第二十夜 再生と再殺
「奪うだけ奪っておいて、よくもそんな口が叩けるな。俺は、お前の全てを奪う。後悔しながら死んでいけ」
「貴様の血を吸い、眷属とする。憎い私のために永遠に生き続ける、それが貴様の結末だ」
「氷の中で、永遠に後悔してろ」
「いいから、いいから。ゴルフしようよ」
「悪いな、俺にはまだ帰らなきゃいけない場所がある。守らなきゃいけない奴もいる」
憂介が言うと、彼を包んでいた幻が離れていく。再び意識が暗転する。横たわっている彼を、瑠璃が運んでいた。それを道の角から見ていた狸は歯噛みしていた。
「幸せな夢を見せて、気持ちよく死なせてやろうと思ったんだがな。そうまでして生きたいかよ」
憂介が目を覚ますとベッドの上。手足を動かし立ち上がろうとするが、感覚がない。動かすことのできた左手で布団を剥ぎ、首を上げて自分の体を見る。両足と右手が根元から切り落とされ、包帯が巻かれていた。
「第一問。あなたは治療を求めるか」
「おっ、仕事モードか。勿論だ、頼むぞ」
「第二問。それ相応の覚悟はあるか」
「ああ」
「第三問。あなたには二つの選択肢がある。一、時間はかかるが少しずつ確実に治療する道。二、すぐに動けるようになるが完治はほぼ不可能になる道」
「二だ」
憂介が即答すると、ヌシは僅かに俯き呟いた。
「それが、正解であることを願う」
「なんだよ、それ。自分で出題しといて」
「選び取るのは、いつだって患者だ。だから、私には問うことしかできない」
「お前、まともに喋れたんだな」
ヌシの表情はローブに隠れてよく見えない。
「第四問。ちょうど一対の義足がある。脚の神経と接続し、自分の脚のように動かせる新技術だ。しかしこれはまだ未完成で、いくつかの問題がある。一つは繋ぎ合わせる過程で神経を極限まで活性化させるため激しい痛みを伴うこと、もう一つは神経を傷つけ、元のように動かせなくなるおそれがあること。どうする」
「それで頼む」
彼はそう言うほかなかった。どんなに痛くとも、うまく動けなくとも、大切な誰かを守れなかった痛みを二度と味わいたくなかったから。それでも恐怖が消えるわけではない。声は震えていたし、涙だって出そうだった。だからといって、ここで寝ているのも耐えられない。逃げ出してしまわないために、憂介は付け加えた。
「そうだ、俺の上着の内ポケットに財布が入ってる。報酬はあれで足りるか」
「第五問。私が金のために治療していると思うか」
「じゃあ何で払えばいい」
「私の代わりに、平和を守ってくれ」
そう言ってヌシは立ち去り、器具を持って戻ってきた。包帯をほどき、そこに注射をする。憂介の両脚に痛みが走る。傷口をナイフで抉られるような感覚。
「痛い、痛い」
ジタバタと体を動かそうとするが、うまく動かせない。
「第六問。やめるか」
「いや、そういうわけにはいかないんでな」
義足を装着すると、今度は傷口がむず痒くなる。それはまるで無数の虫が這っているよう。憂介は吐き気を堪えた。そして痒みが引くと、体を起こすよう言われた。左手をベッドにつき、憂介が起き上がるとヌシは義手を取り出す。
「第七問。手に関しては、従来のものしか用意できなかった。不便だと思うが耐えてくれるか」
「ああ。元をただせば俺のせいだしな。ただ、バイクには乗れるだろうか」
「正解はノーでもイエスでもある。腕を引く動きでレバーを握れるタイプの義手を用意しておいた。日常生活用のものと、肘から下を交換できる」
ヌシが取り出したのは、丸太の先に金属の輪をつけたようなもの。憂介の目が僅かに輝く。
「ありがとうな。ライダーマンみたいで格好いいじゃねぇの」
「第八問。ライダーマンとは何だ」
「昔テレビの中にいた、正義のヒーローだよ。強くて格好いいんだ」
「そうか」
少年のように語る憂介に、ヌシは呆れたような相槌を打った。それから杖を受け取ると、憂介が立ち上がる。
「ありがとう。これでどうにか戦えそうだ」
そう言って手術室を出ると瑠璃が駆け寄ってきた。
「そうだ、教えてくれ。あの後何があって、何日経った」
「えっと、どこから話しましょうか」
短く考え込み、それから語り出す。
「まず、憂介さんが気を失ってから二日が経ちました。両脚と、それから左腕が壊死していて、命に関わる状態だったので切り落としたそうです。そしてそこから先の治療を、憂介さんの意識が戻るまで待っていたわけです」
「黒戸は、あいつはどうなった」
「路上で凍ったまま砕けなかったので、そのままになっています。ただ、近所では騒ぎになっているのでそろそろ手を打たないとまずいかもしれません」
「わかった、今向かう。そうだ、巧は」
瑠璃は首を横に振る。
