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天上の桜   作者: 乃平 悠鼓
第一章
69/203

第八部 幻影の瞬き 《五》

須格泉(すうの)琉格泉(るうの)は下界から駆け上がり、此処(ここ)仏界へと繋がる扉の前までやってきた。

天上界へ登るための扉は、大きくわけて二つある。一つは須弥山(しゅみせん)から道界へ向かう扉で、此方(こちら)上仙(じょうせん)の許可がなくては開けることができない。そしてもう一つは、この仏界と繋がる扉で、この扉の向こうには道界に住む四方を護る霊獣とはまた違う白い聖獣達が護っている。

そしてこの扉を通された者のみが、四天王の待つ本当の扉へと進めるのだが、この扉を護る白の聖獣達は気位が高く融通(ゆうずう)がきかない。仏界で生まれたとは言え、既に道界に贈られ長い年月をそこで暮らしてきた須格泉と琉格泉が、この扉を通り仏界へ行くことが許されるのか。

だが、此処を通り仏界にたどり着かなければ沙麼蘿(さばら)の命が危ない。須格泉と琉格泉にとっては、出逢いや幼い頃がどんな関係であったにしろ、今は(すめらぎ)と沙麼蘿は自分達の主人であり家族のように親しい関係だ。“何があろうとも、必ず幸泉(こうせん)の実を持って下界に戻る” そう決めていた。そして須格泉と琉格泉が顔を見合せ頷き合った時、その扉は開らかれた。


大神(オオカミ)か、何のようがあって此処へきた!』


扉から現れたのは四頭の獣。そしてその四頭の獣は、大神を取り囲む。


大勢至菩薩(だいせいしぼさつ)に会いにきた』


須格泉がそう答えれば


『大勢至菩薩だと? お前達は、何処(どこ)の大神だ!』


と、四頭の獣は(いぶか)しんだ様子で須格泉と琉格泉を見た。


『我らは、大勢至菩薩から観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)の手に渡り、道界の天帝に仏界の使者、あるいは友好の印として贈られた大神だ』

『観世音菩薩の手から、道界の天帝にだと?』


四頭の白い獣達は互いに顔を見合せたが、その顔は不信感でいっぱいだった。四頭の内の一頭が


『お前! 道界に贈られたなどといいながら、下賤(げせん)の匂いがプンプンするぞ! みな、作り話だろう!』


と、厳しい口調で叫んだ。


『違う! 琉格泉は、天帝の(おい)である皇の命により、下界に(おもむ)いているだけだ!』

『どうだか、お前の言葉も怪しいものよ』


須格泉の言葉を、切り捨てるように聖獣が呟く。そして


『此処を通りたくば、高貴な道神でも連れてこい! さすれば此処を通そう』


と言った。“チッ” そう舌打ちしたのは須格泉だったか琉格泉だったか。二頭は顔を見合せ


『そう言われるのは覚悟の上だ!』

『我らには時間がない! 何がなんでも、此処を通してもらう!』


と言うと、二手に別れ走りだす。そして四頭の聖獣達も、二手に別れ後を追う。ここから、大神と聖獣達との壮絶な闘いが始まるのだ。

この扉を護る聖獣は、仏界にとっての(とりで)。仏界を護るためならば、どんな手段を使おうとも許される。いや、この扉の守護獣となった時から、もう仏界の奥深くに足を踏み入れることさ許されない。

だからこそ、この扉を何処の馬の骨か知れない奴等に通らせるわけにはいかない。それは、聖獣に取って最大の恥だ。この扉を護るためには、例え殺生を犯そうともかまわない。


『早い!』

『やはりこいつら、ただの大神ではないぞ!』

『別れていては遅れをとる、まずはどちらかを捕らえろ!』


須格泉と琉格泉の動きは、聖獣達にまったく劣らない。いや、むしろ聖獣を遥かに越えていると言ってもいい。琉格泉を追う一頭の聖獣を残し、残りの三頭は須格泉を追いかける。

獣同士の激しい闘いの中、牙と言う牙、爪と言う爪を使って互いを傷つけ合う。抜きつ抜かれつの早さで扉の前を駆け回るその姿は、まさにライオンの群れが餌を求めて動物を追う姿に近い。

その時、須格泉の大きな遠吠えが響き、須格泉が聖獣に牙をむいた。その隙に、琉格泉は扉を目指す。どちらか一頭でもあの扉の中に入ることができれば、大勢至菩薩に会うことができる。だから須格泉は、自ら聖獣を引き付ける(おとり)となった。

聖獣が一頭なら、琉格泉でも互角に闘える自信はある。そして琉格泉が扉の前までたどり着いたとき、須格泉の悲痛な声が響き渡った。思わず振り返った琉格泉が見たもの、それは片目を切り裂かれ血を流しながら横たわる須格泉の姿だった。


『貴様らーーー!!』




「どうした、女帝(エンプレス)


何かの音に気がついた女帝の動きが止まり、大勢至菩薩が声をかける。遠くを見つめ唸り声を上げる女帝の姿に、大勢至菩薩もその方向を見た。


「何か、あるのか?」


そんな大勢至菩薩の言葉も聞かず、女帝が一気に駆け抜けて行く。


「女帝!」


何があっても大勢至菩薩に忠実なはずの女帝が、大勢至菩薩の呼び掛けに答えない。心配になった大勢至菩薩が別の大神を呼び寄せその背に乗ると、急いで女帝の後を追う。


「何処へ行く気だ! 女帝!」


女帝がたどり着いたその場所。それは、四天王の管轄(かんかつ)である下界に降りるための扉がある場所だった。突然現れた女帝の姿に、四天王の部下達は驚いてその場を後ずさる。そして女帝に追い付いた大勢至菩薩が、大神から降り近づく。


「この扉の向こうに、何かあるのか?」

「大勢至菩薩!」


女帝のみならず大勢至菩薩までのお出ましに、四天王の部下である門番達はその場で平伏する。大勢至菩薩は女帝の姿を見て


「此処を()けろ」


と言った。その言葉に門番達は顔を見合せ


「四天王のご命令がございませんと…」


と口ごもる。


「この勢至菩薩の命では不服か」

「とんでもございません!」

「直ちに門を(ひら)け!」


女帝のこの態度、ただ事ではない。四天王の許可がないことで開門を渋る門番達に、珍しく大勢至菩薩は大きな声を出し、門を開けることを迫った。


融通→その場その場で適切な処置をとるこてと

訝しむ→不審に思う

下賤→いやしいこと。身分が低いこと。また、そのさま

赴く→ある場所・方角に向かって行く。ある状態に向かう

何処の馬の骨→身元の確かでない者をののしっていう言葉

囮→相手を誘い寄せるために利用するもの

管轄→権限をもって支配すること。また、その支配の及ぶ範囲

平伏→両手をつき頭が地面や畳につくほどに下げて礼をすること。ひれふすこと

不服→納得がいかず、不満に思うこと。また、そのさま。不満足



次回投稿は24日か25日が目標です。

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