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異世界にTシャツを

作者: ゆっくり会計士

「おい、店主!なんだこれは」


目の前には女騎士。


泣く子も黙るザロ騎士団の切り込み隊長クレア・デルゲートが怒鳴っていた。


「はい、何か商品にご不満でも?」


「私が買うつもりだったこの剣だ。さっき選んだ時にはこんな刻印はなかったぞ」


怒鳴りながら長剣の柄をさし出す。金髪と大きな胸が揺れた。


「そうでしょうね。今入れましたから」


「一瞬でか?どうやって?、、、いや、なぜ入れた」


「いい剣ですのでサービスです」


「はあ?入れるのなら、普通家紋とか名前だろ。なんだこの、やたら目の大きな、女の子の顔は」


「え、わかりませんか?それはクレア様の似顔絵です」


「これが私だと!ふざけるな、そんなわけがあるか」


「いえいえ、誇張された絵ですがまぎれもなくクレア様です。ウソだと思うなら誰かに見せてごらんなさい。よく似てると言われること請け合いで」


「こんなもん他人に見せられるか!なんなんだ、お前は」


「名前や家紋なんてありふれています。


それはただの所有の記載です。ですが美少女絵は違います。あなたがその剣で敵を切り裂くとき、その刻印は殺戮の世界をキュートでビビットなものに変え、あなたの美しさをたたえ、クレア・デルゲートをお話のヒロインに変身させるのです」


「なにを言っているのかよくわからんのだが、この刻印には付与魔法があるということか?」


「あ、切れ味二倍と耐久性三倍の効果が付いています」


「なんだと」


クレアが剣を抜き近くに置いてある素振り用の木剣に振る。


スパッと木剣は真っ二つになった。


「ええっ?なんの抵抗もなく、、、嘘だろ。さっき見た時はこんなに切れる感じでは、、刃こぼれもしていない」


「だから効果を付与したんですってば。あと回帰魔法も付与しましたから、どこかで落としたり盗まれたりしても、あなたのところに戻ってきます」


「・・・」


呆然とするクレア。


「嫌なら刻印を消しますけど、普通の剣になりますが」


ガバッと剣を抱きしめるクレア。


「いや!このままでいい!気に入った」


「お買い上げありがとうございます」


「8万ゼニーとは安いな。そこらへんの剣の値段じゃないか」


「開店間もないので勉強させていただいています」


「10万払おう。お釣りはいらん」


「おお、ではこの肌着をサービスさせてください」


「なんだ、にぎやかな肌着だな。柄だらけだ」


「はい、呪術師が入れる入れ墨をプリントしました」


「この肌着の柄に効果があるのか」


「はい、入れ墨と同じ効果です。クレア様のお美しい肌に無粋な入れ墨は似つかわしくありません。ですからこのシャツで十分かと。この木の模様が毒無効。この天秤が衝撃軽減。この羽がスピード増加この血と肉の模様が筋力増強となっています」


「この肌着も3着買おう」


「では1着はおまけで剣と合わせて10万ゼニーですからぴったりですね」


「む、なんかそれだと悪いことをした気がするんだが、よく考えたら今日は持ち合わせが・・・」


「いえいえ、十分儲かっています。クレア様にはこれからも御贔屓にしていただければありがたく思います」


「・・・この肌着だが、背中に女の子の、、いや、私の似顔絵があるんだが」


「それこそこのシャツ、いえ肌着の命です」


「必要なのか?」


「はい」


「・・・まあアーマーとマントで見えないからいいか・・・」


「毎度ありーー」







「北のダンジョンで大量発生した魔物が町に向かっている。ザロ騎士団はただちに迎撃せよ」




「おい、クレア!先走るな。突出すると集中攻撃を食らうぞ」


「わかっている!・・・わかっているが、、はうっ、、とうっ、、まずい。まずいぞ、、どうしても飛び出してしまう」


「なんだ、今日のクレアは。いつもに増してめちゃくちゃ強くないか。おい、全員クレアに続け」


「はう、身が軽い。剣が切れすぎる。全然疲れん。・・・こんなにも道具が便利だったら、もうこれから離れられなくなるではないか!わたしは騎士として堕落したんじゃないのか。くっ、なんてノロノロ動く魔獣どもだ。もういい、突出しても構わん。斬って斬りまくってやる」


