第二夜 雪ぐ罪
「こりゃひどい」
「輪入道。気をつけて、ヤツは姿を見た人間の魂を奪いに来る」
「それを使ったら、人に戻れなくなる」
「全て、理解しました。僕のせいだったんですね。だから償わせてください。この力を、正しいことに使わせてください」
妖怪、それは人の世に潜む異形の者。
そして人に仇なす妖怪を人知れず始末する彼らもまた、
怪物と呼ばれた──
広大な土地の片隅で、彼らは性能テストをする。憂介は満月の円錐を差し込み、回す。モンスター・サプライズド・ユー。ベルトが告げる。
「葬着」
現れた鎧に飛び込む。狼のように激しく野生的な姿。あたりを走り、飛び回る。それを観察し典子は言った。
「早いね。彼ほどじゃないけど」
「そりゃそうだ、これはあいつの半身だからな」
「そういえば、テストする前にいきなり使ってたよね。珍しい」
「こいつのパワーを借りなきゃ、あの場は凌げなかったんだ。こっちも試すか」
彼は円錐を差し替え、回す。天板の車輪が回転する。モンスター・サプライズド・ユー。ベルトが告げる。
「葬着」
現れた鎧に飛び込む。全身の車輪が炎を放つ、熱く攻撃的な姿。足の車輪で加速し、空中に発生させた車輪を駆け上がる。それを見て典子は言う。
「高速移動と空中歩行か。これも彼ほどの速さはないけど、安定性は高そう」
さらに彼は車輪を回転させ、火力を上げた。が、すぐに熱さに耐えきれなくなり葬着を解く。
「熱い、熱い」
都市圏から少しだけ離れた郊外、田園の中にポツリと建っている一軒のビル。「陰陽堂」の看板の出された、その二階が彼らの事務所だった。憂介が典子に問う。
「あいつのこと、どう思う」
「面白いよ、怪異の力を自分のものにするなんてね。これは想定外、完全なイレギュラーだ」
「でも、いつ暴走するかわからないんだろ。俺だって時間を過ぎたら危ないんだよな」
「さっきまで自分の一部だったんだ、五秒とかからず臨界に達すると思ったんだけどね。彼が人として戻ってきたのは奇跡だよ」
「奇跡は二度起きない」
「大丈夫、手は打ってある。というかそんなに心配なら、なんでここを教えたの」
「ああいう手合いは、撥ねつけた方が厄介だと相場は決まっている」
扉が開く。現れたのは話題の中心、巧だった。
「おはようございます」
「来たか、小僧」
「小僧じゃないです、望月巧って名前があります」
「そういや名乗ってなかったな。俺は御影憂介、あいつは典子。よろしく」
「よろしくお願いします」
巧と憂介が互いにお辞儀をする。が、憂介はすぐに口撃を開始した。
「こんなに朝早くから来るとは、よほど暇とみえる」
「いいじゃないですか、日曜日なんですから」
「彼女の葬式には出ないのか」
「今日は友引です」
「そういう問題じゃないだろ。そんな時にわざわざ来るか」
「償いは、何より優先しなきゃいけないんです」
「お前の中の狼を封印して、事件は解決した。誰も責めやしないよ。それで不満か」
「それでも、このままじゃ自分が許せない」
「重い」
一拍おいて憂介が言う。
「そうだ、雇用形態の話だが」
「いえ、無給で結構です」
「勘弁してくれ。後で訴訟でも起こされてはたまらん」
言う彼の後ろから、典子が合いの手を入れる。
「年端もいかない少年を朝から晩まで、足腰が立たなくなるまでタダ働きさせた。敗訴は濃厚。多額の賠償金。評判ガタ落ち。社会的な死」
「やめてくれよ」
耳を塞ぎ震える憂介に対し、彼女はなおも続ける。
「依頼も来なくなり、貧乏生活を余儀なくされ、生活が立ち行かなくなって、ついには土地を売り払うことに」
卒倒する。巧が駆け寄るが、彼はすぐに立ち上がった。
「畑の手入れをしてくる」
ふらふらと歩き去る憂介を見送り、巧は典子に言う。
「大丈夫なんですか」
「大丈夫、いつものことだから。あの通り肝の小さい奴だから気をつけてね」
「あなたが言いますか」
「愛ゆえだから許されるの。それより、見ててよ。すごいから」
巧は窓の外を見た。一面に農地が広がり、人通りはない。その中に一人、ツナギ姿の憂介が立っている。彼はベルトに円錐を差し込む。草の形の天板が回る。モンスター・サプライズド・ユー。ベルトが告げる。
「葬着」
現れた鎧を纏い、彼は分裂を始める。一人が二人、二人が四人、四人が八人、瞬く間に大群へと変わった。ほうぼうに散らばり、田畑へと向かっていく。そしてしばらく経つと、仕事を終えたのか再び一点に集まりはじめる。彼が変身を解いた。それを窓から見ていた巧は典子に尋ねる。
「あれは」
「ドロタボウ。泥のように掴みどころのない、増える妖怪」
「あの一帯、全部憂介さんのだったんですね」
