勝った男たち
俺の名前はマーク・ガーナー。ラファエル寮の五年生。
父親がスポーツ紙面の記者で、その影響で俺もスポーツが好きだ。特に、多くの競技があるけどレース・アンド・コラボレーションは大好きだ。
と言っても、別に自分がするわけじゃない。人のプレイを見るのが好きなんだ。
他にも、好きな女の子は──って、別に俺のことはいい。
人のプレイを見るのが好きだった俺は、いつのまにか将来の夢が実況アナウンサーになっていた。
この学校に入学して、二年生になって、初めてレースの実況をした。未経験ってこともあって、最初はたどたどしかったけど、先輩の『自分の思いや、自分が伝えたいことを叫べばいい』って言葉で、最後の方じゃ、選手と一緒に俺の実況で観客を盛り上げた。
そしてその翌年、ポールが出場した。入学時から天才と噂されていたポールが、出場条件をクリアした二年生になって、当たり前のように立候補したんだ。
このときの興奮、そして感動は今でも忘れない。
最後にグアルディーが完走して以来、誰一人完走できなかったレースを、二年生のポールが達成したんだ。
乗っているペットは黒燕。世界中のプロを集めても、黒燕に乗ってるのは本当にトップの選手だけ。白凰を従える天使はいないから、レースにおいて実質最速の鳥。それをポールは好きに操り、圧倒的なスピードでゴールした。
ポールの人気はこれで火がついた。元々その甘いマスクから女子人気はあったんだけど、レースを最年少で完走してからは上級生からも教師からも好かれた。
かくいう俺も、恋焦がれるような女みたいにポールを目で追った。俺が卒業するまで、ポールはきっと、もっともっと速くなる。俺の実況にも花が咲く。全てが楽しみで仕方なかった。
そして、今年。
ポール以上の逸材が入学してきた。大英雄ジェット・アルマスの息子で、いくどとなく都市伝説として語られてきた男。ショート・アルマスだ。
ジェット・アルマスと言えば、このニュースルクスの長い歴史でも、かつて一番だったデルマートの記録を塗り替えて、プロ顔負けの史上最速記録を叩き出した男だ。
その息子だ。すごくないわけがない。おまけに神の子じゃないか。
来年はポール対ショートなんて、夢の対決が実現できる。今までのレースはたしかに面白いけど、あまりにもポールが一方的すぎる。唯一と言っていいライバルになるだろう。緊迫したレースはそれだけで盛り上がりを生む。今から楽しみで仕方ない。きっと、ショートは新たなる英雄となってくれる。誰もがそう、期待していた。
はっきり言って失望した。俺たちの期待を裏切った。それは、失望をも超えて、醜く大きな逆恨みという嫌悪感に変わった。それほどまでに大きかったんだ。俺たちの期待は。そしてその全てを裏切られたように感じて、どうしても……。行きようのない怒りは、全て彼にぶつけるしかなかった。
皆んなわかっていた。こんなの間違ってるって。勝手に期待して勝手に失望しただけ。
ショートは別に何もしていない。けど、その何もできなかったショートが憎かった。
そうしていつのまにかショートを避けるようになったある日、ついに決定的な出来事が起こった。ショートが突然、大広間で暴走したんだ。先生が守ってくれたからよかったけど、俺たちは危うく死ぬところだった。
俺たちは避けるだけじゃなく、ショートに対してキツいあたりをするようになった。陰でコソコソ悪口を言うこともたびたび。
それからしばらく日を開けて、今度は森でドラゴンを暴走させ、ポールたちの邪魔をしたあげく、皆んなを大怪我させた。
そうして皆んなの嫌われ者になって、数日後。
ショートは男女二人と一緒にいるようになった。
一人は悪知恵の天才。もう一人は学校一の秀才。
三人はどんな悪評を言いふらされても、後ろ指さされても、まるで聞こえてないようにいつも楽しそうに笑っていた。
そして期末試験。ショートが天術を使えたことが発覚した。それどころか、人よりもずっと優れた天術で周りの試験を妨害したとか。さらに反感を買う行動だけど、三人は相変わらず笑っていた。
また、自分の中でショートを応援したい、勝手に期待したいという思いが芽生え始めてることを、俺は必死に否定した。それでなければ、また恨んでしまうから。
そして試験結果が返ってきたその日の夜。ショートがポールに宣戦布告した。
俺は悔しくて仕方がなかった。
勝手に期待していたのに、簡単に折れた俺がやったことと言えばショートを嫌悪すること。それがどうだ? 隣にいる二人はずっと信じ続けた。俺ができなかったことをやってる。
見ろ。三人の自信に満ちたあの顔を。あんな顔、たとえ勝敗がどちらであろうと、俺たち外野の負けだ。俺の負けだ。何が将来の夢が実況だ。なれるわけない。もう一度、やり直すんだ。
