表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/31

第九夜 貧しい心

「あのバイクに乗った時、思いついたんだ。こうすれば全力が出せると」


「祟られました」


「これほどの屈辱を味わわせておいて、情けをかけたつもりか。殺す、おぬしを殺す、餓鬼も殺す、そこで寝てる女も殺す」


「さよならだ」


妖怪、それは人の世に潜む異形の者。

そして人に仇なす妖怪を人知れず始末する彼らもまた、

怪物と呼ばれた──

雨降りの朝、巧は一人歩く。人のまばらな土曜日の街を歩くのは、妹の誕生日を祝うためだった。雨滴が傘を打ち、パラパラと音をたてる。財布の中には小遣い全額、ケーキ一個分のお金が入っていた。背後から声がする。


「巧くん、どこ行くんですか」


そこには、ずぶ濡れの瑠璃がいた。


「ケーキを買いに。妹が誕生日なんだ」

「家族でお祝いですか、いいですね」

「家族っていっても親が仕事だったり寝てたり、結局僕と妹だけでのお祝いになることが多いんだけど」

「そうなんですか。私も行っていいですか」

「ああ」


瑠璃は巧の傘に入る。


「雨の街っていいですよね」

「僕は好かないかな。濡れるし」

「でも、傘があるから濡れない。巧くんが傘に入れてくれるから」

「入れないって言ったら、どうするつもりだったんだ」

「面白い質問しますね。そんなの考えもしませんでした」


目的地に着く。ケーキを選び、会計の時になって気づく。財布がない。どこかに落としたのかと勘ぐり、彼は店を出る。来た道を引き返すと、すぐに見つかった。手を伸ばし、まさに掴もうとするその瞬間、野犬に攫われる。あまりに早く、追いつけない。巧は瑠璃の方に振り返り、言う。


「ごめん、待ってて」


ベルトに円錐を差そうとするが、手を止める。月の円錐は半月になったままだった。力が暴走して以来、彼は恐れていたのだ。狼の速さには頼れず、それでも追う。あと少しで追いつこうというところで、異変が起きた。野犬が土手を転げ落ちていったのだ。そのまま財布もろとも川に落ちる。


「ああ、もう」


巧は川に飛び込み、手を伸ばす。どうにか犬は救えたが、財布は流されてしまっていた。瑠璃のもとへと戻る。


「財布、川に流されちゃったよ」

「それは困りましたね。あいにく私も手持ちがないのです」


彼は考え込む。が、すぐに歩き出した。



巧は陰陽堂の扉を開ける。中には憂介がただ一人、体を鍛えていた。


「どうした、小僧」

「あの、前に給料はちゃんと出すって言ってましたよね。いつ入るんですか」

「要らないって言ってたくせに」

「妹を祝わなきゃいけないんです」

「仕方ないな」


憂介が封筒を渡す。が、巧が受け取った瞬間に窓から突風が吹き込み、封筒が飛ばされる。


「やっぱり、何かおかしい」


振り向くと、和装の老人が浮いていた。服のところどころに継ぎ接ぎがある。


「いいじゃあないか、贅沢は人を堕落させる。幸せは、貧しさの中にこそ埋もれてるものよ」

「もしかして、貧乏神」

「様をつけろ、様を」

「様をつけたら、いなくなってくれるのか」

「考えてやろう」

「貧乏神様、どうか去ってください」

「断る」

「なんで」

「貧しくなることは幸せに近づくことだからな」

「妹の誕生日にケーキを買うのが不幸ですか」


巧が答えたところで、憂介が止めに入る。


「このままじゃ話は平行線だ。どうしても困るなら、始末してしまえばいい」


葬着しようとする憂介を、巧は遮る。


「始末って、誰をですか」

「そこにいる貧乏神をだよ」

「どうして、死ななきゃならないんですか」

「じゃあ、ずっとこのままでいいのか」

「駄目です。駄目ですけど、何かいい方法はないんでしょうか」

「そんな都合いいもんあるかよ」

「じゃあ封印したら」

「駄目だ」


憂介は老人に円錐を突き刺すが、すぐに円錐が砕け散る。


「力が大きすぎて、この中に封じられないんだ。殺すことならできるが」

「そんな」


扉が開く。そこには一人の少女がいた。憂介は中に通す。


「父が、鬼に憑かれたんです。事業が成功してから人が変わってしまって」

「わかりました、すぐに向かいましょう」



「失礼します」


憂介が扉を開け、その後ろに巧がいる。そこは社長室。


「何をしに来た」


部屋の奥から睨みつけられ、恐怖を押し殺しながら憂介は言う。


「あなたに憑いた鬼を祓いに来ました」

「おおかた友子の差し金か。憑かれてなんかいない、ただ気づいたんだよ。世の中金だって。金を手にした途端、人が群がってきた。人が信じられなくなったよ」


巧の背後から、貧乏神が割り込む。


「世の中金か。案外そうでもないぞ」


そして彼にとり憑く。


「解決、ですかね」

「おそらくな」


二人は顔を見合わせた。



その後、屋敷が火事になった。残ったのは家族と少しの財産だけ。保険で小さな家を建てなおし、慎ましやかに暮らしたという。


帰り道、憂介は言う。


「もう昼だが、誕生会の準備はできてるのか。ケーキを買ったり、プレゼントがあってもいいかもな。それから、ご馳走は手作りがいい」

「もしかして作ってくれるんですか」

「いや、お前が作るべきだ。お前が作ることに意味がある。これで材料を買うといい」


給料袋を手渡した。


「憂介さんも来ますか」

「いや、自分以外の調理したもんは食いたくない」


腕輪と円錐を渡し、巧は家に向かう。しかし月の円錐をポケットから取り出すことはなかった。



彼は瑠璃と二人、支度を始める。

「いいですね、こういうの。なんか自分まで祝われてる気持ちになります」

「瑠璃の家では、どんな感じなの」

「何もないですよ。私、両親がいないんです。一応引き取ってくれた人はいるんですが、おじさんは私を避けてるのか話してくれないし」


巧が言葉を失ってしまう。


「大丈夫です、もう慣れたので。それに、巧くん家も大概ですよ」

「そう、かもね」


肯定するような、はぐらかすような返事をした。



夕方、窓から陽光は入らない。暗い部屋に妹が入ってくる。明かりをつけ、クラッカーを鳴らした。


「誕生日おめでとう」


巧と瑠璃が言う。


「今日はご馳走を作ってみた」


テーブルの上には、ちらし寿司があった。それぞれ盛りつけ、手を合わせる。


「いただきます」


妹は行儀悪く飯に食らいつく。


「おいしい、おいしいよ」


ポロポロと、涙をこぼす。


「ありがとう」



二段ベッドの下、妹は言う。

「嬉しかったよ。最後に、祝ってもらえて」

巧は既に眠っていた。

道に迷い、心も迷い、いつの間にやら迷宮入り。


次回「迷い道」


君のいない夜を駆ける。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