怒りにのまれた男
わかったこと:おれには天使としての才能がない。
いやいや、あの大英雄の息子に才能が無いなんて、そんなことあるわけないじゃないですかって? 残念。
あれから一週間半。最初は「いきなり出来るやつなんていないし、普通だよ」なんて同情──期待を裏切られた──目をしていたみんなも、最近はすっかりおれに興味をなくしてる。いや、興味はあるかも。大英雄の息子で、神の子。天界史上一番の最悪劣等遺伝子って、他の寮のやつが言ってた。
結局、おれはジャックや、ノーマンとレーナの三人しか友達がいない。
「ねぇ、やっぱり私たちと一緒に特訓しましょうよ」
もう耳にタコができるくらい聞いたこのセリフ。
次の『幻術学』の教室に向かう途中、レーナがそう言った。というのも、さっきの『基本天術学』で、みんなは空中で石を回転させるっていう課題をクリアしたのに、おれだけ浮かすどころか、一ミリ動かすこともできなかったから。
「特訓会。いつもやってるのよ。それなら」
「だから、やらないって言ってるだろ」
おれはイライラを抑えて言った。
「下手くそなら練習する価値もあるかもな。けど、おれはできないんだ。才能がない。石が少しでも動いた? 先生も必死に教えてくれるけど、全くよくならない。ポールが一緒にいるからってなんなんだ」
「けど、なにもしないよりはましでしょ!」
「どうかな。おれももうすぐ辞めさせられるんじゃない? こんなやつがいたら、学校の恥だろ」
わかってるよ。言いすぎだって言いたいんだろ? けど腹が立ってたんだ。周りのやつからはクスクス笑われて、レーナとノーマンからはひたすらポールの自慢。もう疲れたんだ。
「なんてこと言うの! そうやって逃げてばかり。ショート・アルマスの弱虫!」
「おい、いい加減にしろよ! おれが弱虫?」
おれは振り返ってレーナの胸ぐらを掴んだ。レーナも怯まず、おれの胸ぐらを掴む。お互い今にも手を出しそうだ。ノーマンが慌てて止める。
「待てったら。ショートだめだよ」
「ノーマンはどっちの味方だよ。おれかレーナ──いや、おれかポール」
「ポールは関係ないでしょ!」
レーナが吠える。
「いいや、あるね」
とおれ。
「ぼくは……。と、とりあえず手を離そう?」
おれとレーナはお互いをにらみながら名残惜しそうに手を離した。
「で?」
「ぼくは、どっちの味方とかないよ。だってほら、ショートはずっと友だちだし。だから、その……わかってくれると思うんだ。あのね、ポールってショートが思うような悪い人じゃないんだよ。一度話してみればきっと──」
「もういいよ。結局、おれの味方はジャックだけってことか」
後ろでおれを呼ぶ声が聞こえたけど、無視してどんどん進んだ。歩きながら後悔した。これで友だちを二人も失ったかもしれない。二人って、本当はそうでもない数かもしれないけど、友達が少ないおれからしたらかなり貴重だ。それにノーマンは、おれの昔からの親友だから。けど、今更引き返して謝る気にもなれなかった。
ポールのこと、何についてイラついてるのか自分でよくわからない。劣等感? 嫉妬? たぶん全部だ。
「また派手にやったな」
ジャックが後ろから肩を組んできた。
「まぁね。けど──」
別にわざとじゃない。そう言おうとしたところに、リゼフが現れた。
「ようやく見つけた。ショート様」
「リゼフ……」
「どうしました? あなたは私の授業に全く出てくださらない」
そう。おれはリゼフの『戦闘天術学』とゲログンの『基本格闘学』に出ていない。
なぜって? 二人がおれを信頼してるから。リゼフは相変わらずおれの下僕だし、ゲログンはおれのことを友達だと思ってる。そんな二人に、おれがダメダメ天使だってことをわざわざ証明したくない。
「リゼフも知ってるだろ? おれは」
「わかっていますよ。なぜか術がうまくいかないと。しかしそれなら、私たちの間でも話し合いをしている。これから最後の授業でしょう?」
「うん」
「ならば、終わったらアネット君のところへ行きなさい。右棟の三階、一番手前の部屋です」
「わかったよ」
リゼフは軽く一礼して去っていった。正直、グアルディーの元にも行きたくない。先生は『天界動物学』を教えてる。これはけっこう楽だ。今は教科書を読んでどんな動物がいるのか、その生態を勉強するだけだから、才能の無いおれでもいける。けど、おれが父さんの息子だからか、それとも神の子だからか、先生はおれに少し厳しい。だからたまにサボってる。それを怒られるのは辛い。