実況のコツは自分の思いや伝えたいことを叫ぶこと。ここで、このビッグイベントで。
「さぁ! TWA選抜大会一番の大目玉! ポール・アンダーボルト対ショート・アルマスです!」
観覧席からは様々な叫び声が聞こえた。主に、ポールを応援する声とショートを非難する声。
「ここで、解説席をご紹介! まずは二人の寮監である、アネット・グアルディー!」
グアルディーがカメラに向かって頭を下げて、マイクに顔を近づけた。
「よろしくお願いします」
男子が口笛を吹いた。まぁ無理もない。グアルディーはキュート美人。卒業してわずか一年で教師になったばかりだから、俺もついこないだまではただの後輩だった。
グアルディーは俺たちに一礼して、実況席を出た。最初はスタート地点に立って、レース開始の合図をする仕事があるんだ。
「次は、ウリエル寮寮監であり、売店のおじさん。皆んな大好きゲログン・リビテンゲルガー!」
「よろしくなぁ!」
いぇーい、と観覧席が声が上がった。さっきよりも大きな歓声で、本人もマイクを掴んで煽っている。
「そして最後に。ショートの下僕であり、若くして座天使である天才! リゼフ・ネージェン!」
「よろしく」
今度の歓声は女子の方が少し多い。リゼフはどこか掴みどころのない雰囲気を纏ってはあるけど、実はよく見ると顔立ちは結構ハンサムだし、優しくて授業もわかりやすい。
「次に今回だけのスペシャルゲストをご紹介します! 二人の選手の応援ゲストです。まずはポール側。メア・ディクソン、レーナ・クレイブル、ノーマン・ビートル!」
観覧席からは上った声は、歓声よりも雄叫びに近い。
「続いてショート側。ジャック・ディクソン、チェイミー・シェイク!」
何人か歓声を上げたけど、あまりにも数が少なすぎて迫力がない。おまけに応援団のブーイングでほとんどかき消された。
俺はゲスト五人に振り返って言った。
「レースまでまだ時間があるし、ちょっとしたインタビューといきましょう! まずはレーナ。ポールとは入学前からの知り合い、いわゆる幼馴染。やはりショートではポールには勝てないと思いますか? どうです? 自信のほどは」
レーナは俯いて、ジャックをチラチラ見ながら言った。
「私は……、別に、その……はい。ポールが勝つと思っています」
レーナは一音発する度に悲しげな表情になっていった。
「けど、別にショートの応援をしてないとか、そういうじゃないんです。私はただ……、友達なんです」
それっきりレーナは黙ってしまった。ノーマンはレーナの肩に手を置いて、同じく暗い表情を浮かべていた。その様子を見て、ジャックはイライラとした様子でため息をついた。つまらなそうに首の後ろで手を組んで背もたれにもたれて、組んだ足を小刻みに揺さぶっている。
気まずい空気が流れる。レーナに聞いたのは間違いだったかもしれない。俺は気を取り直して言った。
「メア。あなたは? 同級生で一番の仲、と聞きました」
メアは腕を組んで、堂々と答える。
「もちろん。ポールが勝つと思うけど。私の愚弟がどれだけ言おうと、一番近くで見てきましたし。一緒に切磋琢磨してきました。だから、ポールのすごさはよくわかっています。私もできるだけ追いつきたいとは思ってるんですけどね、あはは」
メアは照れ隠しに笑った。コメントはしっかりしてて、場もきちんとなごませる。さすがだ。彼女やポールのせいで俺たち五年生は目立たない。
「へー、ポールのすごさはわかってるねぇ……」
ジャックは鼻で笑っていった。ふくみを持った言い方に、メアが顔を引きつらせた。さっきの穏やかな表情とはうってかわって、ジャックを射抜くように睨んで言った。
「変な言い方だね。何か気に入らないことでも?」
「別に。ただ、甘いなぁって思っただけ。どれだけ優秀で頭が良かろうと、所詮は試験の中」
「どういう意味?」
「本当にわかんない? だから甘いっつうだよ」
メアは今にも掴みかかりそうだ。その表情を見て、ジャックは煽るように口笛を吹いた。
「まぁ、それなら優秀な姉のために出来損ないの弟が教えてあげますかね」
「へー、そりゃありがと」
「ポールのすごさは知ってるって言うけど、ショートのことは何か知ってんのか?」
「は?」
「根本から間違ってるぜ、お前ら。俺たちは別にポールを舐めくさってるわけじゃない。きちんと警戒して、万全の状態で挑んでる。何も知らず、何も見ず、何も考えないまま、否定してる脳筋どもとは違うんだ」
なんだかさらに空気が悪くなった。迫力ある戦いはなにもコース内だけじゃない。だから別に、こうしてゲスト同士が熱くなるのはいいんだけど、これじゃただの兄弟げんかだ。
