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夢を見た男

 俺たちの優勝表彰式はひどいありさまだった。

 マークが俺にインタビューして、それに答える度に悲痛に満ちたブーイングが聞こえる。その様子を見た先生たちはため息をつくか、腹を抱えて笑うかのどっちかだった。


「金の配布はまた今度。絶対するから!」


 ジャックのこの言葉を最後に、俺たちは逃げるようにその場を離れて、ラビリンスに向かった。

 理由は二つ。

 一つは、大勢の人に囲まれて色々言われるのは疲れるから。

 もう一つは、俺たち三人だけのパーティーをやりたいから。


「待ちなさい」


 昇降口で、俺たち三人をグアルディーが待ち伏せしていた。


「少し話があります」


 俺たちは、そのまま教員用寮のグアルディーの部屋に案内された。グアルディーの対面に三人で座り、テーブルには四つのカップ。中身はアップルティー。助かった。結構疲れてたところだし。

 俺とチェイミーは普通だけど、ジャックだけはそわそわしていた。おもちゃを前にした子供って感じ。


「話って? 愛しのアネットちゃん」


 ジャックがニコニコ笑いながら言った。グアルディーがキツく睨む。


「ファーストネーム、ちゃんづけ、おまけに愛しの? ふざけるのもたいがいにしなさい。ジャック・ディクソン」

「あはは」


 ジャックは両手を上げて降参のポーズをとった。


「すみませんすみません。それで?」

「いえ、少し質問を」

「質問?」

「全て幻覚、そう言いましたね。すっかり騙されましたよ。たしかにアンダーボルトやシャドーについた傷は本物だった……ように見えました。彼らにも、その痛みすら本物だと錯覚させた。こんなに高度な幻覚は見たことがありません」


 俺は肩をすくめた。


「それはどうも」

「違和感一つなかった。もしあれを見破れるような人物がいるとすれば、作戦を知っていたネージェン先生を除けば、幻術学のファイント先生、もしくはデルマート校長先生しかいないでしょう。つまりありえない」

「なにが?」

「あなたがいくらジェット・アルマスの息子とはいえ、ありえないんですよ。そんなこと。生徒だけじゃない。私たち教師すらも騙すなど。それだけじゃない。仮にそれができて、アンダーボルトとの直接戦闘を避けひたすら進み続けたとしても、五十分をきるなど。あなたが白凰に乗ることには驚きました。白凰なら世界記録を塗りかえることも不可能ではないでしょう。しかしあなたはまだ初心者。たかだか一ヶ月死ぬ気で特訓したくらいでは」


 グアルディーはピシャリと言った。


「幻覚はいつから? あなたたちの作戦とは? どうやって勝ったのか、いえ、どうやってあの驚異的な記録をだしたのか。恥ずかしながら、私にはまるでわからない。ですから教えてほしいのです」


 俺はジャックとチェイミーを見た。二人とも、「好きにすれば?」って感じで頷いた。俺も頷き返して、グアルディーに言った。


「そんなこと、教えたらショーがつまらなくなるだけです。って、断ったら?」

「もちろん諦めますよ。自力で考えます。私のただの興味本位ですから」

「……わかりました」


 俺は肩をすくめた。


「いいですよ。先生には特訓に何度か付き合ってもらいましたし。……って言っても、作戦を考えたのは全部チェイミーなんで、本人から直接聞いた方がわかりやすいと思います」


 チェイミーは眉を上げて、無言の了承をした。


「昔、こんな男がいました。TWAで、雲の上を飛び、そのままゴール上空を通過した男が。雲の上なら、どんな障害もありませんから、楽にゴールできるので」


 チェイミーは続ける。


「まぁ、雲の上まで行くのにも時間がかかるので、結果は三位でしたけど、万年ビリだった彼にとっては大躍進です。とはいえ、それを世間は許しません。卑怯な手段であることはたしかですから。しかし彼はコースからはみ出してはないため、反則ではない。そこで、世間はゴールに着目しました。門をくぐってない。よって無効、と」


