第3話 動き出した巨悪
今回は敵側、犯罪組織視点の話になります。
広々とした部屋の中央に4人掛けの大きな革張りのソファーが3つ、
大理石のテーブルを囲むように配置されていた。
そこに10人ほどの男達が腰かけて、招待者を待っていた。
全員がよく鍛え上げられた身体、鋭い眼光、
それに一目で堅気ではないことがわかる風貌をしていた。
床には派手な絵柄の絨毯、そこかしこに豪勢なインテリアが飾られている。
良く清掃が行き届いており埃一つ見当たらない。
ここは王都郊外某所にある、多種多様な違法ビジネスで巨額の利益をあげている
犯罪組織“ディアブロ”の隠れアジトの一室であり、
この場にいる者は組織内外から集められた“殺し屋”だった。
静寂の中廊下からこちらに近づいてくる足音が聞こえたかと思うと
ドアが開き、30代半ばほどの魔法使い風の男が側近を引き連れて入ってきた。
来客達の視線がその男に集まった。
ウェーブのかかった長い黒髪に深紫のローブをなびかせ、
その顔には多数の皺が刻まれていた。
男の名はアウグスト・レーヴェン。
犯罪組織ディアブロの中でも最も高い戦闘力を持つ
“羅刹”と呼ばれる大幹部の1人であり、
“裏社会で最悪の魔法使い”と恐れられている男だった。
「忙しい所、よく集まってくれた。」
アウグストが男達に呼びかけた。
「既に聞き及んでいる通りだが、このディアブロで人身売買を統括していた
幹部のアビダが側近ともども殺害された。犯人は捕まっていないが、
同時刻に周辺で仮面を被った不審人物が目撃されている。」
アビダの隠れアジトがあった王都貧民街では、主人を失い統制をなくした
組織の構成員が何人も警察に捕縛されている。
捕まった者の正確な人数はまだわかっていない。
「例の“鉄仮面”とやらの仕業か。」
「奴は過去にも我々の仲間を殺しているが、このクラスの幹部は初めてだな。」
「王都警察は一体何をしているんですかね?最初の事件から2年が経つのに
犯人の顔も名前もわかっていないってのは…」
「もしかして鉄仮面は警察とグルなんじゃないか?」
殺し屋達は格上であるアウグストに対しても臆する様子がなかった。
「警察は現時点で鉄仮面の正体については…全くわかっていないそうだ。
いくつかの説はあるが、どれも証拠はなく予想の域を出ていない。
これは警察内部にいる我々の協力者からの情報だ。」
アウグストはある警官が『鉄仮面はディアブロ内部にいる。』
と主張したことを協力者から聞いて知っていたが、
この場では言わなかった。
言えば無用な混乱を招くことは明らかだった。
「話を進めるぞ。ともかくこの件に関しては警察は全く当てにならん。
だが、鉄仮面を警察が逮捕できないなら、我々の手で始末するまでだ。」
アウグストは続けて言った。
「つい先ほどだ、組織の最高幹部が会合を開いた。
そこで全会一致で決まったことを伝える。
組織の総力を挙げて鉄仮面を抹殺することが正式に決定した。」
アウグストがそう言うと殺し屋達はその言葉を待っていたかのように
歪んだ笑みをみせた。
「やっとか、俺に命令を出せばすぐにでも八つ裂きにしてやったってのに。
警察は鉄仮面を“一流の殺し屋”と評したそうだが、全く笑わせてくれる。
どうやら連中は“本物の殺し屋”を知らないらしい。」
顔中に入れ墨を入れたドレッドヘアーの筋骨隆々の男が
薄ら笑いを浮かべながら言った。
“音無し”のザッド――組織に所属する凄腕の殺し屋だった。
「全くだ。奴の犯行なんて俺達なら朝飯前にできる。」
フリーランスの殺し屋で、裏社会で知らぬ者はいない
“首狩り”のジュノスも同調した。
さらに周りの者も彼らに同意するように頷いた。
その中で別の殺し屋から、もっともな疑問があがった。
「しかし、鉄仮面の正体について目星は付いてるんですかい?
さっき警察には何もわかっていないと言いましたが、
さすがに標的が不明じゃ殺しようがありませんぜ。」
それに対するアウグストの返答は衝撃的なものだった。
「――疑わしい者を全員、順番に殺していけばいい。
そうすればそのうち鉄仮面にたどり着く。」
騒いでいた殺し屋達の声がピタリと止んだ。
「疑わしきは罰する…か。」
数秒の静寂の後でザッドが呟いた。
アウグストは鞄から書類を取り出すと側近の部下に渡し配らせた。
書類が行き渡ったのを確認すると再び口を開いた。
「これは組織が鉄仮面の疑いをかけている者のリストだ。
ここに載っている者を全て殺し、犯行が止まれば
その中に鉄仮面がいたという事になる。
もし止まらなければ…
新たなリストを製作し、同じことを繰り返す。
ここに載っている者を殺したら1人につき1億の報奨金を出そう。」
「1人殺せば1億だって!?」
殺し屋達は狂喜しながら配られた“容疑者リスト”を開いた。
凄腕の賞金稼ぎのコーディ、救国の英雄ライオネル、
AAランク冒険者の“龍殺し”セルベラに“不死者狩り”ミスト…
掲載されているのは錚々《そうそう》たる顔ぶれの強者ばかりだった。
どの人物の経歴を見ても5000万ゴールドの賞金首を捕えたとか、
討伐難度最高ランクの魔獣を狩ったとか華々しい偉業が書かれている。
――そして、リストには王都警察のシャノン巡査部長の名前も載っていた。
「シャノンは俺達に殺らせてくれ。」
外部の殺し屋のワルター兄弟が言った。
「昔シャノンは“羅刹”のフリッツと戦ったが、生き延びている。
つまり奴を殺せれば――アウグストさん、あなた方と同格と言える訳だ。」
「大した自信だな…頼もしい限りだ。その自信に見合った働きを期待しているぞ。」
アウグストは皮肉を込めて答えた。
「英雄ライオネルは俺が始末してやる」
「“早い者勝ち”でいいんでしょうね、俺が全員殺してやりますよ。」
周囲が騒ぎ立てる中、ザッドはリストを眺めながらふと思った。
――1人や2人じゃない。
殺せるだけ殺してしまってもいいな…。充分勝てる相手ばかりだ。
一体何億稼げるだろう…。
笑みを浮かべながらリストを捲っていくと、見慣れない名前があった。
人相書きは他の者と比べ曖昧だが、その男はまだ10代に見えた。
リストの中で目立って若く、さらに経歴にも
『孤児院を出て、その後行方知らずになった。』
などといったことしか書かれていなかった。
つまり他の者と違って、強さを示す経歴が載っていないのである。
――名前はノエル・ロンバード…か
なぜこんな孤児院育ちの若造が混ざっているのだろう?
まあいい、誰を殺しても1億だ。
確実に殺せる標的から片付けてしまおう。
ご読了ありがとうございました。次回からまた警察視点に戻ります。