まぁたしかに、ジャックの言ったことには一理あるけど……。それはメアもわかってるのか、あまり論理的な反論が思い浮かばなそうだった。
俺は話題を変えた。
「そういえば、ジャックたちは賭けをしていましたね?」
「あぁ。まぁ、ああいうのがないと盛り上がりにかけるからな。まぁそれでも、そこの三人は負けるのが怖くてポールに賭けなかったみたいだけどな」
ジャックはポール側の三人を挑発するような目で見た。その瞬間、レーナの表情が再び曇った。
メアはバカにするように笑った。
「だからあんたは愚弟なのよ。そんなゲスな遊び」
「つまり、金を失うのが怖かったんだろ?」
「違うわよ。お金は、子供がそういうふうに集めるんじゃなくてもっと──」
「だったら金以外の何か別のものを賭けるか? どうこう言ってるけど、結局覚悟がねぇんだよ。なぁ、レーナ」
レーナがジャックを睨んだ。
「覚悟? 私は、そんなんじゃなくて。ただ大切な人を利用してお金稼ぎをしたくなかっただけよ」
「大切な人ってのはポールのこと? それともショート? どっちでもいいけど、それが覚悟が足りてねぇんだって。言ったろ? 別に舐めくさってるわけじゃない。ポールも、お前らも。俺たちはもうとっくに覚悟を決めてんだ」
そう言って、ジャックはポケットから三枚の白い封筒を取り出した。
「万が一負けたときのための、俺たちのケジメの付け方だ」
封筒を裏返して、俺たちに表が見えるようにした。そこにはたしかに、『退学届』と書かれてあった。
「観客の皆んなに宣言するぜ」
ジャックはマイクに顔を近づけた。
「ショートがポールに負けた場合。さわぎを起こしたけじめとして、ショート、俺、チェイミーの三人はこの学校をやめる! 退学届はすでに三人とも書いてる!」
メアがガタンッと立ち上がった。
その顔は、今日一番怒っていた。
「そんな勝手が許されると思っているの?」
「勝手じゃない。けじめだ」
「お母さんたちにも迷惑がかかる」
「だったら家を出ればいい。どこで野垂れ死のうが俺の責任。ちょうどいい。どうせいろんなやつから反感買ってんだからな」
「その考えが幼稚だと言ってるの!」
「別に死にたいわけじゃない。ただそのぐらいの覚悟を持ってるってだけ」
「……勝手にしなさい」
メアは呆れた顔でジャックを見て座った。
ふと観覧席を見ると、ジャックの啖呵に誰もが圧倒されて声も出せなくなっていた。
いいぞ。盛り上がってきた。
「チェイミーは、どうしてショートに肩入れを?」
「面白いから」
「ほう?」
「彼ら、全然面白くない」
チェイミーはレーナたちを見て言った。
「ポールに味方はいても、仲間はいない。あなたたちもそう。彼を中心に世界は動いていて、少し逆らったら皆んなで弾圧する。絆が強いっていうのは、別に決して悪いことじゃない。だけど、それってすごくつまらない。私たちは常に変化を求めてる。変わりゆくときの中で、退屈な瞬間が来ないように常に全力で動き続けている。私たちが面白いと思うことを、最大限楽しんでいる。私たちは常に挑戦者。私たちから誰かを待つことは絶対にしない」
チェイミーは静かに、けれど力強くそう言った。
チェイミーの言葉を聞いて、ジャックは愉快そうに腹を抱えて笑った。
「たしかにそのとおりだよなぁ」
異様な空気だ。大広間での宣戦布告のときからそうだった。ただの野次の大きさなら、ショート側よりもポール側の方がはるかに大きい。
それなのに、ショートたち三人は絶対に負けない。どれだけなにを言われても、彼らは笑いながらその全て弾き返し、恐ろしいほど強い圧で俺たちを制圧する。
誰も、勝てない。この三人を追い返すことすら、全校生徒をもってしてもできない。それどころか、気づけば振り回されている。結局のところ、その事実から抗うために、せめてもの抵抗として作られたのがポール応援団。そしてそれすらも、彼らの計画のうちではないのかというほど、彼らは愉快に笑う。
ジャックは、言った。
「せっかくだ。どうせ賭け金の受け付けも終わったし、一つ謝罪しとく。ポールに賭ければノーリスクで大金を得られるって言ったろ? わるいな。あれ、嘘だ」
ジャックは俺たちを嘲笑うように、三人分の退学届を放り投げた。
「万に一つも、ポールが俺たちに勝つ可能性はない。じゃあなんで、もしもの場合に備えて退学届書く、なんて行動をしたと思う?」
ジャックの鋭い目が俺に突き刺さった。俺は首を横に振った。
「まぁわからないよなぁ。けどさ、負けたときのこと考えてみろよ。俺たちは素人一年生の落ちこぼれ三人組。相手は天才のポール。本来なら挑んだだけで褒め称えられるべきだろ? そんなやつらが、負けたら退学して命も惜しくないって言ったんだぜ? 対してあんたらは? 金なんてちっぽけなもの一つしか賭けられない。大口を叩いたわりにはただの小心者だ。覚悟の強さなんて抽象的なもの一つですら俺たちに勝てない。惨めで、情けなくて仕方ないよな」
