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天上の桜   作者: 乃平 悠鼓
第一章
65/203

第八部 幻影の瞬き 《一》

 そこは、何もない山中にある小さな村のはずだった。だが、そこに人の気配はない。赤子の泣き声も、子供達の遊び声も、女達の井戸端会議も、男達の掛け声も、生きとし生けるものの気配は何もなかった。


「いったい、これはなんだ」


 玄奘が見回した先にあるもの、それは時が止まった世界。開いた窓から湯気をあげる出来立て食事は見えるのに、人の気配だけが一切ない。


「まるで、どこか違う世界に入り込んだような」


 八戒がそう呟くのも無理はない。人がいないだけで、この小さな村には、つい今しがたまで人々が暮らしていた痕跡だけは数多あるのだ。


「なんかの、罠じゃねぇか?」


 おそらくそうだ。それは悟浄だけでなく、皆が感じている。だが、


「村人は、何処(どこ)に行ったんだよ!」


 悟空の言う通り、此処(ここ)にいた村人達は何処に行ったのか。何者かの手に落ちたか、それともすでに命の火は消えてしまっているのか。

 ゆっくりと、村の中を進む。人だけではない、どの村にもいるはずの犬や猫、小鳥や小動物の姿さえない。だが、村の奥まで歩んで来た時、それは突如(とつじょ)として現れた。


邪神信仰(じゃしんしんこう)……か」


 小さく呟いた沙麼蘿の声は、ことのほか辺りに大きく響き渡った。普通の色形とは違う建物。歪んだ構造に深碧(しんぺき)色に塗られた像。何故(なぜ)邪神など信仰したのか。“パキン”と、何かが割れる音がした。


『来るぞ!』

「びゅー!!」


 琉格泉(るうの)に続いて玉龍(ハムスター)が“何か出るー!!”と叫んだ。歪んだ構造の建物から、それらは次々と姿を現す。


「親父…」


 最後に出て来たのは悟浄の父親と数人の鬼神(きしん)達だったが、その前に武器を片手に現れたのはただの村人だった。


「行けーー!!」


 ただの人間でしかない村人達が、手に手に武器を持ち玄奘達に襲い掛かって来る。


「お前達、なんのつもりだ!」

「これじゃ、手だせねーよ!」


 叫ぶ玄奘と悟空の回りには村人達。沙麼蘿は急ぎそこに駆け寄ると、村人の頭に手を置き何かを呟く。すると、沙麼蘿に触れられた村人達は次々と昏倒(こんとう)して行った。


「沙麼蘿、こっちも頼む!」


 沙麼蘿は悟浄の元に急ぐ。刀を振り上げようとしていた村人の手を掴み、言葉を紡ぐ。その時


「沙麼蘿ー!!」


 八戒の声に振り返った沙麼蘿が見たものは、銃を構えた鬼神の男。その男が銃の引き金を引き、銃弾が沙麼蘿に向かって放たれる。沙麼蘿は手を回し、その氣で銃弾を弾き飛ばそうとした。だが、銃弾は沙麼蘿の氣をものともせず真っ直ぐにその身体に向かった。


「な…っ…!」


 そう声を発したのは誰だったか、一瞬の間をおいて銃弾が沙麼蘿の身体を貫いた。


「姉ちゃん!!」


 その瞬間、沙麼蘿には悟空の声も聞こえなかった。銃弾に貫かれた沙麼蘿の身体が揺れ、地面に両膝をつく。沙麼蘿が銃弾に貫かれた部分に手を当てると、ヌルリと何かが(てのひら)についた。その手を見つめれば、赤紅(あかべに)色に染まっている。


「アッハハハ!! この神殺しの銃弾を浴びては、いくら化け物と言えど生きてはいられまい!」


 銃を構えた鬼神の男が大声を上げた。地面に両手をついた沙麼蘿の姿が変わる。紫黒(しこく)色の長い髪が灰簾石(タンザナイト)色に、それから白金(プラチナ)色に。そしてその(きぬ)も、真っ赤な襦裙(じゅくん)から猩々緋(しょうじょうひ)色に。その色は何か一つにとどまることなく変わり続ける。


「天上人さえ死に至る銃だ、たとえそれが鬼神(きしん)と言えども聖神の血を受け継いだお前であれば尚の事、再生能力は一切効かぬ。これでお前も終わりだ、阿修羅の娘よ!」


 悟浄の父親の言葉に、八戒が沙麼蘿に近付こうと駆け出した時


『近付くな!!』


 と、琉格泉が叫んだ。玄奘達がその声にハッとして沙麼蘿を見つめる。沙麼蘿の身体から流れ落ちた赤紅が地面に落ちると、その場にあった草や花が枯れ果てて行く。


『沙麼蘿の血は、生きとし生けるものの命を奪う。その血に触れれば、お前達の命もない』

「そん…な…」


 琉格泉の言葉に“ではどうするんですか!?”と八戒が叫んだ。琉格泉は沙麼蘿の様子を見ながら


『ウォーーーン!!』


 と、天上に向かって鳴いた。それは何かを訴えかけるような鳴き声で、見ている玄奘達の心を打った。


「お前達も此処(ここ)までだな、玄奘一行。おとなしくその命と、天上の桜の鍵を差し出せ!」


 鬼神達が叫ぶ。鬼神達は、釈迦(しゃか)帰依(きえ)して天上界に昇った阿修羅(あしゅら)に強い憎しみを抱いていた。本来なら自分達と共に天上人と闘うはずの阿修羅が、天上人と共に自分達に刃を向けるのだ。特に、その阿修羅一族と仏教界の聖神との間に生まれた沙麼蘿は、鬼神や邪神達のもっとも嫌う存在だった。


「八戒、沙麼蘿を何とかしろ」


 玄奘はそう言うと、自らの帯革(ベルト)尾錠(バックル)の前で両手を交差させその両手の(てのひら)を開く。すると、そこに双剣(そうけん)が現れた。


「天上の桜の鍵、奪えるものなら奪ってみろ!」


 玄奘は不敵な笑みを見せ二つの剣を両手で掴み取ると、剣舞を披露するように軽やかに鬼神達に向かって行った。だてに此処まで、自分達の力だけで歩んできたわけではない。

 天上の桜の鍵を簡単に渡すつもりなど、もうとうない。玄奘に続き、悟空や悟浄も走り出した。


井戸端会議→近所の女達が水くみや洗濯などをしながら、人の噂や世間話をすること

痕跡→過去にある事物があったことを示す。あとかた

突如→何の前触れもなく物事が起こるさま。出し抜けであるさま

昏倒→目がくらんで倒れること

帰依→すぐれた者に対して全身全霊をもって依存すること。仏教では特に信仰をいだくことに用いられる



次回投稿は5月31日か6月1日が目標です。

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