そうしてる間に、教室に着いた。『幻術学』はルシファー寮と基本一緒。最悪なことに、ルシファー寮のやつらは基本性格が悪い。おれをバカにするのも、大抵はこいつらだ。
「よう。七光りの落ちこぼれ遺伝子、ショート・アルマス」
ルシファー寮一年のリーダー、クラフト・リーボック。ツーブロックを入れたセンター分けの黒髪。黄色の目が特徴的で、あとは普通。貴族の出とやらで、やたら金持ちで高価な物を持ってる。取り巻きはデカブツのエディ。アホのリック。殺し屋みたいな目をしたウォーリー。
おれは掴みかかりそうになるのを我慢した。騒ぎを起こしたらめんどくさいし、本気でやったら術の使えないおれはどうせ負ける。みじめだ。
「席に着くがいいおまえら」
チャイムがなって、ファイントはそう言った。授業前なのに酒を飲んでいる。
「さて。めんどくさい授業の始まりだ。だがその前に、ショート・アルマス。この間も幻術が上手くいかなかったな。立て」
出た。生徒いびりが大好きなファイントにとって、おれは格好の的だった。みんなの前で「自分がなぜ落ちこぼれであるか」を発表させられて、バカにされる。けど、サボったらなにをされるかわからないから、この地獄の時間を耐えしかない。
おれよりも先に、ジャックが勢いよく立った。
「先生。そう何度も立たせる必要はないはずです」
「黙れジャック・ディクソン。おれのやり方に口出しは許さん。立て! アルマス!」
なにをしたのかわからないけど、ファイントが手を払うとジャックは押さえつけられるように椅子へ座った。
「やめろ!」
おれはにらみながら立ち上がった。ファイントは面白そうに笑う。
「ほう。先生に向かってにらみながらやめろか。よし、特別に罰を与えよう」
とっさに身構えたけど遅かった。
ファイントが手を向けた。手のひらに書いてある目と、目があった。体が溶け出した。いや、正確には溶けてない。けど、気分的にはそんな感じだ。膝から崩れ落ちて、燃えるような痛みにもだえた。しばらくするとその痛みすら麻痺してくる。仰向けに倒れたままピクピクしている。フェニーチャーはここ最近ずっと寝てるから、助けも期待できない。
「もうやめろ! おい!」
ジャックの声が聞こえて、視界が晴れた。痛みは嘘のように消えたけど、代わりに少し頭が痛んだ。立ち上がって周りを見る。ファイントとルシファー寮のやつらはニヤニヤ笑っている。おれはジャックに聞いた。
「今、なにが?」
「幻覚だよ」
ジャックは悔しそうにつぶやいた。
「アルマス。今日こそ少しでも幻術が上達するように期待している」
おれは恥ずかしくて顔が真っ赤になってたけど、それでも授業を受けた。
結局、術を一つでも成功させることはできなかった。
おれはリゼフに言われたとおり、グアルディーの元に向かった。先生は椅子に足を組んで座っていた。窓の外を眺めている横顔は綺麗で、一瞬見惚れそうになった。
「先生」
先生が振り向いた。目があったその一瞬、先生が笑った。友達よりも深い、恋人とか家族とかに向ける笑顔。けど、それを認識する前に先生は眉間にしわをよせた。
「ノックぐらいしなさい」
「すみません。…………で、あの……話って?」
「まぁ、まずは座りなさい」
先生に促されて、おれは対面に座った。
「あなたの最近の勉強態度についてです。ニュースルクスに来て二週間。ずいぶんとサボっているようですね。私の授業も何度かすっぽかしている」
先生はため息をついた。
「ジャック・ディクソンに悪い影響でも受けましたか?」
「ジャックは関係ないです」
「でしょうね。あなたは逃げている」
「逃げてなんかない!」
とっさに立ち上がって大声を出したけど、すぐに後悔した。
「すみません」
「逃げてないのなら、どうしてサボってばかりなのですか?」
「……先生も知ってるでしょう。おれには才能がない。出ても出なくても変わりません」
「そんなことはないですよ。レーナ・クレイブルや、リゼフ・ネージェンからの報告で、強力な術を使えたことは分かっています」
「あんなのたまたまですよ」
「では、イフリートとエムプーサを倒したのは?」
「いい剣とフェニーチャーのおかげです。全部」
「聞きましたよ。鳥を従えることができるらしいじゃないですか」
