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盛り上げた男

 ちょうど夕食が終わった頃。

 大広間の外。ドアに阻まれたデルマートの声がうっすら聞こえる。


「皆、今日試験結果を返却されたはずだ。よかった者、悪かった者。多くいるだろう。この反省を生かし次は──……」


 俺たちは本題が早く始まらないかドキドキしている。


「さて、あと僅か一週間で一学期が終わる。長い夏期休暇を終え、二学期が始まってすぐあるのは、寮対抗キャッスル・ブレイク大会選抜、タイム・ウォール・アタック大会だ!」


 ついにきた。大広間内で大歓声が上がった。


「そこで、今日から夏期休暇までの一週間、寮ごとに立候補者を集めたいと思う。前に箱を置いておくので、立候補したい者は期限までに自分の名前を書いた紙を箱に──」


 俺たちは互いに顔を見合わせた。準備も覚悟もできている。


「リゼフ、消せ!」


 パンッ

 大広間内の明かりがいっせいに消えた。

 皆んなが困惑して、ざわざわと騒ぎ出した。

 俺は意識を力に集中させた。ドアがガタガタと震えて、ドンッと勢いよく開いた。ざわざわは消え、皆んながいっせいにこっちを見た。

 俺たちは堂々と中に入る。闇の中でコツコツと俺たちの足音だけが響き渡った。


 パチンッという音と共に、俺たち三人に大きなスポットライトが当たった。

 誰もが俺たちの名前を呼んで、「またこいつらか……」と呆れている。

 ジャックはそれを全部無視して、堂々と言った。


「TWA出場立候補者ナンバーワン──」


 それだけ言って俺を見た。

 俺は静かに頷いて、一歩前に出る。声をできるだけ張り上げて言った。


「ショート・アルマスだ!」


 皆んなは再び騒ぎ出して、すぐに誰かが叫んだ。


「一年生には無理のはずだろ!」


 ジャックが素早く答えた。


「特例だよ。今回限り、俺たち限りで認められたんだ」

「そんなのズルいじゃないか!」

「ズル? 誰に向かって言ってる?」


 ジャックがドスのきいた低い声を出した。


「そのズルをする勇気もなかったやつが。お前はルールに抵抗しようとしたのか? 俺たちは出たかった。だから抗ったのさ。焦がれるだけじゃ星には手が届かないぞ。批評するだけなら誰でもできる。なんの覚悟もねぇやつが、誰に向かってそんな口を聞いてんだ?」


 反論の声が止まった。ジャックの言うとおり、誰も文句を言うことができない。


「とはいえ、出場したのはいいものの一番早く脱落しました、なんて。そんな記念出場みたいな無様を晒すつもりはない。そこで、だ」


 俺はゆっくり、けれど鋭く。一直線にポールを指した。その瞬間、スポットライトがポールに当たる。俺たち三人とポール一人、闇の中で光る四人の生徒。


「ポール・アンダーボルト! 宣戦布告する。タイム・ウォール・アタックでお前を倒して、最短記録でゴールする! 俺たちの挑戦を受けろ。ポール!」


 皆んなの視線が俺からポールに移った。

 ポールは困った表情で笑いながら立った。


「一年生にここまで言われたら、受けないわけにはいかないよな。君にとっては、リベンジマッチってとこかな?」


 俺はポールを睨んだ。さすがはポール。弁えている。場を盛り上げるためにわざと挑発的なことを言った。けど、そんなこと余計なお世話だ。勝手に場を盛り上げるなんて、ジャックの前で一番やっちゃいけないこと。

 予想通り、ジャックは怒りで顔を歪ませた。眉がぴくぴくしている。


「まぁ、ただ戦っても面白くない!」


 ジャックは怒りのままって感じで叫んだ。


「というか、ショートは落ちこぼれで一年生の初心者。自分のペットもろくにいない。対してポールは昨年と一昨年に完走して優勝。成績も優秀で皆んなの人気者。誰がどう考えたって、勝敗は見えてる。こんな勝負、当人たちの自己満足で盛り上がりもしないし面白くないって、誰もが思うよな!?」


