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天上の桜   作者: 乃平 悠鼓
第一章
73/203

第八部 幻影の瞬き 《九》

「いったい、彼らはどうしてこんな傷を」

「仏界ってのは、そんなに危険な所なのか」


 八戒と悟浄は、傷ついた体を横たえ自らを(いや)すように眠りにつく大神(オオカミ)を痛ましげに見つめた。いったい誰が、仏界に “幸泉の実” とやらを(もら)いに行っただけの彼らが、これだけ傷ついた体で帰って来ると思うだろうか。


「ぴゅ、ぴゅう!」


 “それはね、奴等(やつら)がいるからだよ!” 玉龍(ハムスター)も、仏界の扉の前にいる四頭の獣を知っている。彼らは聖獣と呼ばれ、扉の守護獣となった瞬間から、その扉を護るためならば何をしようとも許される存在だ。

 殺生を嫌う仏界にあって、彼らは扉を護るためならば殺生を犯してもかまわない。ただ、血にまみれた四頭の獣は、二度とその(けが)れた体では仏界の奥に足を踏み入れることは許されない。

 二度と奥に入ることができない彼らであればこそ、自分達の居場所である扉の前だけがその世界の全て。扉を任されたことこそ、彼らの誇り。故に、彼らのプライドは何よりも高く、どんな者の侵入も許さない。


「ぴゅ、ぴゅ、ぴゅ!」


 “奴等には、下界の穢れに染まった琉格泉(るうの)や、長い間道界にいた須格泉(すうの)は、格下の敵に見えたに決まってるよ!” 玉龍は、こんなことになるんじゃないかと思っていた。いつもその頭に乗せてくれる琉格泉が、無事に帰って来てくれればいいと。

 でも、それは無理だった。あのわからず屋でプライドだけは何よりも高い四頭の獣は、琉格泉と須格泉を敵と認識し、こんなにもひどい怪我を負わせたのだ。

 玉龍は、あの仏界の扉の前で起こったであろことを、小さな体と手を動かしながら一生懸命説明した。その話を、まるで聞いていないかのように窓から外を眺めていた玄奘が


所詮(しょせん)は、我が世の春を謳歌(おうか)する天上界のすることよ」


 と、ぼそりと呟く。その横では、“頑張ったんだな、こいつら” と、悟空が片手に持つ果物を握りしめながら二頭の大神を見つめていた。




「少しお休み下さいませ、(すめらぎ)様」


 いくら(かつ)ては天上界にあって、下界に落ちてしまった元は蟠桃果(ばんとうか)であった桃を食べたとしても、あれだけの()沙麼蘿(さばら)に送り続けた皇が疲れていないわけがない。琅牙(ろうが)


公女(こうじょ)様のお身体も、きっともう大丈夫でございます」


 と、続けて言った。沙麼蘿を見る限りでは、“幸泉の実” を飲み込んでからは傷口もふさがり、穏やかに眠っているように見える。この城の周りも、妾季(しょうき)蒼宮(そうきゅう)軍が護りを固めているため心配はない。


「そうか」


 窓の外には何時(いつ)しか星が瞬き、辺りを見渡せば玄奘達も眠っているようだ。皇は、つかの間の眠りにつくことにした。









 かすかな寝息だけが聞こえる静寂の中、沙麼蘿はそっとその睛眸(ひとみ)を開く。ぼやけた視界が次第にはっきりとして行き、(わず)かに動かした視線の先には、まだ薄暗い残夜(ざんや)の光景が見えた。

 ひどく身体が重い。そのことに気づき、視線だけを動かして行けば、近くには皇の、その隣には琅牙の、そして少し離れた場所には玄奘達の気配があるのがわかる。

 “どうして、皇が…?”、まるで頭の中に霧がかかったかのように記憶が曖昧(あいまい)で、何も思い出せない。周りでは、まるで全員が眠りの魔法にかかったかのように、すやすやと穏やかな寝息を立てて眠っている。


「いっ…たい…、何…が…」


 (つむ)いだ言葉は()れていて、思わず沙麼蘿はその右手を喉にあてた。その時、のそりと大神が起き上がる気配がして、二頭の大神が沙麼蘿に寄って来る。


「どう…した、お前達…。傷…だらけじゃ…ないか」


 近寄って来た大神からは血の匂いがし、その体は至るところの氣がかけて見え、傷だらけなのがわかった。思わず大神達に差し出そうとした手は重く、思うように腕が上がらない。それでも、その顔を近づけてきた琉格泉の顔を撫でれば、スッーとその記憶が流れ込んでくる。

 “あぁ、そうだった。私は撃たれたのだ、神殺しの銃で。そして、琉格泉が皇を呼んだ。その後皇が来て…”、沙麼蘿が思い出せる記憶はここまでだった。だが、後のことは琉格泉の記憶が教えてくれる。


「すまな…かった、琉格泉」


 沙麼蘿の中に流れ込んでくる琉格泉の記憶。沙麼蘿の傷を癒すため、須格泉と共に “幸泉の実” を貰うためだけに天上界に(おもむ)き、二頭はこんなにも傷ついた。須格泉に至っては、片目までもなくしている。

 沙麼蘿は、その(てのひら)で何度も琉格泉の顔を撫でた。琉格泉の傷が、全て跡形もなく快復(かいふく)するように。沙麼蘿の力ならば、ただそう願うだけでいい。

 そして沙麼蘿の氣が掌から琉格泉に移り、その体が輝きを放つ。すると、みるみるうちに体についていた血は消え去り、傷も全て消えてなくなっていた。


「おいで、須格泉」


 琉格泉から手を離した沙麼蘿は、隣に座る須格泉を呼び寄せる。その声に近づいてきた須格泉を見れば、その傷はひどいものだった。何よりひどいのは、切り裂かれた片目の傷だ。


「大丈夫…か、須格泉。すまな…かった」

『たいしたことはない』


 そんなことはないはずなのに、沙麼蘿に心配をかけまいと言葉を発した須格泉。沙麼蘿はその右手の掌を須格泉の傷ついた片目にあてると、自らの氣を送りはじめた。沙麼蘿の力は、死人さえも救う力なのだから。

 だんだんと沙麼蘿から発せられる氣が強くなり、最後には強い光が放たれたかと思うと、次の瞬間には須格泉の体の全ての傷は癒えていた。傷つけられ閉じていた片目も開き、琉格泉と共にその毛並みは輝いて見えた。


『沙麼蘿』

「少し、休む」


 二頭の体を癒すために多くの氣を使い、疲れの色を濃くした沙麼蘿は、また睡眠を(むさぼ)ることにした。“次に目覚めた時には、何時(いつ)もと変わらぬ日常が待っているだろう”、そう思いながら。


穢れ→忌まわしく思われる不浄な状態

所詮→最後に落ち着くところ

謳歌→恵まれた幸せを、みんなで大いに楽しみ喜び合うこと

嘗て→過去のある時点にその事柄が成立したさま。昔。以前。前置き

残夜→夜明け方

曖昧→態度や物事がはっきりしないこと。また、そのさま。あやふや

紡ぐ→言葉をつなげて文章を作る

赴く→ある場所・方角に向かって行く

貪る→飽きることなくほしがる。また、際限なくある行動を続ける



次回投稿は22日か23日が目標です。

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