ジャックは床に落ちた退学届を拾って、ビリビリに破った後、もう一度落として足で踏んづけた。
「お前らの失うものが、金だけだと思うなよ。もっと大切なものをたくさん、全部壊すぜ。プライドも尊厳も、全て弾け散る。その瞬間を、その席で指をくわえて待ってろ」
ジャックがニヤリと笑った。
酷く不敵な笑みだった。
誰もが、反対意見──いや、意見ですらない。ただの反対願望を口々に言った。「そんなわけないだろ」と。
そうしているうちに、グアルディーの大きなかけ声とともにレースが始まった。
滑り出しは順調。
俺はマイクに向かって声を張り上げた。
『レースがスタートしました。まずは真っ直ぐ南へ! 競技場から出ると、最初の障害は炎の間!』
地から、炎がランダムに吹き出したり、威力の抑えた地雷が埋め込まれていたり、空にはいろんな生き物を模した炎が舞っている。
『トップを走るのは、黒燕のシャドーに乗ったポール! スリーサイズです! 圧倒的な速さで、他を一切よせつけず駆け抜ける!』
ポールは噴き出す炎の柱を右へ左へ、激しくも最小限の動きで避けて、空中に舞う炎をくるくる回りながら進んだ。
『対するショート!』
堂々と宣戦布告しただけのことはある。
『器用に立ち回りながら、着実にポールを追っている! 一年生でこの速さ。次世代の超新星かもしれません!』
大型犬に乗ったショートは五位の位置をキープしている。一つ一つの障害を着実に避けて進んでいる。
障害の難易度は公式戦と差がないから、大抵の生徒はこの炎の間で脱落する。その証拠に、まだ一キロも進んでないのに脱落者が二人出ている。
大型犬と言えどまだ子供。決して有利ではなく、さらには市場最年少にして素人。ショートはやはり、ジェットの血を引いている。
『……しかし! ポールとの差は開く一方! このままでは勝てません!』
ショートが四位に躍り出た。
すると、越された女子生徒が、剣を構えてショートに突進した。ちなみに女子生徒はイルカに乗ってる。
『ミア・アトキンス! 六年生で三回目の出場! ショートに迫ります!』
俺の実況も熱が上がる。
ショートはチラリと後ろを確認すると、同じように剣を構えて後ろを振り返り、迫ってくるミアに一突きした。ミアは剣の腹で弾いて、空いたショートの左脇腹に切りつけた。
ショートはうめき声を漏らしながら、ミアの剣を体と腕で挟んで固定した。剣を指輪に戻し、右手をミアに向ける。
「拒絶せよ!」
ミアはイルカごと後ろにふっ飛んで、噴き出す炎に飲み込まれた。
『脱落。脱落です! ミアが脱落しました! 小競り合い。勝ったのはショート! 自分の脇腹を犠牲にしました!』
後ろで、ジャックがニヤリと笑った。
「よく見ろよ」
ショートはなんでもない顔でケルに乗っている。破れた服の隙間から、銀色の物体が見えた。
『あれは……、鎧! 胴の鎧をつけています。ショートは胴の鎧をつけていました!』
観覧席から歓声が上がった。ポールを応援する声。
ポールを見ると、もう炎の間終盤まで来ていた。
『真っ直ぐ南へ行き、海岸までつけば今度は西へ回ります。それこそが第二の障害。嵐の間前の篇。台風の場! そして今、ポールが台風の場へ入りました!』
台風の場。いくつもの激しく渦巻く小さな台風が、進行を妨げる。風に流されれば最初の場所に戻されるし、風に逆らえば減速。さらには飲み込まれて大怪我を負う。
『そしてポールに続くように、上位三名が炎の間終盤に差しかかりました!』
前の二人にやや遅れながらも、ショートは未だ炎を避けてついてきている。
『おっと、さすがのポール! 風に妨げられながらも、たしかに振り回されることなく進んでいます!』
黒燕の安定感もさることながら、やっぱりポールはすごい。ときおり反対方向に風を起こして相殺し、障害を消している。風に乗って進むこともあれば、風を殺すこともある。こんな微妙なコントロールができるのはポールくらいだ。
『三位に迫るショート!』
三位は九年生の女子。エリス・マトカーフ。機械仕掛けの女って言われるくらい機械好きで、今大会もトナカイに色んな機械をまとわりつけて宙を浮いている。
エリスが振り返って、同時に手を向けた。
「ルィネアフルミネ!」
「リフュムーロ!」
緑の稲妻と金色の透明な壁が衝突して弾けた。
『エリスが雷撃を放ち、それをショートが必死に弾きます! さすがの最上級生。素晴らしい天術の数々! しかしショートもまたすごい! あらゆる術を拒絶壁一つで完璧に防いでいます!』
解説席に座ったリゼフが咳払いして言った。
