嫌われた男
お腹すいたな。おれの好物はハンバーグだ。今日の夕食はハンバーグがいい。そんなのんきなことを考えながら、おれは目を覚ました。
見知らぬ天井? たしかにそうだ。けど真っ白なんかじゃない。天井の半分は窓でスタンドガラスだ。照明は暖かい色のシャンデリア。いや待て、ほんとに知らない。
おれは飛び起きた。
どうやらベッドに寝ていたらしい。腕には点滴が刺してあった。体を起こしてみると、それだけの動作で少し疲れた。かなりギリギリらしい。
頭がいたんだ。静かな空間。どこか安心感を覚えた。なんで? さっきまでおれは、なにか恐ろしい、重要なものを見ていた気がした。
周りを見渡した。ベッドがいくつも並んで、壁には色んな棚が重ねてある。ここは医務室か。
部屋のドアが開いた。背の高くてガタイのいい女の先生が入ってきた。医務の先生だ。初めて見るけど、保健医のくせに『武闘派女教師』として有名だからすぐにわかった。名前は忘れた。
先生と目があった。一瞬にらまれた気がして、すぐに会釈した。
「おや。やっと起きたんですね破壊児君。私は保健医のアニトラ・パスダーです」
思い出した。パスダー先生だ。
というか、破壊児? なんの話だ?
おれが首をかしげると、先生はため息をついた。
「忘れましたか。まぁ無理もないでしょうね。あなたは力を使いすぎた。実感が湧かないでしょうが、ここに運ばれたときあなたは生死の境をさまよっていましたよ。三日ほどね」
「三日? ちょっと待って。おれ、一体何日寝てたんですか?」
「一週間ですよ」
「一週間!?」
おれは勢いよく立ち上がった。
そして倒れた。
体に力が全く入らない。
「あともう一週間はまともに動けませんよ。今のあなたは辛うじて意識を覚ましただけなのですから」
「そんな……。一体なにが?」
「まだ思い出しませんか。全く、つくづくのんきですね。そのせいでこちらは大忙しだというのに。今だって、工事が進んで食事の場すら無い」
多分おれは、意味がわからないって顔をしてたと思う。先生がおれをまっすぐ見た。
「覚えてませんか? あなたは吹き飛ばしたのですよ。大広間を」
そう言われて、意識を失う前の映像が高速でフラッシュバックした。
そうだ。そうだった。おれはクラフトと喧嘩して、怒りで頭が真っ白になって、それで怒りのままに力を使って……
「誰か! 誰か怪我人は……?」
「あなたが暴走する直前に喧嘩していた四人組。エディ・クラウス、リック・テート、ウォーリー・ハラハウスは強い打撲。クラフト・リーボックは骨にヒビがはいっていました。しかしこれはおあいこでしょう。あなたの背中の骨は、何箇所か折れていた。ただふしぎなことに、勝手に治りましたがね。治療する間もなく」
「え?」
「他の生徒は、あの強い空間の揺れによって転んだり、物が割れたりしてできたかすり傷程度です。まぁそれでも、私は手がいくらあっても足りないくらい忙しかったですがね」
「あ、すみません」
おれはとりあえず頭を下げた。ひとまずよかったのは、大した重傷者はいなかったってことだ。
「安堵してはいけない」
おれの心を見透かすように先生は言った。
「しょせんは結果論。あのときデルマート校長先生がいなかったら、あなたは少なくとも生徒の半分以上を殺していましたよ。それがいかほどのことか、きちんと考えなさい」
たしかにそうだ。おれはグアルディーの忠告を軽く見て、当たり前のように無視した。おれは一体なにを捻くれてたんだ? ギガンテスのときから、自分が天使の力を使えるのはわかりきってたじゃないか。命の危機的状況で、興奮して体がカッと熱くなって、まるで自分じゃないみたいに力を使う。おれは大バカだった。
「大広間は?」
「言ったでしょう。工事中です。おかげでご飯はそれぞれの寮で、集会は校庭で。さらにはそれに合わせて日程を組み替えたりと、みな大忙しですよ」
「す、すみません」
いけない。これ以上、こんな力を──少なくともみんなの前で──使ったらいけない。
再びドアが開いた。リゼフ、デルマート、グアルディー、ゲログン、ジャンカルロ、そしてジャックが入ってきた。
「ショート様!」
「ショート!」