 グアルディーが首を傾げた。


「それが何か?」

「まぁ、聞いてください。……そんな騒ぎがあって、競技連盟は正式にルールを発表しました。コースはあくまでも目安であり、高低差は関係なし。また、ゴールもくぐる必要はなく、門によって引かれた直線を通過すればいい、と。今から百年前の話です。その騒ぎのせいで、今は雲の上に上がるのは邪道とされ、公式の大会では上がらないように、高度が上がるにつれ障害の難易度も上げたりしています」

「えぇ。もちろんうちも。最近では雲の上まで障害を作る大会も増えてきました」

「私たち、というかショートはこれを使ったんです。障害を通らず行けば、ポールに勝つことはおろか、世界最速記録だって出せると」

「では、ショートは雲の上に登ったと?」


 チェイミーは首を振った。


「無理ですよ。今言ってたじゃないですか、難易度が高いって。タイムロスが大きすぎますし、上がりきれず脱落、の方が可能性が高い」

「しかし、ならばどうやって障害を避けたんですか?」

「高低差は関係ない。ならもう一つあるでしょう。障害が及ばない場所が。……地下を使ったんです」

「地下?」

「公式大会では、レース半年前にコース場所発表。それから三ヶ月かけて障害を完成させ、二ヶ月は予約制で練習期間。残り一ヶ月は完全封鎖による調整。と、時間はほとんどないし、地面はコンクリートですごく硬い。だから穴を掘ることは不可能。けど、ここならその限りじゃない。コースは毎年一緒だし、夏休み全てを使えば、なんとかならないこともないですから」

「それであなたたちは学校に残り、ずっと特訓を? しかし、夏休みの期間中は、コースは完全封鎖されてるはず」

「だから、夏休みが始まる前に、コースとは別の場所に穴を掘って、いつでも下にもぐりこめるようにしてたんです」

「なるほど……」


 グアルディーは感心した様子で頷いて、アップルティーをすすった。


「しかし、いつから……?」

「レースの途中で一瞬、ガブリエルの湖に入ったでしょう。あのときです。湖の端に穴を掘ってたので、そこから」

「ならば、最初にディクソンのケルに乗っていた理由は?」

「もちろん、理由はあります。一つはポールを追いかけるシチュエーションを作るため、もう一つはそれ以外の出場者を脱落させるため。後ろに誰かいたら、ショートを追って地下に入る人が居るかもしれませんから」

「ですが、やはりわかりません」


 グアルディーは眉をひそめて言った。


「あなたたちの話では、湖に入ったときにアルマスが幻術でもう一人のアルマスを作り出したということでしょう? アルマスは湖から出てきたんですから」

「そのとおりです」

「本当に幻覚なら、多少なりとも違和感を感じるはず。全くないというのは、あまりにも……。やはり、アルマスがそこまでできるとは──失礼ですが思いません。リゼフもあなたたちも私のそばにいましたし、こっそり手助けするのも」

「即興は無理ですよ、当然」


 グアルディーが首をまた傾げた。


「かけた幻術は二つ。一つはショートが即興で作り出したショートとヘルェル。これはたしかにあまり上手い幻覚じゃない。だから、もう一つをかけました。即興ではなく、ポールに宣戦布告したあの日から、ずっと」

「どういうことですか?」

「ショートがポールと接戦を演じ、ギリギリで競り負ける、って幻術を。幻術も他の天術と同じで、エネルギー源は天啓。つまりは、蓄積し力を増大させることができます。だから、リゼフ先生にも協力してもらって、すれ違ったりする人全員に幻術をかけ続けました」

「なるほど……。それならたしかに、対戦のそのときが来るまで誰も幻術にかけられたことに気づかないから違和感も感じない。宣戦布告から約一ヶ月と半。その期間ずっとかけ続ければ、君たちの弱い力も積み重なって私たち教師すらをも騙すまでになる」

「さらには、モニターと選手を撮るカメラにも幻術を。リゼフ先生は立場上そこまではできないから、私たち三人でこっそり盗み出しました。それなら今日来たばっかりの生徒外観客も、ある程度は錯覚させることができますから」