『ショート様はたしかにまだ一年生ですが、リフュムーロはもっとも得意で、そのレベルはその辺の八年生にも劣らない』
『なるほど……。おっと、ショートに雷撃が直撃! 鎧が大破しました!』
ショートは雷撃をくらって、ケルの上から転がり落ちた。
「その隙に二位のフランクとエリスが炎の間を抜け、台風の場へ入りました!」
ショートも素早く立ち上がって、ケルに乗って走り出す。
ポールはすでに台風の場の中盤まで進んでいる。
『たった今、ショートも台風の場へ! すでに出場者はショートまでの四人! ショートはポールに追いつけるのか?』
台風でエリスのトナカイの装甲がはがれた。エリスも進むのに中々苦労している。
一方でショートは先ほどまでのほとんど変わらないペースで走り続けている。
グアルディーが言った。
『台風の場は脱落率が最も高いですが、ショートの大型犬のように空を飛べない動物にとっては、きちんと踏みしめてさえいれば、あまり変わりありません。もちろん、少しでも体が宙に浮けば吹き飛ばされて終わりというリスクはありますが、そんな失敗しなければ、少なくとも前二人よりは早く走れますよ』
グアルディーが言ったとおり、かなり差をつけられていたはずなのにショートはもうエリスに追いついた。
「エクスプロバロン!」
いくつもの金色の玉が爆発する。エリスはそれを必死に避けているけど、風にさらわれて完全には避けきれていない。とはいえ、後ろを振り返って攻撃をすることもできない。一瞬でも気を抜けば風で振り飛ばされる。
「リフュムーロ!」
ショートの放った攻撃が、トナカイの足に直撃した。バランスを崩して、エリスとトナカイは引き離された。エリスは悲鳴をあげて、そのまま風に流された。
『脱落ー! エリス脱落! ショートが三位となりました。そしてポールは台風の場を抜け、嵐の間後の篇、雷の場へ突入しました!』
西の海岸から、校内の真ん中まで真っ直ぐ東へ進む。途中にはガブリエルの湖もある。
雷の場は向かい風と豪雨、そして激しく降り落ちる雷。
シャドーはくるくる回りながら雷を避けて、ポールは天術を放って防ぐ。完璧なチームプレイ。どんどん先へ進んでいく。わずか十分ほどで中盤にさしかかった。
『ポールが圧倒的な速さで進む! そしてフランク、やや遅れてショートが雷の場へ入りました!』
フランク・ロドリゲスは七年生で、ヒッポグリフに乗っている。ジャックの話では、一番最初にポールに賭けた男、らしい。
「どうした? 思ったより遅いな!」
ショートがフランクに向かって叫んだ。
「やっぱりお前じゃ俺には勝てないか?」
フランクは雷を避けながら後ろを振り返った。
「黙れ! レボルツィオーネ!」
「リフュムーロ!」
ショートの方がやや早い。金色の壁がヒッポグリフの翼に直撃して、フランクたちは地上に落ちた。
ショートが剣を構えて突撃する。
「勝負だ!」
ショートはケルから飛び降りて、フランクに襲いかかる。フランクも同じく剣を握った。
二人の剣がぶつかって火花が散った。打ち合いが続く。
やはり七年生。ショートは押され気味だ。フランクの攻撃速度はなおも上がり続ける。
『熱戦! まさに熱戦! しかしこのままではショートの脱落は確定。一体どうなる!?』
空が光った。
ショートは剣を弾いて、フランクを後ろに蹴り飛ばした。そして剣を高らかと上がる。
一瞬の出来事。ショートが上げた剣の切先に雷が落ちたと思うと、ショートはそれを前に弾いて、フランクに飛ばした。フランクの胸に直撃。体は爆発。胸が焦げて、フランクは血を吐きながら倒れた。
ショートはダメ押しでフランクに手を向ける。
「エクスプロバロン」
金色の玉がフランクに当たって爆発した。
ショートは再びケルに乗って進んだ。
『だ、脱落ー! なんということだ! 七年生のフランクを、ショートが倒してしまいました! これで残るはポールとショートの二人だけだ!』
ゲログンが呟いた。
「そろそろだな」
そうだ。ポールはもう雷の場中盤。
一番最初の選手が真ん中まで進むと、雷はより激しく降る仕掛けになっている。
空があちこち光る。そしてあっという間に、まるで雨みたいに雷が降り出した。ポールもショートも避けるので精一杯。
ショートは上を向いて拒絶壁を放ち、必死に雷を防いでいる。けどそのせいで、ポールの張った罠に気づかなかった。ショートの体に、宙に浮いていた青色の玉がぶつかって爆発した。
爆発に巻き込まれてケルの足が止まった。雷が落ちる。ショートも防ぎきれない。
直撃した。爆発が起こり、煙が上がった。二人の姿は見えないけど、脱落は確定。
レーナが悲鳴を上げた。
「ショート!」
立ち上がって名前を叫ぶ。
すぐに二回目の雷が落ちて、再び爆発した。
それを見たレーナは力なく床に座り込んだ。
