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ショート・アルマスだった男

 ひとまず、持っていた布で右目を覆い、トイレから出た。拓馬は心配そうな顔で駆けよって来る。


「大丈夫? 先生呼ぶ?」

「いや、ちょっと充血してただけ」


 大事になって、周りになんて説明すればいい? ちょっと死んじゃって。あぁ! でも気にしないでください。悪魔と契約して生き返ったので。これはその絆です! ──目よりもまず頭を治してこいって言われるのがオチだ。


「……けど、どっちかって言うと白目より瞳が赤くなかった?」


 拓馬が怪訝そうな顔で聞く。


「見間違いだろ」


 拓馬は変なところで鋭い。けど、それ以上に素直と言うか、信じやすいと言うか、アホと言うか……誤魔化せば大抵それで納得して終わる。今も拓馬は笑いながら頭をかいて「ぼく疲れてるのかなぁ〜?」と言ってる。

 

 その後、自由時間も終わり、クラスのみんなと合流する。

 拓馬と二人で話していると、陽菜が駆け寄ってきた。ニッコリした笑顔が可愛い。


「昌人君っ! 目、どうしたの?」


 弾んだ声。不思議だ。陽菜とこうしてささやかな会話をしているこの瞬間だけは、色んなことを忘れられる。例えば悪魔がおれの中にいることとか、謎の生物に命を狙われたり、瞳の色が半分変わったり。


「ちょっと転んだんだ。おれってマヌケ」


 大袈裟に自傷気味に肩をすくめて言うと、陽菜は可愛らしくクスクス笑った。


「昌人君ってほんとに面白いね。なんて言うか、オーラ? が凄いの!」

「俺のオーラ? 臭そう」

「あははっ。何それ?」


 おれのちょっとしたジョークも楽しそうに笑ってくれる。


「けど、陽菜に見えるなら案外悪くないかも。俺のオーラも」

「そうだよっ。私、昌人君のことずっと気になってたんだ! 初めて見たときから!」


 陽菜が顔をぐいっと近づける。息が顔にかかる。いい匂いだ。けど、流石に照れる。

 一歩引いたおれに更に一歩半近く。陽菜が口を開く。甘い声。やばい……理性が飛ぶ。惹きつけられるように陽菜の唇へ寄る。陽菜がおれの頬に手を伸ばした。柔らかくて優しい手。


「あなたのこと、もっと教えて……?」


 熱い視線がぶつかる。お互いにふんわりと笑った。陽菜が目をつぶった。二人の顔の距離は近い。腰に手を回して、一気に引き寄せる。おれもこのまま、目をつぶって──


「ねぇ、昌人!」


 拓馬がおれの肩を興奮気味に叩いた。

 二人の体はピクリと跳ねて、陽菜が目を開けた。

 なんだかムードじゃなくなって、おれたちは自然と伸ばした手を下ろした。

 拓馬の方に振り向いてみると、拓馬はずっと一点を見つめていた。


「なんだよ……」


 低くて思いっきり機嫌の悪い声が出た。そんなつもりはなかったのに──いや、ちょっとあったかも。


「あのっ、昌人君。私行くね!」


 陽菜に視線を戻すと、顔を真っ赤にして微笑んでいた。軽く手を振って、いつものグループの方へ駆け寄って行った。


「ねぇ昌人!」


 拓馬がまた肩を叩いた。ちょっとムカついたので、尻を一発蹴った。


「痛っ、なんだよ?」

「別に……。それよりどうした?」

「あれ! あれ見てよ!」


 拓馬が笑顔で指差した方向を見ると、レーナが外国人観光客と話していた。


「多分、道を教えてるんだよ。凄いよねぇ、英語をすらすら話せちゃうんだもん!」

「……あのさ、お忘れなら教えてあげるけど、レーナも外国人。ついこないだ来たばかりだぞ」


 観光客のバッグには、『I’m American』と書いてある。どういう目的かは知らないが。愛国者なんだろうな、多分。


「たしかレーナもアメリカから来たって言ってたろ? 話せて当たり前」

「あっ、それもそうか……」


 拓馬はガクリと肩を落とした。拓馬の間抜けはいつもなら微笑ましくていいけど、今回ばかりは少し迷惑。大体、レーナのどこがいいのか。たしかに外見だけはかなり可愛い。おしゃれにも気を使ってるし、文句の付けようがない。けど、強気で生意気。いつも目をつり上げて、みけんにしわをよせている。人を見下して大人ぶった態度。最悪だ。