リゼフとジャックがすぐにおれに駆けよった。続いてジャンカルロがおれの正面に立った。不満たっぷりって顔だ。
「教頭として一言だけ。退学も停学も、きさまの大英雄の息子というネームバリューがあったからこそなくなったのだ。もう一度問題を起こしてみろ。次はないぞ」
そう言い残して、ジャンカルロは医務室を出た。
おれはまず、デルマートに頭を下げた。
「すみませんでした。それと、ありがとうございます」
「ありがとう? 一体なにがだ?」
「みんなを、助けてください」
「ほほ、気にせんでよい。たしかに強力だったが、あの程度でやられるわしじゃない」
次に、グアルディーに頭を下げた。
「本当にすみません。おれ、忠告を無視して。まさかあんなことになるなんて」
「先生がおっしゃったとおり、気にしなくていいですよ。話は詳しく聞きました。同情ではなく事実として、あの状況では起こっても仕方ないと言えるでしょう。なにか問題があったとすれば、それはあなたの話をもっと聞いてやれなかった私の責任です。ですが、反省はしないといけませんよ」
「はい。わかってます」
「私も、申し訳ない」
リゼフが膝をついておれに頭を下げた。
「肝心なときにおそばにいなかった。もし私がいれば、暴走する前に代わりにクラフトを消し飛ばして──」
「んんっ!」
ゲログンが咳払いをして、リゼフを見た。
「教師として、あくまで公平に」
「……あの場にいれば、止めることができたかもしれません」
「おれも」
今度はジャック。
「なにもできなかった。わりぃ」
「いいんだ。気にすんな」
そう言うと、ジャックはニヤリと笑った。
「まぁとにかく、無事でよかった」
ゲログンがおれの肩を叩いた。
「それより。ディクソンはそろそろ授業が始まります。戻りなさい」
グアルディーが言った。ジャックは舌を出して答える。
「ちぇっ、わかりましたよ。じゃあなショート」
ドアがきちんと閉まるのを確認してから、おれは言った。
「それで、あの、わかったんですか? おれの力のこと」
グアルディーはデルマートの顔を見た。お互いにうなずいて、口を開く。
「おそらく、支配元素のせいでしょう」
「支配元素? おれが?」
「はい……。熟達した天使の多くがそれを持っています。支配元素とはつまり、その力を司る、ということです。ミカエルなら炎。あなたのお父様ジェットなら風」
そうか。おれはギガタンスに襲われて、天井が降ってきたときに見た映像を思い出した。ケラヴロスとお父さんとの戦いの記憶。
「ケラヴロスは──雷?」
グアルディーは一瞬驚いた顔をしてうなずいた。
「わしは光」
とデルマート。
「しかしその多くは、後天的なものです」
「校庭敵?」
「コウテンテキです。生まれつきの能力ではなく、後から自分の鍛錬によって手にする能力、という意味です。誰にだって得意不得意があるでしょう? あなたのお父様はそれが風系の天術だったのです。そして、それを伸ばし続けた結果、支配元素という一つ上のランクへ昇格させたのです」
「それで、おれはその……こうてんてき? とかじゃないってことですか?」
「えぇ。生まれつき──先天的と言いますが──あなたは支配元素として、力を持っていたのです。それが、ギガンテスとの戦いで天使の力と共に覚醒しました」
「けど、じゃあそれが大広間での暴走の原因? おれの支配元素ってなんなんですか?」
「それはあなたが一番わかっているのではないですか? 心の奥で感じているはずです。自分の力を」
はっきり言って、図星だ。体の奥。力の根底みたいな場所で、それを呼ぶ声が聞こえる。
「私たちはあなたではありませんから、あくまで予想の範疇ですが、おそらくは空間。時空の片割れです。大気はもちろん、水、土、炎、闇。自分の範囲内ならあらゆる物質を操る。あのメチャクチャな揺れはあなたの怒りの具現化です」
おれはうなずいた。おれが感じた答えと全く同じだったから。
「けど、だったらなんで……そんなすごい力があるのに、おれは術を使えなかったんですか?」
「身をもって体験したのでわかると思います。強大すぎるがゆえに、あなたはまともに扱えない。死ぬ一歩手前まで──いや、次は死ぬまでかもしれない。とにかく、それほどまでに生命力を削り取られるでしょう?」
「どういうことですか?」
