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再び喧嘩した男

 ラビリンスの秘密基地で、ジャックは次の悪戯に使う道具をいじりながら言った。


「上々、上々。ファンとまではいかなくても、今じゃみーんな俺たちに好感を持ってる。依頼数もうなぎ上りだしな」

「そうね」


 チェイミーもジャックの手伝いをしながら笑って答えた。

 俺はといえば、ハンモックに横になりながら、二人の話を聞き流していた。

 ふとしたときに、昨晩見た夢のことを思い出してしまう。俺は危うく殺されるところだった。予知夢を見ているのが、未来で見破られたのは二度目。けど、少なくとも前回は殺されそうにはならなかった。

 同じ予知夢を見る天使なら、デルマートに相談するべき?

 いや、それよりも。やっぱりケラヴロスは生きていた。しわしわの乾いた骸骨みたいな体で──


「おい、ショート! 聞いてんのか?」


 声にハッとしてジャックを見ると、俺を睨んでいた。


「いや、ごめん。ちょっと眠くて」

「んー、まぁ最近忙しいし、今日も遅いしな。じゃあ、電気消すか?」


 チェイミーが静かに頷いて、道具を片付け始めた。俺は慌てて言う。


「ちょっと待って。いいんだ、俺は」

「は?」

「今日はなんか、自分の部屋で寝たいから寮に戻るよ。調子悪くて、風邪かもしれないし。うつしたらだめだろ?」

「そっか。じゃあ、俺たちはもう少し続けるか?」


 チェイミーはもう一度頷いて、作業を再開した。

 俺はハンモックから飛び降りて、秘密基地を出た。二人は心配そうな顔をしてたから、「気にするな」って言っておいた。

 俺は自分の部屋に戻らず、寮の屋上に登った。

 屋上は、ジャックとチェイミーにも言ってない俺のお気に入りの場所だ。今みたいな暗い夜中になると、空に綺麗な星が輝く。それを眺めるのが好きだった。

 はいはい。ロマンチストぶって気持ち悪いですよ。だから誰にも言ってないんだって。


「フェニーチャー」

『んだよ?』

「昨日の夢。いつの未来かわからないけど、あれって……」

『あぁ。ケラヴロス本人自ら、手下を大勢引き連れて、ここを襲いに来る。ついでにデルマートがいない日を狙ってな』


 フェニーチャーは低い声で言った。

 ケラヴロスもそうだったけど、フェニーチャーの声も迫力がある。


『団長……。そう呼ばれてたな、あのミノタウロスは』

「知ってるのか?」

『もちろん。お前も夢で知ってると思うが、やつはケラヴロスの手下の悪魔の中じゃNo.5。キレっぽくって頭は悪いが、実力はブルルスグルフにも迫る』

「あいつに……。まさか、あんなに強いやつ、どれだけ被害があるか」

『だろうな。あんときと違って次は正面きって乗り込んでくるみたいだし、おまけに数はずっと多い。きっと死ぬやつは大勢いるだろうな』

「そんなことさせるわけにはいかない!」

『わかってるよ。だから、デルマートには相談するなよ』

「なんで? あんなに強いのに」


 一部とはいえ、力を取り戻してあんなに強かったフェニーチャーを簡単にあしらった。


『デルマートに言えば、あいつは学校から離れてケラヴロスたちを倒しに行くに決まってる。それこそ、デルマートが学校から消える罠。やつらがどこまで考えてるか知らねーが、用心はするべきだ』