 レーナは外国人と別れると、こっちに向かって歩き出した。


「こっち来た!」


 拓馬がサッとおれの後ろに隠れる。奥手な奴。

 レーナはおれの目の前に来ると、キッとにらみつける。何もしてないのに。


「そこ、どいてくれない? 私は拓馬と話がしたいの。ハレンチさん」


 うわっ、さっきの見られてたらしい。最後の部分だけやけに力を込めて言った。大人ぶってるくせにこういうところは初心なんだな。


「すみません」


 レーナの圧に負けて、背中の拓馬を前に出す。


「調子どう?」

「ま、まあまあです……」


 拓馬は恥ずかしさのあまりにずっと下を向いていて、レーナはそんな態度にいらいらしてる。けど、それを必死にこらえて笑顔を作った。


「敬語はやめてよ。同い年なんだから」

「あ、はい」

「おい」


 言ったそばから。思わずつっこんじゃった。レーナがおれをにらむ。今のは間違えてないだろう。理不尽だ。


「ねぇ、今から大阪城に行って自由行動らしいわ。明日はUSJ、明後日は新世界」

「た、楽しそう」

「そうね。とっても。だから……一緒に回らない?」

「えっ、いいの!?」


 えっ、いいの!?

 拓馬が初めて顔を上げた。その目はキラキラしている。というか、本当に驚きだ。レーナが拓馬に気があるなんて、ただの妄想だと思ってたけど、案外本当かも。


「もちろん。二人で、回らない?」


 二人で、をいちいち強調して言うな。


「えぇ、でも、それだと昌人が一人に……。それにぼく、昌人にも来て欲しいんだけど」


 拓馬が戸惑いがちにおれを見る。多分恥ずかしくてまともに話せないからだろうな。対してレーナは──ダメだ、すっごい睨んでる。「断らないと分かってるでしょうね?」って言いたそう。オーケー、分かった。さっきの仕返しも兼ねて、ここは丁重に断ろう。その方が安全そうだし。


「もちろん。拓馬が言うならおれもついて行くよ。──って、えっ!?」


 口が勝手に動いた。断ろうと思ったのに。勝手に了承した。見ろ。レーナなんて今にも掴みかかりそうだ。やり直し。きちんと言い直そう。


「じゃっ、今のうちにでも計画立ててようぜ。明日明後日、どこ回るか」


 ダメだ。スラスラ動く。こんなの、思い当たる理由と言えば一つだけだ。おれは心の中で訴える。


『おい! フェニーチャー! おまえだろ? なに考えてんだよ!』

『今、この体はおまえだけの物じゃない。おれの物でもあるんだ。口動かすくらいなら楽勝だ。まぁ安心しろ。変な悪戯に使ったりはしないから』

『現在進行形でしてるだろ!』

『バーカ。悪戯じゃねぇよ。死にたいのか?』

『え?』

『さっきも殺されかけたろ。理由は知らんが、おまえは悪魔に狙われてる。人間と共に行動するべきだ。一人は危険だ』


 それはたしかに、フェニーチャーの言う通りかもしれない。おれは静かに頷いて、拓馬とレーナに笑顔を向けた。


 大阪城。正直、小学生にはこの凄さはよく分からない。どの城も同じじゃない? 反対にレーナは瞳をこれまでにないくらいキラキラさせている。やれ門が凄いだの、石がどうたら、道がどうたら。