 そう言い終わって、チェイミーは本を開いた。グアルディーは相変わらずね、って顔をして笑った。


「俺たちがどんだけ力を合わせても、正攻法じゃアンダーボルトには絶対に勝てない」


 ジャックはニヤリと笑って言った。


「ずるいでしょ?」

「まさか」


 グアルディーがジャックとチェイミーの頭をなでた。


「素晴らしい作戦の数々。私も驚き、そして興奮しました」


 チェイミーは顔が赤くなって、ジャックは照れ臭そうに頬をかいた。

 そして最後に、グアルディーは俺の頭を優しく微笑みながらなでた。


「あなたの力は素晴らしい。本当に、まるでジェットがよみがえったかのようでしたよ。私はあなたを誇りに思います」


 ふとジャックとチェイミーを見ると、二人とも俺を見てニヤニヤしていた。多分今の俺は変な顔をしていたに違いない。さっきまでお前らだってそうだったくせに。

 俺は二人を睨んだ。すると今度は、グアルディーすらも吹き出して笑った。

 俺は言った。


「うるさい!」


 三人はさらに笑った。


◇◇◇


 お金の恨みは怖い。

 俺たちの計画が最後の最後で失敗した理由があるとすれば、これを忘れていたことだ。

 市場最年少が史上初で白凰を乗りこなし、市場最速でゴールする。そしてポールに勝つ。ここまではいい。

 俺たちの計画じゃ、その影響で俺たちはいちやく人気者。皆んな謝罪して尊敬のまなざしで俺たちを見る、って思ってた。

 けど失敗。俺たちは今まで以上に冷たい目で見られた。ていうか、いつもこれ以上はないって思ってるのに、俺たちの記録は相変わらず更新し続けてる。

 はいはい。嫌われて者です。

 翌朝。ジャックは、朝食の時間に大広間で挑発するように言った。


「ポールへの総賭け金が約三十万シック。ショートへの総賭け金が約五十万シック」


 十万シックは人間界日本円で一千万円だ。


「このうち四十万シックが俺たちの金。つまり三十万シックのうち八割──二十四万シック、いただきまーす!」


 ポール応援団員が悔しそうに机を叩いて俺たちを睨んだ。反対に、ジャックはニコニコ。心の底から楽しそうだ。ほんと、ジャックは相手を挑発する天性の才能を持ってると思う。ていうか、シンプルに性格が悪い。


「そんで、ショートへの残りの賭け金の十万シックのうち七万は先生だから、生徒は三万シック。ポールの残り賭け金は六万シック。てことで、ショートに賭けたやつは、その倍の金が返ってくるってことだ」


 今度は、俺たちに賭けた生徒から歓声が上がった。


「期間は無期限。たった今から、金が欲しいやつは来てくれ! 名簿でちゃーんと確認してから、倍の金を渡すよ」


 俺たちに賭けた約百人の生徒が、いっせいに立ち上がって、目の前に並び始めた。

 その様子を見て、ジャックはまた不敵な笑みを浮かべた。面白いこと(悪いこと)を考えたときの顔だ。

 俺はジャックの脇腹を肘でこづいた。ジャックは眉をひそめて言った。


「なんだよ」

「そっちこそ。また何か考えただろ」


 ジャックは笑いながら舌を出した。


「いや、この状況も、案外悪くないかもって思ってな」

「どういうこと?」

「まぁ、それは。とりあえず授業でも受けた後でってことで」


 ちょっと意外だ。ジャックがまともに授業に出ようとするなんて。俺の反応を予想してたみたいに、ジャックは言った。


「ちゃんと出るぜ。だってほら、一昨日までとは違うはずさ。色々とな」


 それからしばらくして、俺たちは賭け金引き渡しを切り上げて、一時間目の教室に向かった。

 その途中、何人かに声をかけられた。しかも好意的な方で。中には、「サインください!」なんてやつもいた。これまでもたまにあったけど、今日はいつもより多い。おまけに、なんというか熱量も上がった気がする。