「けどそれじゃあ」

『簡単だ。迎え撃てばいい。ブルルスグルフを瞬殺したのはこの俺。あの団長も楽勝だ』

「団長か……。あいつは一体なんなんだ?」

『やつはケラヴロスの側近。護衛団団長。名前はランツェア・ヴート・ガルクスギルテ』


 思わず笑ってしまった。


「長くてわかりにくい名前だな」

『ランツェア・ヴートは通り名。暴れ槍のガルクスギルテって意味だよ』


 俺は再び空を見て、拳を力強く握った。

 ジャックもチェイミーも、何も知らない。フェニーチャーがいて、俺がお父さんの息子である限り、俺はケラヴロスと戦う運命なんだ。もっと、力をつけなくちゃいけない。

 こんなことしてても仕方ないから、今から剣の練習でもしようかな。

 そう思って、屋上から出ようとしたときに、階段の方から声が聞こえた。


「きっと大丈夫だって。なんとかなるよ」


 俺は咄嗟に後ろを振り返った。今のはノーマンの声だったから。

 案の定、ノーマンとレーナが屋上に上がってきた。見たところ、二人だけでポールはいない。こんな夜中に二人きり。よかった。案外ノーマンの恋は上手くいってのかもしれない。なんて、のんきなことを考えてたら、二人と目があった。

 気まずい空気が流れる。俺はなんて言ったらいいのかわからなくなった。簡単なはずだ。ちょっと謝って、また仲良くしたいって伝えればいいだけ。それなのに、なぜか口が動かない。二人も俺をじっと見つめて、何も言ってこない。

 緊張のせいか、二人の顔がよく見えない。あの表情は、笑ってる? なわけない。じゃあ怒ってる? わからない。もしかしたらそうかも。だったら、俺が今さらなにを言ってもむだなだけだ。

 俺は静かに目をそらして、二人の横を通りすぎた。


「ま、待って!」


 後ろで、ノーマンが俺を呼んだ。

 振り返ってみても、やっぱり表情はわからない。


「少し話さない?」


 ほんのちょっとだけ、笑った気がした。

 俺たちは端の壁によりかかったりうでと乗せたりして、静かに星を眺めた。別に星が綺麗だからとかじゃなくて、三人ともなにをすればいいかわからなかったから。

 もうすっかり秋。夜中になると少し肌寒くなってくる。ノーマンが小さくくしゃみをして笑った。チャンスだ。


「懐かしいな。俺たちがまだ昌人と拓馬だったときも、こっそり寮を抜け出して、こうして空を見て話してた。冬になると、ノーマンは毎回くしゃみするんだ」

「あはは。ショートは、昔からやんちゃだったから。僕がどれだけ必死に止めても聞かないんだもん」

「そうだな」


 ……シーン。また沈黙。わかってます。どーせ俺は不器用ですよ。


「あのさ」


 どうせなにも言えないなら、いっそなんでも好きなこと言った方が早い。俺は勇気を振りしぼった。


「俺、ほんとに情けないんだけど……、嫉妬してたんだ。二人が、その、まるで──ポールに取られるみたいで」


 二人の目が見開いた。俺は肩をすくめて笑う。


「そんな、ありえないよな。だって、友達は一人、なんてルールないし、レーナは元々ポールのこと──」


 言葉につまった。ノーマンの前であんまり言いたくないし、レーナに怒られたこともある。


「──いいなって思ってたんだから」

「それで、意地になったって?」


 レーナが俺を睨んだ。低くて恐ろしい声で言う。


「だから今まで、レースのときみたいなひどいことを?」

「そう、かも。いや、けど別にそこまで関係あるわけじゃなくて、なんていうか、ほら。俺はいつもポールと比べられてうんざりしてて、もちろん、そんなの逆恨みってのはわかってるけど、こう……ライバル意識というか、俺たちにとっては憧れじゃなくて、敵、みたいなものなんだ」

