう乗せて。

 ただ飛ぶ空の、星は輝く。



「ありがとう」


 飛び立つ背中は、返さない。

 落ちてるものは、雪か涙か。


「ごめんなさい」


 青い瞳は、返さない。

 頬をなぞるは、記憶と涙。




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