第三夜 機械仕掛けの骸
「追われてるんです」
「封印したところで、解決しますか」
「わからない。ただ、去り際の表情は穏やかだったよ」
「ウルドライバー・セカンドモデル」
妖怪、それは人の世に潜む異形の者。
そして人に仇なす妖怪を人知れず始末する彼らもまた、
怪物と呼ばれた──
日曜の昼下がり、小さな部屋の一室で典子は憂介に言う。
「そうそう、戦いをサポートするメカを作ってみたんだ」
「どんなのだ」
「キントベクター。普段はバイクなんだけど、変形して空を飛べる」
「それは公道を走れるのか。あるいは、航空法に引っかからないのか」
「妖怪に、人間のルールは関係ない」
「俺は人間だ」
「戦いを続けてたら、きっと人間じゃいられない。仁みたいに」
憂介の表情が曇り、声のトーンが下がる。
「俺はあの人みたいにはならない」
「よく似てると思うけどなぁ。慎重で頭が切れて、力を求めている」
「やめろ、不愉快だ」
「ごめん」
彼女はしょぼくれて謝る。
「ただ」
彼がポツリと言った。
「もしもの時は頼む」
「こちらこそ、ね」
「ああ。苦しまないようにしてやる」
何かを思い出したように、憂介は時計を見る。
「そうだ、今日は午後からもう一件仕事があったんだ」
「大丈夫かい。今日は二回も葬着してるんだ、彼に任せてみたら」
彼女は、じっと待っている巧を見やる。
「いや、それはまだ早い」
「可愛い子には旅をさせよ、って言うでしょ」
「可愛い可愛くないじゃない、リスクの話をしている」
「大丈夫だよ、もしもの時は私たちがいるんだから」
「そうだな」
一階のガレージに降り、三人は車に乗り込む。十五分ほど車を走らせると、そこには巨大な白い建造物があった。赤い十字が刻まれている。男がこちらに向かってくる。眼鏡をかけ、白衣を着た男。仕事に疲れているのか、目の下に深い隈がある。
「陰陽堂さんですね。私、黒戸と申します。こちらへ」
中へと案内される。エレベーターに乗ると、黒戸は幾つものボタンを押したり同じボタンを連打したり妙な動作をした。すると、エレベーターが下降を始める。ここは一階で、エレベーターの表示にも一階より下はなかったはずだった。彼らは秘密の地下室に案内されたのだ。
「あれを処分してください」
檻の中に、継ぎ接ぎだらけの大男が暴れている。助けて、殺さないでと叫ぶそれに、冷たい視線を送り黒戸は続ける。
「私はここで、死者の蘇生を試みてきました。そして彼はその出来損ない」
「出来損ないって」
巧が一歩前に出る。
「まがりなりにも命があるんですよね。あんまりじゃないですか」
「おっと、これは失礼しました。ではお願いします」
「できません」
彼はピシャリと言い放つ。その場の全員が困惑に凍りついた。
「何を言っているんです。それがあなた方の仕事でしょう」
「彼が何をしたって言うんですか」
「失敗作として生まれてきたこと。処分するには、これ以上ない理由です」
「あなたが作ったんでしょう」
「まったく心が痛まないわけじゃないですよ。ただ、見るに堪えなくてね」
不愉快そうに顔を歪め、黒戸は吐き捨てる。
「あまりに不完全で、気持ち悪い」
「最低だよ、あんた」
今にも殴りかかりそうな巧を、憂介が制止する。
「引っ込んでろ。お前が出来ないなら俺がやる」
「封印したら、彼は人間に戻れますか」
「元はただの死体だったんだ。屍に戻るだけだよ」
「そんなのって」
「これは仕事なんだ。慈善事業がしたいなら、一人で勝手にやってくれ」
「わかりました、勝手にします」
巧が立ちはだかる。
