涙した女
区切りが見つからず長いです。
一週間前。作戦会議をしたその日、ラビリンスの秘密基地でジャックは言った。
「俺たちとポールが勝負するとなって、それに対しての互いの全校生徒の信頼度の割合は、ポールに99.9%──俺たちに0.1%だ」
「どういうことだ?」
ジャックの代わりにチェイミーが答える。
「つまり、私たちを支持、というか勝つと本気で信じてるのは、全校生徒の0.1パーセント程度しかいないってこと」
「お前が大英雄の息子だから〜とか、大広間での暴走があるから〜とかで、多少なりとも勝つかもって思ってるやつはあるかもしれねぇけど、それはあくまで可能性の話。絶対に勝てるって本気で信じてるのはまずいないってことだ。この千人超えの学校にも、一人いるかもしれないってレベルなんだ」
ジャックは呑気にジュースを飲みながらそう言った。
「で、それが何なんだよ」
「要するにだな。俺たちはTWA本番までにこの割合を九対一に──つまり、およそ百人が俺たちを支持してくれるようにしなくちゃいけないんだ」
「けど、支持率ってそんなに関係あるのか?」
「大ありだよ。ポールへの期待はできるだけ煽った方が、ポールへのプレッシャーはできるだけ重くした方が、俺たちが勝ったときの反動が大きい」
俺は首を傾げた。
「だったら、俺たちの支持率はできるだけ低い方がいいじゃん」
「いいや。それは違うぜ。いきすぎた集団心理は当たり前に変わる。勝って当たり前で緊張も何もない。百人が俺たちを支持してみろ。残りの九百人は対抗心を燃やすだろ。『そんなバカがあるか!』って。より自信満々にな」
「たしかにそうね」
チェイミーが言った。
「たとえばそれが五十人程度なら、ただの笑い者。言わば対戦前の余興みたいな扱いになるけど、全体の一割となると、あっちもただ笑うだけじゃいられない。必死に論破をしたり、叩いたりする。かと言って多すぎるわけでもない。一番理想的と言うか、絶妙な数ね」
「だろ? そんな中でお前が勝ってみろ!」
ジャックはニヤリと笑った。
「ポールだけじゃない。支持してたやつらも悔しさで顔をくしゃくしゃにするぜ」
「けど、どのくらい支持してるかなんてどうやってわかるんだ?」
「それなら簡単だ。支持してるやつらはファンにしちまえばいい。何々があれだから勝てるとか論理的な支持じゃなくて、ショートならやってくれるって考え方だ。しかもファンにすりゃ、周りとの差を相まって反応でかなりわかりやすい」
「増やす方法は?」
「ファンにするなら簡単だ。どんなところにも一割くらいは変なやつがいるもんだ。とにかく目立つんだ。ただ、今までみたく悪目立ちするじゃダメだ。言うなれば、良い悪目立ち」
「良い悪目立ち?」
「おう。つまり、怖くて不良で、落ちこぼれの出来損ないじゃなくて、とにかく愉快で神出鬼没、掴みどころのないバカやろうどもって思わせる」
「それって──」
俺の言葉を途中でチェイミーが奪って言った。
「──まるで、ジェット・アルマスみたい」
「そうだ!」
ジャックは大興奮して言った。
「むしろそれ以上! 俺たちはジェットですらできなかったことをやるんだぜ! それで考えた。試験結果の返却日に、ある作戦を──」
……
…………
………………
そして一週間後。大広間の上をフェニックスが飛び回った夜の翌日だ。
昼休み、いつも通り三人で廊下を歩く。
「いやぁ、傑作だぜ。あのファイントの顔!」
そう言って、ジャックがまた笑い始めた。つられるように俺もチェイミーも思い出し笑いをする。
さっきの『幻術学』の授業で、俺たちはある悪戯を仕掛けた。
手筈はこうだ。俺がいつも通りヘマをやらかして、ファイントに怒られるために前に出る。そのときに、こけたフリをして足下に転がる。
ファイントは当然優しくないから、こけた俺に手を差し伸べるなんて優しいことはせず貶す。多分頭を踏むマネくらいはするだろう。俺はそれに反抗するフリをして、足の裏に装置を仕込んだ。
ジャックが一週間かけて作った装置で、強く押されるとオナラの音がする。これのせいで、ファイントは一歩歩く度にオナラの音が教室中に響いて皆んなの笑い者だ。
ファイントは最後までその原因に気づかず、最終的に顔を真っ赤にして怒った。
俺たち三人は一番後ろで笑いを堪えるので大変だった。
「やぁショート」
制服と見たことない顔からして、ラファエル寮の上級生男子二人組。背丈は俺たちと変わらないから、二年か三年。
二人組は超笑顔で俺たちに話しかけてきた。
「僕たち感激しちゃってさ。君たちのファンなんだ! 昨日の花火も、後輩に聞いた授業中のこととか」
「ありがとう」
二人が差し出した手を自然と握る。チェイミーだけは本を読んでて無視してるけど。
「俺たち応援してるから! これからも頑張って!」
「おーう。サンキューな!」
ジャックは頭の上でぶんぶんと手を振って見送った。そして俺を見る。
「な? ファンができてきただろ?」
たしかに。こうやって誰かに応援されるのはもう三回目。昨日まではなかったのに、よほど花火に感激したらしい。
今日の昼食は大広間で食べる。ジャック曰く、「ファンがどれだけいるかのチェックと存在アピールのため」らしい。
俺とチェイミーは、手応えを感じてウキウキでカレーを食べるけど、ジャックだけは納得がいかないって感じで唸っている。
「どうかした?」
「ファンが少なすぎる。俺たちと計画じゃ、期末試験結果の返却日時点で5%。当日で10%って予定だろ?」
チェイミーもスプーンを止めて頷いた。
「たしかにそうね。これじゃあ全然……」
「そうか? まだ一週間あるし、今日だって結構」
「そりゃ、ファンはたしかにできたさ。けど、相手はあのポールだ。はっきり言って超無謀。俺たちがポールに勝つって信じてるのは、ファンってより言うなれば信者だ。さっき応援してくれた三組の中にどれだけいた? あの作戦を成功させるには、明らかな確信が必要なんだ」