「そうか、とにかく行こう」
病院を出た二人は、バイクに跨る。外はすでに深夜だった。バイクに杖を括りつけると憂介は発進させ、黒戸が凍らされた場所へと向かう。何の変哲もない道の真ん中に、氷の塊が鎮座していた。その中には一匹の吸血鬼が、苦悶の表情を浮かべたまま凍りついている。それはひどく不条理で、非現実的な光景だった。そして氷の向こうに既に一人、氷を砕こうとしている男がいることに気づく。それは白いスーツの男。
「仁さん」
それは彼の師匠の姿をした、黒戸によって作られたゾンビ。憂介は心のどこかで思っていた。仁さんの死体を蘇らせたのなら、生きていた時の心が残っているのではないかと。もし本当にそうだったとしても、もう別れを告げるべきだと彼は分かっていた。黒戸は死んだ。そして黒戸の生み出した忌まわしい人形を壊せば、きっと断ち切れるはずだった。最悪の未来も、過去への未練も。どうということはない。仁はとっくに死んでいるのだから。あるべき姿に還すだけだ。そう分かっていても、憂介はまだ怯えていた。自分の師匠で親のように慕っていた仁を、自らの手で再び葬ることに。憂介の顔色が優れないことに気づき、瑠璃が声をかける。
「憂介さん、大丈夫ですか。代わりますか」
「お前みたいな小娘に任せてられるか。それに、これは俺がカタをつけなきゃならない問題だ」
憂介は逃げたかった。それでも、逃げられなかった。彼は炎と氷の円錐を取り出し、ベルトと腕輪に差す。モンスター・サプライズド・ユー。
「重葬」
それを視認すると、仁もまたベルトに円錐を差す。手を象った、手長足長の力を封じた円錐。スターティング・アップ。ベルトが告げる。そしてお互いに、鎧へとゆっくり歩いていく。
「生憎、今の俺は踏ん張りが効かない。一歩も動かないまま勝てりゃいいんだが」
仁は何も言わないまま、憂介の方へと走ってくる。憂介が戦闘態勢に入る。一秒、氷の剣を作り出す。二秒、近づく仁を斬りつける。三秒、仁の腹へと刃が刺さる。しかし、効いていない。横腹に刺さった刃を、仁は拳で真っ二つに折る。憂介は引きつった笑顔で言った。
「体は強化されているようだが、大したことねぇな。仁さんの得意だった、動きを読んでくるような恐ろしさがない。所詮お前はパチモンってこった。パチモンになら容赦する必要はねぇよな」
そして憂介は、真っ黒な円錐を取り出す。それは牛鬼の力を封じたもの。恐怖した瞬間、魂を喰われてしまう危険な力。しかし、彼の心に恐怖はなかった。仁の偽者を葬り去らなければならないという確信と、そのために危険な力も使う決意だけ。ベルトに差し込み、回す。モンスター・サプライズド・ユー。
「お前の力なら、強化された仁さんもどきにも勝てるよな。だから力を貸せ、怪物よ。重葬」
鎧をまとう。それは鬼の禍々しさと、氷の冷たさの混じった姿。憂介が歩こうとすると、不思議と脚が軽かった。脚が元どおり治ったような感覚。
「何が起きてるんだ。答えろ」
「簡単なことだ」
憂介の頭の中に声がする。
「お前の体は、わしと融合しておる。だからお前に足らない部分が、わしの手足とすげ変わっているだけじゃ」
「つまり、今の俺は半分鬼ってわけか」
「このままずっと融合していてくれれば、完全な鬼になるんじゃがな」
「勘弁してくれよ」
憂介と仁は殴りあう。憂介にとって、もはや仁は恐るるに足る相手ではなかった。三、四度拳を交わす。倒れ込む瞬間、仁が口をパクパクと動かした。すまない、あとは任せたと、そう言ったように憂介には思えた。
「ああ、わかりました」
その瞬間、仁の亡骸が発光する。爆発。瑠璃はベルトに骨の円錐を差し、何度も回した。フル・ドドド・ドライブ。鎧を纏い、地面から骨を放出し仁を囲む。火柱ははるか真上に伸び、誰一人傷つけることはなかった。そして同時に、彼女を激痛が襲う。骨を放出する副作用として、鎧の中で骨が自らにも刺さるようになっているのだ。十本ほどの骨を出したため、瑠璃にも十本の骨が刺さり中はアイアンメイデンのようだった。口から血を吐く。
「おい、瑠璃、大丈夫か」
「このくらい、なんともないですよ」
そして瑠璃はベルトの円錐を、ネジが象られたものに変える。スターティング・アップ。
「葬着」
鎧に飛び込む。それはフランケンのように大きく頑強な姿。
「これで地面ごと剥がして、海に捨てるってのはどうでしょう」
「そうしよう」
二人は海へと向かう。深夜だったので人目はなかった。そして海へと投げ、憂介は手を合わせた。
「海の底で、せいぜい長生きしてくれ」
天を衝く様な大槍が、世界を滅ぼさんとする。
次回「破滅の塔」
君のいない夜を駆ける。