 皆んなが口々に賛同の言葉を言い始めた。ただ頷いてたやつが「そうだそうだ!」から始まって「下がれ身の程知らずの落ちこぼれども!」なんて、俺たちの悪口に変わった。


「黙れ!」


 ジャックが再び叫んだ。


「チェイミー。あれを持ってきてくれ」

「わかった」


 そう言って、チェイミーは大広間の外に出る。


「とまぁ盛り上がりにかけるこの勝負。でだ、そこで俺が最高のエンターテイメントを用意してやる。面白い提案だ」


 チェイミーがガラガラと大きなカートを押して戻ってきた。

 カートには大きな箱が二つ置いてある。木材でできてるけど正面だけはガラス張りで中が見えるようになっていて、蓋がない。二つの箱にはそれぞれコードが繋がれていて、上に電光掲示板がついている。

 右の箱の電光掲示板には『ショート』、左は『ポール』と表示されている。


「見てのとおり、少々機械仕掛けにいじったただの木製の箱だ。この箱の使い方は簡単。お金を入れるだけ。そうすりゃ掲示板には、総額が表示される」


 試しに、ジャックが一リール──人間界日本円で一円──を入れた。

 掲示板には『1R』と表示された。


「お金を入れる二つの箱。それぞれに書かれた名前。勘のいいやつならもうわかるよな? 賭けだ。参加者は見物人全員。勝った方に賭けた方が、負けた方に賭けた金を全額もらえる」


 また、ざわざわと騒ぎ出した。


「もちろん、どちらにも入れるってのはなし。もらえる金は総賭け金に対する、自分の賭け金の割合。金を賭けていいのは当日観覧席にて、試合が始まる十分前まで。一度賭けて追加でさらに賭けるってのももちろんありだ。それから、どんなに少量だろうと一度でも賭けた以上は試合を見てもらうぞ」

「けどそれって、皆んなポールに賭けるんじゃ……」


 予想通り、誰かがそこに触れた。そうだ。俺に賭けるやつがいないのなら、そもそも賭けになってない。だから当然、対策も決まっている。

 俺はポケットから通帳カードを取り出して言った。


「これは選手自身が、自分に限ってだけど賭けることが可能なんだ。これを見ろ!」


 俺は通帳カードを高らかと上げた。


「俺たち三人、SJC悪戯同盟が今回の賭けのために金を出し合い、そのために特別に作った通帳カードだ。額は──」


 俺はカードを『ショート』の箱に入れた。

 掲示板に『400,000S』と表示された。人間界日本円で約四千万円だ。


「四十万シック。俺たちはベットする」


 あちらこちらで困惑の声が上がった。


「そ、そんなの認められるわけないだろ!」


 と、端のほうで誰かが吠えた。ジャックはすぐにデルマートに向かって言った。


「そうなんですか? たしかここは自由が校風。校則を読んだ限りじゃ、賭け事が禁止なんてどこにも書いてありませんでしたけど?」

「当然だろう。禁止ではないのだから」


 デルマートのその一言で、さらに話し声は大きくなった。


「ってことらしい。どうだ? これで当人の自己満足じゃない、盛り上がりのある展開になっただろう?」

「け、けど……、そんなの誰も賭けたりしないだろ!」

「なんでだよ」


 ジャックは鼻で笑いながら言った。


「さっき自分たちで言ってたじゃん。ポールが()()勝つって。何に怖がってんだよ、お前らは。いくらでもいい。金さえ入れりゃ()()に大金を稼げるんだぜ?」


 大広間の空気は一変して静かになって、ジャックが発する次の言葉を待っている。今、この場の支配権は完全に俺たちが握っているんだ。


「あぁただ、金はできるだけ高く賭けた方がいいぜ」

「な、なんで……」


 誰かがボソッと呟いた。それでも、この静かな状況じゃはっきり聞こえる。


「だってそうだろ? 皆んなポールに入れるんだ。ここにいる全員が同じ額賭けたら、お前らは割合的に0.1%の四百シックしかもらえない。隣のやつの百倍賭けろ。大金が帰ってくるぜ? なーに、心配しなくていい。どうせ勝つのはポール。どれだけ賭けようがノーリスクハイリターンだ!」