「ねぇ、すっごい綺麗!」

「う、うん! ほんとほんと! すっごいや! すご〜い!」


 天守閣から見る景色。ちょっとおかしいくらい興奮してるレーナとそれに必死に合わせてる拓馬。うん。ちっとも面白くない。


「ごめん。ちょっとお手洗い」


 誰も聞いてないのに、律儀に断りを入れて、そっと離れる。特に便意があるわけじゃないけど、個室に入って腰を下ろした。


「観光って、小学生にやらせることじゃないよな。外観とか、微妙なバランスなんて理解出来る(分かる)わけないし。お金も時間も無駄じゃない?」

『知るか。おい。なにも出ねーならとっとと戻れ』

「あのさ。もちろん命を狙われるのは辛いよ? けど、あの雰囲気見た? 拓馬は必死すぎてレーナしか見えてないし、レーナも興奮していつもの冷静さがない。なんて言うか、二人だけの空間って感じ。レーナも、そもそもは拓馬と二人きりで過ごすために誘ったんだし。とにかく、あの場にいるのも同じくらい辛いって」

『知るか。図太く生きろ』

「あのさぁ……」


 ドアをコンコンッとノックされる。いけない。交代の時間だ。どうせバレてるだろうし、水を流しもせず直ぐに出た。外に出て、「はぁ〜」とため息が無意識の内に出た。またあそこまで登るってめんどくさい。


「きゃあぁぁぁぁ!」


 城の方から悲鳴が上がった。それから一分としないうちに、大勢の人がこっちに向かって走ってくる。いや、向かってるって言うより逃げて来たって感じだ。後ろをチラチラ確認しながら、必死に走っている。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 逃げ惑う一人を無理やり捕まえる。


「何があったんですか?」

「ば、化け物だよ! 城に大量の化け物が出たんだ!」

「化け物? それってどんな? 例えば化石や模型が動き出したとか」

「知るか! どいてくれ!」


 横に突き飛ばされる。一つ分かった。どうやらなりふり構ってられないくらいの化け物らしい。


『間違いなく悪魔だ。おい、早く逃げ──』


 死の恐怖もやフェニーチャーの警告とは反対に、おれの足は城を向いて動かない。


『おい! 何してんだ! おまえの居場所がバレてない今がチャンスだろ! とっとと逃げろ!』

「……けど、他の人をおれのために巻き込まないだろ!」


 おれは勢いよく地面を蹴った。呼吸するのも忘れるくらい、とにかく走った。中には拓馬や陽菜、ついでにレーナもいる。おれのために死ぬなんて、絶対ダメだ。レーナはともかく、二人は友だち。


