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天上の桜   作者: 乃平 悠鼓
第一章
81/203

第十部 残花、その名残を 《四》

 キーンと、音をたてる(ジエン)(ダオ)。そのとたん、沙麼蘿(さばら)灰簾石(タンザナイト)色の流れる髪が白金(プラチナ)色に変わり、同じく灰簾石色の睛眸(ひとみ)鳩の血(ピジョンブラッド)色に変わった。

 目の前の刀を握りしめる男の月白色(薄い青みを含んだ白)の髪と紅葉色の双眸はどう見ても沙麼蘿と同族ではあるが、その朱夏(しゅか)を過ぎようかと言う男から感じられる気配はもはや鬼神とは言いがたいものだった。それが証拠に、まだ剣と刀が重なり合ったままだと言うのに、沙麼蘿の髪と睛眸はすぐに灰簾石色に戻ってしまった。


「すでに、その身体のほとんどが刀と言うわけか」


 相手が鬼神や邪神でなければ、沙麼蘿の姿が鬼神に戻ることはない。もはや目の前の男は、鬼神の氣より刀の氣の方が多いと言うことだ。刀ごときでは、沙麼蘿の姿が変わることはない。

 悟浄の父親の持つ刀は妖刀(ようとう)だ。妖刀は華魂(かこん)と同じく持ち主の命を吸いとる。華魂が、生きながらにして植え付けられた者の魂を吸いとりその身体を消滅させるのに対し、妖刀はその者の命を吸いとり身体を奪う。

 妖刀が奪った身体は、その身体が消滅するまで妖刀のものだ。妖刀に奪われた身体は年を取らず、神が持つ武器かそれに等しい武器でなければその身体を消滅させることはできない。

 妖刀は、身体を奪われればただの刀となる。ただ、その刀より力の強い者でない限り、次に刀を手にした者がまた刀に命を吸いとられ身体を奪い取られる。

 華魂が人の身体に埋め込まれた時にしか意思を持たないのに対し、妖刀は妖刀と言われるようになった段階でその刀自体が意思を持つようになるのだ。


「だとしたら、何だと言うのだ。鬼神よ」


 剣と刀が重なり合ったままの状況で悟浄の父親、いや刀が沙麼蘿に言った。すでに悟浄の父親は、ここまで刀に命を吸いとられている。もはや、この父親の命も風前の灯だろう。沙麼蘿は、剣を持っていない方の手で目の前の刀の刃を握りしめた。


「何を、する!!」


 悟浄の父親、いや刀が叫んだ。沙麼蘿は鬼神の王であった阿修羅(あしゅら)と、聖神である愛染明王(あいぜんみょうおう)の血筋だ。そんな強い力を持つ沙麼蘿に、直接氣を送られれば刀がどうなるか。


「ぐっうわぁぁぁ!!」


 刀が、突然苦しみ出す。その姿を沙麼蘿は、感情のこもらぬ睛眸(ひとみ)で見つめながら手を離した。鋭い刃先の刀を握りしめていたにも関わらず、その左手の(てのひら)には何の傷もない。沙麼蘿は、苦しみ崩れ落ちた刀に言った


「これで、思い出したか。お前が何者であるのか」


 と。そして、崩れ落ちた悟浄の父親に近付き


「見よ、お前がしでかしたことの結末を。例え、邪神の若様とやらに操られていたにしても、お前が、自分の娘と息子にこれ以上ない苦痛を与えるのだ」


 と、冷たい睛眸で言い放った。苦しみ崩れ落ちていた悟浄の父親が、その場で顔を上げ沙麼蘿を見つめる。


「この…私が、何をした……と言うのだ」

「お前が、娘の身体に華魂を植え付けたのだろ」

「何を、バカなっ!!」


 凄まじい形相で、悟浄の父親が叫ぶ。鬼神や邪神であるならば、華魂を知らない者はいない。それを見れば、華魂であるのかどうかわかるはずだ。


「俺が若様からいただいたのは、丸い乳白色の魂魄(こんぱく)の氣を繋ぎ止める玉だ!」

「ならば、その睛眸(ひとみ)で確かめて見るがいい。あれが、丸い乳白色の玉であるのかどうか」


 若様からもらったあの玉は、確かに乳白色の球体だった。花の形をした華魂などではなかったし、自分は花韮(かきゅう)の身体に華魂など植え付けてはいない。それは、揺るぎない自信であるはずなのに、何故(なぜ)か沙麼蘿の言葉とともに背中に汗がつたい身体が冷えて行く。


「違う! 違う! そんなはずはない!! あれは、乳白色の……」

「全ての魂を燃やし尽くし、炎のように揺らぐ(はす)の花の形をした、一際大きな焔魂(えんこん)だっただろう。」

「違うぅぅぅ!!」


 何故か悟浄の父親の手に、若様からあれを渡された時の感触がよみがえってくる。あれは、球体などではなかった。下は平たく、横こそ丸みは帯びていたが、上は花弁が尖った形の咲きかけの……。


「お前は、知っていたはずだ。邪神が如何(いか)なるものか。間違っても、あれらが助け船など出すはずがないと言うことを」


 悟浄の父親は、あの時の真実を思い出して双眸を見開く。あの日、朝早くに友人達と村を離れ昼過ぎには村に戻るはずだった。だが、予定より遅れて村に戻った時には村の一部から火の手が上がっており、急ぎ家に戻って見たのは妻の亡骸だった。

 その亡骸を、すがり付くように抱き締めて、返ってくるはずもない妻の名を何度も叫んだ。傷付いた妻の亡骸に心を乱されながら、必死で我が子二人を捜し回る。だが、男が山の中で見つけたのは、すでに息絶えた娘花韮の姿だった。

 その時、突然若様が現れて “可哀想なことだ、弟に見捨てられるとは” そう言って…、そう言って…、若様はニヤリと笑った。


「これをやろう、これは魂魄の氣を身体に繋ぎ止めるための玉だ。まだぬくもりが残るその娘の身体ならば、これを埋め込むことで息を吹き返すはずだ」


 若様の手にあったのは…、玉…などではなかった。“何故、何故気がつかなかった!!”、男の心の叫び声が聞こえているかのように


「すでに花韮の亡骸を見つけた時には、お前はあの若様とらやのテリトリーの中にいて操られていたからさ」


 と、沙麼蘿が呟く。悟浄の父親は、その胸をかきむしらんばかりに叫んだ。


「花韮ーーー!!」

朱夏→ここでは五十代くらいの年齢をイメージ

風前の灯→危機が訪れれば損なわれてしまいそうな、危ないさま。今にもなくなってしまいそうな様子

魂魄→魂は精神を支える氣、魄は肉体を支える氣。合わせて魂魄。魂は陽に属して天に帰し、魄は陰に属して地に帰す



次回投稿は28日か29日が目標です。

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