 俺は、真っ直ぐ立候補箱に歩いて行った。手には握りしめられてシワのついた、俺の名前が書いてある紙がある。デルマートは楽しそうにニコニコ笑っている。俺をそれに返すようにニヤリと笑って、箱に紙を入れた。そしてそのまま、くるりと振り返って二人の元に戻る。普通の、なんの特別性もない行動だけど、皆んなが俺に注目していた。


「それじゃあ、競技までの一ヶ月と二週間。どっちに賭けるのが得かじっくり考えて、ぜひとも大金を賭けてくれ。……ヒントはどっちが得か、だ」


 そう言い残して、俺たちは大広間を出た。

 全てはこの計画のためであり、この計画こそポールに勝ったときのためだ。

 時間は、驚くほどにない。この一ヶ月と二週間で、俺たちは全ての準備を終わらせなきゃいけない。勝負は、始まったときにはもう終わってるし、終わったときにはもう決まってる。


◇◇◇


 翌日。俺たちはいつものように、厨房でネコババした朝ごはんを秘密基地でとった。

 今日は日曜日だから、当然授業はない。

 俺たちは中庭に転がって、リゼフが来るのを待った。


「いやいやぁ、昨日の啖呵は素晴らしかったよ。少年少女」


 そう言って、いつのまにかソニアが横に立っていた。


「けど、やっぱり君たちって恐ろしいね」

「なにが?」

「だーってあんな言い方。こっちにはポールに勝つ方法がありますって意味なのに、あんな対抗心煽るような言い方されたら、誰だってポール君に賭けざるを得なくなるよね。ついさっきまで、ポールが勝つに決まってんだろ! って、ブーイングしてたんだから」

「ははは、やっぱ気付くか」

「まぁ、私は君たち側だからね。あの状況で、煽りに負けず冷静に判断できるのは、よほどハードボイルドでポール君を信じてる人か、君たちがコツコツ地道に集めたファンくらいのものだよね」

「じゃあ、ソニアは俺たちに?」


 ソニアは首を傾げて言った。


「当たり前じゃない? 勝つ算段がついてるからあんな挑発したんでしょ? 最後のどんでん返しをやるために」

「へっ、正解」


 ジャックは面白くなさそうに言った。

 ソニアは、俺たちに期待してるわけでもなく、俺たちを信じてるわけでもなく、俺たちに綿密な計画があることを()()()()()

 マジシャンが客にタネを知られていることほどつまらないものはない。


「ショート様!」


 リゼフが俺の名前を呼んでこっちにきた。

 どうやら確保できたらしい。俺たちは立ち上がって、リゼフの元に向かった。


「期待しててよ。損はさせないから」


 中庭から出る直前、振り返ってソニアにそう言った。

 俺たちはガブリエルの湖に来た。湖の周りの平野にはバリケードのような立ち入り禁止のテープが貼ってある。


「レースのため、と言えば簡単に貸し切りにできましたよ。バリケードの内側には、幻覚を見せる膜を張っておきました。これならヘルェルに乗っていようと誰にも気づかれません」

「さすがの手際。ありがとう」

「いえいえ」


 ジャックがパンパンッと手を叩いた。


「まずはコースの確認からしよう」


 リゼフが頷いて言った。


「スタート地点は、校内の南にあるミカエル競技場。そこからルシフェル島を南に真っ直ぐ進み、海岸前まで行ったら西へ回る。そこで今度は校内の西にある、このガブリエルの湖へ真っ直ぐ進み、そのまま校内の中心まで行く。ここまででおよそ半分」


 ジャックが続けて言った。


「そのあと、北に進んでウリエルの森に入る。四分の一くらいまですすんだら、西に曲がって森を抜け、北、東と森の周りを半分回る。そしたら北の海岸まで進み、東に回って、真っ直ぐ競技場へ帰ってくる」