『おれが助けなくちゃ……!』


 特に変わった所がないのは城の外までの話だった。中に入ってすぐ、熱に襲われた。そこかしこが燃え盛っている。


「フェニーチャー!」

『おれじゃねぇよ!』

「それもそうか。ごめん」

『……だがまぁ、炎を消すことは出来る。おれは炎の王だからな。ちょっと体貸せ』


 おれが許可するよりも早く、右腕を高らかと挙げる。


 周りの炎が更に強くなる。


「ちょっとフェニーチャー!」

『黙ってろ』


 炎の柱となり、右手の先に炎が集まる。まるで吸い込まれるように。フェニーチャーが右手を握る。十秒もせずに火は消えていた。いつのまにか右手も自由だ。


「凄い……」

『まぁな』


 ちょっとナルシストっぽい所があるけど。


「──炎が消えてる……。今のうちよ、急いで!」

「で、でも昌人が!」


 崩れた木片の奥から聞き馴染みのある二人の声。


「きっと先に逃げたわよ! いいから早く!」


 もじゃもじゃ茶髪の男と、その腕を引っ張るブランド髪の女が奥から出てきた。拓馬とレーナだ。おれは拓馬に駆けよった。


「拓馬!」

「──! 昌人!」


 体を見ても、特に外傷はない。


「よかった。無事だったんだ」

「そっちこそ」


 拓馬がおれの胸も軽く殴った。


「よかった、じゃないわよ」


 せっかくの楽しい雰囲気だったのに、レーナが水を刺した。得意なことにリストに絶対載っけた方がいい。

 レーナはおれの胸ぐらを掴んで、近くの壁まで押しやった。


「いった……。なにすんだよ」

「勝手な行動しないで! 気づいたらいなくなってるし……。そのせいで拓馬が城の中探すって言い出して、私達だけ逃げ遅れたのよ!」

「そ、それはごめん……」

「それより、早く逃げるわよ!」


 レーナが再び拓馬の腕を取って走り出そうとしたので、体を無理やり抑える。レーナは見るからに不機嫌そう。


「なによ!」

「陽菜は!? 無事なのか?」

「はぁ? 他の皆んなならとっくに逃げたわよ! とにかく急がないと。怪物が出るから!」


 おれの腕を強引に払って、再び走り出した。おれもそれに続く。出口は近い。これなら直ぐに──


「──置いていけ」


 甘い声と共に、視界が白いモヤに視界が覆われる。さっきの煙? いや、霧だ。またか。


「誰!?」


 勇敢にも、レーナが叫ぶ。拓馬は怯えて体が震えている。


「その男も置いていけ。そうすれば、きさまら二人の命は助けてやる」

「助ける? 馬鹿馬鹿しい……」


 レーナは、チラリと拓馬を見た。そしてその後一瞬、おれをキッと強くにらんだ。おかしい。あんまりだ。


「そんなこと出来るわけないじゃない! あなたはなに!? 姿を現して!」

「姿? くっくっくっ、我々は亡霊だよ……。怨念という、憎しみに囚われた実態なき実態。きさまの心を引き裂いてやろう」


 霧の奥から、甲冑を着た骸骨が現れた。手にはボロボロの刀を握っている。


「ひぃっ! お化け!」


 拓馬は恐怖のあまり立つことが出来なくなったのか、尻餅をついた。軽く悲鳴を上げた。反対にレーナはというと、何故か凄く冷静だ。


『なるほど……幻覚か』


 フェニーチャーが静かに呟いた。


「幻覚? 何そ──」

「分かったわ! あなた、幻覚ね」


 レーナが骸骨に向かって吠えた。というか、フェニーチャーと同じことを言ってる。そもそもなんでこんなに落ち着いてるんだ? レーナは外国から来た普通の少女。悪魔は知らない──はず……。


「フェニーチャー……!」

『まさかこの女……。おい! レーナに近づけ』

「はぁ!?」


 意味が分からない。とりあえず言われるがままに斜め後ろに行き、肩を叩いた。


「レーナ。幻覚ってなに?」


 返事も見向きもしない。


「ごめん……」


 レーナはため息をこぼしながらそうつぶやいた。

 次の瞬間、おれの目の前にレーナの拳があった。避ける間もなくぶっ飛ばされて、うつ伏せに倒れた。

 「何すんだ!」そう言いながら立ち上がるつもりだった。なのに体がピクリとも動かない。意識はある。まるで体だけ自分の物じゃないみたいだ。間違いなく、フェニーチャーの仕業だ。


『おい! フェニーチャー! おれが立ってなんとかしないと。皆んな死んじゃうって!』

『なんの策もなしに唐突に殴るか。レーナは普通の人間じゃねぇ』

『は?』

『天使だ。間違いない』

『天使……?』


 悪魔がいるんだから天使もいるだろ。と、当たり前のように言うフェニーチャー。『いいから黙って気絶したフリをしてろ』らしい。


「あなたの本体はどこ?」

「それを聞いてどうする?」

「さあ? ぶん殴ってみればいいんじゃない?」


 視界にはボロボロの床が広がってるだけで、何が起こっているかは全く見えない。


「しかし驚いた……。まさかこんな近くに覚醒済みの天使がいたとは」

「やっぱり……。狙いは()()ね?」

「ふふふ、だとしたら? きさま如きが止められるか? まだ一年生のガキが」

「お生憎! 覚醒はもう何年も前。それからずっと、訓練して来た! 悪魔との対峙経験もある。小さいからってみくびらないで!」


 「やあぁぁぁ!」という叫び声の地面を蹴る音。次にキンッと、金属音が幾度となく鳴り響く。様子は見えないが、決着がついた瞬間はわかりやすかった。さっきよりも鈍い音がして、骸骨が悲鳴を上げた。レーナが叫ぶ。


