表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天上の桜   作者: 乃平 悠鼓
第一章
8/198

第一部 出会い、そして西へ《三》

耳トウのトウと言う漢字が、スマホでは出なかった。

「ハムちゃん、あ〜ん」


 三人の男達の横で、小さな女の子が、これまた小さな小さな生き物に、(こま)かに切った肉や野菜を与えている。

 女の子の名は鈴麗(りんれい)、この宿屋の娘だ。肉を出されたハムスターと言う生き物は、小さな口をいっぱいに開けて肉を頬張ると、ムキュムキュと美味しそうに噛み締めていた。


「面妖な……」


 丁香(ていか)は呟く。見た目は鼠に近いが、より丸く、何故か鞄を斜め掛けにし、何より怪しいのは()()()だ。あのハムスターの周りには、神々しい程の氣が溢れている。


「アレは、西海龍王(さいかいりゅうおう)の息子です」

「何だって!」


 丁香が声を荒げたのも無理はない。普通、龍には出会わないものだ。その姿に、龍の欠片(かけら)も見いだせないとしても……。

 聞くところによると、やっと雨を降らせることができた、龍としては一人前と喜び勇んだのはいいが、勢い余って天上の宝の玉を割ってしまったらしい。何とかしようと自らの力を総動員した結果、力を使い果たし雨を降らせることができなくなったあげく、親に事の次第がばれ怒鳴(どな)られ、“下界で修行でもしてこい!”と、上界から突き落とされたらしい。


「なんと間抜けな」

「いや、それだけじゃない。力を使いすぎ、下界では龍の姿を保つこともできず、この地で初めて見たものに変化できるはずだっただが、その姿があまりにも小さすぎて龍魂(りゅうこん)が入りきらなかった。おかげで魂魄(こんぱく)が離ればなれになり、魄はハムスターの形となり魂は鞄に入れて持ち歩くはめになった。笑えると思いませんか、黄道士(こうどうし)

「笑えるってお前、あの小さな身体に入りきらなかったのなら、もっと小さなあの鞄には入らないだろう」


 それがあの鞄の中は、無限に広い空間が広がっているのです、と玄奘は言う。しかも、自分達の荷物もすべてあの中に入っていると言う。そして初めて見たハムスターが鳴かなかった為、鳴きかたがわからず適当に鳴いていると。

 本当にアレが龍なのか、と丁香は少々呆れた。


「ハムちゃん、人参も甘くて美味しいよ」

「ぴゅ」


 美味しい食べ物を沢山もらって、龍、いやハムスターはご満悦(まんえつ)らしい。

 その近く、テーブルの横で伏せの状態で大人しくしているのは大神(オオカミ)。輝くばかりの銀色の毛並みに、神々しい氣を放っている。近寄り難い雰囲気ではあるが、たった一人、もっとも丁香が気になっていた人物には、甘えとも見える態度を見せていた。


「大神は言い伝えられる通り賢いが、それに匹敵するほどプライドも高い。人間の言うことなどは聞きはしない」

「そんな大神が、なぜ一緒なんだい」


 普段現れない大神が現れるだけでも信じられないことなのに、その大神が一緒に旅をしているとはどういうことか。


()()が現れて間もなくやって来て、それからずっと()()と一緒です」


 ()()と玄奘が言う人物こそ、丁香が最も気になっていた人物。


「その()()は、()か。氣があまりにも禍々しく、けれども凄まじく神々しい。禍々しいものと神々しいものが交ざりあっている。あんなものは今まで見たことがない」

()()は、血の海から生まれ出たのです。私と、悟浄と、八戒の、混ざりあった血の中から生まれた、人でもなく、妖怪でもなく、神でもない生き物」


 そんなものがこの世界に、と丁香は言った。話を聞いただけでは、とても信じられるものではない。


「皆、信じられるのかい。お前の命を、世界を預けても、大丈夫なのかい」

「恐らく」


 玄奘は呟いた。それは、自信があるようにも、ないようにも、丁香には思われた。その時、ふと()()が窓の外を見つめた。


「玄奘、二週間程前に襲われた道廟は、あたしの弟子だった乾道(けんどう)のところだった」


 丁香のその言葉に、玄奘は睛眸(ひとみ)を見開いた。自分のせいで、丁香の弟子を傷つけたのかと。


「あたしにとっちゃ弟子達もお前も、皆子供みたいなもんさ。どの子にも傷ついてほしくない。あの子はね、()()()()に襲われる中、神に祈ったそうだ。何故助けて下さらないのかと。意味もなく、何の罪もない者達が命を奪われているのに、と。その時、神から答えがあった。ナタ太子が現れたそうだ。ナタ太子の答えはこうだ。天上の桜とは何の関係もない道観や道廟が襲われることは、私としても赦しがたい。故に、天上の桜の鍵を持つ三蔵の一人を、私が護ると宣言しよう、と。これにより、あいつらの攻撃はあちらに向くだろう。だが、ナタ太子が護ると言った三蔵は、まだ僅か十歳の小坊主なんだよ」

「十歳……だと」

「訳は色々とあるんだろうが、お前も三蔵であることを隠さないとなると、あいつらの狙いは一気にお前の方に行くかもしれないよ。あちらにはナタ太子がいるが、お前には神の護りがない。それでも、偽らず行くの……」

「お前」

 

 丁香の話の途中で、いきなり()()が割って入ってきた。丁香はその相手を見る。年の頃は玄奘よりも僅かに上か。紫黒(しこく)色の長い髪をして、双眸は少し赤みがかった黒檀(こくたん)色。肌は白く、感情のない表情はとても冷たく感じられる。左の耳には紅玉(ルビー)と血赤珊瑚(さんご)耳トウ(ピアス)。左手中指には瑠璃(ラピスラズリ)の指環。真っ赤な襦裙(じゅくん)を着て、こちらじっと見つめている。そして


「何故、玄奘や自分の弟子の身は案じるのに、お前は幾多の命を奪うまねをする」


 と言った。


神々しい→おごそかで気高い感じがすること、神秘的で尊い

魂魄→魂は精神を支える気、魄は肉体を支える気

禍々しい→悪いことが起こりそうな予感をさせること、不吉である

紫黒→紫がかった黒

黒檀→赤みがかった黒

襦裙→上は襦、下はスカート(裙)という装束



次回投稿は7日か8日の予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