「防衛本能ですよ。使えなかったより使わなかったと言った方が正しい。無意識のうちにね。使えば最後、暴走し、命の危険があるから。あなたが今まで術を使うために、練り出した天啓は──」
「ちょっと待ってください」
グアルディーの目が一瞬キツくなった。ていうか、話を邪魔されたら誰でもそうなる。
おれは恐る恐る聞いた。
「天啓ってなんですか?」
「天啓を知らない!?」
グアルディーはひどく驚いている。
「まさか、授業で習ったでしょう?」
グアルディーがチラリとゲログンを見ると、ゲログンは首を横に振った。
「ショートはおれの授業に出てない」
「アルマス……」
「す、すみません」
おかしい。おれ、今のところ謝ってばっかりだ。
リゼフとデルマートはおかしそうにクスクス笑い、それを見たグアルディーはさらに疲れた様子でため息をついた。
「術を使うために練り出す生命エネルギー。それが天啓です。また、天啓は術に変化させるだけじゃなく体に直接まとわせることで、身体能力を向上させることもできます。わかりましたか?」
「は、はい……。ありがとうございます」
「話がそれましたが──あなたのその天啓は、全て支配元素の力として蓄えられた。そして今回、その力の扉が開き、暴走。溜めていた天啓全てを食いつくし、あなたの生命力そのものを削り取ったというわけです」
「じゃあ、おれはずっとなにもできないままってことですか?」
グアルディーは首を振った。けど、顔は、その通りですって感じの表情だ。
「微妙なコントロールです。あなたは力の扉を極端に閉めるか、極端に開くかしか知らない。なにか大きなきっかけがあるとわかりやすいのですが──つまりあなたは、天使本来の力は使えつつ、支配元素の力の扉も、あなたが制御できる範囲で開けておく必要があるのです」
「けど、やり方は教えられない。前例がないから?」
グアルディーは悔しそうにうつむいた。
「えぇ。先ほど言ったとおり、先天的に身につけた者は極端に少ない。少なくとも、今私たちとこの時代で生きている天使はいないでしょう」
「ショート様」
リゼフがおれのそばで膝をついた。
「可能性が全くないわけではありません。君は天使の力を使えたはず」
「それってギガンテスやサリーに襲われたときの?」
「えぇ。術を使うコツは掴んだとおっしゃっていた」
「まぁね。あれ以来一度も使えなかったけど」
「問題はそこです。君はあのとき、たしかに力の調整もできていたのです。そのコツを掴めば」
「けどどうやって?」
「あのときの感覚。全く覚えていませんか?」
「死ぬかどうかのギリギリだったし、いまいち」
「それ次第なのです。君は、過酷でしょうが、努力しなければいけない。あのときの感覚を思い出してもらわなければいけない」
本当はどこでもいいから殴ってやりたい気分だったけど、おれはできるまけ笑ってうなずいた。
「頑張るよ」
「では、私たちも授業へ向かいます。君も今日はよく眠りなった方がいい」
「そうだな、わかってる」
リゼフたちは医務室から出て行った。おれは布団で横になりながらその背中を見つめた。
その日の晩御飯、おれは残念ながら一人で医務室で取ることになった。メニューはハンバーグ。あまり美味しいと思えなかった。
次の日からおれは学校生活に復帰した。
と言っても、どうせ天術は相変わらず使えないんだし、いつも通りバカにされるんだろうなって思ってた。残念。現実はもっと悲惨だ。
まず、一番わかりやすい変化といえば目だ。みんなからの視線。今までは、バカにしたり、たまに哀れむやつがいたりって感じだったのに、今では明確な敵意が映し出されている。おれに怯えるのと同時に、そんなおれを叩き潰したいって思いがうかがえる。
はいはい。嫌われ者ですよ。
正直言って、前よりも今の方がずっと心に来る。おれは危うく大勢の生徒を殺しかけたテロリスト。ジャックはそんなおれとつるむテロリスト予備軍。おれとジャックは危ないやつら同士、拒絶されていた。
よかったことと言えば、クラフトたちとファイントだ。クラフトとその取り巻きは、おれを見ては逃げ出す。ファイントも、おれをいびっても周りからの反応が薄いことに気がつくと標的を変えた。おれは今や、怒らせてはいけない最重要危険人物だ。そう簡単にバカにして笑ったりできない。