そう言って、ジャックは頭を悩ませる。
「だったら、俺がヘルェルに乗るってことを教えればいいんじゃないか」
ヘルェルに乗ることは計画を知ってるリゼフ以外は先生にも内緒にしてるから、夜三人でこっそり特訓してる。
「俺たちが堂々と特訓すれば済む話だ。盛り上がりも大事だけど、失敗するよりマシだろ。ポールはたしかに強いしペットはスリーサイズの黒燕だけど、ヘルェルはスリーサイズの白凰。おまけに王子だ。たしかにヘルェルは子供だけど、十分勝つ可能性があるだろ」
「バカ。可能性が高すぎるんだよ。お前が白凰の王子に乗れるなんて知ったら、最悪支持率は五分五分だ。あの計画も成功しないし、大番狂わせがない。何より、チェイミーの考えた必勝法が破綻する」
俺たちはほとんど同時にため息をついた。
そもそも相手は天才ポールだ。落ちこぼれの一年生が勝つなんてまず無理。期待してくれるやつはいるけど確信めいたものを持ってるやつなんていない。
「問題はそれだけじゃないわ」
俺とジャックは首を傾げてチェイミーを見た。
「期末試験のこと。実技は三人とも大丈夫だと思うけど、筆記が……。配点は当然筆記の方が高いから、今のままじゃ二十ならまだしもトップ五は無理ね」
「まぁたしかに、寝る時間を引けば一日の半分以上は授業中なわけだし、それを丸々サボるのはキツいか」
俺は言った。
「だったら授業中も真面目に勉強するのか? けどそれじゃあ、今度はファンが集まらない」
ジャックとチェイミーも続いた。
「あぁ。相手はあのポール。俺たちがちょっとやそっと真面目になったくらいじゃ誰も信じちゃくれない。支持率を上げたいなら、正攻法じゃまず無理なんだよな」
「おまけに悪戯準備ってことで、放課後の勉強時間も削られてるものね」
ジャックが俺を横目で見て言った。
「リゼフに答えを教えてもらうのは?」
「それは無理。グアルディーにキツく言われてるみたい」
「なら、やっぱり寝る時間を削るしかないか。ドラゴンシャドーを食えば、一週間くらい徹夜でもなんとかなるだろ」
「じゃあ、後の問題は信者集めね」
「俺が思い浮かぶ中じゃ、一人しかいないしなぁ」
ジャックがそう言うと、チェイミーも頷いた。どうやらわかってないのは俺だけらしい。
「おい、それって誰のことだよ?」
ジャックもチェイミーも「はぁ?」って感じで俺を見た。
「な、なんだよ……」
バシッ!
突然、誰かに背中を叩かれた。背中をさすりながら文句でも言ってやろうと振り返った。
「やっ、少年少女。何か考えこんでるじゃないか」
ソニアだ。鋭い目とは不似合いな元気いっぱいのテンション。
俺は顔が熱くなるのを感じた。だって、俺とソニアは初めてキスをした者同士……。
昨日も一昨日も話したけど、未だにソニアと話すときはドキドキする。ソニアもいつもよりテンションが高いし、ちょっと頬が熱くなるから、多分俺と一緒なんだ。
ジャックは頬杖をついて俺を見た。
「ほらな、噂をすれば」
「えっ、それって」
「お前を信じて応援するのなんて、ソニアくらいだろ。相思相愛なんだし」
「違うって」
ジャックはいつもこうして俺をイジる。
「あれはそういうじゃなくて。それに俺はレイチェルが」
「それこそ諦めろよ。あいつはポールにぞっこんだぞ」
ジャックが指を差した。ノーマンたちと楽しく談笑してるポールに、レイチェルが懸命に話しかけている。
「それで、何を悩んでるんだ?」
ソニアが身を乗り出してニッコリ笑った。
「君たち、昨日から調子がいいじゃないか。五年生でも結構有名だよ? 愉快なやつって。まぁそれでも悪い評判の方が大きいけど。それでも、お姉さん少しジェラシー感じちゃうな」
「あはは……。まぁ色々とね」
ソニアは寂しそうで顔で言った。
「ふーん。やっぱり私じゃ力不足なのか……」
「いや、別にそういうじゃ」
ソニアは吹き出した。
「冗談だよ。そんなに焦った顔しなくても」
すぐこれだ。ソニアは俺をからかって楽しんでばかり。けど、俺もそんなにバカじゃない。ソニアが寂しそうにしてたのは、多分少しくらい本音が混ざってるはずだ。ていっても、計画を話すわけにはいかないし……。
「ソニアってさ、頭よかったりする?」
ソニアはふふんっと胸を張った。
「当然! 一個下にポール君やメアちゃん、一年生には君たちがいるから話題にならないけどね。私は五年生の中じゃ、試験は毎回一位さ」
「えっ、マジ?」
ジャックが驚いて立ち上がり、大声を上げた。皆んながいっせいに俺たちを見る。ジャックは軽くお辞儀をして座り、今度は小声で言った。
「それなら協力してくれ」
「協力? ショートに? もちろんだよ」
「俺たちに、だけどな」
ジャックがからかうような目で俺を見た。俺は照れを隠すように話を続けた。
「俺たち、三人ともトップ五に入りたいんだ」
「へぇ、君たちが? チェイミーちゃんはこっちにも噂が届くくらいの秀才って有名だからわかるけど、二人はそんなに真面目じゃなかったと思うけど」
「もちろん、俺たち真面目は好きじゃないんだけどね。ある目的のために仕方ないんだ」
ソニアはふむふむ頷いて言った。
「そっかそっかー。でも、それなら私はかなり力になれると思うよ」
「どういうこと?」
チェイミーが少し不満げに言った。結構負けず嫌いらしい。
「あはは。そんなに怒らないでって。あのね、テスト問題はある程度固定されてるんだよ。文章とか問題の出し方、具体的な数値に多少の差異はあるけど、基本は同じ。どの問題を出すかは、毎年少しずつ変えるだけだから、私の代のテストでも、半分くらい同じ問題が出ると思う。私はテストもノートも取ってるから、勉強範囲はかなり絞られるんじゃないかな?」
俺たちは歓声を上げた。
「それ最高! 助かるぜ。俺たち三人ともノートすら取ってないし。早速くれよ」
「任せて。じゃあすぐに取りに……、取りに……?」
「どうかした?」
「いや、家にあるから……」
ソニアは頭をかいて「あはははは」と笑った。たしかに、そんな荷物になる物を毎年持ってくるわけがない。