『脱落! ショート脱落! この勝負はポールの勝ちが決まってしまったー!』
大歓声。誰もが雄叫びを上げた。
グアルディーとゲログンはこめかみに手をやって頭を伏せた。
『これはつまり……、退学。ショート、ジャック、チェイミーの三人が、この学校を退学することになります!』
レーナは泣き出した。メアもノーマンも、ショックで目を見開いている。誰も喜ばない。もちろん俺も。勝負が決まったというのに、この実況部屋は暗く重い空気が漂っていた。
ふと、おかしなことに気がついた。ジャックは下を向いているけど、チェイミーとリゼフはまるでショックを受けていない。顔は依然前を向いて、余裕そうだ。最初から覚悟が決まっていた? 案外ショートのことなんてどうでもよかった? 現実を受け入れきれない? いや、そのどれとも違う表情をしている。まるで結末を知ったテレビを見ているよう。
ぞくりと、背中に寒気が走った。俺は今、恐ろしいものを目にしているのかもしれない。煙は静かに上がる。
「だ、だから退学なんて」
レーナはジャックを睨んだ。
「取り消して、早く! 退学なんて、そんなバカなこと言わないで!」
「そうよ! ジャック考えなおして!」
メアも続いた。
二人は今にもジャックに掴みかかりそうになっている。
その様子を、ジャックの伏せた目がチラリと見た。そして、顔を上げて吹き出した。
チェイミーとリゼフ以外の、誰もが振り返り、呆気に取られた。ジャックは腹を抱え、目に涙を溜めて大笑いしている。
「そうはやんなって。よく見ろよ」
ジャックがモニターを指した。
「ここからが始まりだ」
その瞬間。煙がバッと晴れた。
ショートは先ほどまでの大型犬とは違い、真っ白な鳥に乗っている。
その鳥は誰もが見覚えがあった。
皆んながショートを見て、目を見開いている。無事だったことへの驚きじゃない。なぜ彼があの鳥に乗っているのかについてだ。なぜなら長い歴史上、あの鳥を操った天使なんていない。
「いくぞヘルェル」
そう言って、ショートを乗せた鳥は羽ばたいた。一瞬だ。宙に浮いたと思ったら、脱兎のごとく飛び出した。速すぎてカメラにも一瞬しか映らない。雷なんて避ける必要もない。落ちるよりも速く進んでいるからだ。
まだ信じられない。だが叫ばなくては。俺は震える手でマイクを握った。
『は、白凰……。白凰です! ショートはたしかに白凰に乗っています! ぜ、前代未聞! スリーサイズの白凰。世界最速の生物に、ショートが乗っていますー!』
観覧席では誰もが叫び声を上げた。嘘だ嘘だと口々に言っている。
メアが机を叩いた。
「ありえない! そんなバカな! 白凰は最も神聖な生き物。テレビゲームじゃあるまいし、そんな……」
グアルディーはリゼフを見た。
「私にもにわかにも信じられません。あまりにも、ありえない……。本当、なのですか?」
「本当だよ」
答えたのはジャックだった。
「ルール上じゃ、一度に操る動物は一匹までだが、レースの途中でその動物を変えることはできる。もっとも、そんなタイムラグにしかならないこと、やるやつはいねーから、ゲームでもそんな機能つかないんだけどな。だからなぁ、ショートが脱落していないことも、白凰の王子に乗っていることも、全部本当。事実だ」
「じゃ、じゃあ……」
レーナが震える声で言った。
「最初から、全部作戦のうち?」
「あぁ。もちろん」
ジャックが俺からマイクを奪った。
『皆んな知らなかっただろうから教えてやる。ショート・アルマスのペットは、スリーサイズの白凰で、その王子。名はヘルェル! その速さは、黒燕なんかとは比べ物にならない』
ショート側の生徒が、観覧席で踊り回り叫んだ。「ショート、ショート!」と何度もコールしている。ポール側は誰一人声をあげられない。
全てジャックの言うとおり。
同じスリーサイズ。同じ神聖な鳥と言えど、白凰と黒燕では格が違う。動物園にすらいない。誰もが本の中でしか知らないその実態。それを今現実で見ている。
ポールとショートとの差は、ものすごいスピードで縮まっていく。
『どうした? ショックで仕方ないか? 当然だ。上げて上げて上げて、地獄の底まで突き落とす。それが俺たちのやり方だからな!』
ジャックが放り投げたマイクを受け取って、俺は叫んだ。
『迫るショート! ガブリエルの湖前で、ついに対峙しました!』
前を走っていたいたポールが、シャドーごと振り返って剣を構えた。ショートは間を十メートルほど空けて止まる。
「ルィネアフルミネ!」
「リフュムーロ!」
二人が同時に天術を放った。青い雷撃は金色の壁に弾かれる。
ポールがショートに突進した。
「ヘルェル!」
ヘルェルが「ホォー!」と鳴いて、迫るポールに口から白い波動を放った。空気と地面をえぐりながら進み、シャドーとポールをはねのけた。