「誰が作ったかわからないものが食えるか、とか言ってさ。離れは牧場で、池では魚を養殖してる」
「すごいですね」
扉が開く。そこには憔悴しきった表情の中年男性がいた。
「どうしました」
「追われてるんです」
「状況を教えてください」
「雪山で遭難して、雪女が出てきて助けてもらって、でも言っちゃ駄目って言われて、それで美人な女房もらって、でもうっかり雪女のこと言っちゃって、女房が雪女で追われてます」
「わかりました。今はどこに」
「あそこに」
巧は男の向こう、玄関の外を覗く。階下では、憂介が女と対峙していた。凍えるように冷たい雰囲気の女。彼は円錐を差し込み、回す。モンスター・サプライズド・ユー。ベルトが告げる。
「葬着」
現れた鎧に飛び込む。全身の車輪が炎を放つ、熱く攻撃的な姿。両者が今にも戦いを始めようという時に、巧は叫ぶ。
「封印したら、どうなるんですか」
「心配は無用だ、小僧。失われるのは怪異としての雪女だけ。人間として過ごした日々は消えないし、人間として生きていける」
「封印したところで、解決しますか」
「さあな、俺はただ依頼を果たすだけだよ」
「でも、彼の口が軽いから、彼女が怒りっぽいから、こうなってしまうんじゃないですか」
「それは本人の問題だ。俺たちが関わることじゃない」
「僕は、正しいことをしたいんです」
「正しさなんか、どこを探したって無えよ」
「でも」
「くどいぞ」
憂介が苛立った様子で巧の方を振り向く。その瞬間、雪女は男の方へと冷たい息を吐いた。巧が男をかばう。彼は凍りついてしまった。
「典子、その人を連れて隠れてろ」
そう叫んで憂介は階段を駆け上がり、巧を覆う氷塊に触れる。ベルトの円錐を親指で弾く。ウルドライブ。ベルトが告げる。
「最大出力」
雪女が凍える息を吐く。それは憂介の背中に向けられていた。彼の身体から炎が立ち上る。その熱量は息の冷たさを無力化し、氷を少しずつ溶かしていく。しかしそれと同時に、炎は彼自身の身体さえ焦がしてしまう。巧の解凍を終えたとき、すでに四分と四十秒が経っていた。憂介は雪女の方に向き直るが、その瞬間に葬着が解かれてしまう。丸腰になった彼は、円錐を手に持ち跳躍する。息を浴び、下半身が凍りつく。それでも、重力にまかせ降下した。空の円錐を突き刺す。天板が氷の結晶の形に変わる。足を縛っていた氷は消えていた。男は大金を財布から出し、気絶した女を抱えて立ち去った。憂介が呟く。
「火傷しちまったよ」
「あの」
しばらくして、巧が起き上がった。そこは陰陽堂の中だった。憂介に問いを投げかける。
「どうなりました」
「終わったよ。すべて元通りになった」
「それでよかったんですか」
「わからない。ただ、去り際の表情は穏やかだったよ」
何を言っても仕方がないと悟ったところで、巧は憂介の腕、袖の端から火傷の跡を見つける。
「その火傷、どうしたんですか」
「ちょっと戦いでやらかしちまってな」
「大丈夫なんですか」
「ああ」
そう言って憂介は部屋を去った。
「そうだ」
典子は何かを取り出し、巧に言う。
「君にプレゼントがあるんだ」
それは腕輪だった。あのベルトに似た三角形の部品が付いている。
「これは」
「ウルドライバー・セカンドモデル」
聞き慣れない単語に困惑する彼をよそに、彼女は続ける。
「運命の制御盤、とでも言おうかな。腕に巻けるくらいに軽量化しただけじゃなく、葬着者への侵食を感知して外れる安全装置つき」
「なるほど」
そう言って、腕輪と円錐形の部品を渡した。
「それから、これも。君のモンスターシンボル」
腕輪を左手首に巻いてみる。
「これが、僕の力。ありがとうございます」
そして憂介が次に現れた時、食事の載ったお盆を持っていた。
「昼飯にしようか、今日はサンマを焼いてみた。巧も食べていくか」
「ありがとうございます」
献立は白米と味噌汁、それから焼き魚だった。ホクホクと湯気を立て、香ばしい匂いが食欲をそそる。
「いただきます」
手を合わせ、声を合わせて言う。憂介は丹念に骨を取り除き、典子は頭からかぶりついている。巧は箸で身を裂き、口へと運んだ。
「美味しい」
「それは良かった。作ったかいがある」
「そういえば、朝のあれ見ました。分身なんて奥の手があったんですね」
「いや、あれは戦いには使わねえよ」
「そうなんですか」
「ドロタボウは、農業がしたかっただけなんだ。それでも人を傷つけたから封印した。だが、封印した後は別だ」
巧は暫し箸を止め、考え込んだ後に言葉を紡いだ。
「それで、救われますか」
「そうは思ってない。ただのエゴだよ」
食事は続く。
出来損ないの魂に、報われる場所はあるのだろうか。
次回「機械仕掛けの骸」
君のいない夜を駆ける。