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天上の桜   作者: 乃平 悠鼓
第一章
68/203

第八部 幻影の瞬き 《四》

 そこにあった物、それは遥か昔に妖怪達が見た夢の跡。山奥の何もないはずのこの土地に、かってはさぞや立派であっただろうと思われる城の廃墟があった。


此処(ここ)か」


 今は見る影もないその建物を見つめ、(すめらぎ)は言った。その後で琅牙(ろうが)が “はい” と答え


「見た目はこれですが、(かつ)て暮らしていた妖怪はかなりの罠好きだったらしく、中には様々な罠が仕掛けられており奥まで入れた者はおりません。その分、奥は外見と違い腐蝕(ふしょく)防止の術もかけられており美しいのです」


 と続ける。人間や妖怪相手なら罠は有効な手段だが、神相手には通用しない。此処ならば、公女(こうじょ)の手当ても出来るはずだ。琅牙の言葉に “行くぞ” と声がして、沙麼蘿(さばら)を抱いた皇が中に足を踏み入れた。


「いいですか、中は罠だらけです。私について来て下さい。でないと、大変なことになります」


 廃墟の中を進む皇の前を須格泉(すうの)が歩き、琅牙と琉格泉(るうの)が玄奘達を案内するように前を歩く。城の中には色々な物が散乱し、中には面白そうな物もある。

 罠は、一目では分からぬほどの巧妙さで仕掛けられ数も多い。その中を、須格泉を先頭に歩く。罠の数は多いのに、今自分達が進んでいる足元に罠が無いことが不思議なくらいだ。これが、神の御業(みわざ)と言うやつかと玄奘達は思う。


『待て!』

「びゅ!」


 琉格泉の声と、“危ないよ!” と玉龍(ハムちゃん)の声がしたのは同時。玄奘が即座に悟空の襟元を掴み引き寄せた。


「な、何だよ!」


 悟空の声に、やって来た琉格泉が前足を差し出せば “これか!” と悟浄が叫ぶ。


「此処もか、面倒くせぇ」


 あれから次々と増える罠に、悟浄のぼやきが聞こえる。上の階に行けば行くほど罠が増え、それでも彼らは最上階にたどり着いた。


「こちらには、罠はないようです」

「そうか」


 琅牙が部屋の中を一通り見てまわり、皇が床の上に沙麼蘿を下ろす。銃で撃たれたその場所から赤紅が流れでることはないが、傷口が塞がらない。花薔(かしょう)丸薬(がんやく)を飲ませたのにも関わらずだ。


「万が一にも妾季が引くことはないでしょうが、此処ならば安全です」


 窓から外を見ても、辺りには緑の木々しか見えない。妾季と琅牙で、此処を護らなければならない。須格泉と琉格泉が、心配げに沙麼蘿と皇の回りをグルグルと回り様子を伺う。


「沙麼蘿」


 と皇が声をかければ、その双眸が開いた。だが、開かれたそこに見えたのは鳩の血(ピジョンブラッド)の色。髪は灰簾石(タンザナイト)色を保っているというのに、沙麼蘿の力が安定していない証拠だ。

 皇がそっと手を差し出し沙麼蘿の手に重ねれば、その双眸は灰簾石へと変わる。花薔の丸薬ですら完治できないほどの傷、これをどうするか。そう皇が考えていた時


「それで、傷は治るのか」


 と、玄奘の声がした。皇の睛眸(ひとみ)が玄奘の睛眸をとらえ、視線が重なり合う。それはまるで、無言の会話のようにも見えた。だが、皇はそれを遮るように


「いや。赤紅の流れ出た量に比べ、思ったよりも傷口が深い」


 とだけ言った。“手立ては” 投げ掛けられた問いに、“ある” と皇は答える。方法はある、しかし…


幸泉(こうせん)の実」


 その皇の呟きに答えられたのは、大神(オオカミ)達だけだった。沙麼蘿と皇の回りをグルグルと回っていた二頭の大神は顔を見合せ


『我らが行って来よう』


 と、どちらともなく言った。“行ってくれるか” その皇の言葉に二頭は静かに頷く。如何(いか)に神の使い大神と言えど、仏界を出てから長い年月がたちすぎている。

 ましてや琉格泉は沙麼蘿と共に下界におり、下賤(げせん)の水に慣れ親しんだ身。何事もなく、あの扉を通り過ぎることができるだろうか、と皇は思う。


「何か知らないけど、大丈夫なのか?」


 深刻な雰囲気を(かも)し出す皇と大神達の様子に、思わず悟空が琉格泉に聞いた。“心配ない” と琉格泉は呟き、“これを頼む” と言うと、琉格泉の頭に乗っていた玉龍が悟空の(てのひら)の上に移る。


「ぴゅ!」


 “気をつけて行って来てね!” と玉龍は、悟空の掌の上から片手を上げた。天上界で暮らしていた玉龍は知っている。天上界に住まう聖獣と言われる生き物が、どれだけ気位(きぐらい)が高いか。そして、どれだけ下界の(けが)れを嫌うか。今からこの二頭が行こうとしているその場所は、下界で暮らしてきた琉格泉には行きづらい所だろう。


『行ってくる』


 そう言うと須格泉と琉格泉は窓から飛び出し、空を駆けて行った。その様子を黙って見ていた玄奘達だが


如何(いか)にも怪しげな雰囲気でしたが、大丈夫なのでしょうか」


 八戒が、大神達が駆け出して行った場所を見つめ呟く。“何を言っても仕方のないことだ”、そう玄奘は思った。それだけの覚悟をして、二頭は出て行った。下界の人間ではわからないほど、天上界は難しい場所なのだろう。


「沙麼蘿、須格泉と琉格泉が仏界に行ってくれた。待っていろ、必ず須格泉と琉格泉は “幸泉の実” を持って帰ってくる」


 それは、自ら危険を(かえり)みず仏界に行った、二頭の無事を心から願う皇の言葉でもあった。仏界から道界に “友好” と言う名の贈り物として贈られた二頭の大神が歩む、数奇な運命。“無事に戻ってこい!” 今の皇には、そう願うことしかできない。

 皇のその言葉を、沙麼蘿は何処か遠くで聞いたような気がした。

巧妙→物事のやり方などが優れてたくみなこと

御業→神のなせる業を敬って言う表現

下賤→いやしいこと。身分が低いこと。また、そのさま

醸し出す→ある雰囲気・気分をそれとなく作り出す

顧みず→振り返らず、考えず、ものともせず、などの意味の表現

数奇→運命に波乱の多いこと。また、そのさま。運命の巡り合わせが悪いこと



次回投稿は18日か19日が目標です。

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