これだ。白凰はただ速いだけじゃない。口からでる白い波動はとても強力、と本で見た。まさか本当だったとは。
いけない。まただ。ヘルェルが動くたび、ついあっけに取られて何もかも忘れてしまう。
今度はポールの反撃。空中に向かって雷撃を放った。空が光って、ポールに雷が落ちる。ポールはそれを切先で弾いてショートに飛ばした。
「ディフェクト!」
ショートが金色の壁で自信を覆って雷を防いだ。
その一瞬でポールで懐に入る。そのまま体を切りつけた。
観客がどよめき立つ。
ショートは咄嗟に体を引いて、致命傷を避けた。剣を振って牽制し、ヘルェルがすぐに波動を放った。ポールは華麗に避けて、ガブリエルの湖を進んだ。
ショートもすぐに後を追う。
雷はさらに激しくなる。ポールは湖に入って雷を防ぎ、しばらくして出てきた。そのまま進む。ショートもそれにならった。湖に潜り、一直線に進んで出てくる。二人とも速すぎて、水切りみたいだ。
『順位は依然として変わらず。逃げるポール、追うショート! そして今、嵐の間を抜け、岩壁の間へ!』
校内の中心まで進んだら、次は島の北側へ真っ直ぐ。ウリエルの森を周り抜け、海岸まで行く。そこが岩壁の間。柱にも似た縦に伸びる山の数々。視界は常に土色で、ぐにゃぐちゃと周り続けなければいけない。さらに、上からは流星群。雷よりも遅いが、規模と威力は大きい。巻き込まれたらひとたまりもない。一瞬でぺっちゃんこだ。
ポールは相変わらず器用で、隕石も山も器用に避けながら、スピードを全く落とさず進む。
一方のショートは、これまた強引。ヘルェルが前方に向かって波動を放ち続け、山に穴を空けてそこをくぐっている。
『これはすごい! 両者全く譲りません! ものすごい対決だ!』
直線距離なぶん、ショートの方がポールよりも速い。
『越した、越しました! ショートがポールを抜いて一位に躍り出た! そして今、岩壁の間を両者抜けたー!』
今度は北の海岸から東へぐるりと回る。
『次なる障害は大津波の間! 海岸沿いを進む彼らに、津波が襲いかかります!』
コースを全て飲み込まれるほどの大きな津波が数秒単位でやってくる。普通に直撃すれば、重みでスピードは半減。さらには波に流されてやってきた凶暴な人喰いザメが選手に襲いかかる。
けど、ポールとショートにはそんなの関係ないらしい。眼中にあるのはお互いだけって感じだ。
ポールもショートも津波をもろともせず進み続ける。どんなサメも剣で真っ二つ。
『互いに一歩も譲らない激しい戦い! まさに接戦! 抜いては越され、越しては抜かされ! かつて、ここまで観客を熱くさせる戦いがあったでしょうか!?』
今では、皆んな一丸となって「ポール!」と叫んでいる(ショートの応援はかき消されている)。
ゲスト席に座るメア、レーナ、ノーマンの三人も──どちらに対してかは知らないけど──手を握って祈っている。もちろん、ゲログンとグアルディーもそわそわしている。安心しきった顔で、余裕でいるのはジャック、チェイミー、リゼフの三人だけ。すごく不気味だ。
『そして、大津波の間を抜けました! 障害はもうありません! あとは競技場に向かって一直線です!』
ショートがポールを越した。ポールは高度を上げて雲の中に入った。
『あれは! 黒燕特有の動き! 超高速落下飛行!』
雲の中から急降下する。最初はほぼ垂直に、そして徐々に地面と平行に飛ぶ。瞬間最高速度は白凰以上。あっという間にポールを越した。
すれ違う瞬間、シャドーが翼を振った。これは黒燕特有の攻撃方法。翼が普通の鳥の数十倍硬く、かまいたちを起こす。
ショートはかまいたちによって体を切られた。血を吐いて、ヘルェルの体にぐたりと倒れこんだ。
脱落! そう叫ぼうとしたとき、ショートが剣を真っ直ぐポールたちに向けた。
「リフュムーロ!」
切先から、金色の剣を模した壁が弾丸のような速さで伸びて、シャドーの翼に突き刺さった。
『あれは高等天術』
グアルディーが言った。
『武器や体に天術を纏わせる。一体いつのまに……』
シャドーはバランスを崩した。飛行も安定しない。その隙にショートが一気にゴールへ近づく。
ショートがポールを越す瞬間、ポールはヘルェルに飛び乗った。二人はしばらくもみ合って、やがて競技場に入りゴール前で横並びに落ちた。
二人ともすぐに立ち上がって剣を構えた。ショートは授業用のロングソード。ポールの剣は金色のグラディウス。名前はヴァリア・スィエラ──ギリシャ語で大嵐──だ。刃はポールの方が三十センチは長い。
二人は雄叫びを上げて突撃した。文字通りに火花が散って、剣で反射した明かりが周囲を照らす。
『今日一番の激しい戦いだ!』