「なんか、いつもよりいい感じ」

「昨日のが確実に聞いてるってことだ」


 ジャックは愉快そうに言う。


「悪評の質は上がったけど、量はちょっと減った。結局、そこまで俺たちのことは嫌いじゃなかったミーハーなやつらが、今度は俺たちの方がいいって思ったんだ」

「てことは、俺たちのファンは増えたってこと?」

「そういうこと」


 一時間目はルシファー寮と合同で『基本格闘学』。担当はゲログンだ。

 今回は俺の得意な剣の授業。

 ゲログンは前に出て簡単に話を始めた。


「いつもどおり複数人で組んで剣の練習だ。──と、その前に一つだけ。昨日のレース、皆んなも見ただろう?」


 ゲログンもふくめて、何人かが俺を見た。


「先輩たちの素晴らしい走り。ポールは相変わらずの俊足だ! そして何より──ショート! 昨日は大活躍だったなぁ! 特に最後の剣さばきは一級品だ。ぜひとも見習ってほしい」


 なんだか照れ臭い。俺は顔をふせた。


「てことで、今日は別のグループに決闘を申し込んでいいぞ。必要なら俺が審判になってやる。さぁ、始めてくれ!」


 俺たちはいつもどおり三人で組んだ。

 俺はもちろんだけど、二人も剣は結構好きだ。

 俺対ジャックとチェイミーの一対二。ジャックはトリッキーだしチェイミーは俊敏。二人の攻撃を同時に受けるのは難しいし、俺の攻撃も器用に避けてくる。俺たちは数分戦って、休憩に入った。今のところは二人が優勢。

 座ってタオルで顔を拭いていると、トレバー──俺と一学期期末実技試験決勝で戦った相手──がやってきた。


「どうした?」

「俺と一戦やらないか?」

「オーケー。リベンジマッチってことね」


 トレバーは顔をわずかに引きつらせて頷いた。

 審判はゲログン。見物人はたくさん。

 俺もトレバーも剣を構えた。ゲログンの合図で試合が始まった。

 まずはトレバーが突撃する。

 試験のときは恐ろしく感じたけど、死ぬほど特訓した今じゃなんてことない。特に、ゲログンに比べたら可愛いチワワだ。俺は横に転がって避けて足を払い、剣でトレバーの剣を弾き飛ばして押し倒した。あとは馬乗りになって眉間に切先を当てるだけ。

 トレバーが両手を挙げた。


「降参だ……」


 俺はふっと笑ってから立ち上がった。トレバーも俺の手を借りて立ち上がった。トレバーが出した手を握る。


「驚いた。というか、さすがにポールとあそこまでやりあえただけある。俺じゃもう相手にならないなんて」

「そっちも、前より強くなってた。まぁ、俺の方が頑張っただけ」


 トレバーは笑った。


「いや、たしかにそのとおりだな。また、挑戦してもいいかな?」

「いつでも」

「ありがとう」


 見物人の何人かが拍手した。俺を見て、素直に感心している。なるほど。たしかに一昨日までとは結構違う。人気、とまではならなくても、少なくとも今の俺──いや、俺たちはもう落ちこぼれ集団じゃない。ポールを倒した一年生として、認められた。


「おいおい!」


 人ごみをかき分けて、クラフトが前に出た。


「ショート・アルマス。俺とも戦え」

「お前と? いやだよ。負けるに決まってる。お前が」


 クラフトは顔を真っ赤にして襲いかかってきた。俺は咄嗟に避ける。

 クラフトは俺と同じロングソード。ただ、金持ちらしく特注品ってやつらしい。


「おい、いきなりなにするんだ!」

「まさか怖いのか?」

「全然!」


 今度は俺が突撃した。

 言うだけあって、クラフトは結構強い。さっきから強く振ってるのに、中々剣を弾き飛ばさない。

 それになんというか、クラフトはいやな戦い方だ。一つ一つきっちり防御して、ネチネチ攻撃してくる。かすり傷程度だから大したダメージにはならないけど、重ねられると結構痛い。