「どうしよっかー。ママに持って来て──はもらえないし。私が取りにいくわけにも……」
「それだ!」
俺とジャックが同時に言って、ソニアの体がビクッとはねる。
「リゼフ!」
火花が散って、目の前にリゼフが現れる。
「ちょっと頼みが」
「なんなりと」
「ソニアの家に行って、今度の期末試験と同じ範囲の問題とノートを取ってきてくれない?」
「君は……」
リゼフはため息をついた。
「人使いが荒いですね、まったく」
「ごめんごめん。けどさ、頼むよ」
「もちろん。君の頼みなら私は断りませんよ」
「あっ、それなら私がママに玄関前に置いとくように言っとくよ」
「えぇ、よろしくお願いします」
さすがはリゼフ。やるとなったら早い。颯爽と大広間を出て行った。
その背中を見送って、ジャックはソニアに言った。
「なぁ、ソニアはショートのことをどう思ってる?」
「どう、とは?」
平然と首を傾げたソニア。ジャックはその反応に満足がいかなかったのか、「ちぇっ」と小さく舌打ちした。
「だから、どんなイメージとか。例えば俺たちがポールと勝負して、俺が立案。チェイミーがその具体的建策。そしてショートが実行するとして勝てると思うか?」
「うん。当たり前じゃん」
ソニアはほとんど即答した。
「ほう。そりゃなんで?」
「まず君」
ソニアはジャックを指でさした。
「君の悪知恵は目を見張るものがある。そのずる賢さもね。そして君」
次にチェイミーを指す。
「チェイミーちゃんの秀才っぷりは有名。君が作戦を立てましたなんて言ったら相手は恐怖だよ」
最後に、ソニアは俺を指した。
「そして君。ショートだからだよ。ショートだから勝てる」
「いや、そういうイチャイチャはいいって」
ジャックが茶化すと、ソニアは首を振った。
「だから、違くて。なんて言うのかなぁ……、たしかに、能力だけを数値化したらショートがポール君に勝てるところなんてほとんどないよ? でも、討伐会のこととかで君を見て、私は君の、数値化じゃ測れない〝何か〟に触れたんだよ。ジャック君やチェイミーちゃんもそうでしょ? それは多分、私が君たちの友達だからだよ」
「うーん。言いたいことはわかったし、共感もできるが……」
ジャックはしばらく考えてから言った。
「……なら、初めて会ったときはどう思った?」
「それは前にも言ったでしょ? 優しいって」
「もっとなんかないのか?」
「あっ、でも初めから興味はあったんだ。だってほら、ジェット・アルマスの息子だし」
ジャックははっとした表情になって、俺たちのテーブルを見た。俺もチェイミーも当然昼ごはんは食べ終わっている。
「よし! ありがとうな、ソニア。行くぞ」
ジャックの後を追って俺とチェイミーも大広間を出た。
廊下を早足で歩くジャックの横に並んで聞く。
「おい、どういうことだよ?」
「これまでの一週間を伏線に使うんだ。俺たちの存在──SJC悪戯同盟ってのは学校中に十分知れ渡った。極め付きは昨日の花火。あれで俺たちの存在のアピールもできたし、ただの落ちこぼれの寄せ集めじゃないってこともわかったはずだ」
「それがなんだよ?」
「自己紹介と同じだよ。名前を言った次は、どんな人物かを示す。好きなものとか、得意なこととか。俺たちは今、名前を言った段階。次は自分たちの得意を見せる」
「あぁ、それでソニアにあんな質問」
「ポールはすごいけど、全部が負けてるわけじゃない。あっちに味方は多いけど、仲間はいない。対して俺たちは三人で戦う。ポール相手でも、俺たち三人が力を合わせればなんとかなるかもって思わせるんだ」
「チェイミーは頭脳、ジャックは悪知恵。……ちょっと待て。俺は?」
「血だよ。ジェット・アルマスの息子。これだけで無条件にすごい説得力を持ってるし、使わない手はない」
「けど、どうやってそれをアピールするの?」
チェイミーが言った。
「今までの悪戯も、三人の得意を見せるっていう目的はあったはずよ?」
「まぁな。けどそれは力を合わせてってことだろ? 個人個人で改めて見せるんだ。急遽だけどな、明後日の晩。夕ご飯後に大広間でクイズ大会、頭脳王を開く。賞金は百シック。それにチェイミーが参加するんだ。賞金欲しさに上級生も参加してくるはずだろ? そこを押し退けてお前が優勝すれば、頭の良さがより際立つ。例えば、ポールよりも頭がよくて、いい作戦を思いつくってな」
「賞金はどこから出すのよ?」
百シックは人間界日本単位で百万円。大金だ。
ジャックはポケットからカードを取り出して見せた。
「俺の家は放任主義で、通帳カードは渡されてるから、百万くらいなら出せる」
「問題は誰が出すの?」
「その辺にいる先生に頼めばいいし。明日の夕食時間にでも頭脳王の宣伝して、そのついでに誰か適当な人に依頼すればいい。自信は?」
「わからない。問題の傾向がわからないし。授業内容は三年生までしかまだ覚えてないから、それ以上先の範囲となると」
「だから明後日なんだよ。お前は今から頭脳王まで、図書室にこもってとにかく本を読み漁れ」
「なるほど。けどそれじゃあ、二人はどうするの?」
「どうせしばらく授業中の悪戯は中止だ。俺は、そうだな……。例えば、クラフトたちをカンカンに怒らせて鬼ごっこするってのは? 学校中にトラップを張り巡らせてボコボコにする。しばらくそうやって遊んだ後、皆んなにこう提案するんだ。俺を捕まえたら賞金やるぞってな」
「当然チャレンジャーはたくさん出るわね」
チェイミーが乗った。
「仮にそれを全部、あの手この手で返り討ちにできれば……」
「あぁ。俺の悪知恵ってのはかなり広まるし、俺の策略にはポールも敵わないんじゃないかって思うやつもほんの少しだけど出てくる」
自信満々にそう言うジャックに、俺は遠慮がちに言った。
「じゃあ、俺は何をすればいいんだ?」