幻界開眼(げんかいかいがん)!」


 レーナを中心に、眩い光が八方を刺す。頭が痛い。「うっ」と小さなうめき声を漏らして、おれは意識を失った──


……

…………

………………


「──大丈夫? 起きてって」


 体を揺すられて、目をゆっくりと開ける。ぼやけた視界にはおれを見下ろすブランド髪の美少女。思わず見惚れそうになるが、直ぐにやめた。何故って? クリアになってわかった。レーナだ。

 レーナは腰に手を当てて、仕方ないわねって感じでため息を吐いた。体を起こす。


「ここは?」

「ホテルよ。貴方と拓馬の部屋」

「あぁ……、なるほど」


 どうりでどこかで見たことある場所だと思った。頭も段々冴えて来た。気を失う前のことが物凄い勢いでフラッシュバックする。


「怪物たちは? どうしておれはここに……」

「城を逃げ出して、あなた突然気を失ったの。城は半壊。私たちはとりあえずホテルに戻ったけど、明日、^みんな家へ帰されるそうよ」


 城を出て気絶? よく言う。おれを殴って気絶させた(つもり)のくせに。もちろんすぐに否定しようとした。けど口を開く前にフェニーチャーが体を乗っ取った。『今は話を合わせろ』だって。


「拓馬は?」

「今は少し出てる」

「そう……」

「……あの、ごめんなさい」


 もじもじしながら、レーナが頭を下げる。レーナがおれに謝罪なんて、思い当てはまることが多すぎて困る。


「色々よ。迷惑をかけてしまった」

「迷惑? 何が?」


 レーナは首を振る。


「なんでも。気にしないで。……じゃあね」


 それだけ言って、レーナは部屋を出て行った。おれ一人の部屋は時計が時刻を刻む音だけが響く。


「……フェニーチャー。どういうこと? 全部話せ」

『話すようなことは特にねぇよ。この世には人間の他に天使と悪魔が存在してる。悪魔は常に世界を脅かす。天使は人間に災難が降りかかったとき、それを振り払う。天使と悪魔は表裏一体。常に対立してる』

「じゃあ、俺が気づいてないだけで、天使はそこかしこにいるってこと?」

『ガキはそうかもな。事実拓馬がそうだった』

「拓馬? 拓馬が天使?」

『あぁ。まだ覚醒前──つまり、自分が天使であると自覚してなくて、力も使いこなせない─けどな。おそらく本名も拓馬じゃない。まぁ、色々知りてーのはやまやまだろうが、人間には関係ない話だ』