 クラフトが笑った。


「なんだ、この程度か。これなら俺もポールに勝てるかも」


 俺は怒った。

 クラフトの腹を蹴って、肩を切り、剣の腹で胸を叩いた。

 クラフトは後ろにすっ飛んで、仰向けに倒れた。俺が追撃をしようと走ると、上半身を起こして手を向けた。


「ルィネアフルミネ!」


 深紫色の稲妻が走って、俺の胸を焦がした。俺は剣を落として倒れる。それを見て、クラフトは高笑いした。

 もう許さない。

 クラフトがもう一回撃ってきた雷撃をかわして、俺は素早く掌をクラフトに向けて叫んだ。


「リフュムーロ!」


 避ける間もなく、金色の透明な壁がクラフトの顔に当たって再び倒れた。顔は腫れて、鼻血を流している。

 クラフトが俺を睨んだ。どうやらまだやりたいらしい。相手になってやる。


「はい、そこまでだ」


 俺とクラフトの間に、ゲログンが立った。


「お前ら。決闘はいいが喧嘩をしていいと言った覚えはないぞ」

「……はい」

「クラフトは医務室に行って治してもらってこい。ショートは?」


 俺は肩をすくめた。


「必要ありません」

「とはいえ傷も多い。俺が手当てする、来い。他のもんは練習再開だ!」


 俺はゲログンに処置をしてもらって、後はジャックとチェイミーと一緒に練習をした。クラフトは傷の治りが遅いのか、戻ってこなかった。

 ……と、まぁこんな感じで、他の授業でも俺へのチャレンジャーや素直に感心してるやつが増えた。上出来だ。

 特に、『天界動物学』では、俺がヘルェルに乗って飛び回るのを、皆んな大注目して、飛び終われば拍手で出迎えてくれた。


 そして、夕食の時間。今回も大広間で食べる。

 俺は適当にファンの生徒に手を振り返してジャックの肩を叩いた。


「なんだ?」


 ジャックが米を頬張りながら首を傾げた。


「新しい考えがあるって言ってたじゃん。放課後にでも話すって」


 チェイミーが本を読む手を止めて、「本当?」とキラキラした目で聞いてくるので、頷いてジャックを見た。

 とうのジャックといえば、今思い出しましたって感じで頷いた。


「それはまぁ」

「なんだよ」

「とりあえず、明日は休みだろ? 昼食にルシフェル街へご飯でも食いに行こう。話はそこで」


 そう言って、ジャックは唐揚げを口に入れる。

 俺はチェイミーを見て振った。チェイミーは諦めたようにため息をついて再び本を開いた。


「そうだ」


 ジャックがご飯を飲み込んで言った。


「ソニアたちとか好きなやつも誘っとけよ」


◇◇◇


 翌日。俺たちはルシフェル街で一番の高級料理店に来た。

 ジャックとチェイミーの他に、ソニアとリゼフ、ゲログン。それからグアルディーにディーノまで。


「せっかく大金を手に入れたんだから、贅沢な使い方しないとなぁ」


 目の前の料理に目を輝かせながら、ジャックはニコニコ顔で言った。

 グアルディーが怪訝な顔で言う。


「しかし、なぜ私たちまで? これは一昨日のレースの打ち上げ、なのでしょう? それなら三人、もしくはネージェン先生を入れた四人では?」

「いやぁ。だってほら、先生たちは結局、賭けた金が戻っただけで、取り分が無かったでしょう。だから、俺たちからのお礼ですよ」


 ジャックはソニアを見た。


「それで、誰でもいいから好きな人を呼ぼうってなって、ソニアも呼んだんです」

「呼び捨て! ──ありがとう」


 ソニアはジャックを少し睨むと、すぐに幸せそうな顔になって料理を食べ始めた。

 俺とジャックはもちろん、チェイミーでさえも本を読むのをやめて食べ続ける。

 ある程度食べ終わって、次の料理が来るまでの間に、俺はジャックに聞いた。


「それで、いい加減教えろって」

「んんー、わかってるわかってる」


 グアルディーがため息をついた。


「また、なにかよからぬことを考えているのですか?」

「まぁ、そうですね。今はほら、お金なら大量にありますし」


 ジャックは水をゴクリと飲んで、話始めた。


「計画とか作戦って呼ぶほどのものじゃないけどな。俺たちは今、ポールに勝ったことで好感度はともかく実力だけは認められたんだ。そこで、こんなポスターを作ってみた」


 ジャックはポケットから一枚の紙を取り出した。カラフルに色が塗ってある。上の方には大きな見出しで『SJC悪戯同盟、依頼求む!』って書いてある。


「なんでも屋、みたいなもんだ。俺たちは今まで、いろんなことをやらかしてきた。極めつけは世界記録の塗りかえ。本意不本意はおいといて、期待度はあるはずだ。今までだって、レースのときの異常な熱狂。試験後の放送でのたくさんの笑い声! そして何より、増え続ける俺たちのファン」

