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天上の桜   作者: 乃平 悠鼓
第二章
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第一部 雪中四友 〜蠟梅の咲く頃〜 《四》

「活気のある街だな」

「えぇ。この街には、特に有名な特産品がありますからね。それらを買い求めに、多くの商人達がやってくるからでしょう」


 悟浄と八戒の会話を聞いて、悟空が “特産品?” と言った。


「はい。この街には、蠟梅(ろうばい)の群生地があるんですよ」

「蠟梅…って、何だ?」


 八戒の言葉に、悟空は首を傾けた。蠟梅は、名に梅とはつくが梅ではない。梅がバラ目バラ科の落葉高木なのに対し、蠟梅はクスノキ目ロウバイ科の落葉低木だ。この地方には、古くから蠟梅にまつわる不思議な話がある。


 大昔、この地が街ではなく小さな村だった頃、大地は枯れ果て雨はふらず飢饉(ききん)が続いた。この村の(おさ)だった男の母親は “残り(いく)ばくもないこの命と引き換えに、どうかこの村をお救い下さい” と毎日天に祈りを捧げた。

 その祈りが百十日を過ぎた頃、長の母親は小さな(やしろ)から家に帰る道すがら倒れ帰らぬ人となった。母親が倒れた場所は干ばつでひび割れた大地しかなかったはずだったが、息子が母親を探してその場所に辿(たど)り着いた時、亡骸(なきがら)の回りには小さな木が(いく)つもあったと言う。

 そして、母の亡骸を抱いて(なみだ)にくれる息子の頭上に龍神が現れてたくさんの雨を降らせた。その雨が三日三晩続いた後にはひび割れた大地は消え去り、青々とした緑の大地とたくさんの蠟梅の木に、甘い香りのする黄色い花が咲いていたと言う。


「へぇー」

「蠟梅自体は何処(どこ)にでもある木ですが、この地方の蠟梅は他の蠟梅とは少し違うのです」


 蠟梅は早生種(そうせいしゅ)は十二月頃、晩生種(ばんせいしゅ)でも二月頃までに咲くが、この土地の蠟梅は、十二月から三月頃まで花を咲かせ続けるのだそうだ。半透明でにぶい(つや)のある、まるで蝋細工でできたような黄色の花は、他の地に咲く蠟梅よりも高貴な甘い香りを漂わせる。

 この蠟梅の花や蕾から抽出(ちゅうしゅつ)した蠟梅油は、様々なものに使われている。皮膚の再生を(うなが)す作用や抗菌・鎮静作用もあるとされ、火傷の薬や解熱や鎮痛の薬、咳止めなどにも使われている。

 また、精神安定と空気清浄などの作用もあると言われ芳香剤や香水や化粧品、石鹸にも使われており、全てが特産品として売られていた。


「蠟梅の花言葉は慈愛(じあい)。親が子を(いつく)しむような深い愛情を意味するこの言葉は、長だった息子が何とか村を救おうと奔走(ほんそう)する姿を見て、自分の命と引き換えにしても息子と村人を守りたいと願った母親の想いを表しているのだそうです」

「詳しいな」


 悟空に話しを聞かせる八戒に、玄奘が横から声をかけた。


「えぇ、まぁ。私が住んでいた村は、此処(ここ)から更に西に行った場所にありましたが、その村で使っていた薬の(たぐ)いの(ほとん)どは此処のものでしたから。特に、商人が持ってくる軟膏(なんこう)は人気がありましたね。一つで火傷や切り傷や擦り傷、肌荒れや乾燥が治るのですから。母や幼い弟妹(きょうだい)達も、よく使っていました」

「そうか」 


 珍しく、昔を思い出し優しい顔で語る八戒に、玄奘は相槌(あいずち)を打つように呟いた。









「わぁー」

「すげぇな、こりゃ」


 見上げたその建物は、ちょっとした離宮のようだった。庶民が泊まる宿屋を使うことが多い玄奘一行にとって、その建物は宿屋と言うよりは皇帝が使う離宮だ。

 この街に入った途端(とたん)、まるで待ち構えていたように(すめらぎ)の部下である琅牙(ろうが)が現れて、玄奘一行をこの街で一番の宿に連れてきた。この地で作られる蠟梅油(ろうばいゆ)は、天上界においても芳香油(ほうこうゆ)の一つとして使われており、琅牙が買付に来るのだそうだ。

 宿の仲居に案内されたのは、庭が美しい離れだった。そこでふと玄奘は


「今、蠟梅が見頃な場所はあるか」


 と、聞いた。仲居は


「はい、ございますよ。此処(ここ)では、十二月から三月頃まで何処(どこ)でも蠟梅は見頃でございますが、旅のお方でしたら平頂山(へいちょうざん)の登り口にある蠟梅園がおすすめでございます。黄色一色の蠟梅園の中に、白梅と紅梅の梅の木が植えられている場所があり、黄色と白と赤の彩りがとても美しいのですよ」


 と、玄奘に言った。この平頂山にある蠟梅園には、八戒が言っていた話の続きがある。母親を亡くした村の(おさ)は、たくさんの蠟梅の木の中にぽっかりとあいた母親が倒れていたその場所に、母が好きだった梅の木を植えた。するとその梅の木はまたたく間に大きくなり、蠟梅が咲くのと同時に開花し蠟梅の花が散るのと同時に散るようになったと言う。

 昔、壽慶(じゅけい)三蔵が金山寺の白梅を見て蠟梅を思い出していたのは、この街で白梅と共に蠟梅を見たからだ。御師匠様(おっしょうさま)が美しいと思い、その風景を紅流児(こうりゅうじ)にも見せてやりたいと言った。

 だから玄奘は、その場所を見てみたいと思ったのだ。御師匠様も見た、美しい蠟梅と梅の花が咲くその場所を。


「この地には、神力が注がれているのだろうな」


 でなけば、何ヶ月にも渡って咲き続ける蠟梅などあるはずがない。しかも、この蠟梅からとれる蠟梅油には特別な力が宿っているのだから。沙麼蘿の呟きに


「ぴゅー、ぴゅー」


 “そうなんです、それはこの地に三日三晩も雨を降らせ続けたお祖父ちゃんのせいなんです” と、玉龍は言った。その神力がそそがれた地であればこそ、蠟梅の木の他にも不思議な木が存在するのだ。



群生地→同一種類の植物が一か所に群がって生えること

落葉高木→一定の季節に一斉に葉を落とす3m以上になる木

落葉低木→一定の季節に一斉に葉を落とす3mを超えない木

飢饉→何かの要因により人々が飢え苦しむことを指す

社→()(しろ)の意。「代」は神を祭るために清めた場所。神を祭る建物

干ばつ→雨が降らないなどの原因である地域に起こる長期間の水不足の状態

早生種→ふつうの時期よりも早く実る品種

晩生種→ふつうの時期よりも遅く実る品種

抽出→液体または固体の中から特定の物質を溶媒(ようばい)に溶かして取り出すこと。多くの中からある特定のものを抜き出すこと

奔走→忙しく走り回ること。物事が順調に運ぶように、あちこちかけまわって努力すること

相槌→会話中にしばしば挿入される間投詞(かんとうし)のこと

芳香油→植物から採取される芳香をもった揮発性油を言う。香料の原料となる。精油



次回投稿は19日か20日が目標です。

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