「しめて五十キロ、だろ?」


 ジャックは頷いた。


「公式大会の半分の距離だけどな。障害物の難易度はほぼ同じだ」


 リゼフは言った。


「前例がないためわかりませんが、スリーサイズの白凰となれば子供でも三十分で着きます。いや、王子ともあればもっと早い可能性も十分ありえる」


 チェイミーは言った。


「でも、障害物に阻まれるなら一体何分かかるかわからないわ」


 ジャックは言った。


「昨年のポールの記録は一時間三十二分。今年はもっと早いだろうな」


 俺は言った。


「それを超えるための準備、だろ? 大丈夫。手筈は全部整ってる。試験勉強のおかげで天術も幻術もだいぶん上手くなったしな、夏期休暇の間は抜かしても二週間あれば十分だ。二人の作戦は俺が絶対成功させる」


 俺は口笛を吹いてヘルェルを呼んだ。


「久しぶり、ヘルェル」

「おはようございます」


 俺はヘルェルの背中に乗って、宙に浮いた。


「とりあえずは、最大限力を引き出させるようにならなきゃな。頼むよ三人とも!」


 練習方法はこう。俺が湖の周りを回る。その間に機械と三人をおいて、様々な攻撃を繰り出すから、それを上手く避けながら進む。顔の肉が剥がれ落ちそうなくらいの風圧も、天啓を纏えば耐えられる。


◇◇◇


 朝一の終業式が終わり、皆んなは家に帰るために荷物をまとめている。


「学校に残る者は前に署名を!」


 俺とジャック、チェイミーは当然一ヶ月丸々残って特訓だ。

 三人で大広間でのんびりしていると、荷物を持ったチェイミーとノーマンが来た。


「ショートはここに残るの?」


 レーナが俺をキツい目で見ながら言った。ジャックとチェイミーに関してはもう視界にすら入ってないみたいな態度だ。


「そうだけど。何か関係あるのかよ?」


 俺もついつい言い方がキツくなってしまう。レーナは体を一瞬震わせて引いた。それを見たノーマンが怒った。


「もういいよレーナ。行こう」

「で、でも……!」


 レーナは潤んだ目で、何か言いたそうに俺とノーマンを交互に見ている。


「二人……いや、三人はどうするんだ?」

「三人?」

「お前らと、ポールだよ」


 レーナはボソボソと言った。


「わ、私は帰る。半分だけね。ノーマンは帰る家がないから私の家に泊まって、ポールは全部帰るって」


 俺とジャック、チェイミーの三人は顔を見合わせた。

 作戦を一番バレたくないポールがいない。レーナとノーマンも半分は帰るらしいし、さっきレイチェルは荷物を持って出て行った。ジャックの話じゃメアも全部帰る。ポールと特に親しくしてるやつらは全員いない。

 俺たちは手を叩き合って喜んだ。


「ありがと! 休暇楽しめよ」


 早速特訓だ。俺たちは大急ぎで大広間を出ようと走り出した。


「ま、待って!」


 レーナが俺の服を掴んで抑えた。


「なんだよ?」

「それでね。二週間経って、学校に戻る前に、ちょっと旅行しようと思ってるの」

「はぁ? それがどうしたんだよ」

「だから、一緒に行かない? 三人で。私と、ノーマンと、ショートの三人で」


 俺はジャックとチェイミーを見た。二人は肩をすくめた。俺の好きにすればいい、ってことらしい。

 