「なるほど……」


 グアルディーが頷いた。


「つまり、差異はあれどあなたたちの行動に対して嫌悪感ではなく、好感を抱いているものは多くいる。ということですか」

「そのとおりです」

「えーっと」


 俺は首を傾げた。


「わからないんですけど……」

「だから、俺たちを娯楽として楽しもうとするやつがいるってわけだ。例えばなんでも屋として、『私の嫌いなあの人をこらしめて!』って依頼を受けたとするだろ。金なら一昨日ので山ほどあるし、依頼料だってもらえば、依頼を叶えるための費用はいくらでもある。俺たち三人が手を組めば、誰かを恥ずかしめることくらい簡単だ。そうすれば、恥ずかしめられたやつはともかく、依頼者は俺たちに好感を抱くだろ?」

「一人依頼するやつがいれば、二人。二人いれば三人。三人いれば四人。そうしてどんどん増えて、最終的には依頼がいっぱい、ってこと?」

「そうそう! 今はまーだ微妙でも、そんな感じで続けていけば俺たちの人気はうなぎ上り間違いなし! おまけに依頼が増えれば依頼料として金が増える。金が増えれば毎日だってこんな食事が取れる。いいことずくめ、だろ?」

「でもそんなに上手くいくかな?」


 ソニアが言った。


「お金を取られて君たちのことを嫌ってる生徒はいっぱいいるよ? 特に応援団なんか……」

「絶対上手くいくって」


 ジャックは胸を張って言った。


「一昨日までとは態度が明確に違うのがその証拠」

「態度?」

「だってほら、前はバカなガキどもに痛い目を見せてやるって感じで、どこか上からだったろ。けど今は明確な敵意や嫌悪感、警戒心。格下じゃなくて対等の敵として意識してる。それって、俺たちのことを恐ろしいって認めてるからだろ? たった一年三人に、上級生総出で警戒するなんて、ビビってる証拠さ。そこで俺たちが、『これからはあなたたちの味方として、願いを叶えてあげますよ』、なんて宣言したら、一つの娯楽として俺たちに何か依頼してみようって考えるやつは出てくるだろ」

「それはまぁたしかにそうだけど」

「まっ、一応やることはやるつもりだぜ。俺たちに味方したらいいことがありますよってアピールするんだ」


 ジャック以外の全員が「わからない」って感じの顔をしたとき、店員が新しく料理を運んできた。けど、おかしい。量が俺たちだけで食べきれる数じゃないし、全部テイクアウトできるように容器に入れてある。

 ジャックが俺を見て言った。


「ショート、白凰呼べる? できるだけたくさん」


 俺は頷いて、口笛を吹いた。すぐにバサバサッて音がして、店の外にワンサイズとツーサイズの白凰の群れが来た。


「この料理を白凰にくくりつけて、レースで俺たちに賭けた生徒に配るんだ。お礼って言って。美味しい料理は食える、おまけに白凰にも触れる。俺たちにちょっと味方しただけでこれだ。いいアピールになるだろ?」


 リゼフが立ち上がって言った。


「ならば私がやりましょう」


 リゼフは、手を払って料理を浮かし、そのまま料理ごと外に出た。

 グアルディーはジャックを見て言った。


「まさか昨日の間だけでこれらを思いついたんですか? 相変わらず……」

「いい男?」

「違います。いや、間違ってはいないのでしょうが、どちらかと言えば──末恐ろしい。そもそもあの賭けだって、お金欲しさではないのでしょう?」

「もちろんそれもありますけどね。一番の目的は、〝敗北〟をより強く意識させることですよ。見た目だけの負けなら、なにかと言い訳したり、なんとなく忘れたりしやすい。けど明確な、この世に形として存在している、自分のそれなりに大切なものを奪われたら、それは敗北の証拠として印象に残りやすいですから。別にお金じゃなくてもいいんですけど、それが一番ちょうどいいかなって思って」