「特訓だよ。期末試験実技に向けての猛特訓。元々俺たちの計画じゃ、ポールの油断を誘うためにもショートの実技は全部、天術が使えないフリして後から受けるつもりだったろ。お前が天術が使えないままならポールだけじゃない、皆んなも油断するし、当日の盛り上がりも倍増する」
これが俺が天術を使っちゃいけない理由だ。秘密基地でジャックが提案して、俺たち全員が賛成した。
「けど、やっぱり天術が使えるってことくらいは示唆しとかないと、支持率は増えないし。チェイミーの作戦さえバレなきゃいいわけだから、ポールの警戒先をミスリードするってのも十分可能だ」
「でもいいのか? お前が言ってただろ? 変に天術を使うと逆に支持率が上がらないって」
「あぁ。お前が天術の上手さをアピールすれば、周りもショートとポールを天術の上手さで比べようとする。お前が頑張って天術を覚えた努力系って思わせて見ろ。天才型のポールを誰だって支持するぞ。だからお前は、天術を使えないフリをして皆んなの意識を天術からそらさなきゃいけなかったんだ。底を見せずに未知の存在とした方がよほど脅威だ。『あの闇の中に眠ってるのは一体なんだろう?』ってな」
「だったら──」
「いいや。たしかに半端にやればそうだけど、ちょっと演技すれば簡単に未知の存在に見せれる。こっちは頑張って天術を使えるようにしたんじゃなくて隠してただけ。余裕綽々ですよ、ってな」
「そんなに上手くいくかしら?」
どこから取りだしたのか、早速本を読みながらチェイミーが言った。
「そんな演技をしたとして、周りには十中八九強がりにしか見えないし、仮に信じたとしても、やっぱりポールと比べられるわ」
「もちろん。演技一つじゃそうなるのが関の山だろうな。なぁ、お前が周りの生徒その一として、期末試験でショートが圧倒的な力を見せてきたら、どんな目的のためにって思う?」
チェイミーは顎に手を当てて、考えながらゆっくり言った。
「そうね……試験で高得点を狙ってる、と思うかな。もしくは……私たちがポールと戦おうとしているのを知ったら、ポールより強いって証明しようと頑張ってるって思うかな」
「そう。俺たちの狙いは全部バレる。けどよ、例えばマジックだってそうさ。客の前で堂々とタネを仕掛けてるのにバレないのは隠すのが、客から目線をそらせるのが上手いから」
チェイミーがはっとした。
「別の目的を擁立するってこと?」
「大正解」
「けど何を? 試験で頑張る理由なんて高得点を狙う以外」
「普通はな。けど俺たちにはある。ちょうどいい動機が」
「動機?」
「恨みがあるんだよ。散々バカにされた恨みが」
「それってまさか!」
「そう。妨害だ。他の連中を圧倒的な力で妨害する。こっちは余裕ですって演技付きでな。そうすりゃ、あっちも試験の高得点は妨害のついでだし、ポールに宣戦布告しても、ただの愉快犯くらいにしか思われない。そんなやつの底なんて誰も知りたくないし、わかんないだろ?」
「なるほど……」
「だから、特訓だ。俺たち三人それぞれが、自分の得意を見せる。どのみち今から一週間は眠れねーぞ。一番大変なのはショートだけど……」
ジャックが確認するような目で俺を見た。俺の答えは決まっている。
「楽勝だよ」
「はははっ、さすがだ。筆記はソニアのおかげでなんとかなる。やるぞ? 何がなんでも、俺たちは最高の舞台でポールに勝つ!」
それから一週間、校内はジャックとチェイミーの噂でもちきりだった。
結果的に言えば、二人の得意を見せるっていう目論見は大成功した。
頭脳王は思ったよりも出場者が殺到して、四日かけてトーナメント形式で行われた。チェイミーは予選本戦を見事に勝ち進み、結果、全問正解で見事優勝した。決勝戦では座天使──天使の階級第三位──試験級が出たけど、それすらも問題を言い終わる前に答えきったらしい。
今では、学校始まって以来の秀才って呼ばれてる。
ジャックの方も狙い通り、クラフトと取り巻き三人をこてんぱんにした後、鬼ごっこを始めた。賞金欲しさにこぞってジャックを捕まえようとするけど、攻撃したところを上手く先生に誘導させて怒らせたり、色んなトラップ──落とし穴で泥まみれにしたり、縄で天井に吊るしたり、蜜を塗って蜂に追いかけ回されたり、ワイヤーで切り傷だらけ、感電、火傷、霜焼け、etc……──によって、参加者はとにかく散々な目にあわされたらしい。医務室には負傷者が続出して、月当たりの負傷者数は過去最高。
高らかと笑っては人を騙すその姿から、スマイリングセットラップ、なんて言われてる。
筆記試験勉強の方も、ソニアからもらった問題とノートのおかげで効率的よく進んだ。ほとんどの授業が天術の練習だから、サボってとにかく勉強。時間もこれまで以上に確保できる。
そして皆んなが寝静まった頃、俺の特訓は始まる。リゼフと天術の撃ち合いをしてたり、周りを妨害するための手筈とその練習。ゲログンととにかく剣で戦って経験値を皆んなの二倍も三倍も稼ぐ。他にも色々。
ゲログンもグアルディーも寝た後、リゼフも入れて四人でヘルェルにレースの特訓も忘れなかった。
俺たち三人は、ほとんど寝ずにドラゴンシャドーだけで踏ん張った。
そして、試験当日──
試験は筆記に二日、実技に一日かけて行われる。
まずは筆記試験一時間目。『天界動物学』。
俺は前にかけてある時計を見た。試験時間は一時間。今は二十五分経っている。
次に机を見た。空白だらけの紙はすっかり黒くなっている。
俺は堂々と手を上げて、できるだけおどけていった。
「先生〜!」
グアルディーは俺を睨みながら静かに言った。
「どうかしましたか?」
「あーっと、ちょっとトイレ行ってもいいですかね?」
皆んなが少しクスクス笑った。グアルディーは疲れた様子でため息をついた。
「もう小さな子供ではないのですよ」
グアルディーが俺のそばに立った。
「残念ですが、途中退室は認められていません。その様子からして大して切羽も詰まってないでしょう。くだらないことを言ってないで早く問題の続きを──」
「だったら、先に提出さえすれば行ってもいいですよね?」