「それは、まぁ……」
「天使は確かに動物と対話する力を持ちます。それは事実。ですがね、血の契りを交わさなければ従えることは普通ない。初対面の鳥の大群をなんの対価も無しに好きに動かすなど、本来ならありえないことですよ」
「けど、そんなのたまたまです」
「まさか。あなたはたしかに、才能あふれる天使です。ここは、ペットの持ち込みが許可──というより、ほとんど強制ですが──されているのは知っていますね?」
「はい。ジャックやレーナのペットと何度か会いましたし」
「私の授業では、次の時間からそれらの対話することを覚えてもらいます。ペットは血の契りを交わしているので、従えるのは難しくありませんし、対話することができるか、いかに上手く扱えるか。そういう意味では、あなたの得意分野ではないですか?」
「けど、おれは鳥以外とは話せない」
これは本当。鳥と会話できるのを自覚してから、何度か他の動物でも試してみた。結果は──まぁそういうこと。教訓として、人の前ではやらないことを覚えた。かなりマヌケだ。
「しかし、あなたは確かに天使の才能があります。それは結果として現れている」
「じゃあどうしておれはなにもできないんですか?」
少し言い方がキツくなった。おれは段々イライラしてきていた。
「その理由は、私たち教師の会議の場において、何度も第一優先議題に挙げられてきました。先日も、そして当然今日もです」
「それで、なにか成果はあったんですか?」
残念なことに、先生が言う前に答えがわかった。気まずそうに目をそらしたからだ。
「……正直、わからないのです」
「それは意外でした」
先生は一瞬おれをにらんだけど、すぐにもとのクールな顔に戻った。
「私たちは五つの属性に分けられています。どんなに強くなろうと、力の源はみな同じというわけです。それはつまり、力を制限されていることを表しています。しかし反対に、力を約束されていることでもあります。どんな落ちこぼれであろうと、天使の力を覚醒しない──つまり、極端に扱えない者はいませんでした」
「じゃあ、おれが神の子だからって言いたいんですか?」
先生が静かにうなずいた。
「前例があまりにもない。あなたの前に現れた最後の神の子は魔王ケラヴロス。そしてデルマート校長先生。日本内で生きている神の子は今、あなたと先生の二人だけです。いずれにせよ、全く力が出ないなどという前例はありません」
「よかった。これでおれが落ちこぼれだって証明できたわけだ」
先生はため息をついた。
「そういうことではありません。あまり卑屈になるのはやめなさい」
「けどデルマートは」
「デルマート校長先生です。……たしかに、あなたの言うとおりです。しかし、神の子は特殊です。神と同等の力を手に入れる資格を手に入れた者たい。神の子と一つに分類こそすれ、だから属性が同じとはならないのです。あなたは、私達 たち五つの属性持ち、もちろん両親とも、そして校長先生とも、力の根底が違う。全く別の遺伝子が流れているのです。あなたに才能があるのは事実。しかし、一度出せた力を今出せていない。これも事実。そしてこの事実が、一体なにを意味しているのか……」
先生はうつむいて頭を振った。
「私たちには予想することはできない」
「じゃあ、おれにどうしろって言うですか?」
「とりあえず授業に出るのです。今はできなくてもいい。課題うんぬんはおいて、今は力をほんの少しでも引き出せるように練習しなくてはなりません」
「ふーん。黙って笑われとけってことですか? みんながどんどん上達していく中、一人だけずっと落ちこぼれのままでいろって? 失敗するたびに、ガッカリって、呆れたって、可哀想って、そんな目で見られて、全部我慢すればいいんですね?」
「あなたが怒るのも無理はないでしょう」
「いいえ。別に気にしてませんよ。だっておれは、才能あふれる天使らしいので」
「……落ち着きなさい。いいですか? 怒りとは、無限にある感情の中で、最も真っ直ぐで、最も素直で、最も強い感情です。あなたがもし、怒りをあふれさせて力を振るえば、きっとそれに答えてくれるでしょう。ですがそれは、周りだけじゃない、あなた自身の破壊にも繋がりかねない。私あちは危惧しているのです。とにかく、怒りをコントロールしなければ」
「簡単に言いますね」