「それはやはり、復讐のようなものですか? 散々あなたたち三人をバカにしてきた」

「まっ、それなりにね。けど、ヒントはあげましたよ? 宣戦布告したときに。『ヒントはどっちが得か』って言いました」


 グアルディーがまた首を傾げた。


「あの状況では、確実にアンダーボルトに利があったと思いますよ。今はアルマスが──いえ、アルマスたちが勝ったから言えることであり、皆がアンダーボルトに賭けるのは不思議ではないのでは?」

「まさか。賭けごとをするときに、金銭的な話でどっちが得か、なんてないですよ」


 ジャックは笑った。


「勝敗なんて最後までわからないですから。あるのはどちらが勝つ可能性、すなわち得になる可能性が高いかってことだけ。それが今回はポールの方が高かっただけで明確な得、はないんですよ。勝負が終わるそのときまで。だから、よく考えろって言ったんです」


 グアルディーはまだ納得がいかないって顔をした。


「ならばなぜあなたたちの方が得なのですか?」

「金銭的なめんで得がないなら、あとは精神的なこと。今回だって、一人当たりの賭け金はせいぜい三百五十シック。多すぎるわけじゃない。だったらいっそ失ってもいいやって考える。それが賭けでしょう? そしたら、勝敗がついたときのことを考えるべきなんです。俺たちに賭けて負けても──」


 ジャックは両手を広げてどこか抜けた感じで言う。


「ノリで賭けた〜とか、やっぱり負けたか〜とか」


 表情をスッと戻す。


「そこまで精神的なダメージはない。けど、今回みたくポールに賭けて負けたら? ただただ恥ずかしくて、無様にも金は取られて逆恨みすることしかできないって印象がどうしても強くなる。超恥ずかしいし、精神的ダメージは当然大きいですよ」


 グアルディーは顎に手を当てて頷く。


「アンダーボルトに賭け、たとえ勝っても、あくまで生意気な一年生を振り払ったすぎず、得られるものはほとんどない。一方あなたたちに賭けて勝てば、他のアンダーボルトに賭けた生徒に対して、いくつも有利なポジションに立てる、ということですか……」

「そのとおりです」

「まぁ事実」


 チェイミーが言った。


「結構たくさんいましたよ。最初はおどおどしながら自信なさげにポールに賭けたのに、他の生徒の熱気に押されて、二度目三度目と上乗せしてきて、なぜか表情も自信満々って感じに変化してる生徒」

「面白そうだし、皆んな参加してるから賭けないわけにはいかない」


 ジャックが言った。


「けどお金がなくなるのは嫌だから少額だけ勝つ可能性の高いポールに賭けようみたいな流されやすいタイプだからな。応援団員たちが周りで『絶対勝つに決まってる!』なんて、暗示にも似たセリフを言いまくってりゃ、プレッシャーに押されて上乗せもするぜ。そういうやつのために、ちゃんと考えろって言ってやったのに。期間は一ヶ月以上あったんだから」

「結局」


 ディーノが笑いながら言った。


「全部君たちの掌の上だったってことだろ?」


 今度は吹き出した。


「全く面白いよ君たちは! ほんとに、君たちにはぜひともガブリエル寮に来てほしかった。ねぇ、グアルディー? 君はなんて幸運なのか!」


 ディーノの言うとおりだ。俺は思わず笑いそうになった。君たち、まるで俺も入ってるみたいな言い方。たしかに、三人の中で一番頑張ったのは俺だ。けど、二人はとにかくすごい。なんでもかんでも面白いことを思いつく。本当に、俺はなんて幸運なのか。


 俺たちはその日から、行動を開始した。

 まずは校内のいろんな場所にジャックの作ったポスターを貼る。その間にももちろんいろんな悪戯道具を買って、それを改造し、試すってのも忘れてない。

 そうしたら、だんだん俺たちに依頼をするやつが増えてくる。こんな仕掛けがあったら面白そう、なんてやつ。依頼料ももらってお金も増える。気づけば、放課後は俺たちの悪戯道具ライブみたいになっていて、ポールたちの特訓会に行く生徒は半減していた。