俺は解答用紙を渡した。グアルディーは怪訝な表情をする。
「おや、TWA出場は諦めるのですか?」
「まさか。よく見てください」
グアルディーは紙を見つめるとしばらくして目を見開いた。
「全て解けている……」
俺はわざとらしく大きな声で言った。
「あまりにも簡単だったんで。どうせ全部正解なんですから、いいですよね?」
皆んながざわざわと騒ぎ出す。
グアルディーはため息をついてしぶしぶ頷いた。
「勝手にしなさい」
俺はゆうゆうとした態度で立ち上がって、教室の真ん中を堂々と歩く。ジャックの横を通るとき顔をチラリをチラリと見ると、俺を見てニヤリと笑っていた。
全て計画通り。
これもまた、ジャックが話し合いの中で提案したことだ。
……
…………
………………
「『天界動物学』を重点的に?」
「あぁ」
ジャックがオレンジジュースを飲みながら言った。
「筆記試験の一番最初だろ? 半分の時間で満点を取れるくらいに重点的に勉強するんだ。そのためなら他のは多少低くてもいい。どうせ実技で取り返せるしな」
「けど、それが得意を見せることと何か関係あるのか?」
「大ありだよ。俺たちはとにかく、試験を真剣に受けてるって思われたらダメなんだ。とはいえ、実技で周りの妨害するようなやつが筆記で真面目に机を見つめてみろ。思惑はバレるどころか、他の者を蹴落としていい結果をもらうため、なんて思われる」
「だったら、試験を半分の時間で解いちまったらそれこそ」
「その対策はある。試験を半分の時間で解いて、人より先に離脱する。トイレ行きたいとか理由をつけてな。ここで重要なのは、できるだけふざけてみせること。つまんねぇって態度を見せるんだ。そうすりゃ周りは、試験を半分で解いたことに対する驚きと、あくまでショートは試験なんてどうでもいいって思わせるんだ」
「けど、それって全部を半分で解かなきゃいけねーじゃねぇか。チェイミーならまだしも俺じゃ一教科が限界だぞ」
「そのために一番最初である『天界動物学』でやるんだろうが。あとの試験は適当に演技しながら解いてりゃそれでいい。周りが勝手に思い込んでくれるんだからな。あいつはやろうと思えば試験を半分で解けるけど、結果に興味がないからゆっくりのんきに解いてるってな」
………………
…………
……
目論見はまたも成功。
皆んな簡単に俺に騙されて、風の噂じゃ俺はチェイミーと並ぶくらいの秀才らしい。けどそれでいて、底が見えない。試験結果に執着がなく、あくまでそれよりもっと先の何かを狙ってるって思われてる。
そこでジャックのトドメの一撃。大英雄ジェット・アルマスも、万年一位でありながらそれに執着がなく、自分が楽しむことだけを考えていた、なんて話をこっそり広めた。
俺がジェットの息子であるという事実が、今一度皆んなの心に深く突き刺さった。
そして実技試験。
まずは筆記と同じ『天界動物学』から。
試験内容は、ウリエルの森に置いてあるボールをペットに取りに行かせるというもの。離れた場所からでもきちんとコミュニケーションを取って、より優れた指示を出し操る。ボールは無数に置いてあるから、一時間で取れるだけ取った方が得点も大きくなるって寸法だ。
試験が始まった。
ジャックもチェイミーも、練習の成果もあって順調に集めている。ソニアの話じゃ、ボール二十個で最高得点らしい。
十五分経って、俺は口笛を吹いた。
この日のこのときのために集めた鳥五百羽。いっせいに森の中に入って、五分くらい経っていっせいに出てくる。鳥たちの影で空が曇る。俺の前に百ほどのボールが積み重ねられた。それを何度か続けると、十分ほどの時間を残して、俺だけですっかり八割集めてしまった。
グアルディーもノーマンもレーナも、他のやつらも、皆んな驚きと非難の入り混じった顔で俺を見た。
「お、おい!」
「なにか?」
「ふざけんなよ! 一人でそんな独り占め……」
「知るかよ。俺たちより早く集められなかったお前らが悪いんだろ」
声を張り上げた男を見ると、そいつはまだ五個しか集められていなかった。レーナですら十五個。
ジャックもチェイミーも、俺の手に渡る前に鳥でボールをよこしたからきっちり二十個集めている。つまり、俺たち三人の独占勝ちだ。
俺はグアルディーを見て言った。
「こんなだけ集めたんだから、当然ボーナス点は貰えますよね?」
「どうやら私は、上限を設けるべきだったようですね。……いいですよ。アルマスは点数をかける二倍しましょう」
「先生! 俺たちは……」
「アルマスの言うとおり、集められなかったのがあなたたちですからね……。一度決めた以上、ボーナスを与えることはあっても判断を緩くするつもりはありません」
深刻な顔をしてる横で、俺たちはガッツポーズやらハイタッチをして喜んだ。
次は『基本天術学』。
俺は考えるより感じる派ってやつらが、筆記の遅れを取り戻そうとやる気に満ち溢れてる。
そしてほとんどのやつらが、俺を見てニヤニヤ笑ってる。理由は簡単。俺は天術が使えない。俺は吹き出しそうになるのを必死に抑えた。
五人ずつ前に出て、五つの天術を順番に使う。
ジャックとチェイミーも順調にクリアして、俺の番が来た。
「まずは出水せよ、から頼むよ」
俺以外の四人は掌を上に向けて、小さな噴水みたいに水を出した。勢いよく噴き出すやつもいれば、チロチロとしか出ないやつもいる。
ディーノが俺を哀れむような目で見た。
「アルマス……。安心してくれ! 君は事情が事情だから──」
「先生」
俺はニヤッと笑って唱えた。
「ネロ!」
掌から高さ十センチくらいの水柱が噴き出した。
「渦潮!」
皆んなから出た水が、掌の上で渦を巻いた。そして最後に手を向けた。
「水塊!」
上空に水が溜まって、四つのバスケットボールくらいの玉ができる。俺はそれを四人に落とした。
四人がびしょ濡れの顔で俺を睨んで、ディーノが腹を抱えて笑い出した。
「最高だよ! 君ってやつは、いつの間にこんなに使えるようになったんだい? ビッグサプライズじゃないか!」