「ポールはあなたが思うような悪い人じゃない!」

「だから、それはわかってるって」

「敵対心を持ってたから、ポールに了承も取らずに勝手に賭けごとを決めたわけ?」

「それはそうなんだけど」

「わざわざポールに負けたフリまでして。私たちのことも。ずっとずっと、バカにしてる」

「いや、だから……」

「最低よ」

「わかってるって。今それを謝ろうとしてるだろ? ちょっとは黙って聞けないのか?」

「けど、ごめんなさい」

「えっ?」


 レーナは頭を俯かせている。肩は震えて、ときどき鼻をすする。泣いてるんだ。

 レーナは、震える声で言った。


「私も、私たちも、ずっと嫉妬してた。ショートが、ジャックとチェイミーに取られて、遠くに行きそうで。あのときのことも、ショートの言うとおり」

「あのとき?」

「ショートが大広間を壊して、それから一週間後に目を覚ましたとき。お見舞いに来なかったなんて、どうせ怖いだけで心配なんかしてなかったんだろって」

「いや、あれはついに口がすべって。あのときは本当に、どうかしてたんだ」

「ううん。違うの」


 レーナが首を振って頭を下げた。


「ほんとはね、寝てる間に何度かお見舞いに言ったの。けど、起きたって聞いて、怖くなった。だって、暴走する直前、また喧嘩しちゃってたから。それで怒ったんじゃないかって。会ったら、また暴走しちゃうんじゃないかって。ごめんなさい……」

