第七夜 強盗返し
「女はあずかった。返してほしくば、今日のごご五じ九ばんそうこに来い」
「いろいろ考えたんだけどさ、何もしないなんてやっぱり耐えられない」
「いただきます、って言わなかっただろ。食べ物に敬意を払えない奴は、誰だろうが殴るさ」
「その腕輪は偽物だよ。本物はその辺の奴にくれてやった。そいつが悪用されたら、陰陽堂は終わりだろ」
妖怪、それは人の世に潜む異形の者。
そして人に仇なす妖怪を人知れず始末する彼らもまた、
怪物と呼ばれた──
暗闇の中、典子は闇と対話する。
「まずいことになっているようだな」
「まあ、ちょっとね」
「もっと動じなくていいのか」
「まあそう焦るなよ。これも必要な手順だ」
「つくづく理解に苦しむよ」
扉が開かれ、電灯が点けられる。闇が霧散し、そこには巧と瑠璃がいた。巧が口を開く。
「あの、憂介さんは」
「出てったよ、たった今」
一瞬の間を置き、彼は頭を下げる。
「すみませんでした。自分勝手に逃げ出して、腕輪も持ち逃げして」
「謝らなくていいよ。返してくれるなら」
「それが、盗られてしまって」
「じゃあ、どうしようっていうの」
「取り返したいんです。だから、力を貸してください」
典子が噴き出す。
「情けないねぇ。自分の力で、ってのが筋だと思うんだけど」
「駄目ですか」
「いや、その言葉を待っていた」
彼女は、五芒星の描かれたベルトを取り出す。巧は期待と困惑の混ざった表情で訊いた。
「それは」
「スクルドライバー。安全装置はないから、くれぐれも気をつけて」
「ありがとうございます」
受け取ったベルトを巻き、彼は走り出す。外に出たところで憂介に会った。
「分身を総動員して探したんだが、まさかここにいたとはな」
「すみませんでした。勝手なことして」
巧が頭を下げると、憂介は彼の腰あたりのものに気付く。
「そういや、なんでそのベルトを」
「典子さんから預かりました」
「あいつが、そうか。わかった」
再び走り出そうとする巧を、憂介は制止した。
「どこに行く」
「腕輪を探しに」
「俺が探しても見つからなかったんだ。闇雲に探しても見つからない」
「それでも、行かなきゃいけないんです」
「それでお前の気が済むなら、勝手にするがいいさ」
「わかりました」
巧は満月の円錐を取り出す。
「盗られたんじゃ」
「自分の半身を、そう簡単に手放しませんよ」
ベルトに円錐を差し、回転させる。天板の満月が輝く。スターティング・アップ。ベルトが告げる。
「何をする気だ」
「静かにしてください。耳を澄まします」
両者ともに沈黙し、町の静寂だけが世界を包む。やがて巧が口を開いた。
「いました、今まさに犯行に及んでます」
「場所は」
「隣町の銀行」
「三十分はかかるな」
憂介は陰陽堂の二階に駆け上がり、叫ぶ。
「おい典子、あの乗り物の使い方を教えてくれ」
「法律違反だから使わないとか言ってたくせに」
「今は緊急時だ、そんなこと言ってる場合じゃない」
「基本はバイクと同じ。ハンドルの真ん中に穴があるから、モンスターシンボルを差せばその力が使える」
「耐熱性は」
「スロットは二つある。片方を冷却用に充てれば」
彼は巧を連れ、一階のガレージに飛び込む。
「乗れ、小僧」
二人乗りのバイクを発進させる。円錐を差し込み回転させると、燃える車輪が現れた。車輪が空に道を作る。と同時に、熱に耐えかねたバイクが溶け出す。
「やはり、熱すぎるか」
憂介が氷の円錐を差し、冷却する。すぐに目的地に着いた。扉が力尽くに破壊され、中では人影が蠢いている。
「止まれ」
巧が躍り出た。中から汚らしい中年が現れ、腕輪に蝙蝠の円錐を差し込み回転させる。モンスター・サプライズド・ユー。腕輪が告げる。
「葬着」
現れた鎧に飛び込む。それは吸血鬼、葬着者に反し高貴な姿。彼が迫りくる中、巧はベルトに円錐を差す。スターティング・アップ。ベルトが告げる。
「返身」
姿が変わり、狼の速度で回避した。そして反撃に転じようとするが躱される。速度は互角、一撃の有効打もないまま四分が経った。と、巧が苦しみだす。天板の満月が翳ってゆく。同時に半身が黒く染まる。下弦の月、闇に染まりゆく姿。獣の尾に似た棍を振ると、遠方の敵が吹き飛んだ。地に落ちたきり動かない敵にとどめを刺そうと、ふらふらと接近する。憂介が彼の前に立ち、止めに入る。
「目的を取り違えるな。あくまで腕輪の回収だ」
しかし巧は止まるそぶりを見せない。憂介はベルトに円錐を差し、回す。車輪の円錐が回転する。モンスター・サプライズド・ユー。ベルトが告げる。
「葬着」
衝撃波を転がって避け、鎧に飛び込む。円錐を親指が弾く。ウルドライブ。ベルトが告げる。
「全力でいかせてもらう」
憂介が加速し、ベルトを奪おうとするが防がれた。吹き飛ばされ、巧が敵に迫るのをただ見ることしかできない。とどめを刺そうとする瞬間、彼の手が止まった。
「僕は、何を」
武器を捨て、自らのベルトをむしり取る。
「僕は、これ以上誰も傷つけたくない」
人間の姿に戻ると、倒れ込み気絶してしまった。それを見届け、強盗から腕輪を回収した憂介は巧を担いで帰路につく。憂介が呟いた。
「なんて危険な力だ」
二段ベッドの下から、妹が問う。
「どこ行ってたの」
「行かなきゃいけない場所」
「うちの親は放任主義だけど、あんまり無茶しないでね」
「わかってる」
眠りについた。
翌日、巧はアキの墓前にいた。
「僕は、もう少し生きるよ。君を手にかけた僕が言えたことじゃないかもしれないけど、まだやらなきゃいけないことがあるんだ。それが終わったらすぐ行くからさ」
それからもう一ヶ所、少年の死んだ場所へも足を運んだ。花が供えられている。吸血鬼に魅せられた彼が、絶望に自ら命を絶った場所。花を供え、手を合わせる。すると、そこに瑠璃が現れた。
「今度こそ完全復活、ですか」
「動いてなきゃって思ったんだ」
「それは良かったです。それでこそ、私が見ていたい巧くんです」
二人は歩き出す。
神が救うのは信じる者、信じない者は人が救う。
次回「障る神」
君のいない夜を駆ける。