「ほら、アルエル街で遊んだみたいに。悪くないでしょう?」


 たしかに楽しそうだ。ポールも抜きの、久しぶりの三人。それに何より、二人と仲直りできるかもしれない。

 けど……ポールに勝つためには時間がない。まだまだやるべき作業が山のように残っている。たかが数日でも、ジャックやチェイミーだけに任せるわけにはいかない。


「ごめん。俺忙しいから。別の人──ポールでもレイチェルでも呼んで楽しんでくれ」

「そう……」


 レーナは俯いてそう呟いたと思ったら、顔を上げてキッと睨んだ。


「休暇中なのに予定が多い人は大変ね」

「は?」

「結局、あなたは私たちみたいなバカとは付き合ってられないんでしょ!」

「バカ? なんで……」

「成績だってあなたに負けるし。何より、あなたのくだらないお芝居に簡単に騙されるんだもの」

「お芝居?」

「天術のことよ! 使えないフリして。私たちのこと、影で笑っていたんでしょう? 私たちよりずっと上手く使えるだから。さぞ楽しかったことでしょうね!」


 違う、とも言いきれない。別に二人に限った話じゃないけど、俺たちはたしかに使えないフリをして、場を盛り上げようと画策していた。皆んなが驚いた顔で俺たちを見て、それを笑う。

 俺が何も言わないでいると、レーナは呆れた顔で言った。


「図星なのね。最低よ……」


 別にいいじゃないか、皆んなだって俺を笑ってたんだから。そう言いかけてやめた。二人が俺のことを笑ったことなんてない。俺が勝手に嫉妬しただけ。二人の哀れみが、俺には無様で耐えられなかった。

 二人は怒って大広間を出て行った。

 二人の背中を見ながら、ジャックと組んだときのことを思い出した。二人と敵対する覚悟。これがそれか……。

 なぜだか胸が、どうしようもなく切なくなった。

 そしてそれと同時に、体の奥からやる気が湧いた。もう引き返せないところに来ている。なんとしても、ポールに勝たなければいけない。

 これは俺の、俺たちの、どうしようもなく譲れない意地だ。しょうもない逆恨みなんて、俺もジャックもチェイミーも承知だ。それでも、やめるわけにはいかない。

 俺たちは夏休みの間も、ほとんど寝ずに〝勝つための準備〟を行った。


◇◇◇


 始業式も終わり、一週間後。


 大広間での宣戦布告から一ヶ月と半。変わったことと言えば、俺たちへの嫌がらせが過激化した。

 例えば、三人で歩いていれば後ろからくしゃくしゃに丸めた紙を頭に投げつけられた。紙を広げると『ポールが勝つ!』とか『ポールに土下座しろ!』とか書いてある。

 それに、いつの間に作ったのか、『ポール応援団』なんていうものができていた。活動内容は、俺たちの悪評をあることないこと言って周り、逆にポールがどれだけすごいかを言い広めるってやつ。必死に止めたけど、何度かリゼフが我慢できずに応援団員をぶっ飛ばしてた。俺たちへの過激なヘイトスピーチには、グアルディーも激昂して、見つけたら即お説教。

 それでも集団心理というやつが働いてるのか、むしろ責められることでさらに燃え上がるのか、俺たちへの嫌がらせは増え続ける一方だった。

 俺たちにとっても、皆んなが燃え上がったこの状況は、都合が良くて、秘密基地に戻るたびに俺たちは笑った。


 TWA選抜大会は、五つの寮でそれぞれ開催されるから、二日かけて行われる。例年通りならミカエル寮が一番最初にあるけど、面白がったデルマートが一番遅くに手回ししてくれた。