「いや、あれは、俺が悪いんだって。俺が全部適当で、怒って力に飲まれちゃったから。グアルディーにも忠告をもらってたのに。だからあれは」

「違う! だって、そのあとも、ショートがひどいことを言われてるのを知ってて私、なにもできなかった! それどころか、怖がって、意地になって」


 レーナが大声を出した。俺は必死に否定する。


「けど、なんとかしようとはしてくれたんだろ? 仕方ないよ。あんな殺人鬼、普通誰も」

「けどソニアは違うじゃない! あんなことがあったのに、ずっとあなたと仲良くしてた!」

「ソニアはなんていうか、特殊なんだ。俺と気が合うっていうか」

「だから、私たちとは気が合わないって?」

「違う! そうじゃなくて、今のは言葉のあや。ソニアはこう……──って、めんどくさいな! あれは俺が悪かったって言ってるだろ?」

「そんなの納得できない! あなたは──」

「だから、なんでそうレーナはいつも上からなんだ? そういうのが合わないんだろ! 坂木学園のときからそうだ。俺はそれが嫌いなんだって!」

「こっちこそ、ショートのそういう軽薄でいいかげんなとこが気に入らなかったわ! すごくイヤなやつって感じで」

「ほら、すぐこれだ。またお説教しようとする。レーナ相手じゃ仲直り一つもまともにできない」

「私? あなたのせいでしょ」

「なんで俺だよ。こんなの誰が見たって──」

「ストーップ! ちょっと待ってって」


 ノーマンが両手を広げて俺とレーナの間に入った。めちゃくちゃ焦って変な顔だ。俺もレーナも吹き出した。ノーマンも困惑した顔になりながらも笑った。


「ほんと」


 ノーマンが言った。


「二人って相変わらずだね」

「そうだな」 


 俺は言った。


「レーナはいいかげん変わった方がいい」

「変わるべきはあなたでしょ?」 


 レーナが言った。


「大体、勉強だって一学期の期末試験だけで、最近は成績もどんどん下がってるって。またジャックたちと変なことやってるから」

「俺は元々成績に興味なんてないからいいんだよ」

「だからそういう考えが」

「はいはい。ストップストップ!」


 ノーマンがあきれたみたいにため息をついた。ていうか、本当にあきれてる。


「なんで言ったそばから喧嘩するの?」


 俺はレーナを睨んだ。


「それはレーナが」

「はいはい。わかった」


 俺はノーマンに抗議の視線を送るけど、ノーマンは無視した。それどころか、俺とレーナの掴んで笑った。


「これで仲直り。僕たち三人、また友だち同士だ」


 俺もレーナも、なんだか今さら悩むのがバカらしくなってきた。


「オーケー、オーケー。わかったよ。じゃっ、もう戻ろうぜ」


 二人は頷いて、俺と一緒に屋上を降りた。

 男子寮と女子寮の別れ道で、レーナが俺にそっと耳打ちした。


「フェニーチャーのこと、二人に話してないでしょうね?」

「話せるわけないだろ」


 レーナはニッコリ笑って言った。


「二人とも、おやすみなさい」


 これでノーマンと二人になった。

 俺はからかうつもりで軽く背中を叩いた。


「結構仲良くしてるじゃん」

「うん、そうだね」


 その瞬間、背中がぞくりとした。ノーマンの声は不気味だった。低くて、元気がない感じ。


「ショートは、ポールが嫌いなんだろう? 自分とは正反対だからって」

「そうだけど?」

「僕は、逆かな。だって、レーナはポールのことが好きなんだよ。ポールとは友だちだから、その気持ちはわかる。だから僕は、ポールみたいな男になりたいんだ」


 ノーマンが不安げに俺を見た。


「だめ、かな?」

「いや」


 俺は首を横に振った。


「ノーマンが決めたなら、俺はそれを応援する。友だちだろ?」

「……ありがとう!」


 ノーマンはニッと笑って部屋に入っていった。

 仲直りしたはずなのに、少し寂しくなった。


◇◇◇


 翌朝。大広間。ジャックとチェイミーはすでに朝食は食べ終わっている。

 ジャックは俺とノーマン、レーナを見て、露骨にイヤそうな顔をした。指でテーブルをコツコツ叩く。

 俺が、二人と仲直りしたから仲間に入れたいって言ったんだ。もちろんダメ元だけど。


「まぁ、別にいいんだけどさ」

「えっ、嘘だぁ」

「なんだよ嘘って……」


 ジャックがけげんな顔で俺を見た。つい、とっさに言ってしまった。了承するにしたって、あまりにも簡単すぎる。


「リーダーはショートだし。……な?」


 ジャックが確認を取ると、チェイミーは興味なさそうにうなずいた。


「まぁ、俺は相変わらず二人のこと嫌いだから安心してくれ」

「お生憎。私もだけど」


 ジャックとレーナの間で火花が散る。このままだと取り消しになってしまいそうだから、慌てて止めた。


「ほ、本当にいいんのか?」

「まぁ。けどなぁ……ショートと仲直りして、俺たちの仲間になるってのはいいんだけど」

「なにか他に?」

「SJC悪戯同盟って名前を今さら変えるつもりはないし、二人は見習いってことでよろしく。まぁ、ソニアみたいな助っ人要因ってわけ。もっとも、ソニアはイニシャルがSで被ってるから、正式メンバーでも問題ないんだけど」

「あの」


 ノーマンが言った。


「正式とか見習いとか、関係あるの?」

「大ありだよバーカ。レースのときみたく必要最低限にしか教えない企画とかな。それに、俺たちだけの秘密もある」


 何個か心当たりがあったけど、一番当てはまるのは、ラビリンスのことだ。ジャックも多分、そのことを言ってる。


「はい! もうこの話は終わり。てことで本題だ」


 ジャックは一枚の紙を俺たちに見せた。


「これから約一ヶ月後。十一月の半ばに、格闘トーナメント大会がある。武器は自由。これはその要項」


 紙には、なんかめんどくさそうなルールが何個か書いてあったけど、一番最初に目についたのは、賞品。優勝者には賞金と一ヶ月間の浴室掃除免除、それから高性能パソコンが与えられるらしい。


「前回優勝者は最上級生だったからもうこの学校にはいない」

「ポールじゃないのか?」


 ジャックは首を横に振った。


「まさか。たしかにポールはレースは強いけど、さすがに格闘術だとどうしても差が出るよ」

「けど、前回だって準々決勝までは登ったわ!」


 レーナがすかさず言った。


「一年前の時点で実力的にはベスト八よ」

「問題はそこだ」


 ジャックが指を鳴らして言った。


「あれから訓練も続けてるだろうし、ポールの優勝はほとんど確実、なんて言われてる。少なくとも決勝までは上るだろうってな。それで、周りは俺たちになにを期待してると思う?」