「そうかもしれないけど……。でもおれのせいでみんなの修学旅行がめちゃくちゃに」

『それも違う。城を燃やしたやつは拓馬を狙ってた。博物館の連中や骸骨は幻覚。おまえ以外に実害は無い。更に言えば、おまえが狙われてるのはおれがいるから』

「フェニーチャーが?」

『悪魔を宿した人間は天使と同じくらい敵だ。天使にとっても、悪魔にとっても、人間にとっても敵だ』

「なんだよそれ! 聞いてないぞ!」

『大丈夫だよ。今回はたまたま運が悪かっただけ。普通にしてりゃ気づかれることはない』


 なんだかすっきりしない。関係ないけど関係者だ。知る権利くらいはあると思うんだけど。


「昌人、いるか!?」


 軽くノックして、先生がドアを開けた。その顔は確実に朝より老けている。急なハプニングへの対応がよほど答えたらしい。


「本当は生徒全員、明日帰す予定だったんだが、おまえのお父さんだけ、迎えに来た。すぐに荷物をまとめて一階のロビーへ行きなさい」

「義父さん……?」


 ホテルには今日来たばかりで、荷物なんてまだ何も広げてない。直ぐに荷物を持って部屋を出た。

 ロビーに行くと、スーツを着た背の高い男がソファーに座っていた。その姿はまさに仕事人。今も休むことなくパソコンを触っている。


孝政(たかまさ)さん……」


 神山 孝政。神山グループの代表取締役社長で、孤児のおれを引き取った義父。ハンサムな顔とは裏腹に性格は最悪。いつもみけんにしわをよせて不機嫌そう。というか、おれと話すときはいつも不機嫌だ。呼び方だって、お父さんと呼んだら怒られた。曰く、「おれはおまえの父親じゃない」そうだ。


「来たか……」


 孝政さんは横目でおれを見ると、パソコンを閉じて、紅茶を飲み干し、立ち上がった。


「帰るぞ」

「なんで迎えに?」

「仮とは言え、おまえは神山家の者だ」


 ツカツカと歩き始める孝政さん。歩幅も違うのに、少し早く歩くから、おれは駆け足じゃないと追いつかない。ホテルを出て、直ぐ近くに止めてあったリムジンに乗る。孝政さんの合図で車が出る。挨拶もせずに出てよかったのだろうか。


「なにが怪物……。頭のおかしな犯罪者が城を燃やしただけだろう」


 そうだった。孝政さんは冗談が好きじゃない。特に怪物や鬼、悪魔なんてうちでは禁句中の禁句だ。


「この事件はすぐに大々的に取り上げられ、様々な噂が飛び交うだろう。それこそ、怪物などと言う非現実的なものがな。そんな頭のおかしいことに神山家の者が関わっているなどと知れたら……」

「……息子だなんて、思ってもないくせに」


 気付いたら、口をついて出てしまっていた。手を異様なくらい強く握りしめている。きっと顔も険しいに違いない。


「……世間体の話だ」


 今すぐ車を飛び出してやろうと思った。もう耐えられない。……けど、やめた。こんなこと、いつものことだ。この人はいつだってクズだし、おれはいつだって一人。今更だ。それならここはぐっと堪えて、大人しくしていた方がいい。どうせ行く当てもないんだから。


「今日は疲れただろう。家に着いたら起こしてやるから、おまえはもう寝なさい」

「はい……」


 寝れるわけない。そう思いながらもシートを倒して目をつぶると、意外にもすぐに眠ってしまった。

 夢を見た。本日二回目のあの映像。おれの本当のお父親がおれの頭を撫でて名前を呼んでいる。おれもお父さんも、笑ってる。顔を見たい。もっと話したい。実際に会って、話してみたい──

 目を開けるともう夜だった。外は真っ暗。二ヶ月ぶりの家だ。相変わらずの豪邸。門から玄関まで五十メートル以上あるし、家も一々デカい。中に入って、荷物を軽く整理して、お風呂に入る。ついでに飯も。


「それじゃあ、おれは部屋に戻ります」


 リビングでコーヒーを飲む孝政さんにそう告げる。返事はもちろんない。これもいつものこと。

 そうして、おれは自分の部屋へ戻った。義兄弟達はまだ学校にいるので、家にはおれと孝政さんだけ。いいのやら、悪いのやら。……多分どっちも。

 部屋に入り、トランクを放り投げて、ベッドに飛び乗る。


『ずいぶんと冷たい親父だなぁ。無事で良かったの一つくらいあってもいいじゃないのか?』

「別に……いつものこと。それに父親じゃない」

『は?』

「孤児のおれを引き取っただけ。あっちもおれを息子となんか思ってない」


 疲れのせいか、ベッドに入るとすぐに寝てしまった。


◇◇◇


 ──昼時。おれは街を歩いていた。おれはおれだ。けど、今はおれじゃない。その辺に建ってる一軒家は以上に小さい。せいぜいおれの身長の半分ほどだ。いや、これはおれが大きいんだ。みんな悲鳴をあげておれじゃないおれから逃げている。