「それより先生」
俺は四人を見ながら言った。
「今、水を出したままでいられてるのは俺だけみたいですね」
「ん? ……ふむ。たしかにそうだね……」
ディーノは四人を見て、最後に俺を見る。そして笑った。
「いや、いいだろう! 判断は後でしておく。今はこの興奮に水をさしたくない。ショート、続けてくれ! 次はそうだな……君の父の支配元素。風なんてどうだい? 呪文は風や吹け」
「ウォンディア!」
四人が同時に唱えて前方に向けて風を吹かせた。
「ウォンディア」
俺はそれとは逆向き──つまり前から俺たちに向かって後ろに広範囲に風を吹かせた。
四人の風は俺のと相殺して無風になって、俺の髪や服だけが風になびいた。
四人は抵抗してさらに風を吹かせた。俺は腕を振って、風をさらに強くした。威力は俺の方が断然強い。今度は俺だけじゃなくて、四人の体も後ろになびいた。
俺は先生を見て笑った。
「どうやら、また俺だけみたいですね」
「あははははっ、本当に面白いな。次は石を作ってくれ。大体直径五センチサイズで頼むよ」
「岩築!」
俺は誰より早く呪文を唱えた。五つの石が五人それぞれの前に落ちる。
「皆んなの分も作っておきました」
「いいだろう! 次は石を操り、頭上で五回転させるんだ。右回りか左回りかは君たちの得意な方でいいよ」
「物質よ動け!」
四人が石を浮かせた。今度は俺に出し抜けさせないようにしている。
俺は意識を力に集中させた。支配元素の扱いも、特訓でだいぶ上手くなった。俺は石だけじゃない、机も椅子も、教室にある物質全てを宙に浮かせた。もちろん、四人が浮かせた石も操った。
長くはもたない。俺は雄叫びを上げて、頭上で大気ごと渦を巻かせた。五十周ほどしたところで、力を止めて教室の真ん中に全部落とした。
今やディーノやジャック、チェイミー以外は恐怖でビクビクしている。
「すみません。勘違いで十倍で回しちゃいました」
ディーノは笑いながら答える。
「勘違い? まったく、面白いことを言うね君は! 次で最後。点火せよだ!」
俺は小声で言った。
「力を借りるぞフェニーチャー」
『勝手にしろ』
俺は下から上に、払うように腕を振った。
床から大きな炎の柱が出て、天井を突き抜けた。熱風で近くにいた一人が尻もちをついた。
しばらくして炎を止める。天井は貫通して上の階が見えている。
「どうですか?」
先生は笑うのをやめて、あっけに取られた顔で俺を見た。
「君は、恐ろしいな……。これほどまでとは。僕は感激だよ。君を教え導く権利を得たことにね! 大したやつだ!」
「せ、先生待ってください! 俺たちがまだ」
四人が声を上げた。
「まぁ待ってくれ。少し余韻を楽しみたい。君たちはもう少し後でもいいかな? ショートは下がっていいよ」
「はい」
俺は言われたとおりにその場から離れてジャックたちの元に向かった。
すれ違いざまレーナが俺の体を掴んだ。めちゃめちゃ睨んでいる。
「今の、フェニーチャーの力を使ったでしょ?」
俺は肩をすくめた。
「さぁ? なんのこと?」
俺は腕を解いて進んだ。ジャックとチェイミーに、笑いながらハイタッチした。皆んなの驚いた顔。俺たちは興奮がおさまらなかった。
『幻覚学』。
ファイントがかけた幻術の世界から抜け出したら合格。点数は抜け出す速さで決まる。
俺たちはソニアからの情報を元に、十通りの幻覚を予想して、対策を立ててきた。そして今回、その予想は的中した。
どれだけ進んでも終わりのない真っ暗な闇。皆んなはそこから抜け出そうと四苦八苦している。俺たちは顔を見合わせて頷いた。
「幻視創観!」
三人同時に幻術を唱えた。幻術世界で幻覚の上塗り。より強力な幻覚で、破るのが困難になる。
真っ暗な闇から、景色が変わって光が差し込んだ。さっきまでと変わらない教室の中。幻術がとけたと思って何人か安堵の息を漏らした。けど、すぐにその異変に気づく。
ファイントの格好が変わっていた。真っ赤なドレスにハイヒール、口紅や付けまつげなんかの化粧で女装している。ファイントは胸元がよく見えるような、セクシーなポーズをとった。
俺たちは我慢の限界になっていっせいに吹き出した。
女装ファイントが投げキッスをした。笑いすぎてお腹が痛い。
俺とジャックとチェイミーは過呼吸気味になりながらなんとか唱えた。
「幻界開眼!」
俺たち三人は現実に戻ってくることができた。ファイントは当然普通の服を着て女装なんかしていない。
周りを見ると、目をつぶってゲラゲラ笑っているやつらばっかり。中には床に倒れてお腹を押さえてるやつもいる。
結局、俺たちを除けば、レーナや他数人しか幻術を解くことができなかった。
『戦闘天術学』。
課題は二つ。人間サイズの模型に対して『炸裂せよ』を放ち、何発で壊せるかで点数を決める。
もう一つは機械が放つ攻撃を『防御せよ』で守る。一回の術で何回分の攻撃を防げるかで点数を決める。
横並びで模型にいっせいに術を撃つ。
俺はジャックとチェイミーを見た。二人はすでに壊し終わっている。
「エクスプロバロン!」
金色の玉を無数に出現させて放った。教室の端から順番に模型が爆発して壊れていく。
ざわざわ騒ぎ出して、犯人探しを始めた。
「二十五体、全部一発です」
リゼフはニヤリと笑った。
「そのようですね。次は防御です」
これも簡単。ジャックとチェイミー以外に放たれる攻撃を俺が全部防ぐ。
皆んなは俺を怖い目で見た。当然だ。俺のせいで二人以外は点数が入らないんだから。けど、それと同時に俺を見る目が変わった。少なくとも、前みたくバカにした目じゃなく、警戒した目だ。これはつまり、俺の方が強くて危険って考えてるってことだ。
最後に『基本格闘学』。
内容は、トーナメント形式で一対一の剣勝負。もちろん天啓は纏った状態で。
寮ごとに分けてやるから、五回勝てば優勝だ。
俺の一回戦目はレイチェル。運がいいのか悪いのか。
ステージに登って、俺は剣を握った。ジャックが言ったことを思い出す。