「わあ、団長。クレア隊長が暴走してます」


「くそ、もうアイツはほっとけ。クレアが取りこぼした魔物を倒すんだ」







「いやー、今日の隊長はすごかったすねー」


「その・・・チームワークを乱して申し訳ない」


「本来、たっぷり説教をくれてやるところだが、まあ、結果オーライだ。飲め」


「はい」


「なんで飲み会でマントとアーマー付けてるんですか。返り血だらけじゃないですか。外しますよ」


「あ、いや、それは・・・」


「え?」


「は?」


「なに?」


「・・・その、、この肌着はだな・・・」


「なにこれ、クレア隊長の似顔絵じゃないすか」


「や、やっぱり私に見えるのか!」


「チョー可愛いすよ」


「は?」


「あたしも欲しいー」


「かわいい?・・・こ、これを欲しいのか」


「まあ、あたしみたいなゴリラ女の似顔絵じゃあ可愛いくならないから、やっぱクレア隊長の絵がいいすね」


「いや、十分愛らしくなると思うが」


「え?まじすか。な、なりますかねえ。てへへ、どこの店で買ったんすか」


「こないだ開店したルナネコという武器屋で」


「あー、あれ武器屋だったんだ」


「じゃあその剣もそこで買ったすか?、、ああ!剣にも似顔絵があるう!めっちゃ可愛いっすよお。絶対あたしも買いに行こう!」


「ま、まあいい武器屋なので私も勧めたいのだが、、店主がちょっと変わり者で・・・」


「いやー、でも隊長がこんなかわいらしいのが趣味だったなんて意外っすよ」


「別にこれは私の趣味では・・・」


「そーそー、どーしても隊長は堅物に見えてちょっと距離を置いちゃいますからー」


「・・・そうなのか」


「イメージ変わっちゃったすよ」


「まあ、そんなに堅物ではないのだが」


「あたしも可愛いの大好きなんで~そのルナネコに連れてってください」


「『も』じゃない。連れて行くのはいいが・・・」


「え、、ひょっとして、めっちゃ高いんすか?」


「そうじゃない、逆に激安なんだ。・・・なにかウラがあるんじゃないかと思うほど・・・」







「店長ぉ、今日も騎士団の人たちがめっちゃ買いまくって行ったにゃあ。しばらく店を閉めて、武器の仕入れに徹したほうがいいんじゃにゃい?」


と言っているのは目の前の猫耳女店員。


店主である南山が作った柄入りのTシャツを着ている。もちろん胸と背中には猫耳少女の柄。


「たしかに武具がないですね。しかしシャツは在庫があります。次を仕入れるまでシャツを売り続けます」


「じゃあしばらく服屋になるにゃあ?」


「そうなりますね。だがこのシャツは防具と変わりません。いずれ彼らは気が付くでしょう、くっくっく」


「何に気が付くにゃあ?」


南山が愉快でたまらない様子で言う。


「つまり『あれえ、このシャツがあれば防具なんか必要ないじゃん』ってことにですよ。ふははははー」


「いいことにゃあ。なんで悪い領主みたいな笑い方するにゃ」


「悪い領主を見たことあるんですか?」


「んにゃ、お芝居でだけにゃ」


急に真面目な顔になる南山。


「そう、そこです」


「にゃ?」


「この世界の娯楽はお芝居、せいぜいが人形劇です」


「人形劇は大好きにゃあ」


「・・・二次元が足らないんですよ!」


「にじ・・・?なんにゃ?」


「アニメや漫画が欲しい!だが私に絵心はない。それでも元の世界でやっていたシャツのデザインはできる。魔道具製図ツールを使って超人シャツを作り、大儲けして絵師を雇って、私が大好きだったアニメや漫画をこちらの世界で再現するのです」


「うう、なんだかすごい野望があるにゃ。全然わかんにゃいけど」


「いずれこの世界からもオリジナルの漫画やアニメが出てくるでしょう。楽しみです」


「なんか育てるのにゃあ?でもそれを店長が気に入るかどうかわかんにゃいにゃ」


「たしかにたしかに。ところで、なぜ私が君を雇ったと思うね?」


猫耳店員は腕を組んで首を傾げた。しっぽがくいっと上がる。


「うーん、わかんにゃい」


「それですよ!」


「ど、どれにゃ?」


人の嗜好は千差万別。


だからみんなの嗜好を私に少しでも寄せよう。


このTシャツには隠された呪術が仕込まれている。


それがあのファンシー美少女イラストの真の付与魔法。


さあ、この世にペストのようにはびこるがよい。


『萌え』よ!







小雨の中、クレア・デルゲートは飲み屋から自宅へと帰っていた。


騎士団員になってこんなに人と話したのは初めてだ。


不愛想な女だとみんなに避けられていたのかもしれない。


団の皆と親しくなれたのはよかった。


これもこの肌着のおかげか。


部下のバスケがあんなにルナネコの商品に食いつくとは思わなかった。普段は男よりも男らしい騎士なのに。それにしてもバスケが連発していた「可愛い」がどういうことなのか、いまひとつピンとこない。




薄暗い路地を通り過ぎようとしたクレアはそこにあるものを見て、凍り付いたように立ちすくんだ。


「だっ、誰がこんなことを・・・」


周りを見回すが、雨でもやがかかったような景色ばかり。厚い雲の向こうで日も暮れかかり、誰もいない。


恐るおそるそれに近づく。


雨に濡れた箱の中でそれは震えていた。


クレアが箱に手を触れると、それはクレアの手に顔をこすりつけた。


「ニャア~」


ぐはっ!


クレアは頭部を殴られたような衝撃を受けてのけぞった。


「かっ、、、かわいい~!」


かすかにシャツが光ったのにクレアは気が付かない。


もう一度周囲を見る。誰もいない。よし!


箱ごと子猫を抱えて濡れないようにマントに入れ家路を急ぐ。


早く帰るんだ。今日の牛乳が届いているはず。


今夜はこの子の面倒を見て、、、一緒に過ごすのか。


クレアは今初めて自分が孤独だったことを知った。


これからは誰もいない家に帰ることはない。


家でこの子が待っている。


「ふへへへへへ」


バラ色の未来が頭に浮かび思わず笑みがこぼれる。


雨が止んだ。


水たまりを跳び越えるクレアの足は羽のように軽かった。




(終わり)

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