「もちろん、難しいのはわかっています。もし、本当にどうしても、授業に出たくないのなら無理して出る必要はありません。その代わり、私が今のように毎日つきっきりで、練習相手になります」
「いえ、けっこうです」
これ以上は話しても無駄。おれはイラつきを隠しもしないで教室を出た。どんな理由があれ、使えないなら落ちこぼれじゃないか。おまけに自分を破壊するかもしれない? 冗談だろ。
結局、おれが天使に向いてないってよりわかりやすくなっただけだ。
「よっ。いいなぁ、アネットちゃんと二人きりなんて」
教室を出てしばらく歩くと、ジャックがおれのことを待っていたらしく、肩を叩いた。
「なんの話だったんだ?」
おれは肩をすくめた。
「くだらない話」
「だろうな」
ジャックはにししと笑っておれの横を歩いた。
少し歩いて、大広間に着いた。
こんな状態でも、おれは相変わらず有名人だった。おれとジャックを見て、みんなヒソヒソ話している。けど、それは好意的なものじゃない。
ここにいるだけでむっとする。ジャックがいなかったらおれは帰ってたかも。クラフトのひやかしをくぐり抜け、席に座ると、ポールが話しかけてきた。
「やぁ、ショート」
「なにかよう──ん?」
ポールの隣には見慣れない女子生徒が立っていた。背はおれよりも高くて、黒髪のロングで、綺麗系の人だ。いかにも委員長タイプの真面目ちゃん。
「うわぁ、これがショート・アルマスかぁ」
顔を近づけてまじまじと見てきた。
これ、なんて言われたし、今は気が立っていたから、おれは多分不満そうな顔をしてたと思う。ポールは気まずそうに笑いながら、黒髪の肩を掴んで無理やり離した。
「失礼だよメア」
「えっ、あ、うん……」
メア、と呼ばれた黒髪はポールに触られた肩を見て、顔を赤らめた。
ふーん。こいつもポールに惚れてるのか。恋愛なんてガキのやることですって顔してるのに。
「君、落ちこぼれなんだって?」
首をかしげながら、おれが一番触れて欲しくない話題に触れてきた。隣でジャックが舌打ちした。
「いやぁ、惜しいね。せっかくお父さんが優秀だったのに」
「そうですね」
ぶっきらぼうに答える。もうどっかに行ってほしい。
「あっ、いやいや、馬鹿にしてるわけじゃないの」
「嘘でしょ」
「ほんとだよ。というか、提案? ほら、君って授業もサボる問題児なんでしょ? 放課後、私たちと一緒に練習しない?」
「は?」
「知らない? 君の友だいのノーマンって子も来てるんだけど」
「いやちょっと待って。あなたも行ってるの?」
「もっていうか、私とポールが主催者だし。基本、ミカエル寮で来たことないって生徒は三割くらいじゃないかな? もちろん、上級生含めてね。そういう意味では、下級生で来てないのって君やジャックくらいじゃないかな?」
おれはますますノーマンに腹が立った。ポール、ノーマン、レーナの三人の特訓なら別にまだ良かった。けど、ポールにつられて大勢が集まった中で、モブの一人として大人しく教わるなんてどうかしてる。
レーナのことになると、おれ相手にすらちょっと不機嫌になってたくせに、ずいぶんと大人しくなったらしい。
そして、その特訓会におれも参加しろって? まさか。おれは大英雄の息子だぞ。そんなお情け大会に誰が行くか。
「おれは遠慮しとき──」
「君もさ、ジャックみたいな不良といると、本当に腐っちゃうよ?」
ジャックが再び舌打ちする。おれは我慢の限界。さすがに掴みかかりはしなかったけど、するくらいの勢いで立ち上がった。
「取り消せよ」
「え?」
「おまえがジャックのなにを知ってるんだ?」
「んー、君よりは知ってると思うけど?」
「へぇ、そりゃなんで」
「えっとね。まずは自己紹介からしたほうがいいかな? 私はメア・ディクソン。ジャックの姉よ」
本当なら、おれはこいつがなんて答えようが、ここでこう言ってやるつもりだった。「おれはジャックの友だちだ! あんたよりずっと知ってる!」。けど、ちょっと待ってくれ。今なんて言った? 姉? 頭の中には驚きしかなかった。その結果、おれの返事はこう。「あっ、そうにゃんですか」。マヌケだ。しかも噛んだ。マヌケだ。
ジャックが強めに咳払いをした。
「特訓会には行かない。だからもう帰れよ。二人とも」
メアはジャックをにらんだ。まるでシュールストレミングでも見るような目(実際に見たことがあるわけじゃないからわからないけど)だ。
「あっそ。行こう、ポール」