『──これに関しては、妨害はしなくていい。その代わり、圧倒的な実力で優勝するんだ。瞬殺だぜ』
そんなこと、言われなくてもわかってる。
ゲログンが開始を告げた。
レイチェルの剣はサーベル。
レイチェルがフェンシングのように俺を鋭く突いた。俺はそれをかわして、剣の腹でレイチェルの剣を叩き落とした。そのまま剣を蹴り飛ばした。
あとは、丸腰になったレイチェルの首元に剣を突きつけるだけ。簡単に降参した。
二回戦目はリチャード・コックス。俺の剣より十センチは長いロングソードで、背も高い。
最初はリーチの差に防戦一方になったけど、ゲログンに比べれば速さも重さも大したことない。すぐに剣を弾いて床に押し倒し、鼻に切先を向けた。
ジャックもチェイミーも、特訓の成果もあって簡単に二回戦を突破した。
ジャックの三回戦はノーマン。少し苦戦したけど、ジャックがそのうち優位に立って、わずか数十秒で決着がついた。
チェイミーの三回戦はレーナ。チェイミーの武器は刃渡り三十センチのダガー。レーナの武器ははファルシオン。勝負は拮抗して、結構長い間戦ってたけど、最終的にはレーナが勝った。
俺も三回戦目勝ち抜き、四回戦。俺の相手はレーナで、ジャックの相手はミカエル寮一年一番の怪力、トレバー。
レーナは雄叫びを上げて俺に突進してきた。俺はすばやく剣を弾いて、お腹を蹴り飛ばした。すっ飛んで仰向けに倒れたレーナに飛びかかって、首に剣をつけた。
ジャック対トレバーも中々拮抗していた。分厚い筋肉から放たれる剣術は速いし重い。一方ジャックは二刀流のトリッキーな動きでトレバーを翻弄した。
勝負は十分以上続いて、結局ジャックの体力負けで終わった。
「あとは頼む」
「任せろ」
ステージから降りてくるジャックにそう託された。
しばらく休憩時間を入れて、俺とトレバーの決勝戦が始まった。ジャックとチェイミー以外は皆んなトレバーの応援。まぁ当然だけど。
トレバーはグレートソード。リーチも長いし、剣の質量も重い。
トレバーが剣を振り下ろした。俺は剣の腹でそれを受ける。
全身に衝撃が走った。少しでも気を抜くと押し潰れそうだ。俺は雄叫びを上げて押し返し、お腹を切りつけた。トレバーは後ろに飛び退いて避ける。中段で構えるトレバーを、剣で巻いて叩くけど、まるで効いてない様子で、強引に剣を振り切る。俺は横に転がって避けた。
「うおぉぉぉぉ!」
トレバーの猛攻。俺は受け流すのが精一杯で反撃できない。トレバーが俺のお腹を蹴り飛ばした。一瞬怯んだ隙に胴を打つ。咄嗟に剣で防いだけど、衝撃までは消せずに吹っ飛んだ。
体が本調子じゃない。ここに来て一週間連続の徹夜疲れと、今日の実技で積もった疲労がピークに達しているんだ。
これ以上無様なところを見せるわけにはいかない。トレバーの振り下ろしをかわして、剣を突き出した。横腹に刺さったけど浅い。俺は二、三、四撃目と追撃した。
やがて切先が手の甲に刺さって、トレバーは剣を落とした。俺は足を切りつけて動きを止め、胸に切先を少しだけ刺して当てた。
「こ、降参……」
トレバーは両手を挙げてそう言った。
ステージの外でジャックとチェイミーが手を叩いて歓声を上げた。皆んなは顔に悔しさを滲ませている。
俺はしめしめ、なんて考えながらゆっくりステージを降りて二人の元に向かった。
三日続いた試験はようやく終わりを迎えた。
俺たちはいつもより早く夕食を取り、リゼフとゲログンと共に軽く準備をして、放送室に入った。
放送室は普段は全く使われることはないから、俺たちが勝手に使ってもなんの問題もない。
ジャックがマイクの前に座って、二、三度咳払いをして言った。
『あー、あー……。マイクのテスト中。聞こえますか?』
しばらくして、放送室のドアが開きチェイミーが入ってきた。手でOKサインを作っている。
ジャックは「よし!」と言ってから、テンションを上げて言った。
『皆さんこんにちわ。SJC悪戯同盟が、九時をお知らせします。俺の名前はスマイリングセットラップこと、ジャック・ディクソン。隣にゃ秀才チェイミー・シェイクと妨害王ショート・アルマス。まずは皆さん、長きにわたる試験勉強、そして試験本番。大変お疲れ様でした』
放送室を出て少し耳を凝らせば、皆んなのざわざわとした話し声が聞こえる。
『まずは皆さん、中庭をご覧ください。私たちからのささやかなプレゼントです』
ジャックはゲログンを見てニッと笑った。
ゲログンは静かに頷いて、ポケットからボタンスイッチを取り出すとそれを押した。
中庭に光のカーテン──オーロラが現れた。皆んなが「うわぁ……」と感激の声を漏らした。
「綺麗で壮大な景色ってのは、無条件で人を感動させるからな。特に、試験で疲れた心身にはよく沁みるんだ」
ジャックが静かに呟いた。
「Mr.ウィンディが残したメモ用紙にあった、オーロラ出現天術。優雅だねぇ」
「準備に時間がかかるからな。機械を残しておいてよかった」
ただの天術よりもずっと高度で、幻術や機械を用いてなんとか完成する。機械はゲログンが持ったままだったし、幻術や天術も、数日かけてようやく完全にかけることができた。
「元々は、ショート母親──レベッカがオーロラを一度でいいから見てみたいって言ったのが始まりなんだ」
「俺のお母さんが?」
「おう。いつも試験でトップだったジェットがそれを捨てて、俺がその夢を叶えてやるってな。俺や他の仲間にも協力を依頼したんだ。結局、自分たちだけで天術や道具を作っちまってな。中庭に二人きりでオーロラを眺めてな。そこでジェットがレベッカに告白したんだ」
予想外の告白を聞いて、俺は頬が熱くなった。
「あはは、まぁ両親の馴れ初めなんて聞いても面白くないかもしれねぇけどな。お前にとっちゃ、そんな話も貴重だろ? あいつらはもう死んじまったからな……」
ゲログンが少し寂しげに言った。俺もなんだか変な気分になって、静かに頷いた。
ジャックは俺たちを見てふっと笑った。
