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天上の桜   作者: 乃平 悠鼓
第一章
66/203

第八部 幻影の瞬き 《二》

 玄奘三蔵と言う男を、甘く見てはいけない。僧侶と言う身でありながら、天上の桜を護るためなら遠慮なく双剣(そうけん)を振るう。その為に、己の身体が血に染め上げられることを(いと)わない。例え自らの手が、その血に染まろうとも。“キーン”と音をたて双剣と(ダオ)がぶつかり合う。


「それで、三蔵とはな。僧侶でありながら、人を切ることに迷いがない」


 玄奘の双剣をその刀で受けた鬼神の男は、その剣(さば)きを見て言った。玄奘は、その言葉を鼻で笑う。


「それがどうした、僧侶が人を切らないと誰が決めた。人を切ることを迷い、天上の桜が護れるものか!」


 玄奘の身体が、軽やかに宙を舞う。その周りでは、悟空と悟浄が他の鬼神と闘っている。


「お前らには、ぜってー負けねぇー!」


 悟空が如意金箍棒(にょいきんこぼう)を振り回し、鬼神達を蹴散(けち)らして行く。持ち主の意に従い自在に伸縮するそれには、鬼神達も手をやいているようだ。


「どう言うつもりだ、親父!」

「お前など知らぬ。俺の子は、花韮(かきゅう)のみ」

「何を言ってやがる」


 悟浄は他の鬼神達には目もくれず、一直線に父親の元に向かって行った。玄奘、悟空、悟浄の闘いが繰り広げられる中、八戒は別の鬼神が沙麼蘿(さばら)に近寄り手を伸ばそうとする姿を見て、急いで(ゴン)を引いた。


小賢(こざか)しいな」


 鬼神が手に持つ刀が()を払い落とすと、周りにいる男達に向かって“やれ!”と(あご)で合図を出す。周りにいた男達が一斉に八戒に向かって行き、八戒の視界を覆い尽くした。


(しま)いだな、化け物」


 刀を片手に持つ男のもう一方の手が、両手を地面につき(うずくま)る沙麼蘿の頭に伸び、その髪を掴み上げた。その瞬間、色が決まらず様々に変わっていた沙麼蘿の姿が、鬼神の色に固定される。それを見ていた琉格泉(るうの)が、思わず沙麼蘿に駆け寄ろうと動いた。沙麼蘿は、(わず)かに右手の(てのひら)を見せることで琉格泉を制する。


「近寄…るな…、琉格…泉。大神(オオカミ)である…お前が…血に触れて…は…ならぬ」

『沙麼蘿…』


 大神は血にまみれれば、大神たる姿を保つことはできない。ただの野生の狼に成り果てる。琉格泉は近寄ることはできないが、唸り声をあげ沙麼蘿の髪を掴み上げる鬼神を威嚇(いかく)した。琉格泉の頭の上に乗る玉龍(ハムスター)


「びゅー!!」


 “手をはなせー!!”と叫ぶ。その時、天から凄まじい光が地上に落ちた。あまりの(まぶ)しさに、誰も双眸(そうぼう)を開くことができない。その中、琉格泉とは違う唸り声がなり響き、大神の唸り声が二つになった。

 光が消えた後に見えたのは、琉格泉とよく似た姿の大神。その場にいた全員の睛眸(ひとみ)が、現れた大神に注がれる。琉格泉は光輝く銀色の毛並みだが、そこにいたのは金色に光輝く毛並みの大神だった。


須格泉(すうの)


 琉格泉が、双子の片割れである金色の毛並みをした須格泉に近づく。


『沙麼蘿から手をはなせ!』


 須格泉の怒りを含んだ声が聞こえる。二頭の大神が、一緒になって沙麼蘿の周りを唸りながら歩く。その時


「汚れた手で、我が義妹(いもうと)に触れるな」


 と、男の声が辺りに響き渡った。その声に、沙麼蘿の髪を掴んでいた鬼神の男が辺りを見渡す。そして


「うっ…!」


 突然、鬼神の男の身体を(ジエン)が貫いた。その剣がさらに男に深く突き刺さる。それと同時に、男の背後に赤い(きぬ)が見えた。それは次第にはっきりとした姿に変わっていき、猩々緋(しょうじょうひ)色の衣を着た男の姿が見え、玄奘達は驚きに双眸を見開く。

 何故(なぜ)なら、現れた男の姿は灰簾石(タンザナイト)色の睛眸と髪を持つ猩々緋色の衣を着た、沙麼蘿と瓜二つの男だったからだ。その姿を見れば、現れた男が道神(どうじん)であることは明らかだった。

 そればかりか、その男の猩々緋色の衣の下には萌黄(もえぎ)色に天華(てんか)の花が舞う華やかな柄が見え隠れしている。またその左耳には、沙麼蘿と同じ耳の半分を覆う紅玉(ルビー)真珠(パール)金剛石(ダイヤモンド)耳飾(イヤーカフ)が着けられており、剣を持つ右の手首には阿修羅(あしゅら)徽章(きしょう)である宝相華(ほうそうげ)の図柄が入った白金(プラチナ)腕釧(ブレスレット)があった。


「天帝、一族か…」


 そう呟いたのは、悟浄の父親。天華の花は、天帝一族のみが身に着けることを許された、天帝一族の徽章。その、天上界の最高神天帝一族の徽章・天華の花の上に聖神(せいじん)である愛染明王(あいぜんみょうおう)一族のみが身に着けることを許された猩々緋色の衣を纏う神など、見たことがない。

 しかも、この男が身に着ける耳飾や腕釧はすべて、(かつ)ては修羅界に住む鬼神の王であった阿修羅の宝具なのだ。こんな神がいるはずがないと思いながら、剣に貫かれた鬼神の男がその手で掴み上げる沙麼蘿も正に現れた男と同じであると思い知る。

 現れた神が剣を引き抜けば、その剣に貫かれていた鬼神の男の身体がズルリと地面に崩れ落ちた。それを冷たい双眸で見ていた神は鬼神の身体を払いのけると、今にも崩れ落ちようとしている沙麼蘿の身体を恐れもなく抱き止めた。


「すめ…らぎ…」


 抱き止められた沙麼蘿の口をついて出た音は、(わず)かなものだった。生きとし生けるものすべての命を奪うはずの沙麼蘿の血に触れることも(いと)わず、(すめらぎ)は沙麼蘿の手を握り締める。


「大丈夫だ、傷は浅い」


 決してそうには見ない傷だが、その手が沙麼蘿の血に塗れようと、身に纏う衣が血に塗れようと、皇はかまうことなく沙麼蘿の身体を抱き抱えた。

厭わない→物事を行うことに後ろ向きでないさま

剣捌き→剣の扱い方。剣の使いぶり

蹴散らす→足でもって蹴り、その場にあったものを見出し、周囲に散らすさま。圧倒的な力で撃退するさまなども意味する

小賢しい→利口ぶっていて差し出がましい。生意気である。何かにつけて要領よく振る舞っている

双眸→両方のひとみ

天華の花→天上に咲く霊妙な花

徽章→衣服などにつけるバッジ。ここではお印のいみ

宝相華→仏教系の文様の一種。ここでは興福寺の阿修羅像が身につけている柄

嘗て→過去のある時点にその事柄が成立したさま。昔。以前。前に



次回投稿は6日か7日が目標です。

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