 ふと、足下に足の親指ほどの男の子が倒れているのが見えた。涙を流して、母親を呼んでいる。避けていくのもめんどくさい。そのまま踏み潰して進んだ。おれはところ構わず破壊しながら進んでいく。おれの後ろはすでにガレキの山。火もたって最悪だ。なにかを探している。重要ななにか。

 ……人だ。人を探している。

 探しても探しても見つからない。イライラする。空間を割る程の野太い雄叫びを上げながらそこら中を破壊した。どいつもこいつもきゃあきゃあうるさい。ガレキをぶつけて黙らせた。

 あの男はどこにいる。

 名前は、たしか……──ショート・アルマス。

 名前を思い浮かべた瞬間、心臓がどくんっと鳴った。今のおれじゃなくて、現実のおれの方の。


「待ちなさい!」


 正面にレーナと拓馬が立っていた。レーナは眉をキッと上げておれを睨む。拓馬は震えながら見上げている。口が開いて間抜けな顔だ。

 邪魔をするな。

 そう思った。だから殺した。簡単だった。ちょっと掴んで握りつぶすだけ。開いた手には拓馬とレーナの真っ赤な血がべっとりと付いている。地面には涙を流した拓馬の生首。ガキが。調子に乗ってくれる。軽く踏み潰して再び進み出した。探さなければ。あの男を。


「ああぁぁぁぁ!!」


 悲鳴を上げながら目を開くと、朝日が差し込んでいて、少し眩しかった。周りを見渡す。

 良かった。おれは自室のベッドの上。手に血はついてない。体も普通。自分の悲鳴で起きたのは初めての経験だ。嫌すぎる夢。まだ鼓動がおさまらない。


「はぁっ、はぁっ」

『随分とうなされたなたぁ』

「夢を見た。おれだけど、おれじゃなかった」

『は?』

「変な夢だった。おれは巨人で、街を破壊してて、いろんな人を殺してた。──拓馬や、レーナも……。なんであんな夢」

『巨人? ……おい、もっと詳しく話せ!』


 フェニーチャーが突然声を荒げ出した。


「あんまり細かいことは覚えてない! ただ……」

『ただ?』

「人……男の子を探してた。名前はたしか、ショート・アルマス、だっけ?。けど、おれには全く意味が」

『アル、マス……?』


 少しずつ呼吸が整ってきた。手の震えも止まる。心臓はまだうるさいけど。昨日あんなことが起こったから疲れてるんだ。嫌な夢はすぐに忘れるに限る。


『たしか今日戻ってくるんだったよな? 拓馬とレーナは』

「え……? うん」

『一旦学校に行って、家に帰すんだろ?』

「多分ね」

『だったらおまえも学校に行ったほうがいい。とにかくレーナと合流して、すぐにこの街を出るんだ』

「は? なんで?」


 まさか。偉大な悪魔とあろう者が人間の夢を間にうけてる?


「あのさ……、あんなのしょせん夢だよ。おれが疲れてただけ。それに、仮にあれが本当に起こる予知夢だったとして、おれにはあんまり関係ないだろ? この屋敷は街から少し離れたところにあるし、おれが探してたのはショート・アルマスって男なんだから」

『だからだよ』

「え?」

『おまえが見たのは正真正銘の予知夢だ。予知夢は天使独特の特徴だ。けどな、それを見ることができるのは〝神の子〟と呼ばれるごく一部だ。そして、そのごく一部にピンポイントで当てはまる男がいるんだよ』

「もしかして……?」

『ショート・アルマス。大英雄ジェットの息子。つまり、おまえの言う()()()()()はジェットで、おまえは天使。昨日から恐竜やら骸骨やらに襲われてたのはそのせい。そして夢の中のおまえが探していたのは──おまえ自身だ』


 ショート。それがおれの名。本当の、名前。

 ショート・アルマス。おれが、天使。いつか来る未来、おれは巨人に襲われる。ほらね、最悪だ。こんなんじゃ生き返った甲斐がない。




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