 俺たちの生活は、こないだまでとは見違えるくらい、とにかく充実してて最高だった。

 ついでに言えば、中間試験は筆記をレーナに抜かされて、俺とジャックはもう上位から落ちた。まぁ俺たち二人とも元々興味なかったからいいんだけど。

 ただ一つだけ、気がかりだったのは、ノーマンたちと未だにロクに口を聞けてないってこと。目があったら俺がそらすかあったにそらされるかのどっちかだった。

 そうして、二人と仲直りできないままどんどん学校生活は進んで、十月の半ば。俺は珍しく、秘密基地じゃなくて寮の自分の部屋で寝た。

 そして久しぶりに、夢を見た────


「ここにある」


 月明かりで照らされた見覚えのある暗い部屋。

 またこの夢だ。もうずっと見てなかったのに。


「ここにある」


 女の人の声で、そう囁く。

 重要そうな置物がたくさんの部屋で、真ん中に大きなパソコンをのせたデスクがある。

 それは多分仕事用で、いろんな紙が山になって置いてある。そしてその中で、何よりも存在感をはなっているのが、真ん中のくびれた砂時計。血で染めたような真っ赤な砂で、綺麗だけどちょっと不気味。


「ここに、あなたの知るべき未来がある」


 最後に女の声はそう言って、夢の景色は歪んだ。


 俺は乾いた声をもらした。ていうか、本当に喉はもちろん体中が渇いている。癒えない。潤わない。目の前にいる無礼者を何人殺そうと、端で膝をついている部下を殺そうと、俺は決して癒えない。この骸骨のような体は呪いだ。死から争った呪いだ。


「ブルルスグルフは死んだ」


 俺の声も随分とやつれた。それでも、部下たちを恐れさせるのには十分だ。

 俺の声は雷鳴が轟くような低くて迫力のある声だ。まともに聞けばそれだけで焼け死んでしまう。


「作戦を立てなければならない。フェニーチャーの力は急速に戻りつつある。反抗されたら面倒だ」


 他にもいろいろ心配ごとはある。その一番大きい問題はデルマートだ。やつは厄介。どうにかしてショート・アルマスから引きはがさなければならない。


「早急に戦力を整えろ。デルマートがいない今がチャンスだ。今度は俺も行こう。力を取り戻し、ニュースルクスを俺の手で壊してやる」


 俺の自慢の部下が手を上げた。

 俺が信頼し、側近として置いている悪魔だ。


「お言葉ですが……」

「言ってみろ」


 俺は懐が広い。部下のどんな戯れ言も聞き、その後に殺してやる。


「あなた様はやはり、少し感覚が鈍っておられます」

「ほう。それはなぜだ?」


 空に稲妻が走り、窓からこぼれた光が部下の悪魔の顔を光らせた。

 ショートの方の俺はゾッとした。

 真っ赤な瞳の、牛の頭を持っている。体は筋肉の塊みたいに分厚くて、すぐそばに棍棒が置いてある。

 俺の手下である悪魔は多いが、その中でもこいつはNo.5。少々頭は悪いが実力はたしかで、ブルルスグルフにも引けを取らない、団長と呼ばれる男。

 団長は俺をものすごい形相で睨んで言った。


「見られているからです、この未来を。我が主人──いや、そうだろう? ショート・アルマス」


 見たこともないような雷が俺を襲った。俺は怒りのままに叫ぶ。


「逃がさな! やつを殺せ!」


 俺の意識は俺の体から離れて、必死にその場を逃げ回った。悲鳴を上げる(今の俺に声を出せるのか不思議だけど)。

 逃げられない、そう思った。

 金色の稲妻が光る。直撃する。

 と、その瞬間、渦巻く炎が俺を覆った。雷も、あらゆる攻撃を防ぐ。

 フェニーチャーの叫び声が夢の中に響き渡った。


『逃げろ! 目を覚ませ、早く!』


 俺は目をつぶって(今の俺に目があるのか不思議だけど)必死に念じた。

 次に目を開けたとき、俺はちゃんと自分の部屋のベッドの上にいた。

 息はきれて汗びっしょり。さっきまで寝てたのに、体は寝る前よりもずっと疲れている。

 体を起こそうとして、すぐに脱力。

 俺は今日、人生で一番気の重い二度寝をした。




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