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天上の桜   作者: 乃平 悠鼓
第一章
89/203

第十部 残花、その名残を 《十二》

今回まで、残酷な場面があります。


“この世の地獄” と言う表現をした割には、あまり酷くはなかった…(^_^;)


多分、次回でこの話は終わります。そして、第一章も終わりますm(__)m

 地面の上で両膝をつき、まるで腹を切るように(ダオ)を突き立てた父は、その紅葉色の双眸を悟浄に向けた。


「悟浄、お前は間違うな。俺のようには、なるな。鬼神でありながら、妻も娘も守れなかった。そればかりか、花韮(かきゅう)の身体に、あの華魂(かこん)を植え付けた」


 “ぐはッ” っと父親が血を吐き、膝立ちの上半身が揺らぐ。


「親父!!」


 片手をつき、(かお)を上げる父の言葉は止まらない。


「例え…、あの時、俺がいたとしても、村を守ることは…、できなかった。だが、俺がいれば…、お前と花韮は、助けてやれた…。我が子、二人だけは…、どんなことをしてでも…、逃がしてやれた。あの時、村にいなかったこの俺が、今何を言っても…、負け犬の遠吠え…だがな」


 その時、刀が怪しく光る。その光は大きくなり、悟浄の父親を包み込もうとする。だが、父親からも鬼神独特の氣が放たれ、その両手が刀の(つか)を握りしめる手に力を込めた。


「親父、やめてくれ!!」


 その姿は、父親が(さら)に深く刀を差し込んだように悟浄には見えた。


「悟浄、よく聞け…。俺が以前持っていた刀は、確かに…下級ではあったが、宝具…だった。だが…()()は、妖刀(ようとう)…だ。華魂のように、持ち主の魂を吸いとり、その身体を…支配する。俺の、残された魂は、あと…(わず)か、しかない。邪神の若様に、いいように、(だま)された…。今の俺に、できること…は、お前に、コレを…、残してやる、こと、それだけ…だ」


 苦し気に言葉を(つむ)ぐ父親の姿を、見てはいられないとばかりに悟浄が近寄り、その肩に手を掛ける。


「親父。俺は、俺は、刀なんかいらない! だから、しっかりしてくれよ親父!!」


 泪を流しながら叫ぶ息子に、フッと笑ってみせた父親は


「いいか…、悟浄。お前は、生き…て、生きて、一生を終え…、母さんのいる、天に…行け。俺は、この刀に…なり、魂も残らず、輪廻の…輪にも入らず…、花韮と共に、無に…帰す。(ただ)の、刀に…、成り…果てる」


 と、言葉を繋いだ。


「親…父…」

「俺は…、家族を守ること…が、できなかった…。だが…、お前の大切なモノは、皆…守ってやる。どんな、ことをしても…、この刀が、必ず…守る。そのためなら、どんなモノでも、斬り…倒す。忘れるな、悟…浄。お前の、大切なモノを…守るため、俺が…、斬って、斬って、斬り…倒す」


 そう言った父親の身体が、力なく悟浄の方に向かって倒れて行く。


「しっかりしろ! 親父!!」

「花韮も…、言っただろう。たった一人残る弟を…守るため、その弟が守るモノを守れる…、そんな華魂になる…と。いいか、悟浄…。刀と華魂で…、お前だけの宝具を…作れ。俺と花韮が、必ず…、お前を守る、から…な」


 父親は、最後の力を振り絞り上半身を起こすと沙麼蘿(さばら)を見た。


「公…女、お願い…申し上げ…る」


 それは、その男に残された最後の力だっただろうか。沙麼蘿は男に近づくと、花韮の時のように男の襟元を(つか)み上げ、その双眸を見た。

 鬼神とは言え下級神である男が、沙麼蘿の睛眸(ひとみ)の威力に耐えられるはずがない。だが、男は沙麼蘿の睛眸を見た瞬間


阿修羅(我らが王)の…睛眸と、よく…似ておられる…」


 それだけを呟くと身体の中から崩れ落ちるように消え去って行く。沙麼蘿は男が完成に消え去るまで、決して視線を離さなかった。


「ナウマク・サマンダ・ボダナン・ガララヤン・ソワカ」


 阿修羅が男に与えた最後の慈悲(じひ)は、沙麼蘿を通して男に注がれる。下級神が強大な阿修羅の力に耐えられるとは限らない。だが、娘の花韮はその力に耐えきって、焔魂に勝ってみせた。ならば、父親のお前も妖刀に勝てと、沙麼蘿の双眸は物語っている。


「己の力で勝ち抜き、圧倒的な力で刀を屈伏(くっぷく)させろ。あとは、引き受けてやる」


 沙麼蘿のその言葉は、消え去った男に届いたか。親の顔さえ知らぬ沙麼蘿に、その睛眸が阿修羅に似ていると言った男。

 男の身体が全て消え去り、刀がボトリと地面に落ちる。すると、地面の上で刀がガタガタと揺れた。花韮の時のように、一つの刀の中で刀と男が(せめ)ぎ合う。

 男が勝つことは、沙麼蘿にはよくわかっている。刀は沙麼蘿に刃先を握られた時点で、その力の一部を削られた。だからこそ、これから悟浄がこの刀を使いこなすためにも、妖刀の氣など一つも残らぬほどの、圧倒的な力で勝たなければならない。

 ガタガタと揺れていた刀が月白色(薄い青みを含んだ白)にピカッと光り、その光が目映(まばゆ)いばかりに大きくなって、すぅーと刀の中に消えて行く。すると刀の揺れが止まり、色と形を変えた刀がそこにはあった。

 刃先自体は変わりないが、柄は悟浄の握りやすい大きさに変わり、紅葉色の組紐が巻かれている。刀首の部分には、新たに華魂を入れられるような(くぼ)みができていた。

 妖刀の色形を変えるほど、圧倒的な力で男は勝ったのだ。家族の中で、たった一人残された息子のため、父親は確かに勝った。だが、これで悟浄の家族は消え去った。

 どんなに会いたいと、話がしたいと願っても、悟浄が家族に会うことはもう二度とない。この刀の中に、悟浄が父の姿を見いだせるのはいつまでか。

 これから作り上げられる宝具を見るたびに、悟浄は自分が手に掛けた姉を、自分のためにその身を捨てた父を、二人の血にまみれた姿を思いだすだろう。そこに、悟浄は光を見いだすことができるだろうか。


負け犬の遠吠え→臆病者が本人の前では出来ないくせに、陰では威張っり悪口を言ったりすることのたとえ

紡ぐ→言葉をつなげて文章を作る

慈悲→いつくしみ。あわれむこと。なさけ。仏・菩薩が人々をあわれみ、楽しみを与え苦しみを取り除くこと

屈伏→相手の強さ、勢いに負けて従うこと。力尽きて服従すること

目映い→光が明るすぎて、まともに見られない。まぶしい。まともに見られないほどきらびやかで美しい



次回投稿は15日か16日が目標です。

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