 二日目のルシファー寮の選抜戦が終わり、休憩を兼ねて昼食の時間がとられ、その後開始される。

 俺たちは少し早めに昼食を取り、ミカエル競技場の観覧席入り口で、カートに乗せた二つの箱を置いて待った。

 始業式からの一週間も、ファン集めのためのアピールはかかさなかったし、ほどよく対抗心を煽るための言動も忘れなかった。

 俺たちは宣言通り、四十万シックきっちり入れた。

 一番初めに来たのは、いかにも地味目って感じの女子生徒。同級生のコニーだ。モジモジしながら遠慮がちに俺たちの箱にお金を入れた。

 表示が『400,500S』に変わった。


「わ、私……、ショート君のファンなんです! お、応援してます。絶対勝てるって!」


 それだけ言って、顔を赤くしながら観覧席に走っていった。

 ジャックがニヤニヤしながら俺を膝でついた。なんだか無性に恥ずかしくなった。


「やーやー、妬けちゃうなぁ」


 俺もジャックも、突然声をかけられてビクッとした。前で、腰に手を当てて鋭い目で俺を見つめているソニアが立っていた。ズカズカと歩いてくる。


「まったく、そんな簡単にデレデレするもんじゃないぞ」

「いてっ」


 ソニアは俺の正面に立つとデコピンをして笑った。


「夏期休暇でバイトして貯めたんだ」


 そう言って、俺の箱の中に二千シック入れた。


「じゃ、頑張るんだよ!」

「う、うん」


 そう言ってソニアも観覧席に入っていった。

 それを合図にしたかのように、他の生徒もぞろぞろと競技場に来た。皆んな金を握りしめて、俺たちを睨んでいる。

 そのうちの一人の、ガタイのいい男が代表で前に出た。


「おーおー、随分大金が賭けられてるじゃねぇか」

「まぁ、おかげさまでね」


 ジャックが挑発するような目で言った。


「よかったな。ここであんたが後ろのやつらの百倍の金を賭ければノーリスクで大金が手に入るぜ」


 男は怒って百シックを投げ入れた。

 ジャックは隣のテーブルと、チェイミーを指して言った。


「きちんと署名と賭けた金額を書いて、チェイミーに渡しとけよ。不正してもバレるから正直に書くような」

「ふん!」


 次は女子生徒三人組。


「あんたらもポール?」


 三人は当たり前でしょって目で俺たちを睨んだ。


「だったらそうだなぁ……。さっきの男が百シックだから、一人二百シックは入れた方がいいよなぁ」

「最初からそのつもり!」


 三人合わせて六百シック。箱に投げ入れた。

 ジャックは前方の長蛇の列を見て言った。


「さぁさぁ、今の最高賭け金は二百シック。合計七百シック。皆んなもどんどんポールに賭けてくれ! できるだけ自分が得するように、大金をな!」


 ジャックの挑発に触発されて、最初の方は誰もが自分の前の生徒が賭けた金よりも多く賭けようする。そうしてだんだん賭ける金額が安定してきたら、最初に賭けたやつが戻ってきて再度賭ける。それを数回繰り返すうちに、俺たち三人のファンが賭けにくる。

 少額のやつもいれば、多額のやつもいるけど、賭け金の多さは重要じゃない。俺たちに賭けるということ自体が、ポール側の生徒の対抗心を煽ることになる。

 俺たちに賭けたやつが現れると、その後のポール側の生徒の賭け金が多くなった。

 そうやって、ポールへの賭け金がどんどん増えていった。


「調子はどうですか?」


 賭ける生徒も少なくなってきたころ、リゼフが現れた。


「まっ、順調かな。ポール側は。レース開始一時間前時点でもう二十万シック」

「ほう。ではかなり儲かるようですね」

「うーん、でもまだ足りねぇな。ポール側もだけど、何より俺たちの方が。賭けてる人数はちょうど九対一だけどな。九割以上が俺たちの金ってのはちょっとまずい。もっと敵対心を煽るためには、もう少しくらい」


