第八夜 障る神
「それが、盗られてしまって」
「スクルドライバー。安全装置はないから、くれぐれも気をつけて」
「目的を取り違えるな。あくまで腕輪の回収だ」
「僕は、これ以上誰も傷つけたくない」
妖怪、それは人の世に潜む異形の者。
そして人に仇なす妖怪を人知れず始末する彼らもまた、
怪物と呼ばれた──
のどかな昼下がり、憂介は典子に言う。
「あの小僧、強くなりすぎたんじゃないか」
「いいことじゃん、戦力が上がるんだから」
「だが危険だ。あいつがまた暴走したら、誰が止められる」
「多分、私じゃ無理。死んじゃう」
「なら俺がやるしかない」
彼はベルトの他に、回収した腕輪を巻いていた。
「実験に付き合ってくれ。万が一の時、止めてくれる奴が欲しいんだ」
二人は外に出る。車で十分ほど移動し、人の寄り付かない鉱山跡に来た。
「始まるとしようか」
ベルトに車輪の円錐を差す。さらに彼は腰の前に左腕を当て、腕輪に氷の円錐を差し込んだ。ベルトと腕輪、二つの三角形が六芒星を描く。右手で円錐を回転させる。モンスター・サプライズド・ユー。ベルトが告げる。
「重葬」
現れた鎧に飛び込む。炎と氷、黒と白、相反する両者が混ざりあった姿。
「あのバイクに乗った時、思いついたんだ。こうすれば全力が出せると」
一秒、足の車輪で加速する。二秒、氷の壁を打ち立てる。三秒、それを炎で灼き尽くす。四秒、空中の車輪を駆け上がる。五秒、勢いをつけ駆け上がる。六秒、氷の剣を創り出す。誰よりも速く、そして力強い。十数秒が経ったところで腕輪が飛ぶ。ベルトの円錐を外し葬着を解いた憂介に、典子は興奮を抑えて言う。
「リミッター作動。か。安全に戦えるのは十三秒ってとこだね」
「それだけあれば十分だ」
「安全性を諦めるなら、アレを使う手もあるけど」
「言っただろう。俺はあの人みたいにはならない」
「なら、なんでまだそれを持ってるの」
典子が見透かすように笑う。憂介はポケットの中で、黒い円錐を握りしめていた。
二人が陰陽堂に帰ってきたところで、呼び鈴が鳴った。扉の向こうにいたのは、ひどく青ざめた青年。憂介は彼を中に通す。
「どのようなご用件で」
「祟られました」
「何があったんですか」
「友人と四人で神社に肝試しに行ったんです。そしたら、多分これが原因だと思うんですが、神木に寄りかかったら枝が折れてしまって、結局そのまま帰ってきて」
「その友人たちは」
「消えました。三人とも」
「ご愁傷様です」
「あの、除霊って書いてましたが、神とかって大丈夫ですか」
「報酬次第です」
「やってくれるんですね。ありがとうございます」
安堵の表情を見せる彼に、憂介は言う。
「妖怪も神もさして変わらない、規模が違うだけです」
「なら、これで大丈夫ですか」
青年は鞄から札束を取り出す。それは何年も真面目に働かなければ手に入らないような額だった。
「ここに来る前に、借りられるだけ借りてきました。どうか、お願いします」
「契約成立です」
憂介が頷き、握手をした。
深夜二時、依頼者は未だ陰陽堂にいた。憂介が祟り神を待ち伏せするために、そうするのが都合良かったのである。依頼者はソファーに横たわっているが、寝付けずに闇を睨んでいた。いつもの場所であるソファーを追いやられた典子は、床に倒れこんで寝ていた。憂介がじっと待っていると、電灯が明滅を始める。何かが来た。彼は中空に浮かぶ何者かを睨む。
「来たか」
「おぬしに用はない。用があるのは後ろの童だけじゃ。だが邪魔をするなら容赦せん」
「そいつを、見逃してはくれないか」
「そやつが何をしたのか、分かっているのか」
「だが、こっちも仕事なんでな。話し合いで済まないなら、それなりの手段を講じなきゃいけない」
「なぜ人間ごときに折れてやる必要がある」
「そうか」
憂介はベルトに円錐を差し込み、回す。天板の車輪が回転する。モンスター・サプライズド・ユー。ベルトが告げる。
「葬着」
現れた鎧に飛び込む。
「戦うつもりか」
不敵に笑う祟り神に、空の円錐を突き刺す。力を吸収していく。が、力を吸いきれずヒビが入る。円錐が割れ、ついに力を封じられない。
「そんなオモチャで、わしを封じることなど出来ん」
「なら、殺さなきゃいけなくなる」
「人の身でありながら神を殺すと宣うか。なんと愚かな」
「できるさ。元々このベルトは、そのために作られたものだからな」
憂介は左腕を腰の前に当てる。腕輪に氷の円錐を差し、回転させる。モンスター・サプライズド・ユー。ベルトが告げる。
「重葬」
一秒、氷が神の足をとる。二秒、法力で家具が飛んでくる。三秒、氷の剣で打ち落とす。四秒、車輪を回し距離を詰める。五秒、刺す寸前で刃を止める。
「最後にもう一度だけ訊く。帰ってくれないか」
「これほどの屈辱を味わわせておいて、情けをかけたつもりか。殺す、おぬしを殺す、餓鬼も殺す、そこで寝てる女も殺す」
「救えないな」
憂介は溜め息をつき、二つの円錐を親指で弾いた。ウルドライブ。ベルトが、腕輪が告げる。
「さよならだ」
炎と氷が混ざり合い、激しい気流を生む。突風に引き裂かれ、祟り神は跡形もなく消えた。憂介は部屋に目をやり呟く。
「部屋が散らかっちまったじゃねぇか」
朝が来た。
「本当に、ありがとうございました」
立ち去ろうとする依頼者に、憂介は札束を投げた。
「忘れ物だ」
「でも」
有無を言わせず追い出す。扉が閉まると、典子は訊いた。
「あれでよかったの」
「いいんだよ、あんな報酬は受け取れない」
「若者の未来を守った、なんて思ってるの」
「そんなんじゃない」
その後、青年は神社に向かった。神主に謝罪し、空っぽになった神社にお参りする。友人が戻ってくることはなかったが、それでも彼は生きていく。
二段ベッドの下から、妹は巧に問う。
「今日は、どうだった」
「珍しく平穏だった」
「それはよかった」
「でも、少し不安になる。一度止まっちゃうと、色んな思いが押し寄せてくるから」
彼女は何も言わずに聞いていた。彼は続ける。
「そういえば、誕生日っていつだっけ」
「うん、そうだなぁ、明日」
「あれ、そうだったっけ。準備しなきゃ」
「祝ってくれるんだ」
「当たり前でしょ」
「ほら、祝ってもらったことなんて、数えるほどしかないから」
「そうだっけ。去年だって、ほら、あれ、去年って、どうだったっけ」
「余計なことは考えなくてよろしい」
彼女が指を鳴らすと、彼は眠りにつく。
豊かさと貧しさは等価である、コインの表裏のように。
次回「貧しい心」
君のいない夜を駆ける。