二人の後ろ姿を見ながら、ジャックが言った。
「ポールとは同級生なんだ。まぁ、見てわかったと思うけど、ポールに惚れてる有象無象の一人。ポールは真面目だからな。反対におれみたいなやつは家にとっても、兄弟としても、ただの恥さらしでしかないんだ」
ジャックがポールを過激に嫌う理由がやっとわかった。おれだって、家族に惚れた男と比べられてあんな目で見られたら嫌いになる。
いつからいたのか、対面に座ってたレーナが呟いた。
「あの人、いつもポールの隣にいる。嫌い……」
珍しい。多分初めて、ジャックとレーナの意見があった。そして、おれとも。
ポールを目で追った。色んな女子から声をかけられて、甘い笑顔でそれに答えてる。その中にレイチェルもいた。ポールは優しい。真面目だし。嫉妬混じりの情けない感情ってはわかってるけど、やっぱりおれはポールが嫌いだ。
それから数日。六時間目の授業。今日のしめはグアルディーの『天界動物学』。
場所は競技場。下は人工芝でふさふさ。学校から出て、南に進むとある。ミカエル競技場って呼ばれてる。
予告通りペットを使って行うらしい。みんな、普段はペット小屋に入れてるはずのペットを連れてはしゃいでいる。
レーナは黒燕のシフォン。ジャックは黒い大型犬のケル。ケルベロスから取ったらしい。ケルは入学祝いに買ってもらったらしく、まだ生後半年くらいなくせに、すでにおれの腰あたりまである。
空を見上げると、色んな鳥が飛び回っている。
あれ、変だ。
黒燕が二羽いる。二羽は同じ場所に戻っていった。おれはその方向に向かった。人の波を抜けると、ノーマンとレーナがそれぞれ黒燕をなでていた。
「おい、ノーマン。それどうしたんだ?」
ノーマンの黒燕はシフォンと同じツーサイズだけど、一回りくらい小さい。
ノーマンは遠慮がちに言った。
「えっと、怒らないでね?」
「は?」
「ポールに貰ったんだ。本当はポールと同じスリーサイズが良かったんだけど、貴重で今はいないからって」
「ちょっと待て。どういうこと?」
「ポールは、詳しくは知らないけど黒燕となんていうか、知り合い、仲良しなんだ。レーナのシフォンも、ポールに貰ったんだって。ぼくのジェマも」
ノーマンの黒燕──ジェマが嬉しそうに鳴いた。二人はすでに仲良しらしい。
おれは誰にも聞こえないように呟いた。
「またポールか」
一々カッコいいよ。ほんと。神聖で速い鳥と仲良しで、それを人に簡単にプレゼントできるんだから。
「ショートもまだペットいないんでしょう? だったら」
「ふざけるなよ。誰がお情けでポールのおさがりなんているんだ?」
「ちょっとそんな言い方!」
「特訓会のことも聞いた。お前ら悔しくないのか?」
おれはノーマンの胸ぐらを掴んで、顔を近づけた。
「なんでもマネして、おさがりばかり。そんなんでレーナが振り向いてくれるわけないだろ。それとも、あきらめたのか?」
「あきらめたわけじゃないよ! ポールはすごくカッコいいし、優しくて、尊敬してる。だからなんていうか、託す? みたいな」
「託す? レーナに見向きもされてないおまえが何を託すんだ?」
「ちょっと!」
レーナがおれの手を無理やり引きはがした。
「あなた最近変よ! イライラしてるからって私たちに当たらないでよ!」
「はぁ?」
「事実でしょ。馬鹿にされたからって何よ! そんなに卑屈になって。ここに来る前とは大違い」
「そりゃそうだ。だって、おれが落ちこぼれかどうかなんてわからなかったもんな。おまえだって、アルマスって名前が珍しかっただけだろ?」
「なんてこと言うの! そんなわけ」
「どうかな。もうおれみたいな不良品より、カッコよくて真面目で天術も上手いポールの方がいいだろ? 今じゃ友だちだって困らないんだから」
「そんな……。ねぇ、私たち三人、友だちじゃなかったの?」
「昔の話だろ」
レーナは目を見開いた。顔は真っ青。
ここで初めて、おれは言い過ぎたと後悔した。グアルディーの言ってたことを思い出した。怒りは最も強い。その通りだ。今すぐ謝りたいのに、おれは謝ろうなんてみじんも思ってない。
レーナが目に涙を溜めて叫んだ。
「だったら行けばいいでしょ! ジャックと二人。ずっとそうやってバカ同士仲良くしとけばいいのよ!」
「そうだな。そうするよ」
おれは大股で、足に精一杯力を込めて歩いた。そうしないと、後悔の重みで崩れそうだったから。