「おい、見ろよ……。本当に起きたんだな。もうやめてくれてもいいのに」
教室の移動中、おれたちを見た誰かが友だちにそう言った。できるだけ気にしてないように、聞こえなかったように、おれはジャックとの話を続けた。けど、ジャックの目つきは鋭い。おれは瞬時にジャックの体を押さえつけた。ギリギリだ。もう少し遅かったら、ジャックは吠えて犯人を殴っていた。
「そういう無礼な発言は控えるべきだと思うけどね」
聞きなじみのある声を聞いて、おれもジャックも力が抜けた。振り返ると、ポールがランウェイを歩くみたいにキャーキャー歓声を浴びて、歩いてきた。
「やぁ、ショート。もう調子はいいの?」
爽やかな笑顔。本当に心配してましたって顔。
「まぁまぁかな」
周りのざわざわは、おれを責めるものからポールを褒めるものに変わった。具体的に言えば、ショートなんかに怖がることなく自然と近づけるなんて、やっぱりポールってすげぇ、だ。結局おらは、またポールのダシにされただけだった。
ふと、人混みの中にレイチェルがいるのが見えた。友だちとこっちを見て、なにかこそこそ話した後、「ポール!」と叫んだ。まぁそんなやつ他にもいっぱいいて、ポールには聞こえてないんだけど。けどおれは、やっぱり少しムカついた。
「じゃあ、おれたち行くよ」
トゲトゲしく言った。
「あ、待って。あの、気にしなくていいからね? 誰だって怒ることはあるし。それにほら、やっぱりショートはすごい力を持ってた。あのときの、まるでジェットみたいだったよ!」
「まぁ、お父さんは危うく生徒を殺しかけたりなんかしないと思うけどね」
「いやそれは……。困ったことがあったら言ってね?」
「わかった。もういい?」
「う、うん」
おれはジャックと再び歩き出した。後ろでは、「なに? ポールにあの態度……」とかなんとか言ってる。
「ショ、ショート!」
次は横の方から、ノーマンとレーナが走って向かってきた。
「よかった。もう意識は戻ったのね?」
レーナが笑いながら言った。二人とも心配そうだ。おれは思わず、「ノーマン!」と言いそうになって、やめた。そういえばおれは、二人と喧嘩してたんだった。二人も気まずそうな顔をしている。いや、もしかしたらおれのことが怖いのかもしれない。
「みんな心配してたんだよ?」
おれのそばに来て、ノーマンは言った。けど、そんなの嘘だ。みんなが心配してたわけがない。今のところ、ジャック以外は皆んなおれの敵だ。
「私たち、全然気にしてないから」
「そんなわけないだろ」
おれは言った。
「あんなことして、二人が気にしてないわけない。だっておれは、二人も殺すところだった」
「そんなのタラレバよ。落ち着いて。あなた少し卑屈になってるのよ」
「卑屈になんかなってない」
「なってるわよ。それで、考えたの。……私たちと一緒に、放課後練習しましょう? ほら、ショートにはリゼフもいるし。私たちも付き合うから」
「ふーん。そりゃいいかもね。人気者のポールと一緒に、殺人鬼が特訓だもん」
「なんて言い方するの? ポールも一緒だなんて私一言も言ってない!」
「けど一緒だろ? それに、二人が付き合ってくれたところで、どうにかなる問題じゃないんだ」
「ショート! いい加減にしろよ!」
ノーマンがおれの胸ぐらを掴んだ。
「いいのかよ、そんなことして」
見物人たちが騒ぎ出した。おれがまた暴走するんじゃないかって怖がって、二人を心配してるやつもいれば、二人もおれの仲間だと思ってるやつもいる。
「またおれが暴走しちゃうかも。それに、せっかく友だちが増えた二人も、おれと仲間なんて思われて嫌われたらいやだろ? だから離せよ」
おれは無理やり手を引きはがして、ノーマンをにらんだ。
「ジャックと二人でずっと仲良くやっとけばって言ったのはそっちだろ」
「あれは違う!」
レーナはついに泣き出した。ノーマンはおれをにらむ。
「大体、二人とも本当はおれのことなんて心配してなかったんだろ?」
「そんなわけ」
「おれが目を覚ましたことなんて、昨日からわかってたはずなのに、面会にも来てくれなかったし。あぁそっか。おれなんかに優しくしたら、二人の人気もますます上がるもんな。だから今も──」