二人の剣さばきは絶妙だ。相手の攻撃を紙一重で避けながら、つねに攻撃の機会をうかがっている。
ポールが仕掛けた。ショートの腹にめがけて剣を突き刺す。ショートはそれを返して、剣の腹でポールの胸を叩いた。ポールは後ろにふっ飛んだ。
「強くなったな!」
ポールは嬉しそうに叫ぶ。
「でも、残念ながら勝つのは僕だ!」
ポールがショートに突撃した。ショートもより剣を強く握る。
「嘘つけ!」
ポールの攻撃をかわして、ショートは切りつけた。
「残念なんて思ってないくせに」
「まぁね!」
ポールはショートの剣を難なくかわし、腹を蹴り飛ばした。
ポールの体の周りの、青い天啓の光が、より強くなった。
ポールのスピードもパワーもさっきまでよりもずっと強くなった。ショートはあっという間に剣を弾き飛ばされて、窮地に立たされた。切先を首に当てた。
「降参するんだ」
「断る!」
即答だ。
ショートの右手が光った。……いや、違う。光の玉がショートの右手を泳いで、手の平におさまった。ショートがそれを握ると、真っ直ぐ伸びてロングソードになった。ショートは剣を二本持ってきていたんだ。
ポールは驚いて、一瞬警戒をゆるめた。ショートは咄嗟にポールの腕を掴んで、背負い投げした。素早く剣を逆手に持ちかえて、ポールを突く。ポールは横に転がって避けた。
ポールの動きは速くて、アクロバティックだった。背筋だけを使って、跳ねるように立ち上がり、ショートを素早く三度切った。最後は膝をついたショートの腹を柄で殴った。ショートはうずくまるように倒れて気絶した。
ポールが拳を握って、高らかと上に突き上げた。歓声が上がる。
『勝利! 大勝利! そして脱落! 今、二人の勝負に決着がつきました!』
意外とダメージを負っていたらしい。ポールはふらふらになった足でゴールまで歩き、ショートに向かって言った。
「今までで一番手強い相手だったよ」
そしてポールは、最後の一歩を踏みしめた。
『勝ったのは、ポール・アンダーボルトだぁ!』
ポール側の生徒たちは大興奮。スタンディングオベーションした。お互いの頭にジュースをかけ合ったり、お菓子を放り投げたりしている。
「では」
グアルディーが言った。
「タイムの発表といきましょう」
観覧席が静まり返る。誰もがポールの新記録を期待している。事実、今回は去年よりも早い。
ゴールには通過すると時間を計る超高性能タイム測定器がついている。
俺は画面に映し出された数字を見ながら叫んだ。
『タイムは、四十八分二十……九、秒。……え?』
ありえない。五十分をきるなんてプロでもいない。今のポールは確実に一時間以上はかかっていた。
生徒も先生も何が起こったのかわからないみたいだ。グアルディーは画面を確認して、すぐにゴールに測定器の様子を見に行った。
「しばしお待ち下さい。どうやら測定器に不具合があったようで──」
「不具合じゃねーよ」
後ろでジャックが笑っていた。
「ほら見ろ」
競技場上空に花火が上がった。虹色の火花が、ヘルェルとそれに乗るショートの形を模している。剣を突き上げて、そこら中を飛び回る。
ヘルェルが口を開いて、炎を吐いた。炎はポールの顔ギリギリまで近づいた。巨大クラッカーが夕日を彩り、ヘルェルとショートの花火が弾けて消える。残った煙に穴が空き、中から本物のヘルェルとショートが現れた。自信に満ち溢れた笑顔で、右手を挙げている。
さっきまでゴール前で倒れていたショートは消えている。もちろん、今ヘルェルに乗って飛び回っているショートの体には、ポールからつけられた傷が一切ない。
ジャックが俺のマイクを奪った。
『言ったよな? 上げて上げて上げて落とすって。さっきまでのショートは全部幻覚。測定器ももちろん不具合なんか起きてない』
そこまで言うと、ジャックはマイクを俺に向けた。俺はゴクリと唾を飲みこんで観覧席を見た。誰もが──先生でさえもあっけに取られている。
『勝ったのは……勝ったのは、ショート・アルマスだ! なんということでしょう! 前代未聞! 幻覚で我々を騙し、世界最速記録でゴールした男! 史上最年少、史上初、史上最高記録。その男! ショート・アルマスです! ショートが、ポールを打ち砕きました! 勝ちました!』
ジャックとチェイミーが喜びに叫び声を上げる。それに続くように、ショート側の生徒たちは皆声を張り上げて踊る。先生たちはおかしそうに笑った。ポールは困ったように笑い、その場に仰向けになった。
「実況ー!」
ショートが手を上げて言った。
「一つだけ訂正。勝ったのは俺じゃなくて、俺たちだ」
そうして、屈託のない顔で笑った。俺は一生、この顔を忘れることはないだろう。それほどまでに、輝いている笑顔だった。
これで二章が終了。次から最終章です。




