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天上の桜   作者: 乃平 悠鼓
第一章
86/203

第十部 残花、その名残を 《九》

今回より二・三話、残酷な場面が続きます。苦手な方は読まなくても話の流れはわかるようにしますので、読まずにとばして下さい。m(__)m

 “そうだ。姉殺しが、何だと言うのだ”、悟浄は思った。あの玉英の言葉こそが、嘘偽りのない真実だ。姉を救う、それができるのが自分一人だと言うのなら、喜んでその血にまみれようじゃないか。

 これから先、未来永劫(えいごう)姉の苦しみが残ると言うのなら、その苦しみを自分の手で取り除き、姉に助けられたこの身体で、姉を殺し救いだす。この手を、姉のその血で染め上げて。


「俺が、姉貴の最後の願いを叶えてやれるなら、この手が血で染まろうといいじゃねぇか。最後に残った姉貴の心を救えるなら、その血を浴びて共に地獄の果てに落ちようじゃないか。なぁ、姉貴」


 いつもの、飄々(ひょうひょう)とした悟浄が戻ってきた。そうでなければ、そう装わなければ、実の姉に剣を突き刺すことなどできない。


「何を言うの、悟浄!」


 花韮(かきゅう)のふりをした焔魂(えんこん)が声をあらげ、()め付ける。


「俺は必要ない。あんた、そう言ったよな」

「悟浄!」


 花韮と悟浄の双眸(そうぼう)が絡み合う。まるで鬼のような形相をした花韮が、“フン” と鼻で笑う素振りを見せた。


「そう、お前なんか必要ない。全部、全部、必要ない!!」


 そう叫んだ花韮が右手を高く上げると、花韮の後方からまた男達が現れ玄奘一行と対峙する。


「滅んでしまえ!」


 その言葉が合図のように、男達が次々と玄奘達に斬りかかる。それに真っ先に動いたのは沙麼蘿(さばら)だった。(ジエン)を振り下ろす様はまるで一つの舞、音もなく近づき相手を斬り倒す。それに悟空が続き、辺りは血に染まって行く。


「八戒、悟浄と花韮を隔離しろ!」


 そう叫んだのは、玄奘だった。両手に持つ双剣が次々と男達を()ぎ倒し、八戒が動きやすいように立ち回る。


「私に、悟浄が姉を殺すための手伝いをしろと」


 八戒にだって弟や妹がいる。実の姉に短剣を突き立てなければならない悟浄の気持ちは、痛い程よくわかる。それでも


「お前が悟浄を友だと思うなら、その力を貸してやれ。俺達には、そんなことしかできない」


 玄奘の言葉に、一瞬八戒は空を見上げた。青い空に、笑顔を浮かべる弟や妹の姿が重なり消えて行く。八戒は、悟浄や花韮がいる方向に(ゴン)を構えた。


収華弾(しゅうかだん)


 八戒の指から放たれた三本の()が、絡み合いながら飛んで行く。そしてちょうど悟浄と花韮の頭上まで飛ぶと、大きな音をたて花火のような光が曲線を描きながら地上に降り注ぐ。その形はまるで、悟浄と花韮を包み込む巨大な鳥籠(とりかご)だった。

 鳥籠の中にいるのは、悟浄と花韮と父親のみ。意を決した悟浄が短剣を握りしめ、その手が花韮の胸元めがけ振り下ろされる。それはまさに、剣先が花韮の胸元に突き刺さる瞬間だった、まるで時の流れが遅くなるような感じがして、花韮の手が短剣を握りしめる悟浄の手首を掴んだ。


「ッ…!」


 ジュと嫌な音がして、何かが焼ける匂いがした。悟浄の顔に苦痛の色が浮かび、花韮の顔が楽しげに、されど(みにく)く歪む。


「私は焔魂よ。この身体を焼き、お前の身体を焼き尽くすなど簡単なこと。私に近づいたことが、お前の敗因」


 “グハッ” と声を上げ、それでも悟浄は手首を焼かれる熱と激痛に耐え、短剣を手放さなかった。焔魂から放たれたる熱気に耐えきれず、花韮の髪がチリチリと焼け皮膚が(ただ)れて行く。

 その時、横から何かがやってきて花韮の身体がグラリと揺れる。悟浄の手首を掴んだまま花韮の顔が横を向き、自らの身体を貫く(ダオ)と、それを握りしめる男の顔を見た。


「父…さん…」


 その声は焔魂のものではなく、花韮本人の声だった。


「許してくれ、花韮。お前に、取り返しのつかないことをした。お前と悟浄を救うには、もうこうするしかないのだ」

「父…さん、ありが…と…う」


 花韮の身体から発せられる焔魂の熱気は収まることはない。だが横から身体を貫かれ、今表に出てきたのは花韮本人だった。


「さぁ、悟浄! 私のこの胸元を貫いて!!」

「さぁ、悟浄! 花韮の胸元を貫け!!」


 花韮と父親の叫び声がしたのは同時。悟浄は激痛に顔を歪め、それでも姉の胸元に短剣を突き刺した。“あぁッ!!” と花韮が声をあげ、顔が天を見上げる。悟浄の持つ短剣は花韮の胸元を貫いた、だが焔魂は壊れてはいない。


「まだ…、まだよ、悟…浄…」

「悟浄! 深く突き刺し(えぐ)れ!! そんなことでは、すぐに焔魂は修復する!!」


 花韮の脳裏に、幼かった頃の記憶が浮かぶ。優しかった父と母、悟浄とよく森の中を駆け巡り遊んだ。この思い出の中、死ぬことができたらどんなにいいか。花韮の睛眸(ひとみ)から血の(なみだ)が流れ、助けを求めるように悟浄を見た。


「姉…貴…」


 この剣をさらに突き刺せば、焔魂が黙ってはいないだろう。姉を救えるのなら、自分はこのまま焔魂に焼き尽くされてもいい。耐え難い苦痛だろうに、血の泪を流しながらも悟浄に向け(わず)かに微笑んだ花韮を見て、悟浄の双眸からも泪がこぼれ落ちた。

 一瞬、短剣を掴んだ手の力が緩む。しかし、その手首を握りしめたままの花韮の手が力をまし、悟浄の持つ短剣を自分の身体に向け深く突き刺した。

 花韮の悲鳴が上がる。悟浄が発した嗚咽(おえつ)は、誰かに聞こえただろうか。娘の身体に刀を突き刺した父が流した泪は、地面に落ちただろうか。鳥籠の中に、三人の息づかいだけが音をたてる。


(ダオ)…、ごとき…が…』


 花韮の口元は動いていないと言うのに焔魂の声がして、悟浄の手首を掴んでいたその手が、父親の月白色(薄い青みを含んだ白)の髪を掴み上げた。髪が焼けその熱が額に下りても父親は刀を離さず、ますます刀をその身体に押し込んだ。

 悟浄が刺した短剣と父親が刺した刀が、僅かの差をおいて引き抜かれる。剣と刀を引き抜かれた瞬間、花韮の身体の至るところから血が吹き出し、悟浄や父親に降り注き二人の身体を血潮に染め上げた。

飄々→性格や考え方などが世間一般とは異なっており、とらえどころのない様子を意味する表現

睨め付ける→にらみつけること

双眸→両方のひとみ

意を決する→思いきって決心すること

爛れる→炎症などのために皮膚や肉がやぶれくずれる

嗚咽→声をつまらせて泣くこと



次回投稿は28日か29日が目標です。

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