 ジャックが両手を広げた。

 俺は周りを見た。何人かは、この大会要項の紙と俺たちを見て、ヒソヒソ話している。中には、期待のこもった目で見るやつもある。


「もしかして……」


 ノーマンがゆっくり手を上げた。ジャックはノリノリで指差す。


「はい、ビートル君!」

「ポールとショートの再戦、とか?」

「大正解! ……一応先生に相談して、決勝で当たるようにトーナメントを調整してもらうことはできる。あとは本人の意思次第」


 チェイミーは本を読んでいるから、それ以外の三人が俺を見た。もちろん、俺の答えは決まってる。俺はニヤリと笑った。


「やるに決まってるじゃん」

「さっすが!」


 俺とジャックは拳を突き合わせた。


「ただ、やる以上は勝つつもりでやる。で、問題がある」

「問題?」

「レースは元々、俺たちのチェイミーが考えた綿密な作戦があったから勝てた、言わばできレース。けど、正々堂々とした戦いじゃ、立てる作戦にも限界がある」

「たしかに」

「この際、決勝まで上りつめれるかはおいといて、ポールに勝てるかどうかだけど、まず無理」


 悔しいけど、事実だ。というか、そもそも剣術で勝てるならTWAでもあんな反則ギリギリの作戦立てなりなんかしない。


「けど、確実に勝ってもらわなきゃ困る。てことで、戦法を考える。すなわち初見殺しの必殺技だ! で、今勉強中ってわけ」


 ジャックがチェイミーを指した。こっちの話は耳に入らないようで、黙々と本を読み進めている。ていうか、辞書みたいに分厚かった本が、今の数分でもう半分終わってる。

 テーブルには、その他にも大量の本が積んである。つまりは、これを全部読むということらしい。


「とはいえ、ぶっちゃけ作戦と違ってあくまで一瞬の隙をつく必殺技とも呼べる戦法。仮に全部読んだとしてもチェイミーが完璧なものを考えつくかって言われたらそうでもない。てことで、俺たちもしばらく読書だ」


 ジャックはテーブルを指して顔をしかめた。

 なるほど。それにしたって量が多いと思ったら、俺たちの分だったとは。


「試験もちょうどこないだ終わったし、この一ヶ月は授業サボって文字と特訓漬けだ。俺たち三人とゲログン、リゼフの五人で試行錯誤する」

「ちょっと待って」


 レーナが怒り気味に言った。


「授業をサボるの?」


 ジャックは肩をすくめる。


「じゃなきゃ間に合わない」

「そんなことしたら──」

「試験はチェイミーとソニアがいるから大丈夫」

「けど、ポールと勝負って。あなたたちまた──」

「賭けはもうしないって。てことで、ほら。授業始まるぞ」


 ジャックはノーマンたちを追い払うように手を振って、俺に本を押し付けた。『剣術の心得』とか『世界の凄技』とか『デストレ・ザ・カンペアドールの教え』なんてのもあった。デストレ・ザ・カンペアドールが誰か知らないけど。

 レーナは未だに納得がいかなそう。


「だったら、私たちも協力するわ。その方が早いし」

「いやいや。お前らはどうせポールにつくだろ? どうせ特訓会だって行くんだろうし」

「別に、そんなの関係ないじゃない。どっちかしかダメ、なんてないんだから」

「あのさ」


 ジャックはさとすように言った。


「別に仲間外れにしたいんじゃないって。俺たちは好きでやってるんだから、お前らも好きなことをするべき。あんたら優等生がサボるなんておかしいし、ポールを裏切るのだってイヤだろ」


 ジャックにしては優しすぎる。正直、驚いた。俺が意外そうにまじまじ見てるのに気づいたのか、ジャックは目を細めた。


「仮だろうと見習いだろうと、一度うなずいたからには仕方ないだろ。それに、今やポールの特訓会に行ってるやつはごくわずか」


 ジャックはノーマンとレーナ、それから少し離れたところにいるメアを見た。


「俺たちの方が人気高いし、もうあんまり興味ねーんだ。皆んなが期待してなきゃ、ポールとの再戦だってどーでもよかったし」


 レーナの眉がピクリと動いた。


「てことで、二人は授業。ショートとチェイミーは放課後までひたすら本を読め」

「お前は?」

「俺は、三人分の申し込みと」

「三人?」

「今回は俺とチェイミーも出るんだ。俺たちも見たいって声が多いから。それから俺は、他の依頼も完遂しないといけないから。一応昨日で大会まで依頼中止にしたんだけどな、残ってるのが多くて」