 そう言って、ジャックはニヤッと笑いながらリゼフを見た。リゼフはため息をついて言った。


「もちろん、用意してますよ。ですが教師が生徒から金を巻き上げるのはまずいので、私の賭け金はそのまま返して、私の分の勝ち分は君たちの判断で分けてください」


 そう言って、リゼフは二万シック入れた。


「教師も参加可能なら、僕もいいかな?」


 ディーノが目を輝かせて、観覧席から歩いてきた。


「君たちは本当に面白いことを考えるね」

「まぁね。先生はどっちに?」

「私はね、ショートを見て末恐ろしいと感じたよ。だからもちろん、こっちさ」


 ディーノは笑いながら俺たちに八千シック賭けた。


「どんな作戦か知らないけど、一ファンとして、期待しているよ」


 ディーノとリゼフは観覧席に戻っていった。

 すると今度は、トイレにでも出かけていたのか、ポール側に賭けた生徒が俺たちの前を通る。賭け金が一気に増えて驚き、少し考え込んだ後、さらに追加で金を入れた。


「おい!」


 どこかで怒鳴り声が聞こえたかと思うと、大勢の生徒に囲まれた三人組が俺たちの元に連れてこられた。


「応援団員は最低百シックは賭けるって掟だろ」


 応援団員リーダーのバッチをつけた男が言った。

 その様子を見て、ジャックは笑いながら言った。


「おいおい。こいつが少ない方がお前の取り分が大きくなるんだぜ?」

「気持ちが足りてねぇんだよ! ポールにちょっかいかけて、こんな最悪なゲームを提案するお前らのようなやつには絶対負けないって気持ちが」

「なるほどな。そりゃお前ら、応援団員ならきちんと規則は守るべきだ。俺たちに散々嫌がらせをしてきたんだ。まさか俺たちが勝つなんて思ってもないだろうしな」


 三人は覚悟を決めた顔で財布を取り出し、中身を全部入れた。

 ジャックは笑って、さらに挑発する。


「いいねぇ、財布の中身全部か。おい、周りのあんたらもそんぐらいやったらどうだ? どうせポールが勝つんだからいくら賭けても一緒だし、何よりリーダーが人に言うばっかり自分は、なんてみっともないからな」


