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天上の桜   作者: 乃平 悠鼓
第一章
82/203

第十部 残花、その名残を 《五》

 花韮(かきゅう)は、フラフラと歩みを進め三蔵の元に向かう悟浄の背中を、笑って見ていた。華魂(かこん)には、様々な大きさと種類がある。

 悟浄の父親が、何とか娘を助けるために、邪神の若様に(だま)されて植え付けてしまった華魂は、焔魂(えんこん)と言う火の力を宿したもの。しかも、宝具の元になる直前の、全てのものをその炎で焼き尽くす、華魂としては最大級の大きさのものだ。そんなものが、花韮の胸元に埋め込まれている。


 あの時、我が身を犠牲にした母親に助けられた花韮と悟浄は、森の中に逃げこんだ。木々の合間を走り抜け、何とか逃げて母の分も生き延びなければと、必死に逃げた。だが、無情にも邪神が放った二本の矢が花韮の背中を貫き、花韮は崩れ落ちる。


『姉貴!!』


 倒れた花韮を、悟浄は何とか抱き起こし前に進もうと足掻(あが)く。だが


『行き…な…さい、悟浄……』


 このままでは自分も悟浄も終わりだと、花韮は自ら悟浄の手を振りほどいた。しかし


『姉貴、しっかりしろ!!』


 悟浄は諦めようとはしない。“ゴホッ”と、花韮が血を吐き、その白い手が力なく悟浄の腕に伸びた。


『私…は…、もう…ダメ…よ……。母さん…が…助けて…くれた…命……。悟浄…だけ…でも…、生き…て……。私や…母さんの…分…も…、生きる…の…よ…悟…浄……』


 花韮は最後の力をふりしぼり、悟浄に笑顔を見せる。それが、今の花韮が悟浄に残してやれる、たった一つの姿だったからだ。せめて悟浄が思い出す自分の姿が、苦しみもがく姿ではなく、笑顔であるように。


『姉貴! 姉貴ーーー!!』


 悟浄は、花韮の身体を抱き締めて何度も姉を呼んだ。だが、花韮が二度と悟浄の呼び掛けに答えることはなかった。すでに花韮は、悟浄の腕の中で微笑みながら息絶えていたのだから。


 悟浄に優しい笑みだけを残し息絶えたはずの花韮が、今は残酷な笑みを見せ悟浄の後ろ姿を見つめている。途中、(ダオ)に身体を奪われかけた父親が加勢にやってきた。

 今の花韮、いや焔魂にとっては、父親だろうが刀だろうが、自分の駒の一つにしか過ぎない。自分のために、一つでも多くの魂を集めさせるための。それは、刀にしても同じこと。


「さぁ、悟浄。姉さんに、三蔵の命をちょうだい」


 花韮が満面の笑みを見せる中、悟浄の右手に持つ短剣が玄奘に向かって振り下ろされる。敵と闘いながら、玄奘と悟浄の動きを見ていた悟空と八戒が声を上げた。玄奘は咄嗟(とっさ)帯革(ベルト)尾錠(バックル)から双剣を取り出すと、その双剣で悟浄の短剣を防ぐ。


「華魂ごときに操られるとは、ざまぁないな悟浄。こっちは、踏んできた修羅場の数が違うんだよ!」


 キィーンと音をたて玄奘の双剣が短剣を弾き返すと、短剣は太陽の光を受けてキラキラと輝きながら、ポトリと地面に落ちた。玄奘は、すぐさま双剣を構え直し悟浄と対峙(たいじ)する。

 その時、“花韮ーーー!!” と悟浄の父親の叫び声がして、花韮は()ま忌ましいとばかりに “チッ” と舌打ちしたあと、苦しそうに胸元を押さえその場に(うずくま)った。“ハッ、ハッ” と荒い息を繰り返したあと、身体を引きずるようにして立ち上がった花韮が


「やめ…なさいッ、悟浄!!」


 と、叫んだ。昨夜、父との会話のあと焔魂の意識が浮上し、変わりに自分の意識が閉じ込められた時、もうこれが最後かも知れないと花韮は思った。だが、父の叫び声が花韮の意識を浮上させ、焔魂の意識を封じ込めさせるための力となる。

 閉じ込められていた中でも、花韮には焔魂が悟浄に何をさせようとしているのか、わかっていた。だからこそ、何としても悟浄を止めなければならないと、意識を浮上させようともがいていた。

 母を亡くし、姉を亡くし、これから父さえも亡くす悟浄に、友人の命までその手で奪わせるわけにはいかない。姉である自分が、弟にそんなことを命じることは、どんなことをしても避けなければ。父の声により一瞬の力を得た花韮は、一気に意識を浮上させ焔魂を閉じ込めた。

 “やめなさい” と言う花韮の声が、悟浄を霧がかかったような世界から現実へと引き戻す。悟浄の目の前には、自分に向かって双剣を構える玄奘。


「俺…は、いったい…何をして…いた」


 頭の中にかかっていた霧が晴れ、耳鳴りが消えた。そして、花韮の言葉に操られていた自分を思いだし、己の不甲斐(ふがい)なさに(てのひら)を握りしめる。ふと足元に視線を移せば、つい今しがたまで自分が握りしめていた短剣が地面の上に転がっていた。


「自分を取り戻したか、悟浄」


 短剣は悟浄の手から離れたが、花韮に操られたままであったなら、玄奘との戦いは避けられない所だった。そうなれば、玄奘は手加減することなく悟浄に剣を突き立てていただろう。

 悟浄は、振り返って花韮を見た。先ほど、自分に玄奘を連れてこいと言った姉。そして今、やめなさいと叫んだ姉。どちらも、自分がよく知っている姉だと思っていた。

 だが、今ならわかる。同じようで、全く違うその姿。今目の前にいる花韮こそが、姉の花韮に間違いない。何時(いつ)だって優しく、思いやりに溢れていた姉。その姉が何のためであったとしても、悟浄に友の命を奪いってでもいいから、自分の元に連れてこいなどと、言うはずがなかった。


「姉貴、いったいどうなって…」


 花韮に囁くように告げた悟浄に


「あの時、私は確かに矢を受けて息絶えた。そうでしょう、悟浄」


 花韮は、悲しげな笑みを見せ言った。

足掻く→活路を見いだそうとして必死になって努力する。あくせくする。じたばたする

忌ま忌ましい→非常に腹立たしく感じる。しゃくにさわる

不甲斐ない→情けない。意気地が無い


闘い→神のたたかい

戦い→人のたたかい



次回投稿は10月4日か5日が目標です。

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