後ろでは、クラスのやつらがレーナたちを励ます声が聞こえた。「なによあいつ。ポールとは大違い」。
もう何度も言われたセリフだ。勝手に比べて、勝手に失望される。
くそっ。
おれはスピードを上げた。
途中でジャックが声をかけて来たけど、おれは「今は一人になりたい」と言って離れた。こんなセリフ、ジャックにも嫌われるかもって思ったけど、ジャックは笑ってうなずいた。
おれは結局、みんなから離れた端っこに座ることにした。授業が始まって、グアルディーが熱心に説明する。
「まずは、前回教えた天術。伝言するを自身のペットにかけてください。そうすれば、脳内で会話ができます。二言三言挨拶しながら、動物と話す感覚を覚えなさい! そしたら後は挑戦あるのみです。とにかくめげずに話しかけなさい。話したい、という思いをぶつければ、自然と言葉は出てきます。モノマネをするんじゃありません。会話をするのです!」
おれの相手は、学校が勝ってる白い猫。ショコラ。三ヶ月前に生まれたらしい。
どうせ術はできないんだから、おれはダメ元で話しかけた。
「こんにちわ」
当然返事はない。あきらめてぼーっとしとくことにした。退屈になったのか、授業が半分くらい進んだとき、ショコラはあくびをしながら小屋に帰っていった。
おれは手で輪っかを作って口笛を吹いた。しばらくして、鷹がおれの肩になった。
鷹は、なんていうか、基本的にハンサムだ。
「やぁ、おれは──」
「ショート・アルマス様でしょう?」
なんてこった。声までハンサムだ。
「知ってるなら早いや。おれのペットにならない?」
「残念ながら」
鷹は頭を振った。
「あなたにはすでに相手がいます。それを自覚しない限りは」
「それって、リゼフのこと? たしかに血の契りは交わしたみたいだけど、人間だぜ?」
「そうではない。私たちはあなたの言うことにはおそらくなんでも従うでしょう。なぜならあなたは私たちの王であるから。しかし、直属の王ではない。言うなれば王の王。王を差し置いてあなたに付き従うわけにはいきません」
「意味がわからないんだけど。ちゃんと説明しろって」
鷹はおれの肩から降りて、目の前に浮いた。
「残念ながら、私がお話しできるのはここまでです。あなたは自分で気がつかなければいけない。では」
そう言って、鷹は空高く飛んでいった。
おれは地面を叩いた。結局おれは、鳥一羽にすらまともに相手されないらしい。
授業が終わって、夕食に大広間へ向かった。途中でノーマンとレーナと目があったけど、にらんで目をそらされた。レーナの目は真っ赤だった。それを見て、本当は謝るつもりだったのに、おれはなぜかにらみ返しただけだった。
「おいアルマス! 元気ないな。また術が上手くいかなかったか?」
大広間に入ってすぐ、クラフトと取り巻き三人に絡まれた。おれはクラフトの顔を掴んで無理やりどかした。
「今はおまえたちに構ってる気分じゃないんだ」
精一杯声を低くして言ったけど、クラフトは笑うだけ。おれは手首を掴まれて、元の場所に引き戻された。
「なーにが気分だよ。いい気分のときなんてないだろ? 落ちこぼれは大変だな」
おれはクラフトをにらんだ。クラフトの顔から笑顔が消えた。
「なんだ、その顔」
おれは肩を押されて、後ろにさがった。
あまりにも調子に乗りすぎだ。おれがなにもしないと思って。
「どけよ。邪魔だ」
おれは思いっきりクラフトの顔面を殴った。クラフトは後ろへ飛んだ。いい気味だ。けど、本当は気絶させるつもりだったのに、クラフトは顔を真っ赤にしてにらみながら立ち上がった。
「よくもやったなアルマス! 出来損ない劣等遺伝子のくせに」
「殴られ足りないみたいだな」
おれはクラフトに襲いかかった。けど、拳が当たる寸前で、クラフトはおれに手を向けて唱えた。
「反発せよ!」
おれは後ろに吹っ飛んだ。背中にテーブルが当たって、今日の夕食がひっくり返る。おれの頭はスパゲッティをかぶって、オレンジ色のカツラみたいだ。
クラフトは取り巻き達と大爆笑。いや、それだけじゃない。他にもおれのことをクスクス笑ってるやつらがいる。
「ちょっと、やめなさい!」
奥の方からメアが怖い顔で向かってきた。大広間へいた先生も何か騒ぎが起こってることに気がついたらしい。こっちをジロジロ見ている。