 リーダーの男は顔を真っ赤にして吠えた。


「お前ら! 全員財布をひっくり返せ!」


 謎の団結力で、三人を取り囲んでいたやつらは雄叫びを上げてどんどん金を入れていった。


「おーおー。やってるなぁお前ら」


 両手いっぱいにジュースとスナック菓子を抱えてゲログンが現れた。


「どれ、俺も賭けようか」

「やめなさい。教師がそんなみっともないことを」


 ゲログンが財布を取り出して入れようとする寸前、グアルディーが睨みを聞かせながら歩いてきた。


「まったく、どちらもこんな大金……」

「まぁまぁ。デルマートが言ってた通り、ここは自由が校風だからな」


 そう言って、ゲログンは一万二千シック入れた。


「リビテンゲルガー先生……」

「俺はたしかに教師だけどな。親友の息子だろ、ショートは。俺はこいつの目にジェットの面影を見たんだ。だから賭けた。それだけだ」


 ゲログンは再びジュースと菓子を抱えて、観覧席で空いてる場所を探しに行った。

 ジャックがグアルディーを見つめて言った。


「アネットちゃん」

「その呼び方はやめなさい」

「はいはい。ところで先生。俺たちの頑張りは、先生も知ってるだろ? だったら少しくらい」


 グアルディーはジッと俺を睨んで、諦めたようにため息をついた。


「わかりましたよ。持ち合わせのお金でよければね」


 ジャックは笑顔で答えた。


「もちろん! 十分です!」


 グアルディーはポケットから封筒を取り出して箱に入れた。

 掲示板に表示された金が、三万シック増えた。

 ジャックはグアルディーの去っていく背中を見てつぶやいた。


「素直じゃないねぇ」

「どういうことだ?」

「普段から三万シックも持ち歩いてるわけねーだろって話」


 そう言って、ニヤリと笑った。

 その後も、一番金をもらおうとちまちま追加でポールに賭けるやつが現れては、賭け金が増えていった。

 そして、レース開始十五分前。俺はそろそろいく時間だ。


「ショート……」


 レーナがギュッと拳を握りしめて、ゆっくりと歩いてきた。


「あなたが、本当にポールに勝てると思ってるの?」


 ジャックが肩をすくめて言った。


「当たり前だろ?」

「あなたには聞いてないわ!」


 レーナは震えた弱々しい声で言った。


「……お願いだから、少し黙って」


 ジャックは両手を上げて言った。


「はいはい。わかりましたよ」


 レーナはジャックを一瞬睨んで、すぐに目をそらして俺を見た。


「ポールは、スリーサイズの黒燕を使うのよ。それに天術も剣もすごく上手い」

「俺にわざわざお友だちの自慢をしにきたのか?」

「違うわよ! 私はただ、心配してるの……」


 俺は少しむっとしてぶっきらぼうに言った。


「そんなの余計なお世話だって」

「心配したらいけないの? わかってよ! 私は、私は……」


 レーナは目に涙を溜めた。


「あなたの仲間じゃないけど、友達でしょ? そりゃ、今は少し複雑になってるけど。でも……」

「レーナ……」


 自分でも不思議なくらい自然と言葉が出そうになった。何を? わからない。俺が何を言おうとしたのか自分でもわからなかったけど、なんとなく言ってはいけない気がして、俺はぐっと言葉を飲みこんだ。


「俺は、悪いけど……。ポールに絶対勝てるから。お前の心配なんていらない」

「だって、あんな大金。負けたら」

「負けないって」

「な、なら! 私もショートに」

「それは認められねーな」


 財布を取り出そうとするレーナの手を、ジャックが掴んだ。


「信ずる者にのみ勝利のマネーは与えられる。お前はあくまでもポールが勝つと思ってんだろ? だったらその金懐に収めるか、ポールに賭けて大人しく座っとけ」

 

 レーナは悔しそうな顔で何かを言いたそうに口をパクパクさせて、やがてジャックを睨んで観覧席に入っていた。


「──頑張って」


 と、言い残して。


「さっ、そろそろ行かないと出場停止になっちまうぞ」


 ジャックとチェイミーが、笑顔で俺を見た。俺は力強く頷いて言った。


「行ってくる」


 選手控室には、すでに俺以外の選手が大勢いた。全部で三十一人。

 上着を脱いでジャージになり、剣を軽く振っていると、ポールが近づいてきた。


「今日はよろしく。負けるつもりはないよ」


 差し出された手を大人しく握って、俺は黙って頷いた。

 ポールが離れると、その様子を見ていた男が睨みながら近づいてきた。どこかで見た顔……最初にポール賭けた男だ。


「よう、逃げずにきたな。まぁ、せいぜい俺に金でも積んでくれよ」

「あんたも出場者だったんだ。へー」


 俺がからかうように笑うと、男は激昂して言った。


「何がおかしい?」

「別に。……ただ、あくまでポール頼りなんだなと。出場するくせに、自分が一番になる気はまるでない。早々に諦めて、やることは生意気な一年生いびり。そんなんだから完走することすらできないんだよ」

「なんだと!」

「脱落した後、医務室のモニターでじっくり眺めてろ。俺がポールに勝つところを」

「すみませーん」


 男が俺に掴みかかりそうになったところで、控室のドアがノックされて、誘導員が入ってきた。


「そろそろ始まりますので、皆さんはスタート地点への移動を」

「わかりました」


 ポールが代表して答えた。

 男は俺から「ふん!」と言って手を離した。

 俺は乱れた服を直して、控室を出た。空は快晴。最高の試合日和だ。

 ポールが競技場内に入った。観覧席からは大歓声の嵐。それに続いて他の選手も入っていき、俺は一番最後。


「素晴らしいレースを期待しています」


 多分、スタートの合図をかけるんであろうグアルディーが、形式的にそう言った。

 俺たちは横一列に並ぶ。皆んながペットを呼んだ。ポールはスリーサイズの黒燕で結構でかい。俺のペットはジャックの犬、ケル。

 俺はケルの上に乗った。


『さぁて、今回のTWA一番の見どころと言ってもいいビッグイベント! 天才ポール対落ちこぼれショート! 実況解説は、ニュースルクス五年生。このマーク・ガーナーでお送りします!』


 グアルディーが腕を真っ直ぐ伸ばした。


「レース……」


 マークが言った。


『今、グアルディー先生が高らかと腕を上げました。そしてその腕を──』


 ピストルの音、グアルディーの開始の掛け声、マークのセリフ。全てが同時に起こった。

 その瞬間、ケルが勢いよく地面を蹴った。


 レースが、ついに始まる。




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