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天上の桜   作者: 乃平 悠鼓
第一章
71/205

第八部 幻影の瞬き 《七》

 (すめらぎ)は夢を見ていた、幼い頃の夢を。あの日皇は、蒼宮(そうきゅう)の中庭で樹木に背を預け本を読んでいた。ふと何かの視線を感じて蒼宮の門に目を向けると、そこにポツンと沙麼蘿が立っている。


「……!」


 皇は、その沙麼蘿の姿に慌てたように門に向かう。沙麼蘿の彩りの無い双眸が “どうして迎えに来てくれなかったの” と、寂しそうに訴えかけているように皇には見えた。皇は門にたどり着くと


「どうしたの、お釈迦様は?」


 と尋ねた。この頃の沙麼蘿は言葉を発することは(ほとん)どなく、釈迦如来の去って行った方向を指差すだけだ。釈迦如来が道界に来る日はいつも決まっているが、まれに予定外の日にやって来ることがある。道界に来た時の沙麼蘿は、聖宮(せいぐう)と皇に任せると言うのが釈迦如来の言葉だった。

 それは、道界において蒼宮に幽閉され、外の世界の人々と関わることのない皇を心配した聖宮の気持ちをくんだためだ。それ故、釈迦如来が訪れる日は事前に蒼宮に知らせが来ることになっていた。だが……。


「どうして? お釈迦様が来る日は、教えてもらえるはずなのに」


 そう口走って、皇は気がつく。道界において(うと)んじられている自分には、わざと教えてもらえなかったのだと。もし皇が気がつかなければ、沙麼蘿はずっと門の前に立ったままだったろう。皇はほんの少し眉を下げた。そして


「ごめんね沙麼蘿、迎えに行ってあげられなくて。さぁ、おいで。」


 そう言うと、沙麼蘿の手を引いて蒼宮の中に戻って行く。途中


花薔(かしょう)、沙麼蘿が来たんだ。沙麼蘿の分も食事を用意してね」

「まぁ、お嬢様。いらっしゃいませ、今日の夕食はお嬢様もご一緒ですね」

「うん!」


 皇は花薔に声をかけた。


 うっすらと意識が覚醒していく、“懐かしい夢だ”と皇は思った。聖宮がいて、花薔がいて、沙麼蘿がいた日々。あの穏やかな日は、もう二度と戻ってこない。聖宮や花薔の一生が幸せだったのかどうかは、本人達以外にはわかるはずもない。けれどあの日々には、いつも笑顔があったとを皇は知っている。


「皇様」


 琅牙(ろうが)の声にその睛眸(ひとみ)を開けば、すっと飲み物が差し出される。沙麼蘿の手を握ったまま眠っていたようだ。銃弾に(つらぬ)かれた沙麼蘿の傷は思ったよりも深く、皇が自らの()を送り続けなければその命の灯火さえ消え失せてしまいそうになる。

 だが、沙麼蘿は普通の神ではない。皇の身体からごっそりと抜け落ちていく氣に、眠りを(むさぼ)り体力の回復を(こころ)みた。沙麼蘿をこの世界に留め置けるのは、義兄(あに)である自分だけなのだから。


「足らぬな」


 辺りを見回した皇は、そこにいるはずの人物がいないことに呟く。玄奘三蔵はいるが、孫悟空と沙悟浄と猪八戒がいない。


「はい。食べ物を探してくると出て行きました」

「そうか」


 琅牙が差し出した飲み物を口にした皇が、“ふっ”と吐息を吐き出す。玄奘一行は、皇が眠っている間に琅牙から二人の話を聞いた。琅牙が知っていることなど、花薔仙女(せんにょ)から聞き(およ)んだ(わず)かことだけだ。

 それでも、天帝の血筋でありながら決して恵まれた待遇ではなかった皇達がここまでこられたのは、沙麼蘿の存在が大きい。実の家族ではない沙麼蘿を、いかに彼らが大切にしてきたかと言うこともわかった。

 そんな皇の後ろ楯に、仏界がついていると思われても仕方がないだろうし、彼が纏う猩々緋色(しょうじょうひいろ)(きぬ)阿修羅(あしゅら)が渡した宝具は、道界ではさぞや力を発揮したことだろうと思う。


 それからしばらくして、悟空と悟浄と八戒が戻ってきた。


「ぴゅ!」


 “帰ってきたよー!”と、八戒の肩の上で玉龍(ハムスター)が片手を上げる。この罠ばかりが仕掛けられた城の中を移動するのは至難の技。その中を移動できるのは、西海龍王(さいかいりゅうおう)の血を引く玉龍がいればこそ。


「いいものが手に入ったぜ」

「だから、ありそうだって言ったじゃん」

「本当に。悟空から聞いていたものがあればいいと思ってはいたのですが」

「ぴゅ」


 “ぼくが見つけたよ”と、小さな手を腰にあて胸を張る玉龍。八戒の肩からぴょ〜んと飛び降りると、トコトコと玄奘の元に走って行き、右肩から左側に向かって斜め掛けした小さな小さな鞄の中からポイポイとそれを出していく。


「まるで、魔法の鞄のようですね」


 ハムスターサイズの鞄から、人の(てのひら)サイズの果物がポンポンと出てくる様は、琅牙でも信じがたい光景だ。その場で見ていなければ、とても信じられないことだろう。玄奘の前に数個の果物を出し終わると、次に玉龍は琅牙の元に行きまた果物を出し始める。それを見た琅牙は


「これは…!」


 と呟いた。玉龍が琅牙の前に出した果物、それは見た目は普通の果物であってそうではない。かっては天上界にあったもの、それが何かの理由で地上に落ちた。

 天上界の霊気を浴びて育ったものは蟠桃果(ばんとうか)と言われ、熟す年月によって効能が違う。それが地上に落ちれば、いつかは効能を失いただの桃になる。だがそれは効能を失う前の桃、つまり天上界にある蟠桃果には及ぶはずもないが、僅かなりとも効能が残っている桃だ。


「我々が食べるものは普通の果物ですが、此方(こちら)の桃は是非ともお召し上がり下さい」


 此処(ここ)へ来る道すがら、悟空は蟠桃果に似た匂いを感じた。だからこの辺りに蟠桃果がありそうだと玄奘に伝えれば、“悟浄と八戒を連れて探してこい” と言われた。それを聞いていた玉龍が “ぼくならわかるかも!” と言い、皆で城の外に探しに出かけたのだ。

 八戒がさぁさぁどうぞと進めるので、琅牙は遠慮なく皇の氣を回復させるために蟠桃果をいただくことにした。


疎む→いやだと思う。嫌って遠ざける

貪る→飽きることなく欲しがる。また、際限なくある行為を続ける



次回投稿は7日か8日が目標です。

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