「まっ、傷心に浸るのは悪いことじゃねぇけどな。今はもっと楽しいことを考えようぜ」
そう言って、マイクをオンにした。
『どうでしょう? 疲れた心にはいい薬だと思いませんか。今宵は満月。夜空を見上げてください。星々が光り輝き、神秘的な天の川が流れています』
満月は偶然だけど、星は仕掛け。天の川なんて流れてないし、星の明かりも小さかったから、この学校を覆うくらいの巨大なホログラムを設置したんだ。
『天が輝けば、地も輝く。夏の風物詩、地に落ちた金色の星々です』
これもまた仕掛けの蛍が中庭を行進するように飛ぶ。正確には蛍型の機械で、金を払って業者に依頼すれば簡単に作ってくれる。
俺は指で輪っかを作って口笛を吹いた。体に明かりをつけた鳥たちが空を舞う。集まって群れとなり、光の点描を作り出す。
翼の生えた天使が飛び回り、勇気を与えている。
『試験の打ち上げ、となれば、当然食事が必要だ』
光を止めて、今度は鳥たちが皆んなの前にご飯やお菓子、ケーキを持ってくる。全部厨房からくすねてきた。
『音楽でも聴きながら、キャンプファイヤーなんていかがでしょう?』
中庭の真ん中に、鳥たちが木材を積む。
ジャックは俺を見た。
「着火頼むよ」
「フェニーチャーいける?」
『しゃーねーな』
積んだ木材に炎が付いて、周りを明るく熱く照らす。
ジャックはCDを取り出して機械に入れた。愉快な音楽が流れ出す。
皆んなはご飯を食べたり、手を取り合って踊り始めた。
ジャックはその様子をモニターで満足げに見ると、最後に言った。
『SJC悪戯同盟でお送りしました。SJC悪戯同盟でお送りしました』
そう言って、マイクを切った。あとは音楽がランダムで流れ続けて、皆んなは勝手に楽しんでくれる。
「一先ず、やるべきことは全部やれたな」
ジャックは椅子に座ったまま背を伸ばした。
「助かったよ。妨害の具体的な策や、この試験終わりの余興を考えてくれたチェイミーも。それらを完璧にこなしてくれたショートも」
俺はチェイミーと顔を見合わせて言った。
「それなら、この企画のほとんどはジャックのものだ。そして全部狙い通りに成功してる。一番の功労者はジャックさ」
「そうか? ははは……」
ジャックは大きなあくびをこぼした。
眠いのも当然。俺たちはこの一週間ほとんど睡眠を取ってない。
「やぁべっ。もう睡魔が限界だぜ」
「俺も」
「私も」
三人ともあくびをしながらそう言ったあと、互いの顔を見て笑った。
「俺たち戻るけど、あと頼める?」
リゼフは頷いた。
「もちろんです。ゆっくりとお眠りください」
俺たちはラビリンスの秘密基地に戻って、それぞれのベッドに倒れ込んだ。
そのまま、深く長く温かい眠りについた。
◇◇◇
翌朝から、皆んなの態度は目に見えて変わった。
俺とジャックの悪評が極端に増えた。廊下を歩けば二十の目に睨まれる。
「まぁ仕方ない、っていうか当たり前さ。大勢の生徒を医務室送りにしたやつと、天術が使えることを隠してたあげく散々人の試験妨害したやつ。嫌われるのは当然。ただ……」
ジャックはそこで言葉を切って一点を見つめた。
上級生の女子三人組がモジモジしながら、焦がれるような目で俺たちに手を振った。
そう。悪評が極端に増えた分、好評も僅かながら増えた。ファンはもちろん、一部は信者と言ってもいいくらいのやつらが、ちらほら現れた。
そして今朝は、ようやく試験結果が返ってくる。
俺たちは大広間で朝ごはんを食べて、ミカエル寮一年が並んでいるところに立った。
「試験の結果を返却します。名前を呼ばれた者は前に!」
グアルディーはそう言って、一人ずつ名前を呼び始めた。
試験結果をもらって、落ち込みながら戻ってくるやつ、ガッツポーズをするやつ、中には俺を睨むやつ。反応はそれぞれだった。
そして最後に、俺たち三人が残った。グアルディーが俺たち真っ直ぐ見つめる。
「ショート・アルマス。ジャック・ディクソン。チェイミー・シェイク。あなたたち三人は一緒に来なさい」
俺は緊張で硬直した足を必死に動かして、前に進んだ。
「私はやはり反対です」
グアルディーが言った。
「危険すぎる。ですが……」
本当に、心から心配する目で俺たちを見て、それからふんわりとした優しい笑みを浮かべた。
「今一先ず、よくやったと、そう言っておきましょう」
俺たちはグアルディーから個票を受け取った。
三人で同時に順位を見せ合う。
チェイミー、学年一位。
俺、学年二位。
ジャック、学年三位。
つまり、俺たちの目標だったトップ五入りは……
「やっ……たあぁぁぁぁぁ!」
俺たちは拳を突き上げて叫んだ。
そのあと嬉しすぎて何をしたかなんて、詳しく覚えていない。ハイタッチしたり飛び回ったり。もしかしたら抱き合って喜んでたかもしれない。
俺たちは興奮がおさまらないまま後ろに戻っていった。
その途中で、レーナの成績がチラリと見えた。学年五位だった。紙は強く握りすぎてクシャクシャになっている。
「何位だったの?」
「チェイミー、俺、ジャックの順でトップ独占フィニッシュさ」
「そう……」
レーナが消え入りそうな声でつぶやいた。
「しっかし、まさか俺が三位とは思ってもみなかったぜ。真面目にやらないだけで、俺って案外才能ある?」
ジャックが笑いながらそう言った。俺も笑いながら「かもな」と相槌を打った。
「よかった……」
チェイミーが俺たちを見て言った。
「何が?」
「勉強してよかったと思ったの、いい成績をとって嬉しいって思ったの、これが初めて。本当に嬉しい。本当によかった。本当に、本当に……、二人の言ったとおり、最高にワクワクした……」
チェイミーの目から涙が溢れた。
「バーカ。こんなんで満足するのはまだまだ早いってもんだぜ。これで俺たちはやっと、スタート地点に立てたんだからな」
俺もチェイミーも頷いた。
ついに、今日の夕食時間から、あの計画が始まるんだ。
ようやく立てたスタートラインの土を、俺たちは力強く踏みしめて、その喜びの余韻に浸った。