「まあまあ、いいじゃないですか」
黒戸が割って入る。
「彼との接触は、いい刺激になるかもしれない。ほら、救ってみろよ」
牢の扉を開放し、巧はその中に入る。
「やめろ、入るんじゃない」
憂介が叫ぶも、その時には遅い。檻の前に、頑丈な壁が降ろされる。巧と人造人間だけが、完全に隔絶されてしまった。
真っ暗な檻の中、監視カメラだけが赤く光っていた。水音がする。足元から少しずつ、水が溜まっているのだ。左腕を胸の前に掲げ、円錐を差し込み回転させる。モンスター・サプライズド・ユー。腕輪が告げる。
「返身」
満月が輝き、鎧が体に纏わりつく。壁に爪を立てるが傷ひとつ付かない。
「僕、死ぬのか」
すぐ横から、壁を殴りつける音がする。
「オイラのために、人が死ぬなんて御免だ」
「お前」
「どうせ生きていくことなんて出来ない。だから、せめて誰かのために死にたいんだよ」
やがて一条の光が差す。と同時に、巧は知る。壁を破った彼の拳が血塗れであることに。
「こんな小さな穴じゃ、出られねぇよなぁ。待ってろよ、今開けるから」
銃声がし、彼が倒れこむ。
「拳銃なんかは効かなかったはずだが、ずいぶん弱っているらしい」
黒戸のケラケラ笑う声がする。壁越しでなければ殴っていたほどに、巧は怒っていた。
「てめぇ」
「よく聞け小僧。お前がそいつのためにできることは、そいつの命を無駄にしないことだけだ」
憂介の声がし、壁の穴から空の円錐が投げ入れられる。拳を傷め、凶弾に貫かれ、彼はすでに虫の息だった。巧は円錐を拾い上げたが、それでもまだ迷っている。ふらふらと一歩ずつ歩み寄る。巧は彼の横にしゃがみこみ、震える手で円錐を突き立てた。
「ごめんなさい」
天板がネジの形に変わっていく。すぐに腕輪に差し込み、回転させる。モンスター・サプライズド・ユー。腕輪が告げる。
「葬着」
現れた鎧に飛び込む。筋骨隆々とした巨体、勇ましい姿。壁を殴りつけ破壊する。壁の外では、黒戸が手を叩いていた。
「処分してくれたね。結局、我が身が一番可愛いわけだ」
巧は殴りかかりそうになるが、すんでのところで堪える。震えた声で彼は言った。
「お前なんかを殴ったら、あいつの気高い魂が汚れる」
葬着を解除し、彼らは立ち去る。
帰りのエレベーターの中、憂介は語る。
「人は、何かを奪わずにはいられない。昼食ったサンマだって、元々は生きてたんだ。だから頂いた命に恥じないように生きろ」
巧は、手の中の円錐を見やる。
「そいつは人の世に嫌われた。だから仕方のないことだったんだ。だが、封印した後は違う」
彼の魂が宿ったそれを握りしめ、彼は決意した。エレベーターが止まるが扉は開かない。灯りが消え、どこからか声がする。
「君たちは知りすぎた。生かしては帰せない」
爆発する。巧は反射的に目を瞑るが、再び目を開いても死んではいなかった。憂介が雪女を葬着し、爆弾を凍らせていたのだ。天井の非常扉を開き、エレベーターを脱出する。葬着を解いた憂介の肌には、凍傷の跡が残っていた。
「そろそろ僕は帰ります」
「腕輪を預かろう。小僧、お前に持たせておくには危険すぎる」
渋々ながら腕輪と円錐を渡し、巧は家へと向かった。憂介が呟く。
「凍っちまったよ」
二段ベッドの下から、妹が問う。
「今日、どこ行ってたの」
「ちょっとね」
「何かいいことでもあった」
「別に」
「嘘だね。目が違うもん」
「そうかな」
「そうだよ」
眠気にさらわれ、そのまま眠ってしまった。
彼女は死に急ぐ、彼は手を伸ばす。
次回「眠る街」
君のいない夜を駆ける。