けど、そんなの関係ない。おれは完全に怒った。クラフトに目にものを見せてやる。本当に才能があるなら、力を使うのは今だ。おれは立ち上がって前に出て、一か八か叫んだ。
「リフュ──」
「レボルツィオーネ!」
クラフトの方がずっと早かったし、おれは術が使えなかった。また後ろに吹っ飛んだ。今度は衝撃でテーブルが崩れた。背中がむちゃくちゃ痛い。
またみんなが笑った。おれの顔は真っ赤になってたと思う。死ぬほど恥ずかしくて、死ぬほど情けない。
「なにもできないくせに向かってくるからだよ。わかったら今度からは大人しくしてろよ」
おれは悔しくてそこら中をガキみたいに殴りまくった。泣いてたかもしれない。
そんなおれを見て、みんなはまた笑った。
「なんの騒ぎだ? どきなさい!」
「いい加減にしなさい! ショート・アルマス!」
先生とメアはご立腹。視界の端にレーナが見えた。
「ショート!」
心配そうに叫んだ。レーナを見ると、隣にはポールとノーマンがいた。というか、ミカエル寮の一年は大体いた。笑い堪えるか、哀れみの視線を向けるかのどっちかだ。
おれはとうとう我慢の限界になった。もうこれ以上は自制が効かない。
頭に血が上って、背中の痛みすら忘れた。
おれは痛みをこらえて、雄叫びを上げながら立ち上がった。
その瞬間。大広間が激しく、大きく揺れ出した。ガレキは震えてガタガタを音を立てる。
「クラフト・リーボック!」
おれの周りにあるガレキや食器の破片が、おれの怒りに反応するみたいに、宙に浮いた。揺れはさらに勢いをます。立ってるのがやっと。いや、もう何人は勢いよく転んだ。
けど、この揺れは地震じゃない。地面だけなんて生優しいものじゃない。この空間──空気も床もなにもかも──大広間そのものが揺れている。
この後のことは、正直なにがどうしたかって、あまり覚えてない。おれは気づいたら倒れていて──って、はいはい。わかってる。真面目に話すよ。
けど、本当に覚えてないんだ。例えば、「どうやって前に歩くの?」って聞かれたら「片足ずつバラバラに前に出せばいいよ」って答えるだろ?
けどじゃあ、「どうやったら足は前に出るの?」なんて聞かれたら答えられない。当たり前に、自然とできることだから。今のおれはまさにそれ。
だから最初、おれはふしぎだって思った。力は無限に湧いてくる。フェニーチャーに身を委ねたとき以上だ。そして、その湧き出る力の使い方も、手足を動かすよりも自然にわかっていた。
なんでおれは力が使えなかったんだ? こんなに簡単なのに。なんでなにもできないまま笑われてたんだ? そうだ。気に入らないなら吹き飛ばせばよかったのに。ふしぎだ。
おれの体は宙に浮いた。どこまでも上がれそうだったけど、天井に当たる前にやめておいた。多分十メートルくらいの高さだ。
みんながおれを見上げている。それは明らかに、さっきまでのバカにしたり、哀れんだりする目じゃなくて、不安でいっぱいって感じ。恐怖の対象みたいだ。先生の誰かが叫んだ。
「アルマス! やめなさい!」
振動でシャンデリアやテーブルは粉々に割れて、大広間の壁は欠ける。
おれは両腕を広げて、ゆっくり上げた。それに反応して、下にあるガレキはおれを囲うように上がった。
ほんの数秒で、おれの後ろにガレキで真っ黒の分厚い壁ができていた。揺れはなおも激しくなる。もうほとんど誰もまともに立てない。
クラフトたちはすっかりへっぴり腰だ。
「クラフト! 許さない……!」
おれはクラフトたちに向かって、弾くように手を払った。
すると、気圧がクラフトたちを、ものすごい勢いでふっ飛ばした。
取り巻きのエディ、リック、ウォーリーは気絶したらしい。クラフトだけが、体中擦り切れだらけで、なおも立ち上がろうとしている。
おれは雄叫びを上げるか、もしくは不気味な笑い声をあげていたに違いない。この辺は意識が曖昧だ。
空気が空中にあるガレキたちも巻きこんで、ものすごいスピードで動いた。力がどんどんあふれてくる。
大広間の揺れは、上下左右縦後ろ斜め、色んな方向に激しさを増す。
悲鳴を上げ、泣き叫ぶ生徒もいれば、ただ唖然として言葉を発さない生徒。気絶してるやつもたくさんだ。
「やめるのだ、ショート・アルマス!」
「アルマス!」
騒ぎを聞きつけたのか、大広間にデルマートとグアルディーが入ってきた。おれは思い出した。怒りのままに力を振るえば、他人をひどく傷つける。最悪自分も。