 ノーマンとレーナはなにか言いたそうだった(特にレーナ)けど、大人しく授業に向かった。

 俺たち三人は大量の本を持って秘密基地へ。俺とチェイミーは本を読み、ジャックはひたすら道具をいじった。

 チェイミーは、俺が一冊の本を読み終わる間に、俺が読んだ本の二倍くらい厚い本を三冊は読んでいた。

 なにか気になったり、おもしろいと思ったものはとにかくメモる。意外にも、『デストレ・ザ・カンペアドールの教え』には、興味のあることが結構あった。

 放課後になれば、とにかく剣を撃ち合ったり、初見殺しの必殺技を研究したり。ちなみに今回は、ソニアも大会に参加するらしいから、一緒に研究したりはできなかった。その代わり練習試合を何度かしたけど、想像以上に強い。今のところは負け越しだ。


「また来てた……。依頼は中止したんじゃなかったの?」


 二週間くらい経った、十一月の頭。

 チェイミーは一枚の紙を持ってラビリンスの秘密基地に入ってきた。疲れたようにジャックを睨んだ。


「またぁ? それならちゃんとお返事したぜ。今は受け付けてないってな」


 俺たちが依頼用に置いた箱の中に、依頼受け付けを中止した数日後からほとんど毎日、同じ手紙が入れられている。ジャックはもう何度も箱の上に受け付けはしてないってメモを置いてるのに、ご丁寧にそれを破って入れてくる。


「せめて差出人がいればいいんだけどな」


 手紙には『Mr.ザップ』としか書いてない。


「内容は?」

「一緒」


 チェイミーが首を振って、手紙を俺たちに見せた。


「『僕の挑戦を受けろ。ただし、ショート、ジャック、チェイミーの三人だ』か……」


 ずっと一緒の内容。前に一度だけ受けると返事としたときも、全く同じ手紙が入っていた。

 ジャックが呟いて笑った。


「相変わらず不気味だねぇ。しかも俺たちを名指し」

「受けてくれ、じゃなくて命令形なのも気になるわ」


 チェイミーは顎に手を当てて言う。


「おまけに挑戦内容が無いこともふまえて考えると」

「わかりやすい挑発。圧倒的な自信」


 ジャックが言った。


「俺たちが興味があると確信してんのか、それともそのときになったら否が応でも受けなきゃいけないような状況になる挑戦なのか」

「一応」


 俺は言った。


「レーナやノーマンにも、バレないようにそれとなく聞いてみたよ。最近あったなにかおもしろい話はないか」

「収穫は?」

「全然ダメ。まぁしいて言えば……」


 二人が本を読むのをやめて俺を見た。


「最近、変な噂が立ってるらしい」

「噂?」

「なんでも、ルシフェル街で怪物出たらしい。それも何度も」

「怪物って、なんだそれ。悪魔のことか?」

「違うらしい。って言っても噂だし、仮に本当だとして、怪物が挑戦と関係あるか?」

「その噂はいつから?」

「それが少し気になる。依頼が届き始めたときのちょうど同じなんだ」

「てことは、可能性は高いってわけか」


 ジャックは頭をかいた。


「チェイミー本は?」

「残り一冊」

「オーケー。だったら、読み終わったら必殺技を考えながら情報収集をしてくれ。ショートは、レーナたちにも情報協力を仰ぐ。これでどうだ?」


 俺とチェイミーは頷いた。


「オーケー」

「わかったわ」


 ジャックが手を叩く。


「なんであれ、大会は近い。夏休み以来だな、こんなに忙しいのは。とにかくやるぞ!」


 俺たちは拳を上に突き上げた。




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