「バカなこと言うなよ!」
とノーマン。
「いい加減にして!」
とレーナ。
おれは泣きたくなるのを堪えて言った。
「もう昔の話だ。なにもかも。前にも言っただろ?」
おれは「行こう、ジャック」と言って二人に背を向けた。おれを罵倒する二人の声が響いた。
「いいのか?」
ジャックが言った。おれはぶっきらぼうに答えた。
「いいんだよ」
「ふーん」
ジャックは頭の後ろで手を組んで、それ以上はなにも言わなかった。
とりあえず、授業はサボらずに全部行くことにした。もうどうせできないし、嫌われてるし、開き直るつもりだ。
けど、やっぱりどれもつまらなかった。
ディーノ・サーバリアの『基本天術学』は新しい課題の練習をしていた。風を起こして、風車を回す。おれはもちろんなにもできない。
アネット・グアルディーの『天界動物学』は今もペットと仲良く話して、最後にはちょっと難しい指示を出していた。
リゼフ・ネージェンの『戦闘天術学』とゲログン・リビテンゲルガーの『基本格闘学』の違いは基本的に遠隔か近接かの違いだ。
『戦闘天術学』は術を飛ばして攻撃するだけ。おれはやられ役に回るはずだけど、みんなおれを怖がって、相手がいなくなった。
『基本格闘学』は、術を使わない。天啓を体にまとって、組み手をする。おれは才能あるらしいけど、天啓をまとえないので意味がない。大体は空手、柔道、剣術の三つをローテーション。たまに弓術も入る。
グレグ・ジャンカルロは『天史』って科目だ。つまり天界の歴史。天術を使わないからおれてきにはけっこう嬉しいけど、話は全然面白くない。ジャックが「天史って最高のネーミングだと思わないか?」ってニヤリと笑った。、
マーティ・ステンガンは『数学』。つまらない。
他にも、『言語学』や『物理学』、『天界化学』、『天界植物学』。中には『家庭科学』なんてのもある。
意外だったのが、『道具学』。
オーリー・ルーズベルトって先生が教えてる。ルーズベルトはラファエル寮の寮監で、イメージカラーの緑のシャツを着ている。金髪オールバックで強面の男。左目に一本の引っ掻き傷がある。サメみたいな鋭い目だ。けど、その顔とは裏腹にいつもニコニコして、すごい優しい。口癖は「速さが肝心!」
で、何が意外って? ジャックだ。『道具学』は色んなパソコンをいじったり、色んな道具を作ったりするけど、ジャックは珍しく乗り気でしかも一番上手い。曰く、「道具をいじる才能は、悪戯の才能だぜ?」らしい。
おれとジャックは朝昼晩、授業以外はご飯のときも、寝るときもラビリンスのあの部屋──おれとジャックは秘密基地って呼んでる──で過ごした。あそこなら時間の流れも外と変わらない。
そうして、あっという間に一週間が過ぎた。六月も終盤。おれの体も元の調子に戻って、大広間はリフォームが終わった。天使となると流石の早さだ。
その日は集会で、おれたち二人も夕ご飯を大広間でとることになった。端っこの目立たないところに座った。
しばらくして、デルマートが、マイクの前に立った。
「さて諸君。一年生たちも学校にはもうずいぶんなれただろう。そこで、君たち一年生に向けての課題だ」
ざわざわと騒ぎ出す。上級生は「あーもうそんな時期か」なんて呟いてる。おれはジャックを見た。相変わらずつまらなそう。いや、いつもならそもそも話なんて聞かない。たぶん少し興味があるんだろう。
「これより一週間後、君たちは校内の森で擬似討伐をやってもらう。寮内で三人組を組み、一斉にスタート。一番多く狩った組が優勝だ。優勝賞品は、一ヶ月間掃除なしだ!」
歓声が上がった。
「喜ぶのはまだ早い。相手は少々凶暴だぞ? 健闘を祈る」
話は終わった。
さて、最悪だ。おれとジャックには他に友だちがいないし、みんな怖がって、誰もおれたちと組みたがらない。
おれはジャックを見た。
「森って?」
「北にあるんだ。でかい森が。ウリエルの森とか、惑わしの森って言われてる」
「惑わしの森?」
「なんでも、奥に進むと恐ろしいなにかがあるらしい。人をだます霧とか、シンプルにドラゴンとか」
ちぇっ、どっちにしてもロクなもんじゃないじゃないか。
特に、天術が使えないおれにとっては。




