第十部 残花、その名残を 《十》
残酷な場面が続きます。苦手な方は、この回も飛ばして下さい。m(__)m
弟と父、二人の身体を血で染め上げてもなお、花韮の身体から溢れ出る血は止まらなかった。それはまるでどこかに鎌鼬がいて、花韮の身体を傷つけ続けているようにも見える。だがそれは鎌鼬の仕業ではなく、父親の持つ刀が関係していた。
父親の持つ刀は、華魂と同じように人の魂を吸う妖刀だ。悟浄の父親は花韮の身体を刀で貫いた時、刀に焔魂の力を吸わせていた。それに焔魂も気づき “刀…、ごとき…が…” と呟いたが、父親を離すことができなかった。
これにより、刀に力の一部を奪われた焔魂は、悟浄から傷つけられた傷口を修復できず力を発揮できない。今なら、半分とは言え鬼神の血を引く花韮にも反撃の機会がある。花韮の身体の中で焔魂と花韮が鬩ぎ合い、それが己の身体を傷つけているのだ。
だが、既に花韮の身体は死に体。あの日、あの森で二本の箭に身体を貫かれた時に、花韮の魂魄のうち肉体を支える氣 “魄” は、理に従い地に帰してしまっている。しかし精神を支える氣 “魂” は、その身体を離れ天に向かう直前に華魂によって “魄” の存在しない身体に繋ぎ止められてしまった。
“魄” の存在しない身体は、所詮は人の形をしたただの入れ物に過ぎない。いかに、その身体から血が出ようと、花韮も焔魂も傷つかない。それでも、傷ついた華魂を花韮の魂を吸いきることで修復しようとする焔魂と、焔魂を自分の “魂” で封じ込め華魂の主導権を奪いとろうとする花韮の間で、凄まじい闘いが繰り広げられていた。
花韮だって知っている。焔魂を封じ込め華魂の主導権を奪いとったとしても、華魂は華魂にしかなり得ない。所詮は花韮の魂はすべて華魂に吸い尽くされる。それでも、焔魂が勝てば自分の魂が入った華魂は宝具となり様々な命を奪い続ける。そこには、悲劇しか存在しない。
でも、もし花韮が勝てば、例え華魂になったとしても残虐に人の命を奪い尽くす宝具にはさせない。そんな自信が、花韮にはあった。
「私はお前に、この魂を渡さない! お前が、私の魂を吸い尽くす前に、この私が、焔魂を消滅させる!!」
『馬鹿げたことを! お前ごときに何ができる! お前の魂など、所詮はこの焔魂に食い尽くされるのみ!!』
花韮の傷だらけの身体から、白百合色の光と赤い炎が溢れ鬩ぎ合う。
「姉貴!!」
「花韮!!」
花韮の左側の肩口から、反対側の脇腹にかけて血が溢れ出て傷口が開く。あまりにひどい傷を見せつけられて、悟浄と父親が叫んだ。美しかった花韮の姿が、跡形もなく消えて行く。その光景は、悟浄には自分の身体を切り刻まれるより辛く痛く、心臓を鷲掴みされるようだ。
例えその身体がただの入れ物だとわかっていても、自分のせいで娘に取り返しのつかないことをした。大切に育ててきた娘の最後が、身体を切り刻まれて終わりになるのは耐えられない。悟浄の父親は、泪を浮かべるその睛眸で天を見上げる。
「私は…、道を間違えた。阿修羅よ、鬼神にとっては、阿修羅だけが唯一の王だった。邪神の王など、鬼神は認めるべきではなかった。どうか、どうか阿修羅よ、哀れな娘のためにお力をお貸しください!」
両膝を地面につき、泪を流しながら両腕を上げ、言葉を紡ぐ男の声は天上界に届いたか。鬼神でありながら邪神にいいように利用され、娘と息子に苦痛しか与えられなかった。もはや、天上界の阿修羅にすがることしかできない哀れな鬼神の声を、阿修羅は聞いたか。
晴天の中、一筋の稲妻が天から地上に落ちる。稲妻は、ただ真っ直ぐに花韮の身体めがけて落ちた。それは、仏に帰依し修羅界を捨てた元王である阿修羅が、自分に助けを求める仲間であった鬼神に送る手向け。
鬼神とは、他人に厳しく身内に甘い生き物だ。いかに恐れられる鬼神であっても、家族に対する愛情は深い。それなのに、我が子に許されざる罪を犯した親はどうなる。我が子を、地獄の底に叩き落とすようなことをしでかした親は。
『後は任せる』
収華弾の鳥籠の外、花韮の部下達をその剣で斬り倒していた沙麼蘿は、稲妻の光の後に声を聞いた。辺りを見渡せば、自分だけではなく悟空や八戒、そして玄奘の足元に崩れ落ちる人数のなんと多いことか。
木々を血潮に染め上げて、地面の色さえ変わっている。沙麼蘿は右手に持つ剣を握りしめ、辺りを薙ぎはらうような素振りを見せた。
「何!」
玄奘が声を上げたのも仕方がない。沙麼蘿のその剣が動いた瞬間、辺りの景色は一変する。木々は薙ぎ倒され、地面は抉れ、八戒の作り上げた鳥籠さえ消えてなくなり、その場にいた者達は玄奘一行と悟浄の姉と父親以外、誰も居なくなっていた。
稲妻が花韮の上に落ちた瞬間から、身体を傷つけていた花韮と焔魂の争いは終わり、その身体は崩れ落ち動かなくなる。悟浄と父親が花韮に近寄り抱き上げるが、既にその身体は冷たい。
「最後の別れだ、その女は消える」
いつの間にか、悟浄の真後ろまで来ていた沙麼蘿はそう言うと、花韮の服の襟元に手を伸ばし掴み上げた。
「何…を、する!」
花韮の身体を取り返そうとする悟浄とは反対に、父親はその場に頭をこすりつけるように平伏する。
「お願い、いたします」
父親の声が僅か揺れ、泪が地面にぽとぽとと落ちた。沙麼蘿に片手で掴み上げられた花韮の瞼が動き、双眸が開く。そして、沙麼蘿の双眸と花韮の睛眸が絡み合う。そう、半分しか神の血を持たない花韮の睛眸を、沙麼蘿の睛眸が見たのだ。
とたん、花韮の身体が中から崩れ落ちるように壊れさって行く。そして、コロンと蓮の花の形をした、燃えさかるような焔魂が地面に落ちる。
「ただ人の命を奪い尽くす宝具になりたくなければ、自分の力で華魂を奪いとれ!」
沙麼蘿の声が、その場に響き渡った。
鎌鼬→日本に伝えられる妖怪。もしくはそれが起こすとされた怪異である。つむじ風に乗って現れて人を切りつける。これに出遭った人は刃物で切られたような鋭い傷を受ける
鬩ぎ合う→互いに争う。対立して争う
理→物事の筋道。道理。条理。わけ。理由
所詮→最後に落ち着くところ
鷲掴み→ワシが獲物をつかむように、手のひらを大きく開いて荒々しくつかむこと
紡ぐ→言葉をつなげて文章を作る
帰依→すぐれた者に対して、全身全霊をもって依存すること。仏教では特に信仰をいただくこと
手向け→別れる人へのはなむけ
薙ぎはらう→刃物などで勢いよく横に払うこと
平伏→両手をつき、頭が地面や畳につくほどに下げて礼をすること。ひれ伏すこと
次回投稿は11月3日か4日が目標です。