けど、もうそんなのどうでもいい。
心のどこかで止めなきゃなって冷静になった自分がいることは間違いない。
けど、力の止め方がわからない。あふれて止まらない。おまけに怒りで頭が真っ白で、まともになにも考えられない。
デルマートが叫んだ。
「仕方ない。少しだけ我慢しなさい!」
デルマートが頭上で腕を三周回した。すると、どこからともなく大量な水がどこからともなくあふれてきた。それをおれに投げつけた。けどそれは、おれに当たる前に弾け散った。
なるほど。おれの周りには、見えない大気の壁がある。
水を呼び出して、それを操り、投げたのはたしかにデルマートだ。けど、おれを覆う壁に当たって、水は弾けた。
空間そのものがおれに従っている。大広間内なら、生徒の人数、一人一人の体勢、ガレキの数ですら、頭の中に流れこんでくる。
そして、たった今弾け散った水も同じだ。
もうデルマートの物じゃない。この大広間という空間にあるなら、おれの支配下だ。
案の定、水はおれの思い通りに浮いた。おれの周りで渦を巻く。
そのとき、急に体中に痛みが走った。
おれは悲鳴を上げた。無限の力に、体がついていけなくなったんだ。全方向から、細胞一つ一つを引っ張られるような痛みが走った。
裂けて、弾けて、チリになりそうだ。止めたいのに止め方がわからない。どうしてもあふれてしまう。さらに振動の激しさはまし、渦巻くスピードも一気に加速した。
おれはほとんど悲鳴に近い叫び声を上げながら、ガレキや水、その全てをクラフトに向けた。空間そのものが爆発するみたいだ。このままじゃ全員死ぬ。
「防御せよ!」
デルマートが叫んだ。
金色の透明な壁がみんなの頭上を覆って、おれの力とぶつかった。
その瞬間、おれの力はピークに達した。ものすごい衝撃が走り、大広間が爆発した。
おれはいつのまにか、床に普通に立っていた。痛みは引いて、揺れも治った。周りを見ても、ぱっとみ大きな怪我した人はいなさそう。天井も見上げると、半分くらいなくなって、日の落ち始めたオレンジの空が見えていた。壁も、床も、ヒビが入ったり穴が空いたりめちゃくちゃだ。
前を見た。デルマート、グアルディー、そしてリゼフが心配そうにおれを見つめている。
「ショート!」
どこかで、おれを呼ぶジャックの声が聞こえた。
それを最後に、おれは意識を失った。
こんな状況でも、おれは例によって夢を見た。
「ふふふっ」
そこは森の中。木々は一々大きくて、あまり日の光は通らない。
おれは悪魔だ。それもけっこう偉い。今回はテロを起こしにきた。
金属音のような鋭い声。手はゴツゴツ硬そうで、爪が長くて尖っている。けど一番おかしいのは、体が緑色ってところ。
おれは手下に、将軍と呼ばれている。ゴブリンが一体、おれに膝をついた。
尖った鼻と耳。牙を持ちつりあがった口。緑の体。ゴツゴツしている。そうか。今わかった。おれはゴブリンだ。ゴブリンの将軍なんだ。
「例の物も見つけました」
おれは高らかと笑った。
デルマートさえいなければ、この調子だ。森中で生徒たちの悲鳴が聞こえる。雷撃が飛び交い、何十人もの天使のガキを殺す。そして、あれがあれば、あの方をも蘇らせることができる。
「ならばすぐに取ってこい。おれはやつのところへ向かう」
そうだ。目的は一つじゃない。やつを魔王の元へ連れて行く。いまいましき血を持った男。我らの仇の息子。そして、俺たちのもう一つの目的の、悪魔の王。
待っていろ。ショート・アルマス。そしてフェニーチャー。
ふと、足下を見て、ショートの方のおれは絶句した。
なんで今まで気がつかなかったんだ?
タイトスカートの黒いスーツと黒いタイツ。黒く綺麗な長い髪。こっちに尻を向けて倒れている。体は自身の血に染まって真っ赤だ。アネット・グアルディーが死んでいる。
おれだ。おれが殺したんだ。なぜって? 邪魔だったから。「目的はなんだ」だの「ショートは渡しません!」だのうるさかった。この歳にしては強かったが、しょせんおれには敵わない。殺してやった。このゴミが。
おれは唾を吐きかけた。
そして、ショート・アルマスに向かって歩きだす。森の先に、大きな時計台が見えた。
おれは頭を必死に整理した。
これは予知夢だ。つまり、そう遠くない未来、ゴブリン軍団がニュースルクスを襲う。あれとおれを狙って。その途中、多くの生徒とグアルディーが死ぬことになる。
悪夢だ。




