兄の行方
兄が居なくなってしまった。
私が兄と最後に会ったのは、私が学校から帰った時だった。珍しく、兄が私の部屋にたずねてきたのだ。
何時もなら茶室に呼び出すのにあの日に限って兄はプライベートを強調しようとしていたように思う。
わざわざケーキまで用意していたのがその証拠だ。我が家で菓子と言えばお茶請けのお煎餅か、甘味といえば春秋の彼岸の牡丹餅とお萩、焼き芋くらいか栗の甘露煮か……。
ケーキを前に戸惑う私に兄は苦笑いを浮かべてい言ったのだ。
「今の若い娘らしく甘味に喜びを見せたらどうだ? 誰も咎めはせんよ」
と。
私は何れ機会があれば、と返した。その時、兄は悲しげで寂しそうな表情になり、「そうか……」と大きな手で私の頭を撫でた。
兄は先ほどの表情など無かったかのように笑い、好きなものを食べろとケーキを薦めてきた。
好きなものをと言われてもケーキの種類などわからないのだが……。私は栗の甘露煮が乗った黄色い山のようなケーキを選んだ。今度は自分でも買ってみようと思う。
兄との話は他愛もない会話をした。兄は私が年頃の娘と同じように過ごすことを望む。
……叶わぬと知っていても。
そして、兄は知人の学者と小説家、そして助手を務めていた人たちを探しに行くと言っていた。場所は無人となった孤島にある廃墟となったサナトリウムだと言う。
彼らは取材途中で行方不明になったという。宿から兄宛に連絡があったのだ。
ただ、兄も私情だけで知人を探しに出かける訳ではなかった。
その無人島は心霊スポットだという。以前より興味本位で胆試しが行われていて、帰還者は怪奇現象を見た、体験したと語り、日に日に憔悴し、明るい性格だった者は暗い性格となり、居るのか居ないのか存在感が薄くなり、やがては引きこもり、こんな奴がいた、と思い出した時には音信不通となり、行方は杳として掴めぬままだと兄は語った。
中には島に入ったまま帰らぬ者も存在するというが、場所が場所だけに自殺した、自ら行方を絶った、と片付けられた。その様なお遊びの失踪に警察が真面目に取り合う訳がない。また自殺も対人関係など良くある悩みの末、と片付けられた。
兄は自身の私情と任務が重なった為、任務を承諾。 上から正式に怪奇現象の原因を突き止め、解決せよと命が下ったというわけだっだ。
そして、調査に赴いた兄も消息を絶った。
兄は出立する前に言っていたのだ。今度は店に食べにいこうと、あの兄が私との約束を違えるはずがない。
『指切りまでしたんだ。大切な人との約束は何が何でも守りたくなるものだろう?』
と言った兄が、だ。
兄の荷物が置きっぱなしであり、取りに来て欲しいと。兄は自分が居なくなった際は私に荷物を、と置き手紙を残したままもどらず、宿泊期限が来てしまったのだ。
私は今、兄が消息を絶った島へ向かう船に乗っている。